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第5話 戦いと救済の旅路

【前回までのあらすじ】

大陸国との戦争に敗北した日本の首都、東京。

その地下に築かれた地下都市「東京回廊」で暮らす明石直人は、日々地上の瓦礫を漁ってそれらを売却することでどうにか暮らしていた。

そんなある日、彼は瓦礫の中から、かつて戦時中に自らの命を救ってくれた天使を見つけだす。


瀕死の彼女を救うため、親友の秋夜に助けを求める直人。

しかしそこで直人は、彼女が大戦中に日本軍が開発した戦闘用アンドロイドMDD18、コードネームは「AYA」であると知らされる。

そして、心臓にあたるリアクターが大きく破損しており、その影響で彼女の寿命はそう長くなく、2か月もしないうちに死ぬということも知るが、それでも直人は「綾」と新たに名付けた彼女に寄りそう覚悟を決めるのだった。

そんなある日、地上に上った綾は東京の空を再び舞う機会を得る。

そこで様々な厳しい現状を目の当たりにし、さらに自身が占領軍によって指名手配されていることを知った彼女は、直人に何も告げずに彼のもとを去るのだった…

 銃撃と砲撃と空爆の雨の中、私は戦場と化した東京の空を駆ける。

 私が生まれた時から、この国は戦争をしていた。

 開戦の理由がなんなのか、どんな大義がこの戦いにはあるのか。そんなことは私にはわからない。

 生まれながらに戦うことを定められていた私たちには、戦いしかなかった。


「十八番、そちらに敵機が向かった! 至急迎撃しろ!」

「こちら十八番。敵機、目視で確認した。迎撃にあたる」


 敵も東京回廊に攻め入る準備をしているのだろう。雨あられとミサイルが降り注ぐ中、わざわざ友軍の攻撃で墜とされるリスクを負ってまで、大陸国軍の戦闘機が接近してくる。   

 全く、ご苦労なことだ。

 とまれ、僚機のMDD17から敵機来襲の報を受けたので、瞬時に構えていた対空砲を背中側に回し、接近戦闘用の機銃に切り替える。


「敵はどこから……そこか!」


 どこから仕掛けてくるかと四方八方に目を配り、燃え盛りながら崩壊しつつあるビルの隙間から、轟音を立てて接近する戦闘機を発見。考えるより先に機銃の照準を敵機に合わせ、コクピットをハチの巣にする。

 そして突っ込んできた勢いのまま爆発、炎上して瓦礫の山に突っ込んでいく。

 撃墜を確認し、即座に対空砲に持ち代える。


「次から次にッ!」


 クソッ、と吐き捨てて、上空から接近してくるミサイルに対空砲の照準を合わせたその瞬間、十七番から悲鳴に近い接敵報告が入って来る。


「こちら十七番、聞こえるか、十八番! 我、敵攻撃機の奇襲を受けている! 我、敵の攻撃機の奇襲を受けている! 至急援護を!」

「大丈夫か、十七番!」


 無線に向かってそう怒鳴りながらも冷静に引き金を引き、落下してきたミサイルを撃ち落とす。


「位置はD34地区、高度八百M! 至急援護を、至急……助け……」

「十七番!」


 耳をつんざく爆発音とともに、十七番からのコンタクトが途切れる。おそらく、撃墜されたのだろう。

 サイズも小型で小回りの利くMDDシリーズにとって、近接火力に優れた攻撃機の存在は厄介だ。

 私たちが携帯している機銃では、その装甲を貫通することはできないので、墜とすには連射速度の遅い対空砲で直接打ち抜く必要がある。

 やれやれ。敵は、私たちがミサイルを撃ち落とすのが相当気に食わないらしい。


「見つかった、か」


 今いる空域から役一キロ先、十七番から連絡のあったD地区から、こちらに突っ込んでくる黒い機影を確認。

 妨害を受けずに真っ直ぐこちらに突っ込んでくるところを見るに、どうやら防空任務に上がっているMDDシリーズの中で、私が最後の生き残りらしい。


「当たれぇえ!」


 即座にリロードし、敵機に照準を合わせる。

 この間合いならば、射程の長い私の方が有利だ。一発一発、よく狙いを定めて砲撃する。

 が、敵もさる者。こちらからの攻撃を華麗にかわし、自らの間合いに詰めてくる。

 仕方なしに機銃を取り出してコクピットをハチの巣にせんと連射するが、コクピットのガラスに亀裂が入って中で血しぶきが上がるのと、至近距離からの砲弾が私の右半身を焼くのと、同時だった。

