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第2話 戦後世界の堕天使

【前回までのあらすじ】

大陸国との戦争に敗北した日本の首都、東京。

その地下に築かれた地下都市「東京回廊」で暮らす明石直人は、日々地上の瓦礫を漁ってそれらを売却することでどうにか暮らしていた。

そんなある日、彼は瓦礫の中から、かつて戦時中に自らの命を救ってくれた天使を見つけだしたのだった…

 再会、と言ってはみたが、それは俺が後に思ったことであって、その時俺はせいぜいちょっと珍しいものを見つけたくらいの気分だった。


「なんだ、これ……?」


 物音が聞こえてきた場所には期待していたような、例えばそれこそ戦闘機の部品とか、そういった類のものは落ちていなかった。

 大当たりを引いて誰かにぐさりとやられて死ぬのは勘弁だが、それでもやはり多少なりとも期待をしていた自分もいたのだろう。がっかりしてその場を立ち去ろうとした俺の目に入ってきたのは、瓦礫の山から突き出る一本の腕だった。

 

 最初、空爆の犠牲者だと俺は思った。

 戦後一か月たっても回収されない、残念な仏さんがいたもんだと、そう思った。

 けど、それにしては腕がきれいすぎる。この暑さ、こんなところに短くても一か月放置されているのだ。人間の体が腐りきるには十分すぎる環境がそろっているこんな場所で、未だに綺麗な状態の腕? そんなものあるのか? なまじ戦時中に死体を見慣れたおかげで、そんな風に目の前の腕を信じられない思いで見つめる。


 ふと、その突き出ている腕を目で追い、付け根を見て驚く。

 そこにあったのは、これまた瓦礫の山に埋まりながらも、綺麗な肌色を保った身体だった。ボロボロの灰色の服をまとっていて、はだけている個所から見える肌はあまりにも綺麗で、到底死体には思えなかった。


「女、か?」


 これだけ華奢な腕と身体だ。おそらく女だろう。

 まったく、朝一から女の死体とか勘弁してほしいものだ。精神衛生上よくない。


「ん?」


 そんなことを考えながら彼女の体を見つめると、服の隙間から見える保存状態の良すぎる肌に、何かが書いてあるのを発見する。

 触れてみるとひんやりと冷たい肌に書かれたそれは、かすんではいるが、かろうじて読める状態だった。


「MDD……18?」


 何のことだろう?

 そう疑問に思う傍ら、どこかで見たことのある気がするその番号に首をかしげる。


「どうしたもんか……」


 ただの死体なら当然スルーだが、これはあまりにも綺麗すぎる。それにMDD18という番号も気になる。


「とりあえず、(しゅう)()に見せてみるか」


 そうと決まれば今日の鉄くず回収は切り上げて、死体(これ)を連れて回廊に帰るとしよう。

 ま、今日一日くらいは何もしなくてもバチは当たらないだろうし、それに、金のアテならあるしな。

 さっきの店主の顔を思い浮かべながらそんなことを考える。


「よし、そうと決まれば早速」


 持って帰ると決まったら、とりあえずは彼女をこの瓦礫の山から引っ張り出さないと。


「よっ、と」


 ちぎれてしまうかも、とも少し思ったが、まあ大丈夫だろうと腹をくくって、思い切り腕を引っ張る。やれやれ。我ながら、この数か月で随分大ざっぱになったものだ。

 そんなに重い瓦礫じゃなったらしく、意外に簡単に引き抜ける。


「……っ!」


 と、あらわになった彼女の姿を見て絶句する。

 右腕は付け根からもげており、服はさっき見た以上にボロボロで、それでいて首のあたりできれいに切りそろえられた髪はとても美しく、服の隙間から覗く肌は瓦礫の外に出ていたところこそ綺麗だったものの、瓦礫の山に押しつぶされていた個所はところどころに大きな傷があり、見るに堪えない色をしている。


