第6話 願いの星空
【前回までのあらすじ】
大陸国との戦争に敗北した日本の首都、東京。
その地下に築かれた地下都市「東京回廊」で暮らす明石直人は、日々地上の瓦礫を漁ってそれらを売却することでどうにか暮らしていた。
そんなある日、彼は瓦礫の中から、かつて戦時中に自らの命を救ってくれた天使を見つけだす。
瀕死の彼女を救うため、親友の秋夜に助けを求める直人。
しかしそこで直人は、彼女が大戦中に日本軍が開発した戦闘用アンドロイドMDD18、コードネームは「AYA」であると知らされる。
そして、心臓にあたるリアクターが大きく破損しており、その影響で彼女の寿命はそう長くなく、2か月もしないうちに死ぬということも知るが、それでも直人は「綾」と新たに名付けた彼女に寄りそう覚悟を決めるのだった。
そんなある日、地上に上った綾は東京の空を再び舞う機会を得る。
そこで様々な厳しい現状を目の当たりにし、さらに自身が占領軍によって指名手配されていることを知った彼女は、直人に何も告げずに彼のもとを去り、過去の戦闘で失ったものを思い浮かべながら綾は回廊の空に身を投げる。
しかしすんでのところで直人に救出された綾は、そこで彼の口から、彼が失ったものの話を聞かされるのだった…
付き合う、とは一体何なのだろう。
そんなありふれた、それでいて贅沢な悩みをついに俺は獲得したわけだが……。
いや、彼女と付き合うこと自体はとても喜ばしいことだ。こんな美少女と付き合えるなんて奇跡のようだし、うれしくて昇天してしまいそうなくらいには俺の心はときめいている。
だが、それ以上に付き合うということがどういうことなのか、イマイチピンとこない。
「直人君、今帰り?」
「あ、霧島さん。そうだよ、今帰るとこ」
「ふーん」
そんなことを考えていたある日、大学からの帰り際にばったりと彼女に遭遇する。
もちろん彼女に会ったことが嫌なわけではないが、会うたびに考えが頭の中を回りすぎてぐちゃぐちゃになってしまうことにはうんざりとしていた。だから、特に疲れている今日に関しては、まっすぐ家に帰りたかったのだが……。
「それはそうと直人君、いつまで私のこと『霧島さん』呼びなの?」
「え」
なんてことを考えていると、突然の彼女の言葉に、混乱している頭がさらにかき回され、いよいよどうしていいかわからなくなる。
それはその……名前で呼んでほしいと、そういうことですか?
「沙耶華でいいよ」
「さ、沙耶華……?」
「なあに、直人?」
ふふふ、と楽しそうに笑う彼女を見て、こういうからかいなら悪くないな、なんて考え直し、空を見上げて息を吐く。
季節はもう冬だ。
吐いた息は薄い白くなって、空に溶けていく。
すっかり気温は下がり、空は今にも泣きだしそうにどんよりとしている。
厚手のコートを羽織らなくては外に出られないこの季節が、俺は嫌いだ。
「はい、これ」
コンビニで買ってきたらしいコーヒーを、俺の首筋に押し付けてくる沙耶華。
それは夏場に、可愛い女子マネージャーとかが好きな男に冷たい飲み物でやるもので、冬場にコーヒーでやるものじゃないと、一通り律儀にツッコんでみる。
「えへへ、いいじゃん。好きな男に、ってのも、可愛いってのもあってるわけだし」
「自分で言うなよ。それに、火傷するかと思ったぞ」
「あはは。ごめんごめん」
もらったコーヒーを一口飲み、はあー、と白い息を吐く。
「なあ、沙耶華」
「ん?」
「なんで俺だったんだ?」
コーヒーの湯気を見つめながら、そんなことを口にする。
この一か月、ずっと考えていたことだ。
好きってなんなんだろう、付き合うってなんなんだろう?
そんな、それこそ初恋を経験した中学生のようなこと。
「どういうこと?」
「お前、俺のこと好きなのか? ……あ、いや、俺はお前のこと好きだし、うれしいとは思ってるんだけどさ……」
自分の頭の中で考えていた時には、なんとなくまとまっていた言葉が、口を出るとぐちゃぐちゃにほつれてしまう。
「……目、つぶって」
「は?」
「いいから」
訳が分からず、それでも言われるがままに目をつぶる。
一体何を言われるのかと構えていると、だんだん沙耶華の顔が近くなってくるのが感じられる。
……なんだ?
