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第3話 Mobile Decisive Droid《起動決戦兵器》

【前回までのあらすじ】

大陸国との戦争に敗北した日本の首都、東京。

その地下に築かれた地下都市「東京回廊」で暮らす明石直人は、日々地上の瓦礫を漁ってそれらを売却することでどうにか暮らしていた。

そんなある日、彼は瓦礫の中から、かつて戦時中に自らの命を救ってくれた天使を見つけだす。

瀕死の彼女を救うため、親友の秋夜に助けを求める直人。

しかしそこで直人は、彼女が大戦中に日本軍が開発した戦闘用アンドロイドであるという事実を知らされるのだった……

 しばらくすると、再び秋夜が口を開いた。


「彼女たち、MDDシリーズは、日本の戦況が究極的に悪化した八一年の八月ごろに開発が始まったらしい。来たる本土決戦、そして首都東京に対する空襲への対抗策として、つまり最終決戦兵器として彼女らは生み出された」

「……秋夜、前に俺にさ、今の技術ではアンドロイドは製造できないって話してくれたこと、あったよな?」


 まだ学生だった頃、確かそんな話を聞いたことがあった。


「ああ。その言葉に嘘はない。だが待て。順番に話す」

「わかった」


 エレベーターの壁にもたれかかって、ぼんやりと下を向いたまま彼の話に耳を傾ける。


「MDDシリーズ。Mobile Decisive Droid、起動決戦兵器とはよく言ったもんだよ。MDD18……個体名は『AYA』と言うらしいが、彼女は防空任務に特化した個体だったみたいだ。彼女のログに、防空任務や対空装備の記録が大量に残っていたから、間違いない」

「……じゃあ、他の機体にはそれぞれ別の専門があったってことか?」


 話がなかなか頭に入って来ず、そんな思ってもいない、どうでもいい疑問を口にする。


「憶測だが、多分な。少なくとも、本土決戦を前提に作られている兵器なんだから、陸戦型はいたはずだし……逆に対空型も彼女以外にいたはずだ。防空任務が彼女一人だけで勤まるとは思えないからな」

「……そうか」

「彼女の戦闘ログは八二年四月十三日、つまり、東京回廊攻防戦が始まる直前の任務で途切れている。右腕と右足もこの時に破損したんだろう。ここで、さっきのお前の疑問に答えてやる」

「アンドロイドは今の技術じゃ、って話か?」

「ああ。だけどそれじゃあ五十点だ」


 五十点?


「正確には『今の技術じゃドロイドを作るのは不可能』、だな」

「……それ、違うのか?」

「ああ、全く違うぞ。アンドロイドとドロイドは、似て非なるもの同士だ」

「んん?」


 イマイチ、彼の話がピンとこない。


「ドロイドはいわゆるAI、人工知能を有していて自分を制御できる、ないしは誰かしらその個体を操縦する人間がいるもののことだ」

「つまり……ロボット?」

「そうだな。世間一般的に言うところのロボットに近いな」

 

 と、そこまで話したところでエレベーターが秋夜の住処のある第十八層に到着。

 一旦そこで途切れた会話は、歩きはじめてしばらくして、秋夜が口を開いたのをキッカケに再開する。


「えーっと、どこまで話したっけか?」

「アンドロイドの手前。アンドロイドってのは何が違うんだ、って話しから」

「ああ、そうだった。端的に言えば操作媒体だな」

「操作媒体?」

「自己制御プロトコルと言い変えてもいいし、アイデンティティと言ってもいいな」


 秋夜君。君の端的は全く端的じゃないんだよ。むしろ難しくなってるんだよ。

 嬉々としてそんなことを話す秋夜に、思わずそう突っ込みかける。

 少しはこっちのショックも考えてほしいものだ。


「ま、要は何が本体を操作しているか、ってことだな」

「最初からそう言ってくれ。……ん? それってロボットと何か違いあるのか?」

「ああ。難しい説明は省くが、アンドロイドは人間をベースにしているんだ」

「は?」


 話をよく理解できず、首をかしげる。


「『人間の脳を使って作られたロボット』、とでも言うかな?」

「なっ……!?」


 人間をベースに作られたアンドロイド。それはつまり、本体の制御用の媒体に、AIでも人間による遠隔操作でもなく、生きた人の脳を使っているということだ。

 でも、それって……。


「そんなの、ほとんど人体実験じゃないか!」

「そうだな、その通りだ。バカなことに、日本軍は本当に心の底から勝利の幻想に酔いつぶれていたらしいな。当然、生きた脳でなきゃ司令塔の役目は果たせない。となれば……」