「まさか……なんでお前が……」


 そして俺が絶句した理由。それは、彼女の顔に見覚えがあったからだった。

 去年の十一月、東京が空襲されたときに俺を助けてくれた天使。華麗に空を駆けていた彼女の姿が、そこにはあった。

 あの時は見とれていたとはいえ、逃げるのに必死で、彼女の顔をしっかりと見る余裕はなかったし、正直今の今までうろ覚えだったが、こうして本人の顔を前にすると、はっきりと思いだされる。

 なぜ、彼女がこんなところに。


「これは……いよいよ放っておくわけにもいかないな……」


 正直、何か珍しいものを回収できたから売って金にしよう、なんて下心も少しはあったが、彼女の顔を見た途端そんな考えはすぐに消え去る。

 彼女は命の恩人だ。助けないわけにはいかないだろう。

 ……しかし、背中の「MDD18」という番号は一体……? 

 それに、冷静に考えてみればあの時、彼女はどうやってビルを止めて俺を助けてくれたんだ?

 彼女は、何者なんだ?

 

 ……いや、あまり深く考えるな。

 とりあえず、彼女を回廊に連れて帰って秋夜に見せるのが先決だ。


「とすると、正規ルートは通らない方がいいな」


 この際仕方ない。何となくの勘だが、彼女はPCFに見つからないようにした方がいい気がする。なら、検問を避けて金を払ってでも裏道を使うのが妥当だろう。


「よいしょっと」


 持ってきていた鉄くずを入れる用の袋にそっと彼女を入れ、PCFの憲兵に極力出会わないように闇市まで戻り、店主にさっきのビルの情報を教えて少しばかりの金を手に入れる。財布を開けて手持ちを確認すると、エレベーターの通行料くらいはなんとかあった。

 そのまま回廊の旧丸の内口入口ではなく、少し離れた旧神田入口へと足を運ぶ。

 この入口は戦時中には回廊への正規の入口として機能していたのだが、攻防戦の際に爆弾が落とされて以降、破棄されている。

 前に話した地下の第十層以上の崩落というのが、この旧神田入口の地下にあたる(正確には少しずれているが)。

 破棄されていた、とは言っても、あくまで「崩壊の危険があるので立ち入り禁止」くらいのもので、PCFは公式には使用を禁止しているのだが、こうして検問を通りたくない人にとっては未だに重要なルートとして機能している。

 本当に使わせたくないのならば憲兵でもなんでも配置すればいいだろうに、それをしないところを見ると、いつもの見て見ぬ主義なんだろう。


「ま、別にこの場合は助かるからいいんだけどさ」


 入口で番をしている男に金を渡し、促されるままにエレベーターに乗る。

 どんな荷物を持っていても多分何も言われないんだろうけど、それでもまさか女の子を抱き抱えて行くわけにもいかないので、あくまで荷物を持っているようなふりをする。

 が、そんな心配は完全に杞憂だったようだ。

 なぜなら、その時乗ったのは俺一人だったからだ。


「ま、よっぽど訳ありじゃない限り、こっちのエレベーターなんて使わないもんな」


 そんな風に自分を納得させて、うんうんとうなずく。

 PCF管理下のエレベーターや、住処の近くのものとは比べ物にならない振動を全身で味わいながら地下へと潜っていく。


「しかし酷いな、この揺れ」


 まあ個人管理だし、仕方ないか。

 そんなことを考えているうちに、エレベーターはPCFの検問所がある第十層に到着する。そこでエレベーターを降り、検問所とは隔壁で区切られたフロアを進んで階段を降りて第十二層まで行き、そこで今朝地上に出る時に使ったエレベーターに何食わぬ顔をして乗り込み、秋夜の住んでいる第十八層へと向かう。

 今の時間は正確にはわからないが、おそらく九時過ぎといったところだろう。こんな早い時間に地上から帰ってくる人なんてほとんどいないので、第十二層から乗った下りのエレベーターに乗ったのも俺一人だったのも納得だ。


「しかし、どういうことなんだ……?」


 一人でじっとしていると、どうしても担いでいる袋の中の彼女のことを考えてしまう。


「そもそも生きてるのか?」


 ここまで連れてきておいて今更、という気もするが、彼女は生きているんだろうか?