何が起きているのかわからないままでいると、沙耶華の顔との距離がゼロになり、そのまま唇を重ねられる。
心臓の音が沙耶華に聞こえてしまうんじゃないかというほどに跳ね、永遠にも一瞬にも思えるほどの時間が過ぎる。
唇が離れると同時に目を見開いて沙耶華を見ると、顔を真っ赤にしながらも「ね? わかったでしょ?」とほほ笑まれる。
「こ、これって……」
「女の子にそんなこと言わせんな、バカ」
強がるようにそっぽを向く沙耶華に、今度は俺から唇を重ねる。
俺は、この子のことが好きなんだなと、改めて思う。
このつながりは大切なものだと、大事なものだという想いが、寒さに凍えていた体を温めていく。
「あ、雪……」
いつの間にかあたりには雪が静かに降り始めていて、まるでこの世界に俺と沙耶華しかいないかのような、そんな感覚に陥る。
「沙耶華、大好きだ」
「急に真面目ぶってそんなこと言うな、バカ。照れるでしょうが」
「沙耶華は?」
「……イジワル」
頬を染めながらも、それでも拗ねて目を合わせない彼女が可愛くて、思わず笑みがこぼれる。
「わ、私も君のこと、好きだから……」
「もう一回!」
「イヤですー」
あっかんべーをして雪の中を走る沙耶華を見て、今度は声を出して笑う。
「もー、なによ」
「いや、別に」
「……ふーんだ」
「あ、待て、こら」
「きゃー!」
互いに追いかけまわしあい、雪を投げ合ってじゃれ合う。
戦争の暗い影が忍び寄る中、俺にとってその時間は人生最高に幸せな時だった。
統一歴八十年、十二月二十五日のことだった。
*
「さっきから、ちょいちょいノロケを挟んできますね」
「うるせぇ」
再び話が一息ついたところで、ゴミでも見るかのような目を向けてくる綾。
やめろ、そんな目で見るんじゃない。
「でも、幸せだったんですね」
「ああ。当時は照れて言えなかったが、彼女には本当に感謝していたんだ。沙耶華と過ごす時間が、最高に楽しかったんだ」
「……素敵、ですね」
「綾?」
「私もいつか、そんな風に胸を焦がすような恋が……いえ、なんでもないです。私は、決めましたから」
決めた、という彼女の言葉が妙に引っかったが、そこまで気に留めず、続きを話し始める。
あの戦争が始まってから俺たちがたどった道を、その果てを。
*
八十一年の二月。日本は大陸国との戦争に突入した。
俺たち学生にも容赦なく徴兵の知らせが舞い降り、世の中が混乱する中、俺たちは何もすることができなかった。
当然と言えば当然で、俺も沙耶華も一介の学生に過ぎず、国家間の戦争に対しての影響などないに等しい。
それでも、そこまで軍事に詳しくない俺でさえ、連日入って来る空襲の知らせを聞いていれば、日本は負けるだろうな、という漠然とした思いは抱いていた。
「私たち、どうなるのかな……」
「わからない。一体、今何をすればいいのか……」
季節は春。
首都東京はいまだ空襲を受けておらず、不気味に静まり返った生活だけがそこにはあった。
そんな情勢下で、とある晩、俺は秋夜からの一本の電話を受けた。
「もしもし、秋夜?」
『そうだ、俺だ。直人、今少しいいか?』
彼からの電話自体そこまで珍しいことではなかったので気軽に電話を取ったが、その時の秋夜は、なんだかえらく緊張しているようだった。
「いいけど……どうしたんだ?」
『できるだけ、周りに誰もいないところに移動してくれ。聞かれるとまずい』
「あ、ああ」
言われるがままに、灯火管制で真っ暗になった町へと出かけ、家から少し離れた空き地で再び彼からのコールを受ける。
『移動したか?』
「ああ。ここならたぶん大丈夫だ。……そういえばお前、最近見かけないけど大丈夫なのか?」
思えば、沙耶華とばかりいたせいで、ここ最近彼とはあまり会っていなかった。
最後に会ったのは確か……開戦してすぐの、二月とかだったか?