 右腕をえぐった砲弾は、そのまま背中のフライトユニットをも焼き、火を噴くのを視界の端で捉える。

そのまま右腕の感覚を失いながら、落下していく敵機に持ちうる火力をありったけ叩き込み、爆発するのを確認して、静かに目を閉じる。


「仇はとった、よ……」


 そのまま制御を失った私は、近くのビルに突っ込み、完全に意識を失った。

 こうして、私の戦争は終わってしまった。

 

 次に目を覚ました時、そこには見知らぬ景色が広がっていた。

 私を再起動したらしい白衣を着た男と、私のことを心配そうに見つめる男の二人が、そこにいた。

 彼らの名前は秋夜さんと、直人といった。

 そして彼らは、今の日本の状況を聞かせてくれた。

 戦争に負けたこと、東京は壊滅したこと、東京回廊に敵軍が攻め込み、司令部が陥落したこと。

 そんな、私が守ろうとしていたものが、すべて崩れてしまったことを私は知った。

 信じられなかった。

 信じたくなかった。

 死んでいった仲間たち、助けられなかった人々。そんな彼ら彼女らの顔が脳裏に浮かび、思わず顔を伏せる。


『戦争が終わったら、私たちもう戦う必要ないんだよね』

『そしたらなにしようか?』

『わからないけど……みんなで笑い合いたいね』

『なに、そのぼんやりとした目標』

『えー、いいじゃない』

『まあ……確かにね。いいね、それ』

『じゃあみんな、約束だよ?』

『『うん!』』


 共に最後の防空任務に上がる前、十七番と十五番と交わした会話を思い出す。

 普段は真面目で怖い顔が多かったけど、たまに見せる笑顔がとても可愛かった十五番。 

 そして、そんな十五番とは反対に、普段はちゃらちゃらしているのに、不意に見せる真剣なまなざしがとても鋭かった十七番。

 二人の顔がまぶたの裏に浮かんで消えていき、悲しくてどうしようもなくなる。

 ごめん、二人とも。約束、守れなくて。

 アンドロイドに涙を流すという機能はない。

 それでも、悲しくて悲しくて、涙は出ないけど、泣きたくなった。

 彼女たちのことも守れなかったということがなによりショックで、寂しくて、寿命のことを話されても、まったく耳に入って来なかった。


『いえ、いいんです。本当のことが知れてよかった』


 でも、ここでこの人たちを苦しめちゃいけない。

 そう思って、大丈夫かと彼に尋ねられた私は、精一杯の笑顔を作ってそう答えた。


『回廊の人たちは、今もちゃんと生活を送れているんですよね?』

『一応は』

『なら、よかった』


 心にもないそんな質問をして、冷静さを保とうとする。

 少しでも気を抜いたら、自分の中にあるものが崩壊してしまいそうで、辛かった。


『君は……えっと』

『MDD18とでも、AYAと呼んでいただいて構いませんよ』

『じゃあ……アヤで』

『はい』

『……アヤは、どう思った』

『何がですか?』

『戦争のこと、今のこと、そして自分のこと。言い方はアレだけど、自分の命のこととか……』

『戦争のことは……そうですね、負けたこと自体にはやはり悔しいという気持ちはあります。でもそれ以上に、私は軍人であり、守人です。その本分は国民を守ることですから、こうしてみなさんが無事でいてくれてなによりです』


