第23話『美咲と小夜 後編』
睡魔には勝てませんでした。
今回は小夜視点です。
ようやく美咲の部屋に荷物を運び終えた。荷物と言っても日用品が大半だ。元々、ワインの本関係が中心で不必要な物は処分した。
美咲と話してこの部屋は別宅扱いにしようと決めた。確かに色々と必要。特に女の子には色々あるから。
話は変わるが、あれからオーナーにも事情は説明した。矢崎に襲われた事。伊織が助けてくれた事。矢崎が逮捕された事。そして伊織と付き合う事になった事。オーナーは本当に何も無くて良かったと言ってくれた。心配掛けて申し訳ない。
一応、一緒に暮らす事も伝えた。私の保護者?みたいな人達だし、いきなり引越したら心配掛けてしまうだろう。流石に美咲の事は言えないけど、あの2人ならそのウチ教えても大丈夫だろう。そしてオーナーは私に3日の休みをくれた。引越しをするなら必要だと。人手も足りないはずなのに申し訳ない。一応、臨時の応援を頼んだので大丈夫らしい。有難い。
「小夜ー。このダンボールはどこにするー?」
それにしても美人…。
こんな綺麗な人初めて見た。
店で見た時はハッとしたぐらい。
綺麗な黒髪で、背も高くて、モデルみたい…
大和撫子とはこう言う人を言うのかな?
凛としてて、スタイルも抜群。
あと胸デカい。胸デカい。
2回言ったのは大事な事だからだよ。
私との戦力差が…。
そんな美人がお店で伊織を呼んだ。
正直、あの時はそこまで伊織を意識してなかったけど、それでも今までで一番近しい男の子だった。胸騒ぎが無かったと言ったらウソになる。
伊織に告白に行った時、
彼女が出てきてショックを覚えた。
失恋も覚悟した。
楓さんの提案はありがたかった。
なりふり構ってられなかったから。
そうするしか入り込む余地は無かった。
2人にはそれくらいの距離感を感じた。
実際、かなり差を付けられているだろう。
あのままなら私は振られていたはず。
たとえ3人で付き合っても、その隙間を逃す訳にはいかない。だから話に乗った。
だって伊織の側にいたいから。
何が何でも奪い取るつもりでいた。嫌な女ならたとえ美人でも負けるつもりはなかった。私だってこれだけ男に言い寄られていたら自分が容姿に優れているのは解る。だから、最初はそのつもりだったんだけど。
この美咲って女性は見た目に反して、かなりお人好しだ。嫌な性格ならやりようはあった。おそらくキツい面は他人に対してだけだろう。身内に対しては甘いのだと思う。
むー。こんな美人で性格もいいなら勝ち目が無いかな…自信が無くなってくる。料理はポンコツみたいだけど、それを補うほど魅力的だ。
今日だって私の引越しを手伝ってくれた。私に出来るだろうか?少なくともライバルのはず。とても真似出来ない。
美咲が合鍵を持っていて嫉妬を覚えた。それを感じたのだろう。普通なら優越感を持つはずなのに美咲は伊織に話すと言う。自分の小ささに嫌気が差すのと同時に器の違いを感じた。
きっとこの人は根がいい人なのだろう。
オーナーや伯父の様にいい人だとわかる。
正直嫌いになれそうに無い。困った。
「ん。大丈夫。ありがと。」
「いいわよ。ところでさー。小夜のウチは何も言わないの?男の子と同棲とか。私は実家離れてるし、話すつもりも無いけど。」
「私に親はいない。」
「え?そうなの?あれ?私、変な事聞いた?」
美咲が心配そうに気遣ってる。
「問題ない。過去の事。
それに私に家族と呼べる者はいない。」
「へ…?どう言う事?」
私は誰かに聞いて貰いたかったのかは判らない。
だけど、美咲に話してみたくなった。何故かはわからない…愚痴りたい訳でも、同情されたい訳でも無い。なのに話してみたくなった。私に姉妹はいないが姉がいたらこんな感じなのかと思ってしまったのかな?私は過去の経緯を美咲に話した。
話し終えて美咲の方をを見ると
声を押さえて泣いている様だった。
「グスッ…グスッ……」
「なんで泣いてるの?」
「泣いでない!泣いでないよ!」
本当にお人好しだね…
ライバルでしょ?同情してちゃダメでしょ?
ふふ…私、この人結構好きみたい。
しばらくして美咲は落ち着きを見せた。
ん?何か考えてる?