 いや、常識的に考えて生きているわけがない。なんせ、最低でも一か月は炎天下で瓦礫の山に押しつぶされていたんだ。普通に考えて、生きている方が怖い。

 生きているとしたら、それこそSF的な展開がこの先には待ち受けているはずだ。実は彼女はロボットだった、とか、彼女の正体は宇宙人だった、とか……。

 でも、現代日本にここまで精巧なロボットを作る技術なんてないし、宇宙人なんているはずがない。何を迷走しているんだ、俺は。少し頭を冷やそう。

 そう、ありえないのだ。彼女が生きているなんてことは、あるはずがない。


「でもねぇ……」


 そこまで彼女の死について確信している俺が、なぜ今こうして、わざわざPCFに目をつけられるリスクを負ってまで彼女を連れているかと聞かれれば、それは知りたいからに他ならない。

 彼女の顔を見た瞬間、俺は明日への夢も希望もなく、絶望だけが蔓延するこの世界で、彼女のことを知りたいと、そう強く願ったのだ。

 一体彼女は何者なのか、どんな想いであの戦争を戦っていたのか。

 そんなことを、知りたいと思った。

 それに、瓦礫の山の中から聞こえた物音、あれは確かに彼女が立てたものだ。確証はないが、俺には分かる。

 彼女は死にたくないから俺を呼んだ。曲解かもしれないが、俺はそう感じたのだ。


「だから、きっと生きてるはずさ」


 こんな世捨て人のような俺でも、女の子一人くらいは救えるはずだと、そう信じて俺は彼女を助けた。


 *


 いつもと違う道順で向かったせいで少し迷ってしまったが、それでも何とか昼前には秋夜の家にたどり着くことができた。

 ボロボロのトタン屋根のやぐらに、廃材を組み合わせて作ったらしい無駄に大きな門。そんな、回廊にあるまじき形をしたこのボロ屋が秋夜の住処だ。


「よーっす。秋夜、いるかー?」


 門をくぐって中に入り、彼の名前を呼ぶ。


「どちら様?」


 どこからか声が返ってくるところをみると家にはいるんだろう。姿は見えないが、どうせまた天井裏とかに隠れてるはずだ。


「俺だ、直人だ」

「ああ、なんだ。お前か」


 そんな言葉と共に、案の定天井裏から降りてくる秋夜。

 研究者のような白衣にメガネ、ちゃんとした格好さえすればかなりモテるであろう風貌の、しかし雰囲気は完全に世捨て人の科学者のような男。それが俺の学生時代からの親友、藤森(ふじもり)(しゅう)()だ。


「というかお前、いつも言ってるけど、回廊に雨なんか降らないんだから、屋根なんて家につける意味あるのか?」


 毎度毎度の疑問をぶつけると、


「何言ってんだ直人。これがないと、俺は来客をどう迎えればいいのかわからんだろうが」


 と、呆れ顔でいつもの返答を返す秋夜。

 彼の経歴上、来客を警戒するのは致し方ないことなんだろうが、それでもやっぱり親友が訪ねてきたっていうのに忍者みたいな登場の仕方をされると、思うところがある。


「そんなことはどうでもいいんだ。で、直人、どうしたよ? お前がこんな時間に俺を訪ねてくるなんて初めてだろ。なんかあったから来たんだろ?」

「まあ、そんなところだ」


 そうか、と頷く秋夜。


「地上のビルの中で見つけたもので、これなんだが……」


 そう言い、背負っていた彼女を袋の中から出そうとすると、彼に制止される。


「まあ待て。わざわざ俺のとこに来たってことはPCFとか、外の連中に見られちゃまずい物なんだろ? とりあえず付いて来い」


 言われるがままに部屋の奥に進むと、あたりを気にしながらリビング(にあたる部屋)の壁に、右手の人差し指を押し当てる秋夜。

 何をしているのかと聞こうとしたが、聞く前にその答えはわかった。

 壁が横にスライドし、人一人が通れるくらいの隙間を作ったのだ。

 何回も彼の家に来ていたにもかかわらず、初めて目の当たりにしたそのギミックに呆気にとられていると、「ほら、入れ」と彼に促され、この壁の向こうに何があるんだろうという期待と不安が半分ずつ混ざった味を噛みしめながら歩を進める。


