一時間十円で、君の傍を買い取ります。
なんとはなしに読み始めた小説の中で、コインパーキングを一時間利用するのが二百円だとすると、自分の人生にかかった二百円の合計はどれくらいになるだろうかという文があった。
それを読んでからというもの、僕はまるでとりつかれたとでも云った風に、あらゆる時間をお金に換算し始めた。家にいる間の時間や、学校にいるときの時間はもちろんだったが、これらはあまり面白くはなかった。
なぜ面白くなかったのだろうと考え出しながら、僕は今しがたまで僕の隣で本を読んでいた君が、眠りについているのを認めた。僕の肩にもたれかかって、艶めかしくも可愛らしい吐息に心地よく早鐘を打ち、僕はとうとう、こうやって君の傍にいる時間をお金に換算しようとする。
ある日にそんな考えを君に話してみると、君は、子供から夢の話を聞かされた母親のように温かな目をしながら、けれどもどこか呆れてでもいるかのような息遣いをして、まもなく僕の目を見つめだした。
「では一時間を、十円でどうでしょう?」
素っ気なく言って、君は僕の少し前を歩く。その姿がどこか楽しげに見えたのを理由に、僕は換算を始めることにした。
凋落の秋ではあったが、元来、本の虫である君が僕の隣で本を読み、そのうちに寝てしまうのは相も変わらず、僕は君の邪魔をすることもできないまま、君のしたいようにさせていた。
それがいけなかったと言えば守銭奴のようではあるけれど、十円が千円に積み重なるのに、長くはかからなかった現状を踏まえると、どれだけ僕が君の傍にいるのかが明瞭に分かった。名状しがたい感情ではあったが、単純にこれを言い表すのであれば、嬉しかった。
僕はふと、愛はお金で買えるだとか、お金で買えないものはないといった文言を思い出す。仮にそれが本当であるならば、君の愛を買うのには、どれだけお金がかかるのだろうか。バイトもしていない学生の僕にとっては、きっと手の届かない値段に違いない。
しかし、どうしたって君の傍にいたいのは事実で、お金で買い取ってしまえるならば、僕はそれを望むに違いない。君がまた僕の肩を枕にしている最中に、頭の中で銅貨の落ちる音が一時間に一度、規則正しく狂いなく、けれども狂ったように響くたび、まだ足りないと口の裡で繰り返してしまうのだから、どうしたって僕は、君が欲しいのだと思う。
「君の心は、一時間でいくらなのかな……」
僕が僕でも思いがけないうちに、ついと口に出したそんな戯言は、どうやら君に届いたらしく、君は目を閉じたまま、おもむろに答えた。
「わざわざお金で買う必要……ありませんよ」
君の言葉は、肌寒い暗闇の中で灯っているロウソクのようにささやかで、今の何よりも温かだった。
凝り固まった思考がふやけて、次第にほつれていく。そんな思考に覆われていた僕の感情が、ようやく、声になった。
「もうすこし、こうしていたい」
「はい……私も、もう少し……」
まもなく、銅貨の音が消えて、君の吐息ばかりが、僕をありのままでいさせてくれた。