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秋高く、虎が吼えれば馬も肥ゆ (祭り編・前)

「もしも太陽が、西から昇ったら」(西の国・壱)の番外編です。前後編。

豊饒祭で賑わう町に、環姫と子供たちが現れて?

 最近の西の環姫さまのお気に入りは羊肉の串焼きである。


 独特の風味の肉に、香辛料がたっぷりとかかっている。少し焦げているのもご愛嬌。主の目を掻い潜るのは至難の技だが、数枚の小銭を服に忍ばせてこっそり町へ赴くのに成功したときの高揚感といったら格別なもので。すでに顔見知りとなった店主とは親しく挨拶をするまでにもなっている。


 だが、人々は知らない。


 まさかこの人好きのする青年が、西に宝を産み落とされたあの奇跡の環姫さまだとは。





 西の国では、今日から年に一度の国を挙げての豊饒祭が始まる。


 双子の虎もようやく人型に変化できるようになった。しかしまだ長時間姿を保つのは難しいようだ。


 立后もせず、すべての公の行事を拒否している揚羽あげはは、要するに暇だった。


 読みかけの書物もちっとも頭に入らない。


 いい加減諦めて、寝台に身を投げる。ふと、ここ数日の主との会話を思い出す。


「なあ、いいだろ?」


「だーめ」


白金しろがね頬白ほおじろもようやく人型になれるようになったし、こいつらに町を見せてやりたいんだよ。自分の国を知るのは大切なことじゃないか」


「とにかくだめ」


「この石頭!」


 くそー。


 不貞寝をしていた揚羽だったが、白い光が近づいてきたのに気づいて瞼を押し上げた。


 徐々に輪郭があらわになっていくと、そこには白虎にしがみついて泣きべそをかいている双子がいる。


 窮屈な礼服が嫌なのか、式典に向かう前もかなり愚図っていたが、どうしたのだろう。


「フキ、どうしたんだ」


 双子を運んできてくれたのは長男の不帰白ふきしろだ。揚羽の子ではないが、不二白ふじしろの血を濃く受け継いだ子が可愛くないわけがない。


 虎は実に自然な動きで人へと姿を変えると、胸にしがみついて泣いている双子を抱きながら揚羽の元まで歩を進める。


「……どうした? お前たち」


 戸惑いながらも優しく声をかけると、小さな顔が歪む。


「アゲハ、いないから……」


「あーーん」


 細い腕が蔦のように腰に絡まってくる。


 単に、母親が傍にいなくて心細かっただけらしい。


 ふたりともやはり艶やかな銀糸と太陽の瞳を持っていた。双子で左右逆だったが片方の瞳がやや茶色に近い。ここだけ揚羽に似たらしい。


 夢中で母親にしがみついて泣く子らを見ると、髪も服も乱れておりこのまま城に帰すのは憚られた。なにせ王族、貴賓を呼んでの堅苦しい儀礼なぞを執り行なっているはずなのである。


 どうしようと思ったが、抜け出してきたものはしかたがない。


「フキ、ありがとな。お前はもう戻っていいぞ」


 言うと、不帰白は少し首を傾げたまま立ち去ろうとしない。


「? どうした?」


「町へ……」


 ぽつり、つぶやく声。少々甲高いが、それは不二白にとてもよく似ていた。


「え?」


 久しぶりに聞く王太子の声に、揚羽はふと外に意識を向ける。


 ちょうど花火が空に広がる音が響いてくる。


「連れてってくれるのか?」


 聞くと、すぐに承諾が返される。


 胸にしがみついてこちらを見上げてくる子どもたち。


 大きな瞳をしばたたかせて兄と母の会話を見守っている。


「……行くか」


 いい機会と言えば、これを逃す手はないようにも思えた。


 見せてやりたい。


 王宮の中だけが世界ではないのだ。揚羽は元々庶民の出である。母親の育った町や村などを、教えてやりたかった。


 すると不帰白はすぐさままた虎に戻る。背中に乗れということらしい。


 確かにこれだと誰にも見つからず、早く確実に目的地へ到達することができるだろう。


「ありがとな、フキ」


 首元に唇を落とすと、虎は小さく鳴いた。





「わあ!」


「アゲハ、あっち。あっち!」


 初めはあまりの人の多さに萎縮していたようだったが、楽しそうな母と何事にも動じない兄の存在に安心したのか、今は喜色満面、あちこち走り回ろうとするものだから揚羽は気が気ではない。


 手をしっかりとつなぎ、いくつかの店で菓子を買ってやった。


 宮で食べるのとは違い、色もきつくて大味だったが虎たちは異様に喜んでいる。


 新しく触れる物と人の熱気に興奮しているようだった。


「あ! あれ、なに?」


 興味津々といった態の子どもが揚羽の上衣を引っ張る。単語ながらきちんと話せるのは雄である白金だ。頬白はやはり両性の枷として成長が遅れている。いつも半身にぴたりと寄り添って離れようとしない。今も白金の背にくっついて彼の肩越しに同じものを見つめていた。


「どれどれ?」


 揚羽も視線を流すと、そこには浅い箱にゆらゆら泳ぐ赤い魚。


「ああ、金魚すくいだな」


「きんぎょすくい?」


 そのとき、揚羽ははっとして三人の顔を見渡した。


 双眸がきらりと光って、心なしか好戦的に輝いている。


 ……まさか。


 いくら虎が猫科と言っても、曲がりなりにも神の一派である。よもやとは思いつつも、ひしひしと感じ取れる異様な圧力に負けて、揚羽の本能が警鐘を鳴らし始める。


「こ、これはだめ。行くぞ」


「ええーー」


「やだやだ、さかな、さかな取るぅーー!」


 案の定、力いっぱいの抵抗が示される。


 さすがに落ち着いている不帰白は渋々水槽から目を逸らしていたが、もちろん双子を宥めるほどには冷静になれなかったようだ。


「だあめ。もう行くぞ」


「やだあーー。きんぎょ!」


「あーーーん」


 元々目立っていた四人連れだったが、この騒ぎで一気に注目を浴びることとなった。


 揚羽はまずいまずいと思いつつも、泣き喚く双子にどう対処してよいかわからない。ここまで我がままを主張したのは例がなかったのだ。


「お、落ち着け。泣くな、泣くなよ。あーーーもーーー……」


 しゃがんで、双子を抱きしめようとしたとき、腕からするりと逃げられて愕然とした。


「やだ! アゲハ嫌い!」


「アゲハなんてお母さんじゃな……」


 気がつくと、乾いた音が耳を刺していた。ぴきぴきと湖の水が凍っていくように、四つの大きな瞳の上に冷気が吹きつけられていく。だがすぐに熱い水が溢れてきて静寂が終わる。


「…………」


 揚羽は自分のしたことが信じられなかった。


 更に盛大な鳴き声が辺りを響かせても、頭は真っ暗で山彦のごとく微かに伝わってくるだけだ。


 そのとき、なにか硬い棒のようなもので肩を叩かれた。


 あまりの乱暴さに頭を上げると、強面の官吏が見下ろしているのに気づく。


「ちょっと同行願おうか」


 花火が空を飾って、揚羽の顔を照らす。首の横に置かれたのは鈍く光る分厚い刃。


 そうして奇跡の環姫さまは捕まってしまったのだった。



     つづく

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