 本当に、心にもないことをぺらぺらと話す自分が嫌だ。

 それでも怖くて、寂しくて、ただただ茫然としている弱い自分を見せたくなかった。

 私を再び目覚めさせてくれて、未来を少しだけ見せてくれた二人には感謝している。

 だからこそ、私は二人が望むであろう回答をしてしまう。


『さっきさ、俺がこの現状をどう思うか聞いた時、お前、嘘ついたよな』


 なりゆきで直人の家に滞在することになり、彼の家に向かう途中で直人に言われたその言葉は、私の胸に深く突き刺さった。

 この人も私と同じだ。何かを失った人だと、そう感じた。

 その時は小さく否定することしかできなかったが、でも彼が黙って手を繋いでくれて、心がととても温かくなった。そして、それは確信に変わった。

 私に会ってわずか三日で、私に親身になってくれたこと、飛んでみないかと言ってくれたこと、文句を言いながらも一緒に飛んでくれたこと。

 そんな直人の気遣いに触れるうちに、心が人の温かさで包まれていくのを感じられた。

 心臓の鼓動が高鳴り、心から安堵することができた。

 心臓なんてなくても、私はそれを感じることができたのだ。

 そして、それが嬉しかったんだ。

 

 けど、あの時を境に私は心から笑えなくなった。

 お昼ご飯を食べ終え、回廊の入口へと向かう最中、多分近道をしようとしたのだろう。彼は細い裏道へと足を踏み入れた。

 そこにあった建物は、一見してあたりの瓦礫とは似ても似つかないものだったので、これはおそらく、PCFとかいう占領軍の建物なのだろうなと思った。

 そして、何気なく目をやった壁に貼られていた一枚の張り紙が、私の温かな気持ちを一瞬で砕いた。


『……!』


 そこには「特別手配犯、戦闘用アンドロイド、形式番号MDD18。この機体を見かけた方はPCFまで」と書かれていた。

 わが目を疑い、次に直人を信じられない思いでいっぱいになった。

 それでも、いや、彼は私をPCFに差し出したりはしないだろうと、すぐに思い直す。

 そう思った直後、彼は私の手を引いてすぐにその道を離れる。

 なんだ、やっぱり違うじゃないか。

 そう思うと共に、彼の犯しているリスクに気づき、身震いした。

 私と、特別手配犯のMDD18と行動を共にするというのは、間違いなくPCFに捕まるだけの罪なはずだ。


『綾、大丈夫か……?』


 そんなことを考えてボーっとしていたからだろう。心配そうな顔の直人に声をかけられる。


『……え? あ、はいはい。大丈夫ですよ?』


 無理矢理笑みを浮かべてそう答えるが、自分の声にハリがないと実感する。

 私はここにいていいのか。

 そんなことを考えながら、三日が過ぎた晩。私はついに一つの結論に達した。


「直人、ありがとう」


 暗闇の中起き上がり、寝ている直人のそばに座って彼の顔に優しく手を添える。


「でも、ごめんなさい」


 私という存在が、周囲に悪影響を与えているのだ。

 私といることで、彼は不幸にしかならない。

 PCFに捕まるリスクもそうだし、また彼は大切な人を失うことになってしまう。


「助けてくれてありがとうございました。嬉しかったです」


 彼の顔を撫で、立ち上がって家を出る。


「恩がえし、ってほどじゃないけど……私にできるのはこれくらいですから」


 私が特別手配犯である限り、彼に危険が付きまとう。

 私の寿命が減るほど彼を苦しめる。

 なら、私は消えるしかない。

 それが、彼の為だ。