 が、実際にはそんな期待や不安を抱く必要は全くなく、そこには研究室のような空間が広がっていた。ある種予想通りの結果だった。

 それほど広くない部屋の中には、手術台や、見た感じなんだかわからないたくさんの機器、それに今ではなかなかお目にかかれないパソコンまでが設置されていた。


「すごいな」

「だろ? 俺の自慢のコレクションだ」

「コレクションって……」


 確かに彼の性格上、これらを積極的に活用していくようには見えないけど。


「しかしすごいな。この機材……コレクションもそうだけど、この隠し部屋、どうやって作ったんだ?」

「ふふふ、それは企業秘密ってやつさ。例え親友でも教えるわけにはいかないな」


 ドヤ顔の秋夜。


「うん、まあ教えられても何が何だかわかんないだろうし、再現なんて不可能だから、そこまで詳しい説明は求めていないよ」

「そいつは残念」


 くくく、と顔に似合う可愛らしい笑い方をしながら、壁をスライドさせて元の位置に戻す。隠し部屋から光がなくなって真っ暗になるが、すぐに明かりが部屋を照らす。

 この明かり、LEDだな。一体どこで仕入れて来ていることやら。


「でもうれしいもんだな、褒められるってのは」

「おう」

「自慢じゃないが、指紋認証で全システムを操作できるようにするの、めちゃくちゃ大変だったんだからな?」

「無駄な才能だな」


 そんなすごい技術持ってるならもっと有効活用すべきだろうに。それこそ、東京地上復興プロジェクトとかに参加すればいいのに。

 そんなやり取りを済ませ、俺たちはようやく本題に入る。


「で、今日はどうしたよ」

「ああ。まずはこれを見てもらいたいんだが……」


 袋から彼女をそっと引っ張り出し、手術台の上に横たえる。

 ひょっとしたらさっき地上で見たのは幻で、実はただの死体を持って来ていた、なんていう夢オチのような展開になるんじゃないかと内心ビクビクしていたのだが、そんなことはなく、手術台に横たえた彼女はちゃんと地上で見たまんま、かつて俺を救ってくれた天使その人だった。


「ふむ、これがどうしたんだ? お前に死体の女に興奮する趣味があったとは初耳だが」

「違ェよ」


 こうして改めて明るいところで見ると、本当に不可解な死体だ。

 身長はざっと百五十センチほど。右腕は付け根からもげていて、その断面は生々しく血で黒ずんでなどおらず、服はぼろきれの様だと思っていたが、こうして見るとそのデザインに見覚えがある気がする。


「地上で見つけたんだが、この死体、おかしくないか?」

「おかしい、ねぇ……確かにおかしいな。ビルの中にいたって言ったか?」

「ああ」

「だとしたら腐敗してなさすぎる」


 腕を組んで唸る秋夜。


「ちなみに、だ。直人、お前はこれをどうしたい?」

「えっと、どうしたいっていうのは……?」


 突然のその問いに、俺は戸惑う。


「俺にどうしてほしくて、ここに持ってきた?」


 いざそう聞かれると、返答に困ってしまう。

 彼にも多少なりともリスクを払わせてしまうことを考えると、知りたかったから、なんて理由を話していいものなのか。


「重ねたのか、沙耶華さんに」

「……!」


 彼のその言葉に、思わず口をつぐむ。


「誰でもいいから助けたい。罪を償いたい。そう思ったんだろ? 俺が彼女を助けるんだって」

「……それは」

「それは自己満足だ」


 こちらをじっと見つめてくる秋夜に、違うと断言できない自分がいる。

 俺は、彼女をなぜ助けようとしたんだ……?

