面接③
「ほれ。着いたのじゃ」
光が晴れると、引っ張られた勢いのまま俺は床にダイブした。
「何を遊んでおるのじゃ?」
「いや…あの、遊んではいないのですが…」
木の床で擦り痛む顔、言いたい事はあったがこれ以上醜態を晒したくなかったので、俺はさっさと立ち上がった。
「う~んやはりここは落ち着くのぉ~」
葛葉さんは部屋の奥、一段高くなっている場所に敷かれた畳の上で寝転がり、リラックスし始めた。
「学園長、はしたないですよ」
「良いではないか~最近忙しかったのじゃから、これくらい大目に見てほしいのじゃ~」
「ふぅ。まったく…」
やれやれという様子で溜息を吐く未予さんを尻目に、葛葉さんは畳の上で休んでいる。
「……」
突然連れて来られた新たな場所、そこは何処かの建物の一室。
シミ一つない真っ白な壁、温かい木の温もりを感じる格天井、葛葉さんがいる玉座の様な小上がりと上から吊るされている簾、それらは平安時代のお屋敷を連想させた。
しかし部屋の家具や窓———向かい合って並べられた木の椅子と間に置かれた長いテーブル、壁に沿って並べられた大きい本棚、部屋に明るい日の光を届ける窓は、俺にも馴染みがある現代の代物だ。
そしてテーブルの真上には部屋全体を照らす照明があり、壁面にはその照明のスイッチと、複数の箇所にコンセントを挿す穴がある。それはここに電気が通っている事を意味している。
現代の技術や代物と平安時代のお屋敷の内装が共存する不思議な空間、生まれた時代が違う物同士が一つの部屋にあるのに、全ての物がこの場に溶け込んでおり違和感が無かった。
「ここは学園の学園長室だよ」
俺が辺りを観察していると、近くにいた未予さんが声を掛けてくれた。
「ということは、ここが私の通う学校ですか?」
「察しの通りだよ」
なるほど…つまり親父が俺に渡したお札のように、神社からここまで飛んで来た訳か。
「……(あれ?じゃあもうここは千夜行の中って事じゃ…)」
「さて…そろそろ来る頃だが…」
未予さんが気にするように腕時計を見ると、部屋のドアが『コンコン』とノックされた。
「時間通りだな。入ってくれ!」
未予さんがドアに向かって返事をすると、1人の女性がドアを開けて入ってきた。
「失礼致します」
入室して早々に一礼をしたスーツ姿の女性。
シワ一つ無い黒いズボンと背広、そしてシミ一つ無い純白のワイシャツは、彼女の長い脚と適度に絞られた健康的な身体の魅力を遺憾無く引き出し、彼女の凛々しさを際立たせていた。
街で見かければつい目で追ってしまいたくなる姿……だが俺が目を引かれたのは女性の容姿ではなかった。
俺が見ていたのは彼女の頭———なぜならそこには立派な2本の角が生えていたからだ。
「よく来てくれたね朝美君。少年、彼女は茨木朝美、君の担任になるこの学園の教師だ。朝美君、彼がこの学園に初めて通う事になる人間、陰陽師の安倍晴明君だ」
「………」
未予さんの目は見るが、俺には目も合わせず無言の茨木さん。
「あ、安倍晴明と申します。よろしくお願い致します」
「知ってるわ」
流石に気まずかったので取り敢えず挨拶をしたが…帰って来たのは極めて素っ気ない返事だった。
俺に一切の興味無しといった様子だ。
「彼女に君の住まいまでの案内と、入学についての説明を頼んでおいた。分からない事は彼女に聞いてくれ」
「え?すま…え?」
「では茨木君、後は任せたよ」
「はい。では失礼致します」
住まいという単語の処理が追い付かず戸惑う俺を尻目に、茨木さんは入って来た時と同様に一礼すると部屋の扉を開けた。
「行くわよ。付いて来て」
そして吐き捨てる様に『付いて来い』と言って、俺の事を待とうともせずに部屋を出て行った。
「えっ!?ちょ…えっと、失礼します!!」
疑問は全く解消されていないが、完全に俺を置いて行く気満々な茨木さんの態度に焦り、俺は葛葉さんと未予さんにお辞儀をして急いで部屋を出ようとした。
「待ちなさい!」
だが扉を開けたところで未予さんの声に肩を掴まれた。
「はいっ?!」
「これを、必要だろう?」
驚く俺に未予さんが手渡したのは、棚から取り出した1足の草履だった。
「あ、ありがとうございます!?失礼します!」
その時はなんで草履?と思ったが、茨木さんを追う事に焦っていた俺は、取り敢えずお礼を言って急いでその場を後にした。
「大丈夫でしょうか…」
「大丈夫じゃよ~何とかなろうてぇ~」
不安げな表情を浮かべる未予に対し、葛葉は寝転がりながらケラケラ笑って答えた。