人生成功講座
そわか「先輩! もうすぐ11時ですよっ! そろそろ来るんじゃないですかねぇ」
久男「ほんとだ……くそう……仕事がまだ終わってないのに、やつが来てしまう」
時計は午後の11時を指していた。
昨日、アイテツが現れた時間は11時半ごろだったので昨日と同じくらいの時間である。
ちなみに昨日は金曜日であり、今日は土曜日であったが、久男は仕事があるため出勤している。
そわかは仕事はなかったがなぜかいた。
そわか「わたし、めちゃ楽しみです! 光の中からUMAが現れるなんてとても貴重な体験です! しかも、なんか導いてくれるそうですし……」
久男「あいつは自分のこと天使って言ってなかったか? 間違ってもUMAではないと思うのだが……」
久男「(人生についてのアドバイスとかいってたな。結局何をするつもりなんだ……)」
アイテツ「やあ、諸君! 楽しくやっているかな?」
久男とそわかが雑談をしていると、昨日と同じように光を発しながらアイテツが現れた。
そわか「あ、アイテツちゃんです! 来てくださいました。楽しくやってますよお。こんばんはです!」
アイテツ「ああ、こんばんはだ」
今回も部長の机の上に現れたアイテツは、挨拶をしながら机から舞い降りる。
久男「やっぱり昨日のことは幻覚とかじゃなかったんだな……ほんとに現れるとは……」
アイテツ「約束だからな。みっちり付き合ってもらうぞ!」
久男「(約束っていうか。なかば強制だったような気がするんだが……)」
アイテツ「さっそくだが、わたしの用意した特別がすぎる部屋に招待しようと思う。アイテツ特性のスペシャルなフィールドにいらっしゃいませだ!」
アイテツ「待ってました。ワクワクですねっ。たのしみですっ」
アイテツは不思議な力で、どこからともなく教鞭を出現させる。
高らかに宣言しつつ、それを宙に掲げながら弧を描くように振るう。
すると、久男とそわかの前に淡い光を発した木製の扉が出現した。
その扉が手もかけていないのに勝手に開き、光の粒子を撒き散らしながら周囲の空気とともに久男とそわかを飲み込んだ。
2人は光に包まれて気がつけば、どこか違う部屋にいた。
そわか「ほえええ!? すごい! すごいですよっ! なんかどこか懐かしいような雰囲気がする学校の教室のような場所にきちゃいました。さっきまで、おふぃすにいたのに!」
アイテツ「すごいだろう! ここはわたしが御使いの権限と天上の霊力をもって編み上げた異空間なのだよ。そして、そう! こういう反応を待っていたんだ、わたしは。君たち初対面でも思ったより驚いてくれなかったからな……ふつう驚くのに!」
久男「おい、何ひとりで舞い上がっているんだ……? 教えるために来たんじゃなかったのかよ……」
アイテツ「はっ! そうだった! いかんいかん……」
部屋はだいたい8m四方ほどの広さだ。
木で造られたタイル張りの床上には、一人用の机と椅子が数組、整列するように置かれていた。
朝日のような清々しさを感じる光(木漏れ日)が窓から差し込み、ほのかな暖かさと明るさが部屋を満たしていた。
部屋の前方には、教壇と教卓。そして、一際目立つ大きな黒板。どこからどうみても正真正銘、学校の教室を模したものだ。
アイテツ「というわけで、ようこそ我が教室に」
アイテツはそわかの反応が嬉しかったのか、なおもどや顔を崩さぬまま、大きく手を広げて言い放った。
久男「はじめにいっておきたいことがある」
久男はまじめそうな目付きで、アイテツにかたりかける。
アイテツ「なんだね?」
久男「アイテツさんは自分が、人生で成功を納めた人達に嫉妬しており、自分の境遇について悩んでいると思っている。だが、自分はべつに世の中の成功者を妬んでいるわけではなく、自分もそういった存在になりたいと思ってるわけではない」
久男はあれはただ夢の中の出来事に過ぎず、疲れていたからたまたまあんな夢をみてしまっただけで、自分自身の本心とは関係がないと考えていた。
