面接④
部屋を出た時には既に小さくなっていた茨木さんの背中、それを急いで追い掛けた俺は何とか彼女に追い付いた。
「あ…あの…」
未だに状況を飲み込めていない俺は、目の前にいる茨木さんに色々尋ねようとした。
しかし、声を掛けようとした背中が突然止まった。
何事かと思い周りを見てみると、そこは沢山の下駄箱が並ぶ玄関だった。
茨木さんは俺の事など見向きもせず、下駄箱から下駄を取り出し履き始めた。
「あの…すいません」
「喋らないで。黙って付いて来て。私に話し掛けないで」
一 刀 両 断。
一切の視線を合わす事無く冷たく言い放つ態度は氷よりも冷たかった。
「………」
俺は呆然とした。
最初に学園長室で会った時から俺に対して凄まじい威圧感を放っていたが……まさかここまで取り付く島が無いとは。
「ああ、それと」
下駄を履き終え外に向かって歩き出した茨木さんが立ち止まり、ゆっくりと振り返って初めて俺を見た。
「私あなたの事大っっ嫌いだから。千夜行にいる事が嫌になったら、一秒でも早く出て行ってね」
初めて目を見て言われた言葉は、これ以上無い明確で力強い拒絶だった。
「……(いきなり殺されないだけましか…)」
だが俺には怒りや悲しみといった感情は湧かなかった。
なぜならここは千夜行、妖怪達の地。
そして俺は彼らの宿敵仇敵である陰陽師。
葛葉さんと未予さんの振る舞いで勘違いしていたが、本来は茨木さんの態度が普通で2人は特別なのだ。
だから嫌われて当然、むしろ嫌われているだけなら良い方だ。
茨木さんの言動でソレを思い出した俺は、黙って手に持っていた草履を履いた。
そして草履をくれた未予さんに感謝し、茨木さんの後を追った。
「着いたわ」
木々が生い茂る森を無言で走り続けて約15分、明らかに俺を振り切ろうとしていた茨木さんを追い掛け、到着したのは1軒の古民家だった。
「……(親父と夜叉丸との鬼ごっこがまさかこんな形で役立つとは…)」
「それじゃあ私の仕事はこれでお終い。ああ、あとこれ」
突き付けられたのは何処からか取り出した紙の束と鍵、受け取らなければその場に捨てられそうな雰囲気だったため、俺は戸惑いつつも受け取った。
「じゃあね。今後は極力私に話し掛けないでね。出来れば二度と」
歯に衣着せぬ物言いで一方的に喋ると、俺に背を向けて茨木さんは帰ろうとした。
「一つ聞いていいですか?」
だが俺は透かさず彼女を呼び止めた。
「あなた馬鹿なの?今の話聞いてた?」
最早嫌悪感を隠そうとする素振りすら見せず、あからさまに不快な表情を浮かべた茨木さんが俺を見る。
「いや~可能であれば入学についての説明を受けたいのですが…」
これから学園の担任として関わるのであれば、少しばかり強引にでもコミュニケーションを図らなければならない。でなければ俺の学園生活はお先真っ暗闇だろう。
そもそもだ、未予さんから頼まれているというのに入学についての説明を一切しないのは流石に職務怠慢だろう。ゆえに説明を要求した所で罰は当たるまい。
「なんで紙に書いてある事を私が説明しなければならないの?私はちゃんと渡したわ。じゃあね」
しかし俺の試みは全く意味をなさず。
再び吐き捨てるように喋った茨木さんは、俺の言葉を待つこと無く踵を返して来た道を戻って行った。
「……取りつく島がねぇ」
森の中へと消えていった茨木さん。
既に呼び止める気も追い掛ける気も無くなっていた俺は、彼女の背中が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。
「まぁ…ここに突っ立っていても仕方ねぇよな…」
無理やり自分を納得させて、俺は後ろを振り向き古民家を見る。
「……」
古き良き日本の民家という言葉がしっくりくる。
屋根には瓦ではなく藁が敷かれ、屋根は急な斜面の三角屋根。
雨風の侵入を防ぐ為の木製の戸が、縁側であろう場所を固く守っている。
家自体の大きさは大き過ぎず小さ過ぎずといったところか、一人暮らしには丁度良い大きさだ。
そして外から見る限り過度な傷みなどは無さそうで、ある程度の手入れはされているように見える。
うん、家は悪くない……とは言ったものの大きな問題が…。
「立地がやべぇな…」
民家が建っているのは山の麓、目と鼻の先には大きな山が聳え立っている。
山と家の間にあるのは車がギリギリ擦れ違える程度の幅の道、まるで山との境界線の様に存在する道から数メートル離れた場所、そこに民家が建てられていた。
まるでこの家の為だけに空けられたようなスペースに、周辺一帯を木々に囲まれて建っていた。
「学校まで遠すぎるだろ…」
しかしソレ以上にヤバイのは学校までの距離、ここまで走って約15分だが……その距離は体感で10㎞以上はあった。
つまり俺はこの片道約10㎞の道のりを登下校しなければならないという事だ……この足で。
「………」
ダメだ……これ以上ここで考えていたらドンドン悪い方へ行ってしまう。
とにかく一度家に入ろう。そう思った俺は玄関に向かい、茨木さんから受け取った鍵を鍵穴に挿してみた。
すると、時代を感じる格子状の玄関引き戸の鍵穴に鍵はピッタリと収まった。
やはりこの鍵は玄関の鍵…俺はゆっくりと鍵を回した。
『カチャッ』
古い見た目に反して玄関の鍵は滑らか開いた。
だが…鍵が開いた戸を開けようとする俺の手はぎこちなかった。
なぜなら今になって俺は緊張してきたからだ……原因は勿論茨木さんだ。
「すーっ!はぁ~」
気持ちを落ち着かせる為に大きく深呼吸を一つして、俺は玄関の戸を開けた。
「…まぁ、気にし過ぎだよな」
玄関の戸を開けた先に広がっていたのは何の変哲も無い玄関、強いて言えば家の大きさに反比例してなかなかに広かった。
不審な点など一つも無く、不審な人物がいる気配なども全く無い。
どうやら俺の心配は杞憂に終わったようだ…。
「ん?なんだ…段ボール?」
ほっと胸を撫で下ろしたところで、玄関に置かれている段ボールに気が付いた。
見た感じ危険物では無さそうだが……俺は念のために警戒しつつ、ゆっくりと段ボールに近付いた。
そして慎重に、中身を確認する為に段ボールを開けた。
「…掃除道具?…と手紙?」
開いた段ボールの中身、それは雑巾やちりとり等が入った掃除道具の詰め合わせだった。
そして段ボールの蓋の裏側、開けた時に見える場所に封筒が一枚のりで貼られていた。
俺は封筒から便箋を取り出し、広げて読んだ。
『時間が無くて掃除が出来なかったのじゃ。掃除道具や一部日用品を置いておくので自分でやっておくれ♪では学校で会おうなのじゃ♪』
「……」
手紙から目を離し、掃除道具を見る。
「くっっっそがぁあああああああああああ!!」
俺は大声で叫び、心の底に溜まっていた全てを口から吐き出した。