『すまんな、ちょっと今逃げててな』
「逃げる……なにから?」
『憲兵からだよ』
その言葉を聞いた瞬間、俺は理解する。
学生とはいえ、天才的頭脳を持つ彼の力が、政府に目をつけられたのだろう。
『開戦前にな、命令を受けてしぶしぶながらも政府に実験結果を送ったことがあったんだ。そしたらこの間、その実験結果をもとに製作した兵器の試作品が完成したからって呼ばれてな、行ってみたんだよ』
「おう」
『そしたらな、やつらは大陸国軍の捕虜相手に、俺のデータで作ったその試作爆弾の威力テストをしやがったんだ』
秋夜の声が珍しく震えている。
きっと、俺なんかには想像ができないほどの恐怖だったのだろう。
「……そんな」
『酷いもんだったよ。……自分がしてきた研究が、こんなことに使われるなんて、吐き気がした。……だから、俺は次の命令を断った』
「まさか、それで今逃げてるのか?」
戦時中に国家の命令を無視する、というのが意味するところはただ一つだ。
『ああ。幸いなことに、反政府団体なんてのは日本全国にたくさんあるからな。なんとかなるだろう』
「じゃ、じゃあ」
『当分お前とは会えなくなるな。いや、もしかしたらもう会えないかもしれない』
「そんな……」
しばらく、もしくはもう二度と彼と会うことができないという彼の言葉は、俺の心をえぐるには十分だった。
彼とはもう長い付き合いなのだ。生活の中に秋夜がいるのが、俺の当たり前になってしまっている。
それが、その関係が戦争なんて理由で崩れてしまうのか……?
「生きてろよ、秋夜。そうすればまた、戦争が終わったら会えるかもしれないんだから」
『当たり前だ。お前こそ死ぬなよ? お前がいなかったら、誰が沙耶華さんを守るんだ?』
そうは言っても、苦しいのは俺だけじゃないだろう。彼とて不安で、だからこそこうして電話してきたのだろう。
「そうだな」
死ぬなよ、と親友に言わなくてはならないとは、言われなくてはならないとは。
なんでこんなことになったのかと、こぼれそうになる涙を堪える。
『ふっ、なんだお前、泣いてんのか?』
「な、泣いてねぇし」
『男の涙なんて気持ち悪いからやめとけよ? あ、あと逆に女の涙は九割が嘘だからな』
「この流れでそんなこと言うなよ……」
『ははは、すまんな。……直人、沙耶華さんを守ってやれよ。じゃあな』
彼からの別れの電話は一方的に切れて、もう二度と繋がることはなかった。
*
「秋夜さんは、一体何の研究をしてらしたんですか? 学生の身分で国から目をつけられるレベルの研究って……?」
一区切りついたところで、顔を上げて尋ねる綾。
「俺も後から知ったことだけど、なんでも反重力爆弾の研究をしていたらしい」
「反重力爆弾っていうと……あの国際条約で使用が禁止されてるやつですか?」
「ああ」
反重力爆とは、統一歴五十六年に中東戦争で初めて使用された、投下された区画の重力指数を崩壊させてまとめて吹き飛ばす特殊爆弾のことだ。
そのあまりの威力に、戦争終結後に国際条約で使用および所持が禁止され、その製造法は極秘裏に国連によって管理されているという。
「そんな代物を、どうして秋夜さんは……」
「『反重力爆弾のその原理の平和利用』が、あいつの研究テーマだったらしい。重力指数さえ歪めるその影響力を、何かほかのものに転用できないか調べてた、とか……」
「そうですか」
今思えば、彼も迂闊だったのだ。
そんな国際条約で禁止されているような兵器の仕組みを、学生が興味本位で調べてはいけなかったのだ。
もちろん、調べていたタイミングで戦争が始まるだなんて、ましてそれが政府に目をつけられるなんて、いくら彼が天才でも知りようがないだろうし、仕方がなかったとも言えるが。
「それは……皮肉なことですね」
元は戦争から始まったことが、研究によって平和利用の術を模索する過程で、再び戦争に利用される。もちろん彼の研究を戦争に利用しようとする側が悪いに決まっているが、それでも彼は間接的とはいえ、捕虜を殺してしまったのだ。
彼の理論が、人を殺した。
そのことに、秋夜は耐えられなかったのだろう。
「綾も、人を殺したことあるんだよな?」
「……そりゃ、兵器ですからね」
「やっぱり、辛いもんか」