 改めて、そんな疑問が脳裏に浮かぶ。


「お前は彼女に沙耶華さんを重ねて、彼女を救った気になりたいだけだ。違うか?」


 真っ直ぐ見つめてくる彼の目に、思わずうつむいてしまう。

 沙耶華の笑顔がまぶたの裏に浮かび、罪悪感に胸が痛む。

 俺はそんな自己満足の為に、こんなことを……?


「なんてな、気にすんなよ」

「え?」


 その言葉に驚いて顔を上げると、さっきまでの怖い顔はどこへやら、秋夜はいつもの表情に戻っていた。


「あれから、生ける屍みたいに無気力だったお前が、自分からこんな面倒くさそうなことに首を突っ込んだのが珍しかったから、ちょっといじめてみただけだ。すまんかった」

「あ、ああ。いや、大丈夫だ」

「そうか」


 心にグサグサ刺さったけれど、言われたことはごもっともだ。そこに気づけただけでも、彼には感謝というものだ。


「……いや、それもあるのかもな」

「何がだ?」

「自己満足で助けたっての。案外そうなのかもな……」


 そう思うと心苦しいものはあるが、でも、今の俺がここまでしているっていうのは、それが原動力なのかもしれないと、ふと思い直す。

 だとすれば、それを認めない方が沙耶華に失礼という気もする。


「でも、それでいいんじゃねぇの?」

「え?」


 彼女の体の損傷を調べながら、不意にそうつぶやく秋夜。


「自己満足で他人を助けて何が悪い? 少なくとも、自分のためだって言いながら他人を傷つける輩より、数万倍マシだし、それにさ」


 そこで一旦言葉を区切って、俺の方に向き直る。


「お前、今までよりずっと人間らしいぞ」

「……人間らしい?」

「ああ。直人がさ、ずっと世捨て人みたいにふらふらしながら過ごしてたから、俺は心配だったんだよ」

「……」

「自分の為に動いて何が悪い。自分の為に動く中で他人との関わりを持って、影響して影響される。それが人間らしさってもんだろ」

「秋夜……」


 まさか、彼の口からそんな言葉を聞けるとは。

 驚きながらもありがとう、と口にすると、


「言うなよ、照れるから」


 にしし、と、楽しそうに笑う秋夜。


「じゃ、彼女のことは任せとけ。俺が何とかしてやる」

「いいのか?」

「ああ、俺も気になるしな。それに、知りたかったんだろ?」


 額の汗を拭い、にやりとした笑顔を見せつけられる。


「……ばれてたのか」

「何年の付き合いだと思ってる。顔に全部書いてあったぞ」

「そうか。……じゃあ、頼んだぞ。彼女のこと」

「おう。任せとけ」


 ここは、俺は下手に関わらずに、専門的な知識がある秋夜に任せるべきだ。

 そう考え、また明日来るとだけ伝えて、彼の家を後にする。


「人間らしい、か」


 相変わらず活気のない回廊の裏道を歩きながら、秋夜の言葉を思い出す。


「沙耶華、これがお前への手向(たむ)けになればいいんだがな……」


 ここ最近、彼女のことを考えて苦しくなることも減ってきてしまっていた。

 だからこそ、さっきの言葉が胸にしみた。目をそらしてはいけないものとして、俺の中に入ってきた。


「人は願うことしかできない、か。その通りだな」


 そんな、いつか彼女から聞いた言葉を思い出す。


「でも、難しいよ。祈るのも、さ……」


 その晩、俺は初めて一人で安酒をあおり、なかば無理矢理床に就いた。


 *


 どこかで彼女の声が聞こえる。


『直人、行こう?』


 その声は俺の手を引いてくる。

 ああ、行こう。でも、どこへ?


