第1話 東京回廊
統一歴八十一年、二月三日。
日本国は大陸国へ宣戦布告。そして両国は戦争状態に突入した。
宣戦布告の理由については様々な説が囁かれているが、最も大きい要因は日本海での資源採掘権の奪い合いだろうと言われている。
数年にわたって続いていた話し合いの末、両国の間に築かれていた崩れかけの関係は決定的に崩壊し、その行きつく先は戦争だったというわけだ。
息巻いて開戦を決意した日本政府だったが、戦況は短期間で目に見えて悪化し、日本軍は開戦から間もなく防戦に回ることとなった。
防戦に回らざるを得なかった理由。それはとても簡単なことだった。
単に大陸国との「戦力差が大きかった」からだ。
どうやら人間というのは、過去の過ちから何かを学ぶという行為が絶望的に苦手らしい。
先の太平洋戦争で、米国相手に「圧倒的戦力差、および物量」で負けたという事実は、残念ながら日本人の誰の教訓にも残らなかったようだ。
欧米に目を向けてみればドイツが、イタリアが、それら枢軸国のお友達が、身を挺してご丁寧にも勝利への道の反面教師を演じてくださったというのに、それらから得られた教訓は全く何一つとして残らなかったようだ。
またたく間に制海権、制空権共に完全に大陸国軍に奪われ、早くも開戦から半年後の八月には日本各地の大都市への大規模空襲が始まった。
雨あられとミサイルが降り注ぎ、空襲を受けた都市は、かつての姿形など跡形も残さず、限りなく広がる焼野原と化していった。
何万、何十万という人々が業火に焼かれて灰となった。
何十、何百という街が地図上から消滅していった。
が、そんな非人道的な無差別攻撃を敢行しながらも大陸国は信じていたのだろう。
日本という国が近代国家で、ここまで不利な戦況に立たされれば、とっとと戦争継続を諦める英断を下すだろうと。
武力による外交ではなく、話し合いの外交によって戦争終結を目指すようにと、方針転換するだろうと。
大陸国軍が日本の首都たる東京を攻撃しなかったのは、そのような日本への期待があったからだろう。
ところが、ここでも日本は過去の過ちから学習をしなかった。
御親切に白旗を揚げる機会を与えてくれた大陸国の、ある種やりすぎとも言える親切に対しての政府の返答は、「本土決戦あるのみ」の一点張り。
外交のルートを探るのではなく、東京が攻撃されてもいいようにと、地下都市の建造を始める始末だった。
戦争終結に対する努力ではなく、戦争継続への努力を開始したのだ。
そして、その年の十一月十五日。
そんな政府の対応にとうとう痺れを切らした大陸国軍は、ついに東京に対する大空襲を敢行した。
俺を含む多くの人は、その当時まだ未完成の地下都市、通称東京回廊に逃げ込んで無事だったが、しかし街は変わり果ててしまった。
焼野原にこそならなかったものの、かつて東洋の摩天楼として名をはせた大都市東京の姿はそこにはなく、郊外には草の一本も残らず、都市部はビルが折り重なって横倒しになっていて、とてもじゃないが、地上は人が住めるような場所ではなくなってしまった。
そこで誰もが思った。
これで戦争も終わるだろうと。
もう日本政府には、戦争継続をするだけの力は残っていないだろうと。
そんな淡い期待を、希望を誰もが抱いた。
しかし結論から言えば、そんな民衆の想いはどこへやら、戦争は翌年の八月まで続いた。
政府は瓦礫の山と化した地上から、東京回廊地下第十層へと司令部を移し、そんな日本政府の態度を見て徹底攻撃を決意した大陸国軍はこれを攻撃。空襲に追われ、地下に逃げ込んだ人達を巻き込んでの、東京回廊攻防戦が開始された。
回廊攻防戦においてはこちらに多少の地の利があったために、戦端が開かれた当初は大陸国軍に対してある程度は優勢に戦えていた日本軍だったが、しかし、三か月の攻防戦の末、彼らの圧倒的戦力の前に司令部は陥落。日本は降伏した。