「誰かが、それだけにために殺されたってことか」


 彼の言葉に、食い気味に忌々しく吐き捨てる。


「で、だ。ここからが重要な話なんだが」

「これ以上、まだなんかあんのか……」


 彼の家まではまだかなりの距離があるが、シャフトまで来たところで立ち止まる秋夜。

 これ以上の話なんて、ホントに勘弁してほしい。

 うんざりして、回廊の空を仰ぎ見る。


「彼女の右腕、それに右足は持っていたパーツで修復済みだって話はしたよな?」

「聞いたぞ」

「これからうちで彼女を起動させてみるんだが」

「ん? まだ起動させてないのか?」

「ああ。パソコンでいえばスリープ状態みたいな感じでな。お前の考えを聞きたかったから、まだ起動せずにいたんだ」

「考え……?」


 それはさっき言った「彼女の正体を知る覚悟があるか」ってことじゃないのか?

 ダメージなら十分すぎるほど受けたぞ?


「そうだ。彼女の外的な損傷はほとんど直せたし、武器以外の外部ユニットも、残っていたログから作ることができた」


 「武器以外」とわざわざ強調したのは、おそらく作ることができなかったわけではなく、しなかったのだと言いたかったのだろう。

 彼は、そういう男だ。


「だから、今の彼女は、見た感じは全く問題ない状態にある」

「……でも、実際は問題ありなんだな?」

「そうだ。MDDシリーズに共通していることらしいんだが、彼女たちアンドロイドは、胸にあるリアクターで、活動に必要なエネルギーを生み出しているんだ」

「リアクター?」

「動力炉みたいなもの、バッテリーだとでも思ってもらえばいい。そのリアクターなんだが、相当に厄介な代物でな、仕組みを解析することができないんだ」

「できないって……お前でもそんなことあるのか?」

「お前、俺をなんだと思ってるんだ」

「天才科学者?」

「それは褒め言葉として素直に受け取っておくとして、だ」


 まんざらでもなさそうにそんなことを言うが、彼の表情は依然硬いままだ。


「というか、それができれば問題解決に繋がるかも知れないんだが……」

「ん?」

「いや、なんでもない」

「で、そのリアクターってのはさ、開けて中の仕組みを見るってわけにはいかないのか?」

「お前、それがどういうことかわかってんのか? 確かに非常手段としては有効かもしれないが、要するにお前は『心臓がどんな仕組みなのか知りたいから、切り開いてみようよ!』って言ってるんだぞ?」

「あ、そっか……」


 技術や倫理とかの問題じゃない。単純に、そんなことをしたら彼女が死んでしまう。


「どんな仕組みかはわからないんだが、それでも、リアクターがどんな感じかっていう、ザックリしたことはわかってるんだ」

「なんとなく、か」

「確証はないんだが、おそらく人間でいうところの血液みたいな役割を果たす粒子を使って、彼女たちMDDシリーズは動いてるんだ。で、それを製造して体中に循環させる役割を持った器官が、おそらくリアクターってわけだ」

「なるほど」


 それは完全に、人間で言うところの心臓だな。イメージは間違ってなかったか。


「しかも、燃料は一切必要としない。無からエネルギー粒子を作り出す、まさに魔法の装置とでも言うべきものなんだ、そのリアクターってのは」

「なるほど……ん?」

 

 それ、実質的に半永久機関なんじゃないか?

