天使アイテツの本音(2)
アイテツにとっては、必死だった。
今、久男に拒絶されると天使としての使命を一つ果たせないばかりか初めての任務で失敗してしまうという不名誉を背負う羽目になる。
さらに何よりさっきも言ったとおり、信念に背くことになる。それは嫌だった。
アイテツは迷惑だろうと思いつつも、久男に機会をくれるように要求する。
アイテツ「……………。」
久男「わかりましたよ。そんなに真剣に考えないでください。別に責めているわけではないんですから。一週間後、またここに来られるということでいいんですよね?」
久男は少し考える仕草をしたあと、アイテツの意外にも軽く了承する。
アイテツ「いいのか!? すまぬ、ありがとう!」
アイテツの表情がさきほどと打って変わって明るくなる。
久男にとっては、そんなに真剣な問題でもなかった。アイテツが自らのもとから去ろうが、付きまとって毎週講義を垂れようが、今さらどっちでもよかった。
露骨に変わるアイテツの表情を見て、単純なやつだなと思いつつも、悪い気はしなかった。
久男が承諾した理由は2つある。
もとよりアイテツは嫌がる久男を半ば無理やり講義を受けるよう脅したという経緯がある。どうせ断っても、またしつこく付きまとって仕事の邪魔をしてくるか、ラッパを吹いたり不思議な天使のパワーを使って脅されたりするか、録なことにならなさそうだったからだ。
もうひとつは……今は心の中にしまっておこう。そう思った。
アイテツ「では一週間後の土曜日また同じ時間に来る!」
久男「(毎日じゃなくてよかった……)」
アイテツ「必ず納得させて見せる! これにてさらば!」
久男「ああ……」
アイテツは閃光弾のような強いルクスの光に包まれながら、マジックショーのごとく姿を消す。
さっそく夢について調べるために天界に帰っていったのだった。
アイテツが消えると同時に、アイテツが天使の不思議パワーで作り出した教室も蜃気楼のように曖昧な形となって消えてゆき、気がつけば久男とそわかは元のオフィスに戻っていた。
久男「さて、俺も帰るか。流石にこれ以上仕事をする気にはなれないな」
久男は相も変わらず、目の前で起こった超常現象に驚かないどころか、全く反応を示さない。
久男「とりあえず、そわかのやつを起こさないとだな……」
アイテツと久男の話にそうそうに飽きて、熟睡してしまっているそわかを起こそうとする。
そして久男は、広いフロアでひとり気味悪くブツブツと言いながら、淡々と帰り支度をするのだった。
☆それぞれの視点 ☆
〇アイテツ
アイテツ「はああ……どうしよう失敗してしまった……途中までは上手く言っていたと思うんだがなあ……」
アイテツ「やはりいきなり上級天使の位を与えられるなんて、荷が重すぎる……」
アイテツ「そもそも哲学を司る天使だなんてわたしには向いていないんだ…… 愛はたくさんあるけど」
アイテツは、天界でひとり落ち込んでいた。
人間界へ来る前は先輩天使から任を授かったことに誇りを持っており 期待に満ちた表情で、嬉々としていた。
でも今はしょんぼりといった感じだ。
「調子にのり過ぎてしまったな……久男はああ見えて、夢という言葉について真剣に考えていた」
人の人生というもの夢というものをどこか軽く考えていたのは間違いない。
自分はやっぱりダメな天使だ。先輩であるしてんし様の顔に泥を塗るような存在だ。
アイテツはそう感じていた。
アイテツ「そもそも、哲学ってなんだろう……」
普段あまりものを考えないアイテツであったが、この時はふとそんな言葉が頭にうかんだ。
アイテツ「考えても仕方がないか。とにかく、一週間書庫に籠って調べまくるしかない。そうすれば、なんとかなるだろうさ」
考えるという恐らくもっとも哲学に必要な行為と相性の悪い、この楽観主義天使が哲学を理解する日は来るのだろうか……
〇久男&そわか
久男「おいそわか、起きろって!社内で朝までねるつもりか? 俺はもう帰るぞ」
そわか「……まだまだ、たべられぶぜえ……ぐへへ……」
久男「さっさと起きなさい」
久男は爆睡しているそわかの頭に空手チョップをお見舞いする。
そわか「ふわあ!! あれ? ……美味しそうなムカデはいったいどこに…… 」
久男「一体何の夢を見てたんだ……」
額に打撃を食らったそわかは、驚いて飛び起きる。ついでにそわかの腹の虫がぐうと鳴った。
そわか「あれ、もうアイテツちゃん帰っちゃったんですかあ」
久男「もうとっくに帰ったよ。俺ももう帰るつもりだ」
久男「あと、腹減ってるんだったらオフィスの冷蔵庫にプリン買ってあるからそれやるよ。三個入りのやつ」
そわか「ああ!あれですかあ? あれならお昼にもう食べちゃいましたよお。美味しそうだったので!」
久男「あれ俺が買ってきたやつなんだが……」
そわか「結果おーらいですねっ!」
久男「冷蔵庫にいれておいた俺がバカだった……」