こうして、一年半にも及ぶ戦いは終わり、日本は大陸国に占領されることとなった。
戦後、占領軍は日本の首都を損害の大きかった東京から、比較的都市として形を保っていた京都へ移転。そのため、破壊されつくした東京の地上部の復旧は後回しにされ、そこに住まう人々は、引き続きの地下都市での生活を余儀なくされた。
もはや首都としての価値もなく、旧日本政府の負の記憶のみがこびりついた東京の地下で、俺たちは明日への希望もなく、絶望に身を焦がしながら毎日を過ごしていた。
これは、深い深い絶望の中にいても、希望を見出すことを俺に教えてくれた、一人の女の子と、そんな彼女に救われた俺の物語だ。
*
回廊に響くボーン、ボーン、と軋むような不快な鐘の音に、今朝も目を覚ます。
東京回廊地下第二十層。それが俺の住む階層だ。
心臓を舐められているような不快な音に、今朝もしぶしぶながら起き上がる。
地上とはかけ離れたこの階層では、回廊に響き渡るこの不快な鐘の音でしか、時間を知る術はない。
太陽の光というのがどれほど体内時計に影響を与えているのか、ここに住んでいるだけで、毎日嫌というほど痛感する。
「今日は……九月十九日か」
枕元に置いてあるカレンダーで日付を確認し、十九日のところにペンでバツ印をつけておく。こうでもしないと、今日が何月の何日なのか、すぐにわからなくなってしまう。
寝起きのボンヤリとした頭で毎朝のライフワークを淡々とこなしていく。
穴だらけほつれまくりの、二年前なら考えられないような服に袖を通し、蛇口からちょろちょろと流れ出る水で顔を洗う。
かろうじて人間が生きていける程度の設備。敗戦国の戦後の庶民の生活レベルなんてたかが知れている。占領軍は生活レベルの戦前復帰をうたっているが、現実はこんなもんだ。
実際、この東京回廊で駐留している部隊を見ていれば、彼らの気持ちは嫌でも伝わってくる。
彼らにしてみれば日本人なんて突然戦争を仕掛けてきた迷惑な人達でしかなく、なぜ自分たちがこいつらの面倒を見なくてはいけないのだ、といった感じなのだろう。
「はぁ……マトモな飯食いたいな……」
最後に三食きちんと食べたのはいつだったか。
もう何日も朝ごはんという物を食べていない、どうしようもない現状にそんな愚痴をこぼしながら家を出て、地上までの連絡用エレベーターへと向かう。
「あー、こりゃダメだな」
エレベーターの乗り場まで来たところで舌打ちをする。
朝のこの時間のエレベーターの稼働率は異常だ。回廊の住人には、地上に行って鉄くずを拾い集めて売るくらいしか毎日を生き延びるすべはないので、特に地上行エレベーターは混む。それも朝のこの時間帯となれば尚更だ。
さらにこのエレベーター、戦前のビルなどについていたしっかりとした代物ではなく、ボロボロの、ほとんどガラクタ同然の部品でできているのだ。
まあ、そんなガラクタでも動いてくれていることには感謝するとして、それでもやはりガラクタはガラクタ。動かしすぎるとあっという間にオーバーヒートしてしまう。
この混雑具合だと、並んで待っても自分の番が来るころにはオーバーヒートしてしまう気がする。
仕方がない。別のエレベーターを探すとしよう。
ふう、とため息をこぼし、来た道を戻る。
目指すはシャフトを挟んで反対側にある別のエレベーターだ。そっちなら大丈夫だろう。
朝だというのに、回廊の大体の通路は夕暮れのように薄暗い。明かりといえば、今にも死にそうな白熱電球がいくつか道の端にぶら下がっていて、申し訳程度に光っているだけなのだから、当然だ。
「ま、明かりがあるだけマシか……」
回廊ができた当初はどこもかしこも暗闇にのまれていて、そんな環境下で暮らしていたせいで暗闇の中でも不自由なく暮らせるようになってしまったほどだった。