 そんな率直な意見を言おうかどうか迷ったが、彼の表情が言葉の調子とは反比例して、さっきにも増して険しくなっているのを見て断念する。


「でもな、彼女のリアクター、問題を抱えてるんだ」

「問題?」

「調子が悪いのか、戦闘で負傷したのかわからないが、粒子を作る機能が正常に動いていない。つまり、彼女はそう長くは生きられない」


 その言葉を聞いた瞬間、身体が奥底から冷えていくのを感じる。

 頭が一瞬で真っ白になり、脳は完全に沈黙してしまう。

 「彼女は、そう長く生きられない」

 その事実は、俺がこの一年必死にトラウマを乗り越えようとしていた努力を、一瞬で水の泡に返した。

 これでは、また繰り返してしまう。

 また、俺は別れを経験することになってしまうのか。

 ここにきてようやく、彼がなぜ彼女のことを俺に話したがらなかったか、ようやく理解する。


「…………はあ」

「大丈夫か?」

「なんとかな。でも、さっきから話が重すぎて……なんかもう、嫌になってくるな……」

「じゃあやめるか?」


 真っ直ぐに俺の目を見つめてくる秋夜に、俺は「いや、続けてくれ」とだけ言う。 


「ざっくり説明するとだな、彼女の身体が一日の活動に必要な粒子を十とすると、リアクターが一日に作り出す粒子の量は七だ。そして、今彼女のリアクター内に残っている粒子は二百ほど……」

「……つまり、彼女はあと二か月くらいしか生きることができない、と」

「でも、さっき言った数字は大まかなものだ。実際にどうなるかはわからない。もしかしたらリアクターの不調は一時のものかもしれない。だから」

「『だから希望を持て』って?」


 その言葉を前に、秋夜は固まってしまう。

 彼に当たってしまうのは悪いと思う。けど、俺はもうありもしない希望に縋り付きたくはない。

 絶望を絶望としてしか、受け止められない。


「……いや、すまん」

「こっちこそ悪かった」


 まるで人々の希望や未来、そんな明るい感情を、一つ残さず吸い取っているかのように大口を開けるシャフトの深い穴の底を見下ろし、大きなため息をつく。

 まったく。本当にどうしてこう世の中には絶望する出来事が蔓延しているんだろうか?

 大切な(ひと)を、そして恩人までもを失わなくてはいけないのか。


「……一応聞くだけ聞いておく。リアクターが直る見込みはあるのか?」

「ほとんどないと思っていい。そもそもMDDシリーズ自体が試作技術の塊みたいなもので、合計十八体しか製造された記録がないしな」

「十八体って……つまり彼女は最後に製造された機体ってことか?」

「そうだ。そして、PCFが手配書を出しているのは彼女、MDD18だけ。つまり残りの十七機はPCFに捕獲されている、ないしは撃墜されていると考えて間違いないだろう」


 淡々と告げられるのは、抗いようのない現実。

 持つまいとしていた心の底の希望まで、根こそぎごっそりと持って行かれてしまう。


「ちなみに、その撃墜された機体ってのを探すのはダメなのか? その機体からリアクターを……」

「無駄だな。彼女は運が良かっただけで、普通は撃墜されたらその衝撃でリアクターごと吹き飛んでるさ。仮に彼女のように運がいい機体が見つかったとして、その子も彼女と同じような状態だぞ? 生きている固体からリアクターを取り出して彼女に移植するって手もあるが、それは」

「意味がない、な……」


 それでは彼女と、MDD18と同じ境遇の子を増やすだけだ。


「PCFに差し出すって手も考えたが、あの手配書の感じだと修理ではなく破壊を目的にしてるはずだ。だから、今のところ解決する術はない。……すまないが、これが俺の精一杯だ」