「言葉になんてできないくらい、辛いですよ。でも殺さなきゃ自分が、大切な仲間が、守りたい人が殺される。それが戦争ですから」
「……そうか」
しばしの沈黙の後、俺は再び口を開く。
*
秋夜から別れの電話があった晩。
電話が切れた後、俺はしばらく糸が切れた操り人形のように、その場に座り込んでいた。
「直人、どうしたの……?」
どのくらいそうしていただろう。
俺のことを探していたらしい沙耶華の呼びかける声で、我に返る。
「どうしたの?」
不安そうに俺のことを見つめる沙耶華に、思わず抱きつく。
「ちょ、どうしたの?」
「……どこにも、行かないよな? お前は、俺のそばにいてくれるよな?」
「何言ってんの……? 大丈夫?」
沙耶華もいつか秋夜のようにいなくなってしまうのではないか。
そんな不安で、俺の心はつぶされそうだった。
「頼む、行かないでくれ……」
懇願する俺の頭を、わけもわからないまま静かに撫でてくれる彼女に、一体俺はどれほど救われたことか。
「大丈夫だよ。私は何があっても、君のそばからいなくなったりはしない。ずっとそばにいるよ」
「沙耶華……」
我ながら本当に情けないと思う。
けど、こうでもしないと今の俺は俺でいられないのだ。
「直人、空」
ぽつりとそうつぶやく沙耶華。
「空……?」
泣きそうになるのを何とか堪えながら、言われた通りに夜空を見上げる。
「わぁ……」
灯火管制で光が消えた東京の夜空には、まるでバケツから星をぶちまけたかのような、数限りない輝きが折り重なっていた。
その輝きに、俺は言葉を失う。
「悲しい時にはね、星に願うんだよ。悲しい時、私はいつもそうしてるの」
「星に、願う……?」
はにかんだ笑みを浮かべる彼女の横顔を見ながら、思わず聞き返す。
「そう。星に願うの。でもさ、結局は自分でどうにかするしかないんだよね。だって人間は星に願うことはできてもさ、願うことしかできないんだからさ」
「願うことはできても、願うことしかできない……」
その時彼女がなぜそんなことを言ったのかはわからなかったが、それでも俺のことを気遣ってくれているのはわかった。
「何があったか、無理に話さなくてもいいよ。でも、直人が辛い時には私に存分に甘えていいから」
「沙耶華……」
「だから、私が辛い時は直人にいっぱい甘えさせてね~」
「……お前、最初っからそれが狙いだったろ」
「ソ、ソンナコトナイヨ」
「怪しい」
えへへーと、恥ずかしそうに笑う彼女を見て、この星空のことはずっと覚えていようと心に誓った。
今日の日のことを、決して忘れまいと。
そして、それから一か月後、ついに俺と沙耶華にも召集令状が届いた。
なんでも「国家存亡の危機につき、老若男女問わずの徴兵」とのことだった。
「見境なしかよ」
ふざけんなという気持ちもあり、お互いにバラバラになることを恐れたが、幸か不幸か、俺と沙耶華は共に同じ横須賀訓練地送りとなった。
「国家総動員、ねぇ……」
個人的見解として、今から召集されて訓練を受けたところで、実戦に出る前に日本は負けて戦争は終わるだろうと踏んでいたので、戦争で死ぬことに対しては特に何も思うことがなかった。というか、思おうとしなかった。
空襲などで死ななければ、あと半年か一年かを生き延びれば戦争は終わる。
だから、今は生きることだけ考えていよう。
小賢しくそんなことを考えていた俺は、精一杯真面目ぶって日々の訓練生活を送っていた。
そんな、楽しいことなど一切なく、ただただ過酷な訓練生活の中での俺の癒しは、夜の自由時間にこっそりと沙耶華と会うことだけだった。
「よっす。今日もお疲れ」
「お疲れ」
疲れ切った顔であいさつを交わし、二人で真っ暗な運動場の端に座って夜空を見上げる。こうして今日あったことを話しあうのが、俺たちの日課となっていた。
二人とも同じ横須賀訓練地配備とはいえ、配属自体は違うため、訓練内容は異なっている。なので、お互いに毎日何をしているかは知らない。
だから、今日は教官にこんなことを言われた、とか、同じ部隊の誰々が時間に遅れて罰として運動場を十週走らされていた、とか、そんなどうでもいいことを俺たちは語り合った。そしてこの時間が、俺はなにものにも代えがたいほど好きだった。
「必ず毎日一つ、星になにかお願い事をしよう!」
いつからか、彼女はそんなことを言いだした。