それと比べれば、今の環境はかなりマシと言って差し支えないだろう。
「慣れって怖いもんだなぁ……」
複雑に入り組んだ道を進みながら、そんなことをぼやく。
地下都市と言っても政府が主導的に造ったのはせいぜい第十五層までがいいところで、第二十層などは完全に誰かが勝手に造ったものなので、道の入り組み方も無駄に複雑だし、同じ階層内でも階段が沢山あって、体感的にはとても同じ階層とは思えない高低差を誇っている。
電球が割れていて真っ暗な道を進み、階段を上がり、丁字路を右に曲がってトンネルのような通路をまっすぐ進む。
コツコツコツと、足音が壁に反射する音を聞きながら進んで、ある程度開けたところまで出たところでシャフトの対岸への連絡通路に足を踏み入れる。
「シャフト」とは、どういうことかと言えば、東京回廊には戦時中司令部があった第十層以下の中心部に巨大な吹き抜け(シャフト)が設置されている。その形状はシャフトが始まる第十一層からだんだんとしぼんでいっているようになっていて、直径は第二十層ではだいたい二百メートルくらいある。螺旋階段を想像してもらえれば分かりやすいだろう。
そんな大穴に架かった連絡通路をゆっくりと進む。
連絡通路、なんてたいそうな名前がついてはいるが、実際にはつり橋のようなもので、下手に走ったりすると崩壊してしまいそうなほど雑なつくりをしている。実際俺も、連絡通路から落下していった人を何人か見たことがある。
そもそもこの回廊自体、各々、住人が勝手にその規模を拡大していったために、設計した旧日本政府でさえ第何層まであるのか把握していないため、一体この吹き抜けだってどこまで抜けていることやら。
なにもかも飲み込んでしまいそうなどこまでも続く暗闇が、そこには大きく口を開けて俺たちを飲み込もうと待っている。
今まで出会った人の中で第二十八層に暮らしているという人がいたが、知る限りではそれが最深記録だけど、でも連絡通路からものを落としてみたけど落ちた音が聞こえなかったっていうような話があるくらいだし、きっともっと深いところまで回廊は広がっているのだろう。
「ま、もっと地下に人がいたとしても、地上で会わないところを見ると、きっと地下は地下で独自のコミュニティーを築いてるんだろうけど」
この第二十層だって、回廊全体からしてみればかなり深い部類に入る。
そして、俺が護身用に拳銃を持ち歩くくらいには治安は悪い。
強盗、窃盗、傷害、強姦。
そんな、駐留している占領軍でさえ諦めるような、ありとあらゆる犯罪が蔓延するこの第二十層よりもさらに地下となれば、そこはもはや無法地帯を通り越して紛争地帯だろう。 とてもじゃないが、行く気になんかならない。
「ああ、よかった」
恐怖しか湧かないシャフトを渡り終え、エレベーターが見える場所まで来たところでホッと胸を撫で下ろす。見た感じそこまで人は集まっていないし、これなら大丈夫だろう。
「今日はどこにするかねぇ……」
エレベーターの順番を待つ間、俺は地図を取り出して今日の回収場所を考える。
鉄くず回収なんていうのは早いもの勝ちみたいなもので、必然的に早くいい場所を確保した者が有利になるので、こうして事前に目星をつけておくことを疎かにしてはいけない。
「ここらへんとか……いや、ここは当たりがありそうだしやめとこう」
確か、昨日だか一昨日だか、墜落した戦闘機をビル群の残骸から見つけて相当な金を手に入れていた人がいた。……あの人、まだ生きているといいけど。
当たりを引く、ということはすなわち、他の人からその金を狙われるようになると同義だ。
今朝あたり死体が見つかっても何らおかしくはない。
嗚呼、南無阿弥陀仏。
神も仏も信じてないくせに、そんなことを考えてみる。
だからこそ、俺が狙うのは中くらいの当たりだ。人に妬まれない程度の小さな幸せが俺は欲しい。