久男はアイテツにあの夢の中の出来事 がさも本心であるかのように勘違いされたままなのが気に入らなかったので釘を指すように前置いた。
久男「ただ、現状の人生にどこか不満を感じているのは事実だ。だから、ちょっとばかし話につきあってやるだけだからな。むしろあなたに頼まれたから仕方なくここにいるというだけに過ぎない。そこのところ勘違いしないでくれ」
そわか「つんでれってやつですねえ! せんぱい、男の人がやっても誰も得しませんよお」
久男「そわか。お前には別途、教育的指導が必要そうだな!」
そわか「ひえー、せんぱいが怖いですよお。冗談じゃないじゃないですかあ」
久男「冗談じゃないですかあ。じゃないのかよ……本気で言ったみたいになってるぞ……」
アイテツ「なるほど、これが噂にきくツンデレってやつか。勉強になる……メモメモっと」
久男「アイテツさん違うからね……こういう時だけメモとらないでくれ……」
アイテツは久男がそうは言っても深層心理では夢の中のような気持ちを少なからず持っていることを知っていた。意固地になられるのが、めんどくさかったからスルーした。
そわかは、アイテツと違い久男の夢の内容について詳しく知らなかったので詳しく夢の内容を聞き出そうと身を乗り出す。
そわか「そう言えば結局、先輩の見た夢ってどんな夢だったんです? 夢の内容を知ってるせんぱいとアイテツちゃんにはわかるかもしれませんが、夢の内容をしらないわたしは【成功者】って言葉を言われても、なんのことかいまいちぴんとこないですよお」
アイテツ「ああ、それはだな……せっかくだからそわかにも話しておくか。(そわかにカッコ悪い夢の内容を暴露してやろう笑)」
アイテツは昨日ぞんざいに扱われたことへの仕返しを行うチャンスとばかりに、にひひと笑いながら、嬉々としてそわかに夢の内容を伝えようとする。
久男「おい、アイテツさん。夢の内容をしゃべるんじゃない。プライバシーを著しく侵害することになるぞ」
久男は恥の塊のような夢の内容をそわかに知られるわけにはいかなかったので、必死になって制止しようとする。
しかし、夢の内容を知りたいと(伝えんと)暴走するアイテツとそわかの前では無意味だ。
アイテツ「かくかくしかじかで、最後は喚きながら寝転がって駄々をこねていた。というわけじゃ」
そわか「せんぱい、かわいいですうねえ……そんな一面があったなんて感激ですよお笑」
ひさお「くそう、貴様それでも天使か! 悪魔め……」
二人の連携の前に破れた久男は恥ずかしさのあまり両手で顔をおおった。
アイテツ「とりあえず、まとめるとだな。久男がぼんやりと考える【成功者】という像は、何か一つのこと(分野)に長けていて、社会において高い地位にいるもしくは社会から大いに認められている存在。それでいて変わりがおらず唯一無二性をもった人のことだな。それに久男は才能という概念にも執着していたように思える」
アイテツは教鞭を中空で振りつつ、久男のいう成功者の意味をまとめあげる。
久男「あながち間違ってはいないか。夢の内容に関しては断固として自分の意思とは無関係であるというし、そのような思想を持っていることも全力で否定させてもらうが、たしかに成功者像についてはおおむねそのとおりだ……」
久男はなおも言葉で自分の気持ちは否定しつつも内心諦めた表情で頷く。
久男の前にはどこか勝ち誇った顔のアイテツがたっていた。よほど昨日のことを根に持っていたのだろう。
アイテツ「まあ、久男を苛めるような話ばかりしていてもしょうがないし、そろそろ講義の方を始めるとしようか」
ひととおり、仕返しができて満足したアイテツは、今度こそ講義を始めようと教室の前方に設けられた教卓の前に立つ。
アイテツ「というわけで、前置きが長くなってしまってが、講義を始めようと思う。アイテツのゆかいな人生成功啓発講座の始まりだ!」
そわか「待ってましたよお! ひゅーひゅーぱふぱふ!」
久男「はあ、もう何でもいいからさっさと始めてくれ……」
こうして天使アイテツの第1回人生成功講座が始まるのであった。