「小夜!今日から私の事は
お姉ちゃんと呼びなさい!」
「……馬鹿なの?」
「バカってゆーな!私、これでも英語もフランス語もペラペラなの!頭いーの!」
「言ってる意味が解らない。」
「なんで解んないの?お姉ちゃんになってあげるって言うだから素直に受け取ればいいの!」
「いらない。」
「グフッ…⁉︎」
「そんな事よりも荷物片付ける。」
「う〜…いいと思ったのに〜…。」
ぷっ…ふふふ…。
何考えてんだろ?お姉ちゃんって…
ふふっ…可笑しい。
「ほら。早くやるよ。美咲姉。」
「あっ…!わかったー!」
美咲姉は嬉しそうだ。
もしかしたら上手くやっていけるかな?
夕方になったら伊織が学校から帰ってきた。
晩ご飯も買い出してきたようだ。
伊織のご飯は初めてだ。楽しみ。
「伊織ー。手伝うよー♪」
「あ、美咲さん。ありがとう、それじゃ今日は豚の角煮にするから、卵を茹でておいて。ゆっくりでいいからね?」
「わかったー。ねーねー伊織、今日ね、」
そう言って美咲姉は伊織にまとわりついている。その姿はさながら、人懐っこい黒のラブラドールレトリバーみたいな感じだ、尻尾が幻視出来る。
ちなみに私はロシアンブルーかな?猫っぽいとはよく言われる。気まぐれなトコあるし。
でも、参ったな…実際に2人の距離感を見ると良くわかる。思った以上に差が付いてるかもしれない。まずは追いつかないとだ。
その為には伊織に意識させないと…。
さて、どこから攻めようかな?
「伊織。私も手伝う。」
「じゃあ、そこの戸棚に圧力鍋があるので出して貰えますか?あ、小夜さんは多少は包丁使えましたよね?長ネギを筒で切っておいて下さい。」
「ん。わかった。それと敬語いらない。
私は伊織の彼女。彼女に敬語は不要。」
「えぇ〜…?今までお店で先輩だったし、それは…ちょっとまだ厳しいかと…」
「ん。でも美咲姉には敬語使ってない。
なら私も。差別良くない。」
「ん?今、美咲姉って呼んだんですか?
いつの間にそんな仲良く?」
「そうよ〜。私、お姉ちゃんになったの!
えっへん!」
「そう。美咲姉は私のお姉ちゃん。姉は妹に全てを譲るもの。だから伊織も譲ってくれる。」
「譲るわけないでしょ⁉︎なに、その思考⁉︎」
「ち。惜しい。」
「舌打ちしやがった!この妹!」
「とにかく。敬語はいらない。ダメ?」
「い、いいです…いや、いいよ!わかった。」
「ん。うれしい。大好き。」
伊織の顔が真っ赤になる。カワイイ。
「うぅ〜…伊織〜こっちも構ってよ〜!
私も彼女なの〜!ねー?ギュッてしていい?」
く。美咲姉の犬め。構って光線がスゴイ。
こっちも負けてられない。伊織の腕に巻きつく。
「小夜さんまで⁉︎料理出来ないんだけど?」
「ん。このまま作ろう。出来るまでオッパイ当ててあげる。嬉しい?」
「おぱっ…⁉︎ う、嬉しいけど、
違う!そうじゃない!ダメだって!」
「問題ない。あ。美咲姉には左腕を譲ってあげる。ありがたく思うように。」
「え?ホント?やったー!」
美咲姉は反対側にしがみ付く。チョロい。
「2人とも邪魔ーーー‼︎」
仕方無く離れた。
むー。残念。後はご飯の時に
あ〜んをしてあげよう。
「邪魔しないから見てていい?」
「うん。邪魔しないならいいけど。
って手伝いに来たんじゃなかったの⁉︎」
「ん。伊織いいツッコミ。」
「もう…嬉しくないよ!じゃ、2人とも大人しくしてて!わかった?」
「「はーい。」」
大人しく観客になろう。
少しは距離縮まったかな?
ほー。見事な手際。
オーナーが言うだけの事はある。
一応、私も玄人だ。料理人の腕くらい判る。
料理しないけど。下処理が丁寧だ。
圧力鍋を使って角煮を煮込んでいる。
いい匂い。コレは期待出来そう。
ん?大根を千切りにしてる?サラダかな?
口をサッパリさせる為かな?
ふむふむ…ご飯を土鍋で…ん?餅米かな?