だからこそ、こうして終戦から一か月かけて調査して回って作成した地上の地図を、誰にも見られないようにこっそりと確認しているのだ。
……とは言っても結局、決め手なんて所詮ヤマ勘でしかないのだけれど。
「ほら、空いたぞ。さっさと乗れ」
銃を持って番をしている不愛想な男がそう言ったのを聞いて、一旦考えるのをやめ、ポケットに地図を突っ込み、数人の男たちとエレベーターに乗り込む。
「閉めるぞ」
がちゃん、という重い音と共に鉄でできた簡素な仕切りが閉まって、ゆっくりとエレベーターが上昇し始める。
上昇中、隙間だらけのかごからは他の階層の様子がよく見える。
第十九層、年寄りが多め。第十七層、元軍人らしき屈強な人が多い。第十四層、女性がそれなりにいる。そこまで治安が悪くない証拠だろう。
階層によって生活層は様々だが、一つ全体について言えることは、階層が上に行くにつれて住んでいる人たちの表情が明るくなっているということだ。
俺の住んでいる第二十層なんて死んだような目をした、世捨て人のたまり場みたいなものだからな。まあ、俺も人のこと言えたタチじゃないのだが。
そんなことを考えているうちに、エレベーターは第十一層に到着した。
*
俺の住処から近い方のエレベーターなら第十層まで直行で行けるのだが、シャフトを挟んでこちら側の第十層より上の階層は東京回廊防衛戦の際、大陸国軍の爆撃で崩落している個所があるため、俺たちは第十一層で降りて、崩落していない個所から階段で第十層まで上がらなくてはいけない。
第十層。どのエレベーターも直接地上には繋がっておらず、第十層で一旦途切れている理由。それはこの階にPCFの駐屯地兼検問所があるからだ。
PCFとはPeaceful Coexistence Force(平和共存軍)の略で、要は日本に駐留している大陸国軍のことを指す。「日本の文化的戦前復帰」をスローガンとして掲げる一方、首都としての価値を失い、スラム街と化したこの東京回廊での、ありとあらゆる自分たちに直接影響のない犯罪について見て見ぬふりをする傍観者ども。
地下に住む俺たちが地上に出るためには、この第十層にある彼らの検問所を通らなくてはならない。
もちろんPCFの目をすり抜けて地上に出る道がないわけではないが、そんな道にはそれぞれの道を管理して(という名の占領を)いる人たちがいて、通るには彼らにそれなりの金を払わなくてはならないので、特にPCFに対してやましいことがなければ、彼らの検問所を通ったほうが賢明というものだ。
「しかし、ここも変わらないな……」
防衛線の最終決戦地となった第十層、そしてその旧指令部跡。一体何の嫌がらせか、PCFはこの旧指令部跡を検問所として使っている。
確かにこの階層はここを抜けないと前に進めないようになってるから、検問所としてはかなり合理的ではあるが……少しは敗戦国の住人の気持ちも考えてほしいものだ。
あの戦争を体験して、もしかしたら勝てるんじゃないかなんていう、脳内お花畑な考えこそ持ってなかったが、それでもやっぱり母国が戦争に負けるという事実はなかなかに心にくるものがあるのだから。
「次、お前だ。名前と、居住階層は?」
「明石直人。第二十層在住です」
「アカシナオト、か。よし、行け。次だ」
腕章を付けたPCFの兵士に一体何の意味があるのかわからない質問をされ、特に引っかかることもなく素直に通される。
名前と居住地なんて、今の世の中で聞いたところで全く無意味だろうに。
戸籍なんてシステムはとうに機能しなくなり、誰が生きていて誰が死んでいるかすらわからず、死んだはずのやつがふらふらしていたり、生きているはずなのに体の一部しか残ってなかったりするような戦後の混乱期。そんな時分に、彼ら憲兵はいったい何を熱心にメモしているのだろうか?