「秋夜さんにお礼、言ってなかったなぁ……」


 薄暗い回廊の道を歩きながら、目覚めてからの短く、それでいて刺激的だった時間を思い返していく。

 空を飛んだのはやっぱり気持ちよかったなぁ。

 お昼に直人が買ってくれたご飯、美味しかったなぁ。

 彼が笑ってくれて、よかったな。


「私は、彼の大切な人だったのかな……」


 はるか地下の虚空まで続くシャフトの淵に立ち、そんなことをぼやく。

 ここで潔く消えよう。そうすれば万事解決だ。


「ありがとう、直人」


 そうつぶやき、掴んでいた柵から手を離す。

 支えを失った体は、重力に従って落下を始める。

 スローモーションで遠ざかっていく回廊の景色を見ながら、ゆっくりと目を閉じていく。

 直人には笑っていてほしいと、そう願いながら。



「綾ッ!」


 落下の感覚が体中に満ちていくより前に、右腕に痛みが走る。


「直人……?」


 目を開くと、そこには必死の形相で私の腕を掴む直人の姿があった。


 *


「なんで、ここに……」


 しっかりと綾の手を握りしめ、話さないように力を籠める。

 とはいえ、彼女のか細い体のほとんどはシャフトに投げ出され、かろうじて俺が腕を掴んで落ちないようにしている状況だ。

 かなりいっぱいいっぱいの、マズイ状況だ。

 しかも、必死に踏ん張る俺の足に、落下防止用の柵はすでに悲鳴を上げ初めている。

 このままじゃ、もたない。


「お前が、お前の姿が見えなかったから、もしかしたらって思って……ッ!」


 自分自身に投げかけるかのように、綾に向かって叫ぶ。

 俺は、また大切な人を失うことになるのか?

 俺は、また後悔することになるのか?

 俺は、俺は……!


「勝手に、勝手に俺のそばからいなくなるんじゃねぇ! 俺はお前に対して責任がある! いや、そうじゃなくとも俺はお前を……っ!」


 思っていることが全部、絶叫となって口をつく。


「綾……俺は、俺は……」

「そんな顔、しないでくださいよ」

 

 上目づかいで悲しそうな顔をする綾。


「ほら、私に関わると不幸になるんですよ? また、身近な人を失うことになりますよ? 君だって、本当はわかってるんでしょ?」

「ああ、わからねぇ、わかんねぇよ! でも……!」

「手を放してください。私はもう、十分すぎるほど幸せですよ。だから」

「わっかんねぇなぁ! なんでそうやってッ……勝手にいなくなろうとするんだよ!」

「私はもう先が短いんですよ? あと二か月ぽっち生きて、何が変わるんですか? 私にできるのは君を不幸にすることくらいです。だから、助けると思って」


 その言葉に、キッと彼女を睨みつける。


「『助けると思って手を離せ』ってか?! 冗談じゃねぇぞ!」


 目の前で沙耶華を失ったあの日、俺は誓ったんだ。

 もう二度と、大切な人を死なせないと。

 だから、俺は……!


「俺が、俺がお前をもっと幸せにしてやるッ! 幸せすぎてどうしようもなくなるくらい、幸せにしてやる! 受け止めきれないほどの幸せを、お前にやるッ!」


 理屈なんかどうでもいい。

 理由なんてどうでもいい。

 俺はただ、彼女に生きたいと願ってほしいんだ。


「だから、死ぬなぁっ!」


 絶叫する俺を、大きく目を見開き、信じられないという風に見つめる綾。

 しかし、そんな俺の想いと裏腹に、だんだんと握りしめる手の感覚がなくなり、足元も滑り始める。

 このままでは、二人とも落ちてしまう。このままでは……!