少量入れてご飯をモッチリさせようと?
へー。角煮に合いそう。
後は味噌汁?具は茄子と揚げかー。
茄子はいいね。時期だし。
あ、出汁も顆粒を使わないで煮干しと鰹節か。
観客になってる間にご飯が出来上がった。
美咲姉は待ちきれないのか、フンスフンス言ってる。なんて残念な美人。
「じゃあ食べよ。召し上がれ。」
「「いただきまーす。」」
まずは角煮から…うん。美味しい。
トロトロ。ニンニクとネギの風味もいい。
反応が鈍い訳じゃないよ?
正直、美味しくて感動してる。
自分の顔がほころんでるのがわかる。
大根サラダも口をサッパリさせてくれる。
あれ?刻んだ大葉?これも美味しい。
味噌汁もすごく美味しい。
茄子が揚げの油を吸い取って旨味が増してる。
「美味しー‼︎トロットロ!うまっ!」
「ん。スゴく美味しい。」
美咲姉みたいに感情的に表現出来ない。難しい。
これは私の昔からのクセなのだ。正直に美咲姉が羨ましい。あんな風に言えれば伊織も嬉しいかも知れない。
「ははっ。小夜さんも嬉しいんだね。
喜んでくれて良かった。」
「ん。嬉しい。なんでわかるの?」
「え?小夜さん、結構顔に出てるよ。」
「私は違いがわかんないけどー?」
嬉しかった。わかってくれるのが。
ちゃんと伊織が見ててくれたのが。
ますます好きになってしまう。どうしよう。
ん。この感情を表現するにはアレしかない。
「ん。伊織にご褒美。抱きしめて頭撫で撫でしてあげる。おいで。」
「ふえっ⁉︎小夜!ダメだよ!私がする!」
「ダメ。これは私の仕事。譲らない。」
「もう!2人ともご飯中!くっつかないの!」
残念。拒否られた。もっとしたかったのに。
ご飯が食べ終わって美咲姉が珈琲を淹れ始めた。
これは美咲姉の仕事みたい。
私も出来るけど、これは譲ろう。
他に無さそうだし……。
「そう言えば伊織に聞きたい事があった。」
「え?何だろう?」
「あの時。何で伊織はあの公園に来れたの?
たまたまにしては不自然。どうして?」
私は気になってた事を聞いてみた。
あの時、伊織が居たのは不自然だった。
ここからは離れてるし、公園に寄る要素も無い。
ならばどうして彼は私を助けられたんだろう?
「えっと…あの…」
彼は美咲姉を見ている。気を遣っているのかな?
「大丈夫。美咲姉には話した。」
「え…そうなの?」
「問題無い。」
「なら、いいか…。あの日はオーナーから電話があったんだよ。20時くらいだったかな?それで小夜さんが急遽遅番になったって言われて、一応心配だから送ってくれって言われたんだよ。
それで迎えに行ったら、もう行ってしまったって聞かされて慌てて追い掛けたんだ。それで小夜さんの部屋に向かったら部屋に灯りが点いてなかった。
おかしいと思って、もう一度道を戻った途中で、公園から物音が聞こえたので確認に行ったら…って訳なんだ。あの時は僕も頭に血が上ってたから怖がらせたならゴメンね?でも、間に合って良かったよホント。」
そっか…オーナーが。後で感謝しないと。
その電話が無かったら私は今頃…。
「なるほど。わかった。伊織。改めてお礼を言わせて?助けてくれてありがとう。」
「いえ、どういたしまして。」
「ううん。お礼が言葉だけじゃ足りない。
だから身体で払う。」
「か…からだ?で?…え?」
「伊織が望む事、何でもしてあげる。」
「うええっーー⁉︎」
「ダメ〜ーー‼︎ 私が先ーー‼︎
って何言わせんのよ!」
「先手必勝。選ぶのは伊織。」
「負けないモン!伊織!
オッパイは私の方が大きいよ!ほらっ!」
「オッパイは卑怯。なので却下。」
「なにおー!」
伊織は真っ赤になって俯いてしまった。
でも。そんな所もカワユイ。
そんなやり取りをする中で、
私は確かに幸せを感じていた。
今までした事がないやり取り。
家族とはこういう物なのだろうか?
答えは出ない。
ただ、
この団欒がいつまでも続きますように…
徐々に同棲生活が始まりました。
初Hはいつになるのかな?ご期待下さい!
次回は伊織視点です。