そもそも俺は、というか大概の奴は拳銃を持っているのだから、検問ならばそれに対してなんか言うべきじゃないのか?
検問を通るたびに頭をもたげるこの疑問を、押し込めて見て見ぬふりをする。
こういう世界では、疑問を持ちすぎるとよくないことになる。具体的には、一週間くらい行方不明になった挙句、第三十層くらいで死体が見つかる、みたいなことだ。
そうならないために、極力自分に関係のないことについては考えないようにしている。それが、今の世の中で生きていくための最低限のルールというモノだ。
……これじゃあ、やってることが犯罪を黙殺しているPCFと同じのような気もするが。
「ホント、見れば見るほど壮絶だよな……」
思考を切り替え、通路の壁に目をやる。そこには防衛戦の際に刻まれたたくさんの戦争の痕跡が残っている。
生々しい血の跡や弾痕。中でも検問所付近で一番強烈な痕跡は火炎放射の跡だろう。真っ黒に焦げた壁の、一部だけ人型に白く跡が残っているのだ。その光景を見るたび、昔修学旅行で行った広島の原爆資料館を思い出す。
東京回廊攻防戦において大陸国軍は、回廊に民間人が多数居住している疑いがあり、しかも構造があまりに複雑だったため、ミサイル等の攻撃はせずに歩兵による制圧を試みた。
最初こそ丁寧に(表現に語弊はあるが)制圧を開始した歩兵隊だったが、徐々に日本軍のゲリラ戦法に頭を痛めはじめ、第十層を攻略する際には火炎放射器で区画ごと焼き払うという荒々しい戦法をとった。そして、その産物がこの人間版画というワケだ。
「気が滅入るな……」
ただでさえ低いテンションが、毎朝毎朝この区画でさらに下がっていくことにうんざりしながらも、地上行きのエレベーターに乗りこむ。ここからのエレベーターはPCFが管理しているものなので、それなりに安心できる。
少なくとも仕切りがバキリと折れて下層まで真っ逆さま、なんてことにはならないだろう。
「まったく、PCFさまさまだな」
小刻みな振動を感じること約一分。ガタンという少し大きな衝撃と共に、地上に到着したことを知らせるブザーが鳴る。
ドアが開き、差し込んでくる殺人的な太陽光に目を細めながらエレベーターを降り、そうか、今は九月。まだまだ夏なんだ、なんて改めて自身の季節感覚のなさにうんざりする。
まったく、地下にいるとそんなことさえも忘れてしまうから嫌だ。
とは言っても、目の前に広がるビル横倒し現代アートの数々を見る限り、今のところ俺たちに地上に住むという選択肢はないのだなと、これまた改めて思い知らされる。
「さて、今日はどこにすっかね」
結局、さっきは地図を眺めただけで今日のターゲットを決められなかったので、少し立ち止まって考える。とっとと行動に移したいのはやまやまだが、このプロセスを飛ばして痛い目に合うのも嫌だからな。
「ま、今日はこの辺かな」
しばし悩んだ末、大体の目星をつけ、瓦礫を踏み越えて俺は歩き出す。
戦前は東京駅丸の内口の美しいレンガ造りの建物があったこの場所は、今では見る影もない。少し地面を掘ればレンガの残骸が出てくるだろうが、面影と言えばその程度だ。
「よお、直人じゃねぇか。元気か?」
ビルの隙間に築かれた闇市を歩いて目的地に向かっていると、廃品買い取り店の店主に話しかけられる。彼はいつも俺が回収した鉄くずを買ってくれている、いわゆるお得意さんってやつだ。……いや、店を利用しているのは俺なわけだし、お得意さんは俺か?
