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久男の疑問(2)

久男「アイテツさん、質問いいですかね」


アイテツ「ああ、なんなりと」


久男「成功者になるためには夢が必要と言いますけど、具体的にはどうすればいいんですか?どのようにすれば夢が見つかるんですかね」


 久男は自らの疑心に渦巻く釈然とは程遠い感情の一部を疑問という形でアイテツに投げつけた。


アイテツ『""それは簡単なことだよ"" 好きになれること、熱中できるようなことを見つければいい。夢というのはそういうものから派生するものだから』



 久男は……その言葉を聞いて、疑いの心が確信に変わった。


 こいつは嘘を言っていると、そう確信した。


 何よりも決定的なのは、それを軽々しく"簡単"と言ってしまえるところだ。

 それが難しいことは久男自身が何よりもよく知っている。


 クラスのみんなが夢を語り合うなか、一人だけ夢がなかった。

 夢を叶えることのできた世の成功者たち、彼らを羨みながら横目で見てきた。


 毎日残業の日々、帰っては寝るだけ、また出勤しては遅くまで残業をし、また帰っては寝る、まるで同じ動作を延々と繰り返すからくり人形のような生活を送ってきた。


 そして今、何の因果かこの場所でこうして胡散臭い人生の啓発講座とやらを受けている。


 そんな久男であるからこそ誰よりも知っている。


 何よりもよく知っているのだ。


久男「アイテツさん、あなたの言葉は信用できない」


アイテツ「それはどういう……いきなりどうしたのかね?」


久男「そんな適当な方法では、堅物である俺は夢を見つけることができないってことだよ」


 久男は背反的だった。

 怒っているような、笑っているような

 それでいて落ち着いているような

 失望しているような、悲しんでいるような

 複数の感情を同時に重ね合わせたような何とも言えない表情をしていた。


 ただならぬ表情を浮かべる久男からいつもと違う空気を感じ取ったアイテツは多少戸惑いつつしばし黙り混む。


 二人の間に静寂が訪れる。


 静かな雰囲気を嫌ってか、そわかが空気をぶち壊すように喋り出した。


そわか「そうですよお、灰色の青春(人生)を送ってきた淡白質な先輩にとって好きになれるものなんてあるはずありません! 夢を見つけるなんて難しすぎます!!」


久男「だれがたんぱく質だ! 頭がピンク色のやつに言われたくない」


そわか「むう、ひどいですよお、髪色をばかにするなんて! それにこれ地毛です。好きで染めてる訳じゃありませんよお」


久男「髪の話じゃない。お前の頭の中が一面ピンク色の花畑だといっているんだ」


アイテツ「(というかそれ地毛なのか……)」


 そわかの介入によって雪解けた、空気に乗じて久男は静かに語り出す。


久男「アイテツさんもそわかも勘違いしている。確かにそわかの言うとおり灰色の人生だったし、とくにやりたいこともなくボーと生きてきた訳だが、何も今まで生きてきたなかで、熱中するようなことはなかったわけでもないし、好きだと言えることがなかったわけでもない」


久男「むしろ俺にだって、子供の頃とても夢中になったこともあったし、熱中したこともあった……その機会自体は多くあったんだ」


 久男はむかし、もっと小さかった頃、空を飛ぶ乗り物。飛行機に興味があった。


 あんなに大きな構造物がどうして空を飛ぶのか不思議でしかたがなかった。


 よく親にせがんでは、飛行場に連れていってもらったものだ。


久男「だが、ついぞ、俺が夢を見ることはなかった」


 しかし、それが夢に昇華することはなかった。

 とくにパイロットになりたいわけでもなく、整備士になりたいわけでもなければ、設計士になりたいと思うわけでもなかった。

 中学生、高校生と歳を重ねるごとに、興味は薄れ、いつしか何にも興味を持てない仕事ロボットになっていたというわけだ。


久男「夢というのは、ある時奇跡的な出会いをし、強く惹かれて叶えたいと願うような運命的なものだと認識している。昔からずっと好きでやりつづけていることがあったり、一時的に夢中になれることや熱中できることができたりしても、それが一生をかけて人生をかけて追いたいと思えるような夢に繋がるという保証はない。むしろ、そんな単純な方法で夢がすぐに見つかるなら苦労はない。というか実際そうならなかったから俺みたいなやつがいるんだ」