「いや、いいんだ」


 根本的解決は見込めない。

 起動したところで、彼女は二か月後に死ぬ。

 それは変えようがない現実だ。


「秋夜」

「ん?」

「彼女の正体はわかった。リアクター云々の話も、受け入れたかは別として理解した。その上で、俺は彼女を起動すべきだと思う」

「念のために聞いておく。なぜ?」


 でも、それとこれとは話が別だ。

 未来に絶望しか待っていなくても、今が絶望の泥沼でも、過去が変えようのない絶望で満ち満ちていても、それが彼女をこのままにしていい理由にはならない。

 それに、俺は彼女に尋ねたいのだ。

 あの時業火の中で舞っていた彼女に、あの空を戦い抜いた彼女に聞いてみたい。

 まるで一目惚れのような形だけど、彼女のことを知りたいと思ったから。


「言ったろ、知りたいんだって」


 苦笑しながら、そんな言い飽きたことをつぶやく。


「それは、お前を苦しめるだけじゃない。彼女のことも苦しめる決断になるかもしれない。それでもか?」

「ああ」


 即答することに、躊躇はない。


「そうか」


 ならついて来い。そう言って彼は彼女のもとへと歩き出す。


「助けた命、なんだからな。ここで逃げちゃ意味ないしな」

「そうか」


 救えなかった沙耶華のためにも、目の前の小さな命くらいは救えるようになりたいと、心のどこかで俺は願ったのだろう。

 例え絶望しかなくても、それでも。

 俺にしては前向きなことを考えながら、秋夜について薄暗い回廊を歩き出した。


 *


「いくぞ」


 いくつものケーブルを体中につけた状態の彼女が横たわっている横で、秋夜が彼女を起動すると、体が一瞬淡く光り、そして彼女は目を覚ました。

 まるで朝普通に起きたかのように目を開いた後、しばらく彼女はその状態のまま動かない。

 放心状態なのか、はたまた精神にもなにか異常をきたしていたのか。そんな俺たちの心配をよそに、少し経った後、彼女は口を開いた。


「戦闘は、どうなりましたか?」


 あまりいい目覚めとは言えない、そんな言葉が彼女の目覚めてからの第一声だった。


「直人、答えてやれ」

「……ああ」


 彼に言われ、躊躇しながら慎重に答える。


「戦闘は、終わったんだ」

「……ここはどこですか? 今は、いつですか?」


 俺が一瞬答えるのを躊躇したのを見て違和感を感じたのだろう。彼女はそんな風に核心に迫る質問をしてくる。


「あなたは、誰ですか?」


 真っ直ぐに俺のことを見つめる彼女の目に、少し怯みながらも口を開く。


「……心して聞いてほしいんだが」


 今の日本や、東京の状況を彼女に伝えるのは心が痛む。

 でも、ここで逃げては意味がない。秋夜に言われたことを思い出し、彼女に正面から向き合ってありのままを話す。

 ここは東京回廊の地下第十八層で、戦争は東京回廊攻防戦の末に敗北したということ。

 今の日本は敗戦国で、PCFが日本を仕切っていること、MDDシリーズの中で、おそらく君が現存する最後の一機であるということ。

 そして、寿命があと二か月しかないということ。

 流石に特別手配されているということは口に出さなかったが、やはり彼女なりに思うところがあったのだろう。俺がすべてを話し終えた時、彼女は静かにうつむいていた。


「すまない。こんなこと、聞かせて……」


 自分の信じて戦ってきたものが無に帰る辛さというのは、それを体験した者にしかわからないほど、想像を絶するほどの痛みを伴う。

 決して日本が大好きで日本が勝つと信じていたわけではない俺でさえ、敗戦を聞いた時には、多少なりともショックを受けたのだ。

 日本軍の一員として、仲間と共に命を賭けて戦っていた彼女の辛さは、そのはるか上を行くに違いない。

 なんだってこんな小さな女の子に、こんな思いをさせなきゃならないんだ。

 暗い表情の彼女を見て、決めていたことながら、自分の決断に後悔しかける。


「いえ、いいんです。本当のことが知れてよかった」


 うつむいていた俺に、彼女は手術台の上で上半身を起こしてそう言う。


「回廊の人たちは、今もちゃんと生活を送れているんですよね?」

「一応は」

「なら、よかったです」


 無理に笑おうとする彼女を見て、俺はこんな風に強くはなれないだろうなと考える。

 無に帰った辛さや、自身の命があと少しと宣告されながらも、自分が守りたかったもののことを一番に心配する。

 こんな健気な子に戦争をさせていた、日本という国のことが心底嫌いになる。


「君は……えっと」


 なんと呼べばいいかわからず、言葉を詰まらせると、「MDD18とでも、AYAと呼んでいただいて構いませんよ」と淡々と言われる。


「じゃあ、アヤで」

「はい」

 

 それにしても「AYA」って、何からつけられた名前なんだろうか?