「こんな世の中で元気もクソもあるわけないでしょ」
「それもそうか」
即答でそう切り返すと、苦笑いで返される。こんなやり取りも、この一か月で馴染深いものになりつつある。
「今日はどこ行くんだ?」
「それ、教えるわけないでしょ?」
「いいじゃねぇかよ。どうせ後で買い取りの時に聞くんだから一緒だろうに」
「教えたらどうせ、他の奴にその情報を売るんだろ?」
「まあな。お前の行先には、大概いいものがあるからな。そりゃ貴重な情報ってもんだ。それに、情報提供料なら払うが?」
はあー、とため息をつく。
なるほど。どうやら一部で俺の決めた今日の狩場の情報が高く売れているらしい。
やれやれ、買い被りもいいところだ。
「幾らだ?」
金額によっては、と考えてそう尋ねてみるも、大した額じゃなかったのでパスする。あまりに少額だと、他の奴に先を越されてしまうのがオチだしな。
「話にならないね。そんなんじゃ昼飯の足しにもならない」
「んだよ。ケチな奴だな」
これだからお前は、と呆れ顔の店主。
「それはお互い様だ」
「はは、確かにな。じゃ、頑張れよ」
「ああ、また夕方に」
お互い軽く手を挙げ、別れる。
前にも言ったが、大概の地下の住人は地上のビル群で鉄くず回収をし、この闇市で売って金にし、食べ物を買って暮らしている。
闇市の物価も、戦前からしてみれば考えられないような高騰の仕方をしているが、それでも地下のぼったくり商人よりかは幾分かマシなので、地下住民はできるだけ闇市で買い物を済ませるようにしている。
そんな地下住人の台所たる闇市だが、闇市という名前から分かる通り、公式にはPCFは闇市を禁止している。しかし、あくまで禁止しているだけなのだ。
これが意味するところ。つまりは、PCFは闇市での食料品などの取引を禁止している一方で、地下住人に対して一切の食糧援助をしていないということだ。
これはもう、飢えて死ねと、そう言っているようなものだろう。
「PCFめ」
とはいえ、もとからPCFなんぞに助けてもらおうなんて考えは持ち合わせていないので、食糧に関しては正直どうでもいいが、それ抜きにしても、街中にいるPCFの憲兵というのは気分のいいものではない。
彼ら一人一人に罪などないが、それでもPCFや大陸国軍には嫌悪感を抱かざるを得ない。
人の恨みというのは、そう簡単には晴れないのだ。
傍目でPCFの憲兵をチラ見しながら、目星をつけていたビルに入っていく。粉々に割れた窓ガラスの感覚を靴底で感じながら、エレベーターシャフトを通って上層階へと上がる。
「よいしょ、っと」
ほこりっぽさに顔をしかめながらシャフトを出て、目標の階に足を踏み入れる。
ビルの亀裂から中に侵入したときには何人か人影はあったが、目標の階はまだ漁られていない様子だった。これは鉄くずの漁り甲斐がある。
「しかし、どっから手を付けたもんか……」
こうもいろいろあって、しかも手つかずとなると逆にどうすればいいか迷ってしまう。
無難にローラー式で端から漁っていくか? いや、それとも勘に頼るか?
そう考えた、まさにその時だった。
「ん? 今なんか音が……」
横倒しになり、縦横の概念が崩壊した部屋のどこかで物音がしたのを、俺は聞き逃さなかった。
「なんだ?」
やはり先客がいたのか、はたまたパトロール中のPCFか。
そんな風に若干疑心暗鬼になりながらも、俺はゆっくりと音のした方に近づいていく。
そして、そこに彼女はいた。
「これは……」
こうして俺と彼女は二度目の再会を果たした。
その出会いは、有体な言葉を借りれば「運命の出会い」というやつだった。
次回更新は3月13日(金)20時です。
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では、また次回!