『星に決まってるじゃない。約束したでしょ? 忘れたの?』


 約束……したっけ。でもまぁ、彼女がしたと言っているのだから、したのだろう。


『今日も願い事、考えてきた?』


 今日も? 今日も、ってことは、昨日とかも願い事したってことか?


『さすがにそんなに願い事もないわよね。私ももう思いつかなくさ~』


 待て、いったい何の話をしている?


『でも、やっぱり願い事はしなきゃね』


 なぜ、どうして君がここにいるんだ。


『だって人間は、星に願うことはできてもさ』


 君は確か、


『願うことしかできないんだからさ』


 死んだはずじゃ。


 そして、目の前が光に包まれる。


 *


「……夢か」


 目が覚めると、全身に変な汗を掻いていた。

 割れるように痛む頭を叩いて目を覚まし、あの光景が夢だったんだと体に言い聞かせる。


「はあ……」


 ようやく視界が安定し、徐々に震えが収まる。

 ふと、あたりを見渡すと、大量の空き缶が転がっていた。

 ああ、そうだ。昨晩は普段絶対に買わない安酒を飲んで、そのまま寝落ちしたんだった。

 何が入っているかわかったもんじゃない安酒を、わざわざ地下商人から買って飲んだんだった。やれやれ、相当におかしくなってるみたいだな、俺は。


「痛てて……」


 視界は安定したとはいえ、未だぼんやりとした意識の下、なんとか体に鞭打って、毎日のライフワークを実行に移そうと準備を始める。

 服を着替えて荷物をまとめ、家を出たところでばったり秋夜に遭遇する。


「ああ、おはよう秋夜。どうしたんだ、こんなところで?」


 家の前の通路に立ちつくしている彼に、おはようと片手を上げる。

 わざわざ彼が訪ねてくるなんて、どうしたのだろうか?


「いや、どうしたのじゃねぇよ。なにさらっと忘れてるんだよ」

「……ん?」

「昨日『明日また来るわ』って言って帰ったのは、どこの誰だ?」

「あー」


 そうだそうだ。俺としたことが、ド忘れしていた。


「なるほど。それで来るのが遅いから迎えに来た、と。すまんすまん」

「すまんすまん、って……こちとら早朝だってのに来てやってんだぞ?」


 呆れ顔の秋夜。


「ん? 早朝? あれ、今何時なんだ?」


 あれ? 完全に七時過ぎくらいの気分でいたのだけれど……?


「まだ午前三時だよ」

「ぐえ……そんなか」


 どうやら、完全に昼夜の感覚がおかしくなっているみたいだ。

 やれやれ。ヤケ酒なんてあおるもんじゃないな。

 自分のせいだということも棚に上げて、回廊の時間間隔のなさに思わずため息を漏らす。


「で、なんでこんな早朝に?」


 俺が間違えて早起きしたことはともかく、なぜ秋夜はこんな早朝に訪ねてきたのだろうか?