「君は本当にお馬鹿さんですね。……約束、ですからね」


 泣きそうな表情で、それでも必死に笑う綾。

 いよいよバランスを崩しかけたその時、綾が宙ぶらりんだった左手で柵を掴んで、這い上がろうとし始める。


「そのまま、引っ張るぞおおッ!」


 バランスが戻ったその勢いのまま、全体重をかけて綾を引きあがる。

 そのまま勢い余って後ろにこけ、頭を打ってしまう。


「痛てて……」


 あまりの痛さに後頭部をさすっていると、今にも泣きそうな表情の綾が目の前に立ち尽くしていた。


「あ、や……」

「直人っ!」


 そのままダイブのような形で、俺の胸に飛び込んでくる綾。

 何か言葉をかけるべきか迷ったが、彼女が俺の胸に顔をうずめているのを見て、黙って綾の頭を優しく撫でる。

 彼女も、いろいろと溜め込んでいたのだろう。

 俺なんかには想像もつかないほど多くのものを失い、それを乗り越えられずにいたのだろう。


「もう大丈夫だ。お前の苦しみは、俺が受け止める」


 顔をうずめたまま、首を縦に振る綾。


「だから、死のうとなんかするな。二か月ぽっちなんて言うな。お前が幸せになるには、十分すぎるほどの時間が、俺たちにはあるじゃないか」

「……もう、思ってませんよ。……私は、死にたくないです。生きたいって、そう思ってますから」

「そうか」


 目の周りを腫らしながら、それでも顔を上げて俺のことをしっかりと見つめて「死にたくない」と言う彼女の顔には、昨日までのような迷いは全くなく、澄み切っていた。


「どうして死のうと思ったんだ?」


 泣き止んで少し落ち着いた綾に、そう尋ねてみる。


「私は、怖かったんです。直人を不幸にしているんじゃないか、してしまうんじゃないかって」

「不幸に?」

「はい。地上に出た帰り道、PCFの建物の裏手の道に入ったじゃないですか」

「ああ」

「そこで、私が特別手配されてるって知って……なんで直人はそんな私と一緒にいるのか、ずっと考えてたんです」


 そうか。あの時、綾は自分が手配されていることを知って、それで様子がおかしくなっていたのか。


「……教えてください。どうして直人は、私と一緒にいてくれるんですか? どうして、私を助けてくれたんですか?」


 澄んだ目で真っ直ぐに見つめられる。


「……助けてくれたのは綾の方だよ」

「え?」

「覚えてないかな? 初めて東京が空襲された日、君は俺を助けてくれたんだ」


 俺は今でも、あの時の光景がまぶたの裏にありありと浮かぶ。


『さあ! 今のうちに回廊へ! 早く!』


 大胆にも空中でビルを片手で止めながらそう言い放った彼女は、さっきまで俺が見とれていた天使その人だった。

 まじまじと見ると、彼女の体はいたるところ傷だらけで汚れきっていて、銃撃をしながら空を駆けるその姿は、天使のイメージとはほど遠い。

 しかし、彼女のその凛としたたたずまいや美しさ、それに背中に輝く瑠璃色の翼は、俺に天使の姿を思い起こさせた。


『生き延びてくださいね!』


 大声でそう叫んだ彼女は、一体俺たちの誰に向かってそのメッセージを放ったのだろうか。

 あの日あの空で戦っていた綾という一人の人物が何を考えていたのか、どんな想いを抱いていたのか、知りたいと思った。


『それは、お前を苦しめるだけじゃない。彼女のことも苦しめる決断になるかもしれない。それでもか?』


 綾を起動すると決めた時、秋夜が俺に言った言葉を思い起こす。

 あの時、俺は頷きこそしたが、本当の意味でその言葉を理解しきれていなかった。

 でも、今ならわかる。


「俺は、知りたかったんだ。自分を助けてくれた存在を、綾という一人の女の子を」

「……たった、それだけのためですか」


 困ったように笑う綾。


「ああ、自分でもそう思うよ」


 彼女の苦しみをわかってやれるか、と、秋夜はそう言いたかったのだろう。


「私が目を覚ました日に、直人が私に言ってくれたこと、覚えてますか?」

「いや」

「『さっきさ、俺がこの現状をどう思うか聞いた時、お前、嘘ついたよな』って」


 ああ、言った気がする。確か、彼女があまりにも分かりやすい「いい人」な回答をしていて、それが違和感だったから……だったか?


