久男の疑問(1)
そわか「なるほど、夢ですかあ」
久男「ほう、つまり人生において成功者になりたければ一生をかけてでも叶えたいと思う夢が必要というわけか」
アイテツ「そうだ。夢は必ず叶うとは限らないかもしれないものだ。しかし、夢を持たぬ人間が夢を叶えることは絶対に不可能だ。目的地を定めていないものが目的地にたどり着くことはないし、成功させたい何かがないものが成功者になることはできない。夢というのは、何かをなすためのもっとも強力な原動力なのだ」
久男は生まれてこのかた夢というものを持ったことがなかった。
少年だった頃も、学校のクラスメイトたちがやれ宇宙飛行士になるだ、パテシィエになるんだと夢を豪語するなか、久男だけまっとうな人生を送ることができればそれでいいなどと言っていた。
もっとも、現在まっとうな人生を送れているとは言い難いので、そんな夢でさえ叶えることができなかったと言える。
久男「夢か……正に俺とは縁遠い存在だな。悪夢ならいつも見るんだがなあ」
そわか「ハイハイ! わたしありますよお。たっくさん夢が!」
アイテツ「おお、そうか。優秀だな。いってみたまえ(たぶん、ろくなものではない)」
そわか「言っちゃっていいですか? えへへ、聞いて驚かないで下さいよお」
久男「勿体ぶらずに早く言えよ……(多分どうせろくなものではない)」
そわか「ええっと、あのですねえ。まずは異世界転生して腹筋ひとつで世界を救って、功績が讃えられてアメリカの大統領になります。その後、大統領権限で税(贅)の限りを尽くし、毎日お腹いっぱいスウィーツを食べたいなあ……」
久男「なるほど、そわかの夢はスイーツを食べることか。順当だな。それくらいなら奢ってやるぞ」
アイテツ「あはは……なんていうかきみは自由な人だな(久男がすべて解釈することをやめている……なんてしたたかなんだ!)」
そわか「えっへへ、そうでしょ~」
アイテツ「しかし、それはちょっとまずいかな……」
久男「そりゃそうだ」
そわか「ええっ! なんでですかあ!?」
アイテツはこれがそわかの平常運転なのかと、彼女の人となりを理解しつつ、今度は丁寧に説明することにした。
アイテツ「夢を持つこと自体は立派なことだ。 だが、流石に現実ばなれしすぎている。異世界?とやらに転生できる可能性もあるにはあるが、前世の記憶が都合よく保持されたままなんてことは絶対にないし、そもそも腹筋で世界を救うという言葉の意味がわからない。アメリカ大統領になるには、アメリカで生まれてアメリカで育たなければならない。人が決めたルールだ。帰化しても無理だぞ」
そわか「夢は大きい方がいいのですよお!(転生自体はできるんだあ……)」
アイテツ「生きてる間に宇宙の果てまで、行ってみたいという人がいたとしよう。今の時代にそんな技術はないし、たかが一半世紀にそんな技術は確立しない。人智の力を越えた夢や、多くの人の生き方やあり方に干渉しなければならない夢はやめた方がいい」
久男「アイテツさん、まじめに答えても損だからな……そわかに常識は通用しませんよ」
そわか「そんなあ……でも、諦めたくないです! 夢はいつかほんとになるって言いますし」
久男「いや、諦めろよ……」
本日、2度目であるそわかの盛大なボケから始まった、一連の会話の流れが収束するのを見計らって 、
アイテツ「何はともあれ、君たちは前提としてまず夢を見つけるべきだな。話はそれからだろうさ」
アイテツはくるくると手もとの教鞭を回しつつ、教壇を歩きながら言う。
久男「(はあ、なるほどな。だけど、夢を見つけるなんて、それこそ困難だとおもうのだが。具体的にはどうすればいいんだ。それができなかったから、今まで特にやりたいこともなくボーと生きてきたんだが……)」
久男は今までアイテツの考えを聞いてきて、どこか煮え切らない気持ちでいっぱいだった。
夢という言葉をそんな簡単に表していいものだろうか。
アイテツさんはさも見知ったように夢や人生の目的やらについて饒舌多弁に説明していたが、本人にそのような経験はあるのだろうか。
天界とやらの机上で空論を並べ立てただけに過ぎない憶測を常識という虎の威を借りながら多分正しいからヨシと見切り発車のごとくペラついてただけという可能性もある。
そんなやつのいうことが本当に成功につながるのか。
夢という存在を便利な道具のように軽々しく利用していいものだろうか。
アイテツさんの話では、成功するためには夢が必要ということだ。
まるで夢というツールを使って、成功するための足掛かりを作ろうとしているみたいな。
野球選手になりたい。ではなく、金持ちになりたいからまず野球選手になる。と言っているみたいな。
果たしてそれは健全と言えるのだろうか。
夢とはもっと独立していて崇高で尊いものではないのか。
成功するために夢を見るのではなく、夢を成功させるために努力するべきなのではなかろうか。
アイテツさんはたしかに間違ったことは言ってない。
いや、むしろ正論がほとんどであり、論理的だ。矛盾もない。それどころか、アイテツさんの話は世間一般にみんなが認識していることそのもののように思える。
しかし、なにか決定的な。
もっと大事な。
そんな何かを。
はぐらかされているような。
いい忘れているような。
あえて避けて言っているような。
そんな気がしてならなかった。
久男「アイテツさん、質問いいですかね」