「わかったんだよ、彼女の正体が」

「本当か!」


 そう告げる彼の目元には、くっきりとクマができていた。きっと、昨日俺が去った後、彼女のことを休みなく調べ続けてくれたのだろう。


「……彼女の正体って?」


 早々に本題に入ろうとする俺を、まあ待てと制止する秋夜。


「彼女の正体について語るには、まず見てもらいたいものがある。それからの方が話が早い」

「見てもらいたいもの……?」

「ああ。だから今からそれを見に行くぞ」

「見に行く? それはここにはないものなのか?」

「そうだ」


 見た方が話が早い? 一体何のことだろう。


「そら、ついて来い」


 呆気にとられる俺をよそに、ずんずんと進み始める秋夜。

 慌てて、持っていた荷物を家の中に放り込んで、俺は彼を追いかけた。

 昼間とさして変わらない暗さの回廊の道を、彼は真っ直ぐにエレベーターに向かって歩いていく。


「おい、秋夜!」

「ん?」

「少し待ってくれ。どこに行くつもりなんだ?」


 ようやく立ち止まって、こちらに向き直る秋夜。俺のことを見つめる彼の目には、光が灯っておらず、どんよりとした表情だった。


「え……どうした?」

「……いや。実を言うとな、迷ってるんだ」

「は?」

「お前にこれを言うべきか、迷ってた」


 ふー、とため息をついて回廊の薄暗い空を仰ぎ、彼は言葉を続ける。


「正直俺としては、判明した彼女の正体を、お前に言いたくないんだ」

「なんでだよ?」

「このことを話すと、多分……いや、絶対にお前は辛い思いをすることになるから」

「そんなこと、聞いてみなきゃわからないだろ」

「俺には分かる。俺とお前、何年の付き合いだと思ってるんだ?」

「いや……そうかも、しれないけど……」


 確かに、昔から秋夜がそうだと言ったことは、その大半がその通りになってきた。


「彼女のことを『ちょっと保存状態が良かっただけのただの死体だ』って、お前に嘘の正体を言うって手段も考えた。でも」

「でも、お前ならわかるだろ? 俺は彼女を放っておけなかったんだ。だから、こんなところでなかったことにするつもりは、ない」


 彼の言葉を遮って、俺は断言する。

 俺は知りたいんだ。だから彼女を連れてきたし、今もこうしてここにいる。

 それが、すべての理由だ。


「ああ。お前ならそう言うと思ったよ。……彼女が、空襲の時にお前を助けたっていう、天使なんだろ?」

「え。それ、お前に話したっけ?」


 突然の彼のその言葉に、思わず目を見開く。


「空襲の時に云々のことは聞いてたよ。けど、あの子がそうだっていうのは、ただの俺の憶測だ」


 わかりやすいからな、と苦笑を浮かべながらつぶやき、再びエレベーターに向かって歩きはじめる秋夜。


「秋夜!」

「歩きながら話そうや。お前がこれ以上彼女に関わらない、って言ったら引き返すつもりだったけど、そうじゃないんだろ?」

「あ、ああ」


 彼女に関わると俺が辛い思いをする、という彼の言葉も気になるし、正直怖いけれど、引き返すわけにもいかない。


「いつか自分を助けた天使に恩返しを、ってか? くくく。つくづく面白いやつだな、直人は」

「そうか?」

「そうだよ、普通じゃないよ。いや、普通の世界なら普通かもしれないけどさ、こんな世の中になったのに普通のままでいるっていうのは、それは異常ってものだよ」


 くくく、と楽しそうに笑う彼の頭を軽く小突く。


「話が逸れたな。彼女の正体については、今から見に行くものがあるから、とりあえず後回しだ」

「わかった」

「そうだな……移動中暇だから、今現在の彼女の状態を先に話しておこうか」

「状態?」

「そうだ。お前が彼女を連れてきたとき、右腕がもげてたりしたろ?」

「ああ、そうだったな」


 もげ落ちた彼女の右腕、普通なら醜くどす黒く染まっているはずなのに、綺麗なままの断面。それらの映像が、一気に頭に流れ込んでくる。


「もげてしまっていた右腕と、損傷の激しかった右足は、自作したパーツでそれぞれ補っておいたから、とりあえず今は五体満足になっている」

「それはよかった。……今更だけどさ、ってことは、彼女は生きてるんだな?」

「当たり前だろ。じゃなきゃ、なんで俺はこんな話をしてるんだってことになるだろ」

「確かに」


 彼女が生きていたという事実に、とりあえずはホッとする。