「あの時は否定しましたが、直人の言う通り、嘘でした。この現状をどう思うか聞かれたとき、私は怖くて、寂しくて、ただただ茫然としている弱い自分を見せたくなかったんです。だから、あんな答えを……」

「そうか。……大変だったんだな」


 自分の信じていたものが崩れる怖さ、世界に取り残されていく寂しさ。

 目を覚ましたら世界が一変していたんだ。俺だったら気が狂いかねない。

 そこに絶望しかけたのが彼女の弱さで、それでも絶望しなかったのは彼女の強さなのだろう。


「俺もさ、お前が自由に空を飛び回っているのを見て、嫉妬した」


 過去の痛みにくぎ付けになって動けなくなっている俺には、自由に空を駆ける彼女の姿は眩しすぎたのだ。


「俺は、それくらい弱いんだ。だけど、大丈夫だ。俺はお前の全てを受け入れる。だから、お前の弱いところも俺に見せてくれ」

「……分かりました。私は君にすべてを捧げます。その代わり、私にも教えてください」


 今にも泣きそうになりながらも、俺の目を正面からじっと見据えながら言葉を続ける。


「君の過去に何があったのか。そして、君が失ってしまった人の話を、聞かせてください」

「……ああ」


 そう言って、俺たちは互いにもたれ合う。


「俺はな……」

 

 静かに口を開き、一年前の夏の日の絶望を俺は語りだす。

 昼間と変わらない光を放つ東京回廊の星の下、俺たちは互いの傷を労わりながら舐めあう。


 *


 開戦前の、統一歴七十九年十月。

 当時大学生になったばかりの俺に、人生初の春が訪れた。

 キッカケは受けた講義が一緒だったことだった、と記憶する。

 入学早々友達作りに失敗していた俺は、毎日秋夜とばかり過ごしていた。

 当の秋夜も俺のことを「ぼっち」だなんて言ってからかったりしていたが、あいつにだって俺以外に友達と呼べるような人はいなかった。

 と言ってしまえば、俺も秋夜も同じような残念な境遇に聞こえるかもしれないが、しかし、そもそもの前提が違う。

 非モテ系の俺に対して、秋夜はどちらかといえばイケメンな方だし、彼女だって作ろうと思えばすぐにできるくらいの性格の良さと、顔面偏差値を持ち合わせていた。


 でも秋夜ときたら、俺と遊ぶ以外は毎日研究室にこもり、俺なんかには何だかわからないような研究に明け暮れていた。

 今考えてみても、そんな彼がなぜ俺とは仲良くしてくれていたのか、不思議ではある。

 大学では取っていた講義もかぶっていることが多く、いつも俺たちは二人で授業に出ていた。

 そして十月の……確か中旬だったか。その日、秋夜はどうしても外せない用事があるとかで大学に来ておらず、俺は一人本を読みながら講義が始まるのを待っていた。


「ここ、いいかな?」


 そんな時だった。隣の席に、彼女が座ったのは。

 ロングの黒髪にどこか大人びた雰囲気を持つ横顔、それにパッと見ただけでわかるほど華奢すぎる身体。

 そんな、美少女の典型のような子が、そこにはいた。

 ……なぜ俺の隣に?

 彼女が座った瞬間、俺の頭に浮かんだのはそんな言葉だった。


「一人?」

「そうだけど……なに? 『君もぼっちなの』って? 違うよ?」

「い、いや、そういう意味じゃ……」

「ははは、冗談だよ」


 断っておくが、俺は友達が少ないだけで、決してコミュ力が低いわけでない。

 そこで、これを機に何かが変われば、なんていう浅い考えで彼女に話しかけた。今考えれば、本当に訳の分からない奴だった。

 ナンパまがいのキッカケではあったが、俺はなんとか彼女と仲良くなることができた。


「おはよう、直人君」

「ああ、おはよう」


 少なくとも朝会った時にあいさつを交わしたり、たまに一緒に遊ぶくらいには仲良くなれた。

 彼女は、名前を霧島(きりしま)沙耶(さや)()といった。

 同い年のくせにお姉さん気質のある彼女は、俺のことをからかっては太陽のような笑みを浮かべることが多かった。

 そんな彼女のからかいに、毎回律儀に反応していた俺だったが、しばらく経つにつれて、彼女がからかってきたときに反撃する術を習得していった。


「もー。直人君は意地悪だなぁ」

「お前に言われたくはないんだが」


 おかしな話だが、反撃をした時の彼女の反応が、俺にはなんとも可愛らしく感じられたのだ。

 拗ねたようにしながらも、俺の機嫌をとろうとするその困り顔が見たくて、俺は何度も彼女のからかいに反撃した。

 もしかしたら俺は嫌な奴かもしれないと思ったが、彼女だって俺が反撃をするのを知っていながらもからかい続けたのだから、結局のところ、俺たちは二人とも変わり者同士だったのだろう。