このつらい日々が早く終わるように、まずは星空に願おうと、そう言いだした。
「いいんじゃない?」
その考えに俺は賛成し、毎晩願い事を考えては真っ暗な運動場へと向かい、星に願った。
早く平和になれとか、秋夜が無事でありますように、なんていう大きな願いから、明日の夕食がハンバーグでありますようにだとか、雨が降りませんように、なんていうくだらない願いごとまで、俺たちは本当にたくさんの願い事を星空に託した。
雨の日も風の日も、仲良しな日もケンカした日も、俺たちは願い続けた。
そして、忘れもしない八月十六日。
普段通りの訓練を終え、沙耶華のもとへと向かおうとした時、宿舎にけたたましい空襲警報が鳴り響いた。
「なんだ、どうした?」
「司令部から通信です。『敵爆撃機編隊十機が横浜、横須賀方面に侵攻中。直ちにこれを迎撃せよ』とのことです。編隊の規模から、おそらく目的は威力偵察にあるかと」
「なるほど、嫌がらせか……」
「しかし、司令部からは迎撃指示が出ている以上、見過ごすわけにもいかないかと」
「……ああ。従わざるを得んだろう。至急、航空隊に連絡! 敵爆撃機編隊の迎撃任務にあたらせろ! ったく、この時代に爆撃機とは……」
廊下で忌々しそうに指示を出す彼のその言葉に、心の中で大いに賛成する。
なにもこのハイテクノロジーな時代に、墜とされるリスクを負ってまで、爆撃機で本土侵入を企てなくともよいだろうに。
物量の差がここまで顕著に表れるとは、悲惨な限りだ。
それに、爆撃機が本土侵入を図ってまで威力偵察を試みるなど、日本が制空権を失っていることをなによりも顕著に表している。
しかし、威力偵察だということがわかっていながら、迎撃指示を出す司令部も司令部だ。まったく、無駄なことを。それこそ燃料の無駄、敵さんの思うつぼじゃないか。
おおかた、迎撃指示など、万が一にでも彼らが威力偵察ではなく、本当に爆撃だった時の言い訳くらいにしか思っていないのだろう。
『訓練生各員は最寄りの対空砲座につけ。横須賀第十八防空大隊に迎撃指示を出してある。だが、万が一ということもある。各員、第一種警戒態勢を維持せよ』
音質の悪い兵舎内のスピーカーから、ノイズ交じりの指令がでる。
みんなが慌ただしく持ち場に着く中、まさか俺だけサボるわけにもいかないので、しぶしぶ近くの対空砲座につく。
まったく、冗談じゃない。
球体状の砲座の中に入って椅子に座り、装弾数や照準精度の確認をしながら、いつもなら今頃は沙耶華と星を見てしゃべりあっているだろうに、なんて愚痴を脳内で垂れ流し続ける。
『各対空砲座、状況を報告せよ』
「こちらB12番砲座、準備良し」
確認を一通り終わらせ、手早く状況報告を済ませる。
次々にほかの銃座から報告が上がる中、みんなが準備万端になっていくのに反比例して
俺のやる気は下がっていく。
『各員に通達。敵爆撃機編隊は、横須賀第十八防空大隊の活躍によって撃退されたとのことだ。ただ今、彼らは引き続き残敵掃討にあたっている。よって、第一種戒態勢は解除とする』
が、そんな俺の無気力さを理解してのことか、第一種警戒態勢はその後わずか二十分で解除された。
ふー、と大きくため息をついて額の汗をぬぐう。
夜とはいえ、こんな暑いのに狭くて通気性が悪い対空砲座に二十分以上座っていたのだ。熱中症一歩手前。いや、我ながらよく倒れなかったなと感心するレベルだ。
「さて、と……」
手でパタパタと仰ぎながら砲座の外に出て、時計を確認する。
すでに、沙耶華と普段会っている時間は大幅にオーバーしている。
これはどうしたものだろうか。沙耶華のいる女子寮と連絡を取る術はないので、今から運動場に行っても、会えずにガッカリということも存分にあり得る。
「うーん……」
でも、かと言って行かなかったにも関わらず、沙耶華が俺のことを待っててくれたら悲劇だからな。……待ちぼうけ覚悟で行くか。
そう結論付けて、自分の部屋を抜け出して外に出る。日々の灯火管制に、さっきまで空襲警報が出ていたことも相まって、外は普段以上に漆黒の闇に包まれていた。
ふと上を見上げると、宝石箱のような星空はいつも以上に輝いていて、なんだかより一層明るく見える。
「おーい、直人~?」
「お疲れ、沙耶華」