「ほれ、乗れ」


 そんな話をしている間に、俺たちは乗り場に到着し、上層階層行きのエレベーターに乗り込む。

 朝も早い(早すぎる)時間ということもあって、乗り場には昼間番をしている男の姿すらなく、それなりの大きさのエレベーターに俺たち二人だけが乗った。


「腐女子が見たら喜びそうな状況だな」

「今の話の流れでそんなことを言うな。俺のセンチメンタルを返せ」

「ははは、悪かったよ。俺がイケメンだからって妬むなよ」

「自分で言うなよ。そしてその通りなのがムカつく」


 俺の緊張をほぐすためか、妙にふざけながら目的階に第十一層を選ぶ秋夜。


「いや、これから到来するであろうシリアスシーンを考えると、これくらいの冗談を言っておかないと、お前が参っちゃいそうだからな」

「前置きが怖いわ」

「でもな、直人。それは冗談にせよ、今から見に行くものを見たら、相当堪えると思うぞ?」


 急に真面目な顔でそんなことを言われると、尚更不安になってくるから、やめてほしいもんだ。

 大丈夫だよ、と軽く返そうかとも考えたが、堪えるからなと言った後、秋夜が黙っているのが気にかかって口を閉じる。

 こいつはいつもふざけたような言動をしているので、周囲の人間にはちゃらんぽらんな奴だと思われている節があるが、そんなこいつがこの顔になった時はマジの時だと、俺は知っている。

 今の彼の目からは、さっきの言葉が本気の警告だったのだということが、ひしひしと伝わってくる。

 そのままお互い無言の気まずい時間が過ぎ、しばらくして彼が何かを言いかけた時、目的階層に到着したことを知らせるブザーが鳴った。


「よし、降りるか」

 今、なにか言おうとしなかったか。

 そう尋ねる勇気は俺にはなく、口をつぐんだまま彼についてエレベーターを降りる。


「ま、別にこの階層じゃなくてもよかったんだけどな。多分だけど、この辺ならあるだろうし」

「その見せたいものが、か?」

「正確には見せたくないけど見てもらった方がいいもの、だけどな」


 そう言って、彼は回廊の壁に貼られた一枚のビラを指さす。


「えっと、手配書……?」


 手配書というと、PCFが発行している、未だに捕まっていない戦時犯を探すためのアレか?


「それがどうかしたのか?」

「手配名簿の一番下、見てみろ」

「……?」


 言われるがままに、秋夜が指差した個所に目を向ける。


「特別手配犯、戦闘用アンドロイド、形式番号MDD18……っ!?」


 MDD18。確か、ビルで彼女を見つけた時に背中に書いてあった番号だ。

 それじゃあ、つまり彼女がこの「特別手配犯」ってことか?!


「嘘、だろ……」


 視界が回って、鼓動が早まるのが感じられる。

 そんな、ありえない。

 俺を救ってくれた彼女が、特別手配犯?

 MDD18という番号に見覚えがあったのは、地上でPCFが配っていた手配書を、毎日嫌というほど目にしていたからだろう。


「戦闘用アンドロイドって、いや、そもそもアンドロイドってどういうことだよ……」

「彼女、形式番号MDD18の正体は、戦時中に日本軍が開発した戦闘用アンドロイド、その一八番目の試作品だ」


 淡々とそう告げられる。


「日本軍の、試作兵器ってことか……?」

「端的に言えば、な」


 そう言われて、彼女が着ていた服に見覚えがあったことに納得してしまう。

 あれは、日本軍の軍服だったのか。


「じゃあ、あれも防空任務の一環、ってことだったのか……」


 崩れてくるビルを受け止めながら叫ぶ、あの日の彼女の姿を思い出し、やるせない気持ちになる。

 あんな年端もいかない女の子が、あの戦争では犠牲になっていたのか。

 戦うために生み出されて、戦場で死んでいく。たったそれだけの為に……。


「直人、ここだと誰かに監視されてるかもしれない。詳しい話は戻ってからだ」

「わかった」


 なんで、どうして。

 そんな疑問が頭の中でエンドレスに回転し、何も考えられないまま再びエレベーターに乗り込み、俺たちは再び地下へと潜っていった。

次回更新は3月20日(金)の20時です。

気に入っていただけたら評価や感想など、一言でも大丈夫ですのでいただけると励みになります。

では、また次回!

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