 ふと、そんなことを思う。


「アヤは、どう思った?」

「何がですか?」

「戦争のこと、今のこと、そして自分のこと。言いたくないかもだけど、自分の命のこととか……」


 数秒の間を置いて、


「戦争のことは……そうですね、負けたこと自体にはやはり悔しいという気持ちはあります。でもそれ以上に、私は軍人であり、守人(もりびと)です。その本分は国民を守ることですから、こうしてみなさんが無事でいてくれてなによりです」

「……そうか」


 この場でこれ以上彼女に何かを言うのは酷というものだろう。

 重たい話はこれくらいにして、少し軽い話でもしよう。アイコンタクトで秋夜にそう言うと、わかったと返してくる。


「そういえば、俺たちの自己紹介してなかったな」


 話は変わるけど、と、秋夜が話し始める。


「確かにな。……え、これ、俺から自己紹介する流れか?」

「ああ」


 にやにやしながらそんな風に振ってくる秋夜。


「俺は明石直人、二十二歳。で、こっちのマッドサイエンティストみたいな白衣の奴が、親友の秋夜だ」

「誰がマッドサイエンティストだ。ったく。ただ今ご紹介に預かった藤森秋夜、同じく二十二歳だ。よろしく」


 また少しの間をおいて、


「直人さんに、秋夜さん、ですか。私は日本国軍第十八防空大隊所属、形式番号MDD18番、個体名AYAです」

「いや、そこまで詳しく言わなくても……」


 そういう時に形式番号って言う必要あるのか、なんていうくだらないことを考えてると、「そうでした。戦争は終わったんですもの、ね……」と彼女がつぶやいた。

 その言葉の意味を理解し、黙り込む。

 はて、どうしたものかと返答に詰まったところで、秋夜が口を開く。


「『AYA』ね……部隊内でも、その名前で呼ばれてたのか?」

「はい、そうですね」

「アヤ、って?」

「はい」

「書くときはどうしたの?」

「書くとき、ですか?」

「ああ」


 秋夜が、なにやら真剣にそんなことを尋ねる。


「普通にアルファベットで、か?」

「あ、そういうことですか。ええ、アルファベットだったり、カタカナだったり……」

「なるほど。直人、どうだ?」

「は?」


 突然、こちらに話を振られて面食らってしまう。


「彼女に、お前が名前を付けてあげればいいんじゃないか?」

「……ん?」 

 

 名前を付ける、って?