運動場のいつもの場所へと行くと、そこにはすでに沙耶華がいた。
「待った?」
「ううん、今来たところ」
そんなリア充な会話を交わして、俺たちは普段通り、今日あったことを語り合う。
こんな時間に第一種警戒態勢とか勘弁してほしいよね、とか、今日はいつもより遅いから眠いな、等々。
「そうだ、直人。ちょっと行こう?」
十分くらい語り合ったところで、彼女はそう言って立ち上がり、俺の手を引いてくる。
「行こうって……どこへ?」
「星を見に行くに決まってるじゃない。約束したでしょ? 忘れたの? ほんと、わすれんぼさんなんだから」
いたずらっぽく笑う彼女を見て、昨日約束したんだったと思い出す。
『ここよりも、もっと星が綺麗に見えそうな場所を見つけたからさ、明日はそこに行こうよ』
そうだ、確かに沙耶華にそう言われていたんだった。
やれやれ。空襲云々のごたごたですっかり忘れていた。
「今日も願い事、考えてきた?」
「ああ、一応な。沙耶華は?」
「んー、微妙かな。さすがにそんなに願い事もないわよね。私、もう思いつかなくさ~」
いやいや。そもそもの言いだしっぺが何を言っているんだ……。
「当たり前の願い事しか思いつかなくてさ」
「どういうこと?」
「んー? それは言えないなぁ」
「なんでだよ」
いかにも聞いてください、とばかりにこちらをちらちらと見ていたくせに何を……ああ、からかっているのか。
「当ててみて~」
「明日朝寝坊しませんように、とかか?」
反撃、というにはあまりにくだらないとは思ったが、一応そんなことを言ってみる。
「違うよ!? そんなにテキトーなことじゃないよ!?」
「じゃあなんだ?」
「考えて」
「……ギブだ、ギブ」
「えー、そう?」
ふー、と深呼吸をし、頬を染めて口を開く沙耶華。
「直人とずっといられますように、とか……」
予想外の一言に、顔が熱くなっていくのを感じる。
ああ、俺はこの女にずっとからかわれ続けるんだろうなと、そんなことを考えてしまう。
沙耶華には敵わないな、と、沙耶華のことが好きなんだな、と。
「で、でもさ、やっぱりなにかしら願い事はしなきゃね?」
「あ、ああ。そうだな」
お互いにドギマギしながらも、照れ隠しにどんどん饒舌になっていく。
「だって人間は、星に願うことはできてもさ、ただ願うことしかできないんだからさ」
「そんなに照れながら言っても、全然ロマンチックじゃねぇな」
苦笑いを浮かべてそう言う。
「余計なお世話ですよーだ」
あっかんベーをして走り出す彼女の後を慌てて追いかける。
「待て待て、暗い中でそんなに走ると危ないぞ」
「大丈夫です~。そんなポンコツじゃありません~」
「へぇ、そうかい。ならどうなっても知らないぞ」
そんな風に拗ねたふりをしてみると、案の定彼女は立ち止まって、振り返って俺の機嫌をうかがってくる。
「えー、ごめんごめん。冗談だよぅ。心配してくれてありがとう」
ああもう、可愛いなチクショー。
上目づかいの可愛い顔でそんなことを言われては仕方がない。
「冗談だよ、気にすんな。……てか、今騙されたろ?」
「もー。直人のそういうところ、好きじゃない」
拗ねていたと思ったら、今度はフグのように膨れて見せる沙耶華。
本当に表情がコロコロと変わるなぁ……お前は情緒不安定か、とツッコみたくなってくる。まったく、可愛いなぁ。
「俺は沙耶華の拗ねてる顔、好きだけどな」
「またまた、どうせ冗談でしょー?」
彼女はそう言いながら、捕まえてみて、とばかりに走り出す。
すまなかった、沙耶華。
そんなことないって。俺はお前が思ってる以上に、お前のことが好きなんだよ。
なんだかんだ俺は、恥ずかしくて彼女に愛していると言えてなかった。
面と向かって沙耶華に大好きだと、愛してると真剣に伝えてなったなと思って、引き止めて沙耶華にそう言おうとした。
その瞬間、
俺の視界が、真っ白に染まった。
何が起きたか、理解できなかった。
『なんだ、爆発か?!』
『どうした?』
『上空に敵機確認! 誰か、司令部につなげ!』
『そこにいるのは誰だ? 大丈夫か!?』
遠くから聞こえてくる誰かの声が、わんわんと非現実的に頭の中に響く。
「おい、どうした!」
がしっと、俺の肩を掴んで大丈夫かと問いかけられる。大きく揺さぶられ、我に返る。
なんだ、何が起きた?
