プロローグ
以前のアカウントでも投稿していた作品の再掲載です。
だいたい10話前後を予定していますので、少しの間ですが、お付き合いいただけると幸いです。
東京が大空襲を受けたその日、俺は天使を目撃した。
町中が燃え盛って火の海と化し、あちこちから人々の叫び声が聞こえる。
それに加えて爆弾の炸裂する音、ビルが奏でる不協和音、ミサイルが空気を裂く衝撃が体を震わせ、硝煙のにおいと血の匂いが鼻孔を満たす。
そんな、まるでこの世の生き地獄のような状況の下、ただひたすらに安全を求めて逃げ惑っていた俺は、気がつけば鮮やかに空を駆ける彼女に見とれて立ち止まっていた。
「戦場に舞い降りた天使……」
今は戦時中だということを、そして自分自身が抱えていた絶望を、空襲を受けているということさえも忘れさせるほどに彼女は美しかった。
「うわっ!」
が、炎と爆発の閃光が脚色する彼女の舞台に見とれていた俺は、次の瞬間には爆発の衝撃で吹き飛ばされることになった。
「痛って……」
呻きながらも、とっさに体の外傷を確認する。
吹き飛ばされたときに強く打った背中が痛むのと、そこらじゅうにまき散らされているガラスの破片で腕や足の一部から出血してはいるが、どちらも致命傷とは言い難いだろう。
「大丈夫。まだ、助かる」
自分に言い聞かせるように小声でつぶやき、痛みを我慢して立ち上がる。
と、立ち上がったその刹那、すぐそばを歩いていた人が突如として燃え上がってそのまま崩れ落ちる。
「人の死に鈍感になるってのは、嫌なものだなっ……!」
だがそんなことには構っていられない。すぐに気持ちを切り替え、痛む足を引きずって前に進む。
もはやこの地獄に安全な場所などないのだ。
あちらでもこちらでも人がダース単位で吹き飛んでいる。
ある者は骨さえ残らないほどに焼きつくされ、ある者は四肢がバラバラになって吹き飛ぶ。
ふらつきながら東京回廊の入口を目指す俺の歩いている地面には、数限りない人が作り出した血の湖が広がっていて、そこには疲れ切った顔をした俺の姿が映し出されていた。
「こんなところで、死ねるか……俺は、沙耶華に」
地面に映った自分にそうつぶやいた次の瞬間、明らかにしてはいけない音が耳に入ってくる。
「嘘だろ?!」
回廊の入口まであと少しというところで俺の目前に迫っていたのは、焼け焦げたビルが轟音をたてながらこちらに向かって倒れてくるという、とても素晴らしい景色だった。
「ったく。こんなもの、どうすればいいんだよ……」
苦笑いを浮かべて、数秒後にミンチになっているであろう自分の姿を想像しながら、これはもうダメだろうなと覚悟を決めたその瞬間。
こちらへ向かって倒れてきていたビルが空中で停止した。否、何者かが倒れてくるビルを受け止めた。
「さあ! 今のうちに回廊へ! 早く!」
大胆にも空中でビルを片手で止めながらそう言い放った彼女は、さっきまで俺が見とれていた天使その人だった。
こうしてまじまじと見ると、彼女の体はいたるところ傷だらけで汚れきっていて、銃撃をしながら空を駆けるその姿は、天使のイメージとはほど遠い。
しかし、彼女のその凛としたたたずまいや美しさ、それに背中に輝く瑠璃色の翼は俺に天使の姿を思い起こさせた。
「生き延びてくださいね!」
瑠璃色に煌めく羽を広げる彼女の姿が、真っ白な羽を広げて空を舞う天使の姿に重なる。
大声で「生き延びて」と叫んだ彼女は、一体俺たちの誰に向かってそのメッセージを放ったのだろうか。
今の俺にはどうしても、その時彼女は彼女自身に言っていたのではないかと思えてしまう。
天使のような彼女が何を考えていたのか、どんな想いを抱えてあの空を駆けていたのか。
もし彼女にもう一度会えるのならば尋ねてみたいと、不意にそう思ったのだった。
次回更新は3月6日(金)の20時です。
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では、また次回!