「直人、最近お前楽しそうだな」


 ある日、ファミレスで秋夜と時間をつぶしていた時、不意にそんなことを言われた。

 慌てふためきながら「ななななにもないよ?!」などと言ってしまったせいで、秋夜は思いっきりにやけながら、俺に何があったのか根掘り葉掘り聞いてきた。

 バレバレもバレバレ、昔からこいつに「お前は分かりやすい」と言われてきたことの意味を、ここでようやく理解した俺だったが、時すでに遅し。

 仕方なく彼女のことを話せる限り話したところ、「会わせろ」との要望が。


「いや、なんで……?」


 普段秋夜が恋バナに食いつくことはあっても、本人には興味を示したことがなかったので、疑問に思ってそう尋ねた。


「なんでって……だってよ、お前みたいな偏屈なやつと仲良くしてくれる美少女だと? そんなもん、興味湧くに決まってるだろ!」

「きょ、興味……?」

「ああ。一体どんな頭の構造してりゃ、直人と仲良くしようなんて奇怪な発想になるのか……」

「失礼な」


 彼の酷い言いようはともかくとして、結局俺は、言われるがままに秋夜を彼女に会わせることになった。


「こいつは昔からの悪友、藤森秋夜です」

「よろしく」


 いつも俺の前で見せるふざけた顔とは打って変わって、対外用の硬い笑顔で握手を交わす秋夜。


「で、こちらが霧島沙耶華さん。同じ講義で知り合って……」

「どーも、沙耶華です! 直人君の彼女です~」


 突然そんなことを言い出す彼女。……一体この人は何を言ってるんだ?

 一瞬理解が遅れ、思いっきり赤面してしまう。

 無論、沙耶華ではなく俺が。


「ちょ、は、はあ?」


 からかわれていることに遅れて気が付き、さらに反撃し損ねたことにも気づいて地団太を踏む。

 しまった、完全にしてやられた。

 そんなよくわからない敗北感を味わいながら、訳の分からないままその日は終わり、後日俺は彼女にその真意を確かめようとした。

 真意を、なんて言うと大げさに聞こえるが、要はなぜ秋夜にあんなことを言ったのか聞きたかった。


「ん? なんでかって? 私、君のこと好きだからだよ?」

「……またまた」


 少し反応するまでにラグが出てしまったが、なんとか反論をする。


「俺もお前のこと、好きだぜ」


 できるだけ真剣に、そう言ってみる。

 よし、反論としては上出来だろう。

 そう思って彼女のことを見ると、まさかの赤面。

 ……ん?


「霧島さん……?」

「……今の、ホント?」


 頬を紅潮させて、上目使いでそんなことを言う霧島。


「……マジか」


 そんな、言ってしまえばおふざけの延長線上で、俺たちは付き合い始めた。


 *


「いや、中学生ですかあなたたちは」


 俺と沙耶華のなれそめを話し終えるや否や、思いっきり綾にツッコまれてしまった。


「人と人との出会いなんて、そんなもんだろ?」


 こうして自分で話してみると、確かになぜ沙耶華は俺と付き合ってくれたのだろうと不思議に思う。


「いや、いやいやいやいや。……でも確かに、中学生並みの恋愛観しかもっていなかった童貞野郎のあなたの反応としては、そんなもんが妥当なんでしょうかね?」

「急に酷い言われようだな」


 何とも言えない気分になり、ため息をつく。 


「まあいいです。続けてください」

「あ、ああ」

次回更新は4月10日(金)の20時です!

気に入っていただけたら評価や感想など、一言でも大丈夫ですのでいただけると励みになります。


では、また次回!

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