視界が真っ白に……?
それに爆発……?
「うそ、だろ……」
さっきまで沙耶華が笑顔を浮かべていた場所が、燃え盛っている。
そこに俺の愛していた沙耶華の姿はなく、ただ黒焦げになった何かが転がっていただけだった。
「沙耶華、沙耶華……沙耶華ぁぁぁ!!」
俺の悲痛な叫びも虚しく、結局沙耶華が俺の言葉に拗ねている表情が、俺が最後に見た彼女の顔となってしまった。
*
「大体のあらましは、こんなもんだ」
彼の過去の話を聞き終えて、私は胸が締め付けられていることに気づく。
「そう、ですか……」
後半になるにつれて泣かないように、自分自身の深いところに障らないようにと、わざと淡々と語る直人が、よけいに辛かった。
泣きわめきながら話してくれた方が、何倍マシだっただろうか。
「すいません、辛いこと思い出させちゃって……」
痛む胸に手を当てて、呼吸を整える。
私が何かを守ろうと戦ったあの戦争で、大切な人を失った人の話というのを初めて聞いたせいか、彼の話を全て受け止めきれない自分がいる。
この手で、誰かを守らなくてはと、必死に戦ってきた。
でも、こんな小さな拳では目の前の彼のことさえ救えなかった。
握りしめた拳を見つめ、息を吐く。
「いや、いいんだ。無理矢理にでも過去を振り返らなきゃ、俺は前に進めないからな……」
前に進めない。そう語る彼の目は真剣そのもので、その熱いまなざしは私にも伝わってきた。
けど、直人の言う「前」というのは、どこのことをいうのだろうか?
沙耶華さんを失った悲しみを乗り越えて前向きに生きていけるようになる、ということなんだろうか? それとも。
「だから、俺は誓ったんだ。もう二度と、大切な人を死なせないと」
「大切な人を、死なせない……」
脳裏に、死のうとしていた私を助けた時の必死になっていた彼の顔が浮かぶ。
私は、彼にとって大切な人だったのだ。
そう思えるだけで心が温かくなり、また涙がこぼれ落ちそうになる。
ああ、どうして私たちには涙を流す機能がないのだろう?
なんで、誰かの為に悲しむことができないのか。
そう考えると、どんどん心が重くなっていく。
「……直人は、彼女が死んだ後どうしたんですか?」
「あの後、彼女は回収班に連れて行かれた。それで結局俺は、沙耶華の死に顔を見ることさえできなかった」
「そうでしたか」
確か軍の規則で、戦死扱いの者は一旦軍に管轄が移るというのがあった。
おそらくは、彼女の死亡した原因自体が軍の不祥事だったために、空襲の事実ごと彼女の存在が記録から抹消されたのだろう。
「だから、俺は……」
東京回廊のシャフトの虚空の闇を見下ろしながら、彼は再び口を開く。
大事な人を目の前で失い、自責の念に駆られた直人が何を思い、行動したのかを。
次回更新は4月17日(金)の20時です。
気に入っていただけたら評価や感想など、一言でも大丈夫ですのでいただけると励みになります。
では、また次回!




