無神論ゆえに神を知る
人は何のために生まれ何のために死んでゆくのか。
種の繁栄のためか、はたまたそこに意味などないのか。
人の人生とは何か、そもそも人とは何か。
人生に意味を見出そうとすることがそもそも無駄ではなかろうか。
我々は気が付いたら生まれ落ち、意識を持っていた。
生まれてくる事を望んだか?意識もない生まれる前の自分が?
選んだとして、その時の記憶は全くなく肉体の構成ももされていない、果たしてそれは自分なのだろうか。
「今日も一日を無駄にした気がするな」
白衣を着た男は一人、椅子に座ったままパソコンの前で大きな伸びをする。
眼鏡にぼさぼさの髪、白衣の下から覗くシャツはよれよれで一目で数日家に帰ってないと見て取れる。
男が伸びをしていると部屋の扉が開き、一人の白衣の女性が入ってきた。
「あなたひどい格好よ?一度ぐらい帰りなさいよ」
「そんなこというなよ、帰ってる時間も惜しいんだよ」
「ま、私には関係ないからどうでもいいけど。で、実験は順調なの?」
「いいや、今日も失敗さ」
「最近そればっかりね」
「仕方ないさ」
ここはとある研究室、神の存在を証明し人の生きる意味を探る、という世間には鼻で笑われるような実験を行っている。
男の名は鈴木 寛太、今年で32になる独身であるが研究一筋で生きているため結婚願望無し。
女の名はミッシェル・ランド、今年で29独身、彼女もまた研究が恋人である。
「寛太、あなたは人の生きる意味って何だと思う?」
寛太の横のパソコンに向かいながらミッシェルは問う。
「僕は神を知るためだと思うんだ」
「どうして?」
「人はここまで進化し、知能は前動物でもトップクラスだ。神さまは自分が作ったおもちゃが自分を見つけることができるか遊んでいるんじゃないかな。」
「寛太って意外とロマンチストなのね」
「茶化すなよ、そういう君はどう考えているんだい?」
「たまたまよ」
「え?」
「生物はたまたま生まれてたまたま進化しただけ。生きる意味はたまたま生まれたからよ」
「でも生物誕生の確立はほぼゼロだったんだ。何者か、それこそ神の意志が関与していると思わないかい?」
「生物が、特に人間ほどの知能をもったものが生まれて観測できているからそう思うのよ。そもそも生まれなかったら観測すらできないのよ」
「つまり僕たちは結果の上に立つだけだと?」
「そうよ。確立が0でない以上いつかは起こる。起きてからしか知らないと奇跡に見えるかもしれない。でもそれ以前に膨大に賽は振られているのよ」
「君はリアリストだね」
「あなたがロマンチストすぎるのよ」
会話をしているうちに作業が終わったのだろう。ミッシェルは立ち上がり隣の部屋へ。
「さて、僕もがんばろ」
そう言って寛太は作業に戻る。
ビィービィービィービィー
寛太が作業に戻り5分もたたないうちにけたたましくブザーが鳴り響く。
「なんだなんだ」
「寛太! こっちよ!」
ミッシェルが先ほど入っていった隣の部屋から寛太を呼ぶ。
「一体何が起こったんだ」
「いいからこっちに!」
寛太が部屋に入るとミッシェルがパソコンの画面を見せた。
「これって・・・・・・」
パソコンの画面を見る寛太の顔はみるみるうちに青ざめていく。
「ええ、おそらくうちのデータが外部から盗まれてる」
「うちの通信は研究室内だけでつながってて外部にはつながってないはずだろ」
「でも現に一部盗まれた、おそらく内通者がいるわ」
「どれぐらい持っていかれた?」
「気が付いてすぐ全PCをオフラインにしたから大した被害はないはずよ」
「それならよかったけど」
ミッシェルの言葉を聞き寛太は安堵のため息をつく。
「あーあー、テステス。研究所のみなさん、所長のサンマリオです」
研究室のスピーカーから聞こえてきたのは研究所所長の声だった。
「先ほどのアラームですが何者かにデータを一部盗まれました。わが研究所に手引きをした人間が存在する可能性が浮上したため研究を一時中断し調査を行います。私物を含め、何も持たず今日は帰宅してください、調査後研究開始については後日通達します」
スピーカーからの音はそこで終わり、部屋には静寂が訪れた。
「しかたない、今日は帰ろうか」
「それしかないじゃない」
二人はため息をついて研究所を後にした。