久男「夢を見つけるために好きになれるようなことや熱中できるようなことを探すということ自体は間違いではないと思う。でも、決して夢を見つけるという行為は簡単なことではない」


久男「だから、今までアイテツさんからたくさん説明を受けたと思うが、それを簡単なことだと言ってしまえるアイテツさんの言葉は信用できないということです」


 久男は心情を言葉に乗せて吐露した。

 だが、これは久男の中の一部の心情に過ぎない。もっと言いたいことはたくさん他にもあった。


そわか「たしかに一理二理ありますねえ」


アイテツ「ぐぬ、たしかに…… その"簡単"とか簡単に言ってしまってすまぬ」


 ふたりが相づちを打つが、そんな事は気にかけず、心のなかで風船のように大きくなっていく疑問を抑えきれない久男は、矢継ぎ早に語りだす。


久男「それにもし、幸いにも夢が見つかったとして……絶対にその夢を一生涯諦めずに追い続けることができると断言できるだろうか。多分答えは否だ。その夢が叶うまで夢を追い続けられるとも限らない。途中で挫折してしまうことだってある」


久男「……アイテツさん言いましたよね? 夢は叶わないかもしれないって……」


アイテツ「ああ、言ってたな……」


久男「でも、アイテツさんの理論では夢叶える前提で話が進んでいる。成功者になるためには夢を探し見つけることが必要。つまり、成功者になるためには最終的に夢を叶える必要があるわけだ。なら、もし夢を叶えることができなかったら、途中で全てが嫌になり、自分の限界を悟り、逃げ出してしまったら。それは本当に成功なのか。確かに夢を掲げることで何かの原動力にはなるかもしれない。けど、それは裏を返せば"原動力にしかなりえない"可能性もあると言うことだ」


 久男は口調こそ静かだったが、体の芯ではとても熱く煮えたぎっていた。


 まだまだ、終わらない。こんなもんじゃない。


 そう久男は感じていた。


久男「さらにもう一つ……その夢がもし叶ったとして。必ず幸せになれるものだろうか。例え、夢を叶えたとしても、叶えた先に幸せが待っているとは限らないのではないか。夢という目的に到達していても、他のことが疎かになり崩壊していれば幸せとは程遠い未来が待っているのではないか。幸せでないなら、それは本当に成功と呼べるのか」


 さらに久男は爆発した。


久男「心の底から叶えたいと願う夢を確実に見つける方法はない。夢を抱きながら困難な道をひたむきに歩き続けることは辛いことだろう。途中で倒れて夢を追うことを諦めてしまうかもしれない。そして、例え叶ったとしても幸せがそこにあるのかもわからない。苦労して手に入れた宝箱の蓋を開けてみれば、入っていたのは自分にとって価値の見いだせない石ころでした。そうかもしれない。そんな不安定なものを何故人は追いかけたいと思うのか」


久男「人にとってそんなもの本当に必要なのか。夢というのは、人を惑わす悪魔の催眠ではないのか。正常な判断を狂わし、盲信の道を強制的に邁進させる病のようなものではないのか」



 例えば、夢が叶ったとしても、幸せになれないなら果たして本当にそれは【成功】と呼べるのだろうか。


 なぜ人は夢を追うのか。なぜ人は夢に追わされるのか。


 そこに幸せがあるからか。


 でもそれは夢が叶わなければ手にはいらない。


 いや、夢が叶ったとしてもそこに幸せはないかもしれない。


 なら夢を追う必要性とはなんなんだ。


 久男の中で暴走する思考がエンジンのように回転する。久男は流転する自問自答の檻から抜けだせられなくなっていた。


 アイテツは、石膏像のように固まっている。

 そわかは飽きて寝ていた。


 結局、夢なんて還元率の悪いギャンブルのようなものではないか。


 努力という銀の玉をつまみで弾き飛ばし、理想という入賞口に入ることを祈る。

でも、入らなければ何の意味もない。


 人生というチップをベットし、ルーレットという世界の上を白い玉になった自分が必死に走り回りながら、到底入ることのないであろう奇跡を願う。

 入らなければ、人生パーだ。


 色々、否定的な考えが久男の頭を支配する。


 でも久男はそうは思いたくなかった。


 夢という言葉には、何か他のものとは一線を画す特別な意味があるような気がして……


久男「いや、そもそも夢ってなんなんですかね……」


 気がつけば、その言葉が口から飛び出していた。


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