「いや、秋夜。お前、今の話聞いてたか? 彼女にはすでにアヤっていう名前があるんだぞ?」

「わかってるよ、それは。でも、名前じゃないんだよ。その名前はあくまでコードネーム、個体別に与えられただけの呼称だ。名前じゃない」

「なるほど、そういうことか」


 つまり、彼女が軍属としてではなく、普通に暮らす上での名前を彼女につけてあげよう、と。

 アヤ……アヤねぇ……。


「アヤって呼称はさ、どうやって貰ったの?」

「えっと……どうやってといいますと?」

「うーん、どうやって、というか、なんでアヤって名前になったのかってこと。由来だよ」

「んー……すいません。わからないですね」


 ダメか。そこから何か、と思ったんだがな。

 アヤ、アヤかぁ……。


「『綾』っていうのはどうだ? 綾織(あやおり)の綾」


 ふとした思いつきながら、そんなことを言ってみる。


「綾、ですか?」

「そう。この東京回廊みたいに複雑に絡み合って、互いに分かりあうって意味。……どうだ?」

「はい、気に入りました」


 綾、と言った瞬間、彼女の表情がぱあっと明るくなったのを、俺は見逃さなかった。

 これでスベったりしたら最悪だったからな。喜んでもらえたなら何よりだ。


「お前にそんなセンスがあるとはねぇ」

「うるせえ」


 冷やかしてくる秋夜を一喝して、綾に話しかける。


「そうだ、綾。これからどうするか、話してなかったな」

「これから……あと二か月どうするか、ですか?」


 満開だった笑顔も少し曇り、彼女の言葉には投げやりな雰囲気が混ざる。


「ああ。もし行くあてが無いのなら、うちにでも」

「直人、なにさらっとナンパしてんだ」

「違ェよ。綾を助けたのは俺なんだから、俺が責任持って、ってことだよ。それに」


 秋夜の耳元で、「彼女のことをPCFが狙っている以上、少しでも深層にいた方がいい」と小声で言う。

 今のところは、PCFも血眼で彼女を探しているわけではないから、大丈夫だとは思うが、それでも、PCFに目をつけられている秋夜の家に彼女を置いておくのは、リスクが高すぎる。

 PCFには目をつけられていない俺の家には、まずその心配はないからな。


「じゃあ……直人さんの家にご厄介になります」

「よし、決まり!」


 秋夜といろいろ話し合った方が、とも思ったが、それより先に綾が自分で決定してくれた。

 よろしくお願いします、とかわいらしくぺこりとお辞儀をする綾。

 よかったよかったと、心の中でつぶやく。


「そうだ、これを持って行け」


 話もついたし、そろそろ帰るかと腰を上げたところで、秋夜から「ちょっと待て」と言って引き留められる。


「なんだ、これええッ?!」


 秋夜に手渡された麻袋を、片手でひょいと受け取ろうとしたが、とてもじゃないが、そんなことできずに袋が地面に落ちる。

 てっきり綾の服の類かと思ったが、手に持った瞬間に、これは服なんかじゃないと悟った。

 なんだ、なんなんだこの体積と重量のバランスの取れていない重さのものは?!


「おいおい、せっかく作ったんだから落とすなよ」

「いや、お前よくこんな重さのものを片手で持てたな、人間じゃねぇよ」

「まあな」

「ダメだこの人皮肉が通じない。……で、なんだこれ」

「フライトユニットだ」

「は?」

 

 ドヤ顔でそんなことを言われても、全く説明になっていないのですが。


「彼女、綾が対空型だってことは話したろ?」

「ああ」


 彼女は防空任務、言い換えれば、空襲から人々を守るための任務の為に作られたMDDで、終戦の四か月前の防空任務の最中に墜とされた、だったな。


「けど、なにも彼女が独力で飛んで戦うわけじゃない。見てみろ。彼女のどこにそんな機能がある? 彼女自身はほとんど人間と同じだ。血も流れていないとはいえ、身体の仕組みも人間に準じている。強いて人間との差異を言えば、体のあちらこちらに、武器を携帯するためのアタッチメントがあるってことくらいだ」


 ほとんど人間と変わらない、という言葉に、綾が少し反応する。思わず彼女の方を見ると、ゆっくりと左腕の長袖をめくって見せてくる。

 確かにそこには目立たない程度の、でも一目で彼女は兵器なんだということを認識させる、アタッチメント用の穴が開いていた。

 二の腕にあるその穴は、例えるならばイヤホンジャックの様で、そこだけ異様に人間味を失っていた。


「……いいよ、見せなくても」


 じろじろ見ておきながらこの台詞も、という気もしたが、それでも俺の言葉に、綾はうつむきながら袖を元に戻す。


「彼女の復元した右腕、それに右足にはアタッチメントは設けていない。そこのアタッチメントは、武器を搭載する用だったからな」

「じゃあ、二の腕のは?」

「そこ含め大半がフライトユニット用、もしくは防具用のアタッチメントだ。そこには特に何もしていない」

「……秋夜さんは、武器が嫌いなんですか?」


 彼の異常ともいえる武器に対する嫌悪感を、言葉の端々から感じとったのだろう。俺なら秋夜の前で絶対に口にしないことを、さらっと聞く綾。

 ま、彼女は事情を理解していないのだから仕方がないが。


「綾、そのことは後で教えてやるからな。さ、秋夜。続きを」

「……おう。それで、外部ユニットを作ったっていう話もしたよな? それで、だ。最低限、こんなクソみたいな世界を生き抜くための手段をお前にやる。お前に、というか彼女に、だが」


 ああ、なるほど。フライトユニットって、そういうことなのか。

 彼の言葉に納得し、空襲の時に空を駆けていた彼女の背中に煌めく、瑠璃色の翼を思い出す。


「そういうことか」

 

 彼女がPCFから目をつけられているのであれば、いざという時の為に逃げる手段を渡しておこうと、武器こそ提供しないが、彼女に翼は与えようというわけか。

 フライトユニットの出所が分かったら、秋夜も危険にさらされるというのに、ありがたい気遣いだ。


「ありがとう、秋夜」

「いいってことよ、直人」


 お礼をして、フライトユニットを引きずって家を出る。


「またなんかあったら来いよ?」

「おう、頼りにしてるぜ」


 お互いに軽く拳をぶつけあい、またなと言って彼の家を後にした。

 そうして綾と2人、薄暗い回廊の道を歩いていると、ふと、綾が「あの」と遠慮がちに口を開いた。


「直人さんは」

「直人でいいよ」


 俺の後ろをとぼとぼと歩きながら「じゃあ、直人は」と言葉を続ける綾。


「なぜ、私を助けたんですか?」

 

 その質問の意味を図りかねていると、彼女はぼんやりと光る街灯を見上げて「ここは本当に地下なんですね」とつぶやく。


「君に助けてもらったことは感謝しています。おかげで、私は今生きていられるのですから。こうして、戦争が終わった世の中を知れたのですから」

「後悔、してるのか?」

「え?」


 遠い眼をした彼女に、そんな風に問いかけてみる。


「あのままビルの残骸の中で朽ち果てたかった、と?」

「いえ、そんなことは……」


 明らかに揺らぐ綾。

 そんな彼女の気持ちを、俺は痛いほどに理解できる。


「さっきさ、俺がこの現状をどう思うか聞いた時、お前、嘘ついたよな」

「……いえ」


 依然として下を向いたまま、小さく否定の言葉を絞り出す彼女を見て、この子は脆いなと思い直す。

 一見すると強そうに見えるが、やはり年相応の女の子だ。

 強くなんかない。強く見せようとしているだけの、ただの一人の女の子だ。


「すまん、今のは忘れてくれ。……俺の家、第二十層だからここからさらに地下に潜らないといけないんだ。だからほれ、早く行くぞ」

「はい」

「この時間エレベーター混むから……って、ん?」


 気持ちを切り替えて前に進もうとしたとき、俺は突然彼女に右手を掴まれた。


「どうした?」

「……手、繋いでいいですか?」


 突然のその言葉に驚きながら、「ああ」と答える。

 ぎゅっと、小さな手の感触が増し、じんわりと暖かい体温が伝わってくる。

 女の子と手を繋いでこんなところを歩くというのも考え物だが、まだ早朝だし、誰かに見られて通報されたり襲撃される、なんてことにはならないだろう。

 と、家の前までたどり着いたところで、彼女の小さな手が震えていることに気づく。


「おい、どうした?」


 心配になって綾の方を向くと、彼女は繋いでいない方の手で顔を覆って泣いていた。

 いや、正確には泣いているように見えた、だ。

 彼女はアンドロイドなのだから、涙は流さないし、流せないのだろう。

 それでも、その時俺は彼女のことを「泣いたり笑ったり感情表現が豊かなやつだな」と思った。

 そしてこの時の俺は、彼女の辛さを、痛みを、わかったつもりになっていた。

 けど、この時の俺は理解しきれていなかったのだ。

 彼女が何に涙を、流れるはずのない涙を流していたのか。

 そして何より、彼女自身のことを。

次回更新は3月27日(金)の20時です。

気に入っていただけたら評価や感想など、一言でも大丈夫ですのでいただけると励みになります。


では、また次回!

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