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千夜行  作者: 志鷹 見亭
千夜行
6/26

面接②


「あの…俺一応陰陽師なんですけど…ここにいちゃまずくないですかね?」

 

 人間と妖怪の争いの歴史や、今でも残っているしこりについては深く知っているつもりだ。

 そして俺は血筋としては紛れもない陰陽師、彼らにとっては人間の中でも特に憎いかたきだ。

 何よりここは千夜行せんやこう、本来人間が足を踏み入れていい場所ではない。

 それが数百年前に人間と妖怪の間で取り決められた、絶対に守らねばならない取り決めだからだ。


「大丈夫よ。ここは正式にはまだ千夜行せんやこうではないから。言うなれば人間社会の税関ね。ここで引っ掛かれば本国へ強制送還」

「なるほど…」

貴方あなた…本当に何も知らないでここに飛ばされたのね。入学についてとか何も聞いていないの?」


 そこで藍沢あいざわさんから不穏な単語が出た。


「入学って…なんですか?」

「呆れた…本当に何も聞いていないのね…」

 

 今まで余り表情を崩さず、冷静に話していた藍沢あいざわさんだったが、初めて深いため息を付いて眉間にしわを寄せた。


「す…すいません」


 状況がよく分かっていなくて当然なのだが、何だか申し訳ない気持ちになり謝った。


「まぁ貴方あなたが悪いわけではないし、とにかくそこにずっと座ってるわけにもいかないでしょう?歩きながら説明するから付いて来て」

 

 そこで自分が長いこと正座をしていることに気が付き、立ち上がって藍沢あいざわさんの背中を追った。


「すげぇ…」


 藍沢あいざわさんの後を付いて行くと長い縁側に出た。

 そこからは外の景色が一望出来て、思わず声が漏れた。

 目の前に広がる広大な自然と山々、直ぐ近くには断崖絶壁先に広がる広大な海、凄まじい光景に思わず圧倒された。

 どうやらこの神社はとんでもなく高く人気ひとけの無い場所にあるようだ。


「ぼうっとしていると置いて行くわよ?」

「あっはい!」


 広大な自然なら見慣れているはずなのだが、いつもとは違う迫力に驚き立ち尽くしてしまっていた。

 藍沢あいざわさんの声で我に返った俺は、急いでその後を追いかけた。


「そういえば入学についてまだ何も言って無かったわね。歩きながら手短に説明するからよく聞いて」


 俺の前を歩く藍沢あいざわさんが前を向いたまま説明を始めた。

 彼女の話から分かった事は三つ。

 1つは俺が入学する学校というのは、千夜行せんやこうにある妖怪の学校だという事。

 もう一つは、その学校への入学の手続き諸々は既に親父が済ませているという事。

 そして最後、それは俺がこれからその学校のお偉いさん達に挨拶をするという事。

 これ以外にもまだ聞きたい事があったのだが、尋ねる前に目的の部屋の前に到着してしまい、肝心な親父が俺をここに送った意図もきそびれてしまった。


「さあ、入って」


 俺の前にいた藍沢あいざわさんが扉の横に立つ。

 目の前にたたずむ木の扉、この先に学校のお偉いさん達が控えているのだろう。

 俺は入室をうなが藍沢あいざわさんに従い、意を決して扉を開けた。


「……」


 扉を開けるとそこは応接室だった。

 部屋にあるのは二人掛けのソファーが2つ、長方形のテーブルを挟んで向かいって置かれているだけ。

 他に家具は何も無く、強いて言えば部屋の奥の壁に窓が4枚、心地よい光を部屋の中に運んでいた。


「ふむ。ようやく来たか」

 

 そして部屋の奥、窓側に置かれたソファーには2人の女性が既に腰を下ろしていた。

 30代くらいの2人の女性、一人は派手さは無いが見るからに上等で上品な着物に身を包み、もう一人はキッチリとしたスーツに身を包んだ眼鏡の女性。

 いや…しかしこの場合2人と言うのは適切なのだろうか?

 なぜならこの2人はどう見ても…。


「なんじゃ?妖怪が珍しいのか?」

「い、いえ…失礼しました」


 ここは千夜行せんやこう、しかも妖怪の学校に通うというのだから、そのお偉いさんが妖怪なのは当然の事だ。

 だというのに…俺は目の前の2人を観察するように凝視してしまった。

 初めて出会う妖怪だから…?いや、それだけはない。

 俺を緊張させるこの部屋の空気、それを作り出しているのがこの2人の妖怪だからだ。

 なんにせよ、緊張していたとは言えとんだ失態だ…。


「お待たせいたしました」

 

 俺の後に続いて藍沢あいざわさんも部屋に入ってきた。

 静かに扉を閉め、ソファーに座る二人に向かって綺麗なお辞儀をする。

 そこでようやく我に返った俺は、遅れながらも藍沢あいざわさんと同じ様に2人にお辞儀をした。


「遅かったのぉ香子きょうこや」

「申し訳ございません」

「ほっほっ。まぁ良い。ほれっ、二人とも座るがよい。早く話を始めようぞ」

「失礼します…」

 

 俺は緊張しながら、もう一度一礼して対面しているソファーに腰を掛けた。

 そして藍沢あいざわさんも、再度綺麗なお辞儀をして俺の隣に腰を掛けた。

 

「……」

 

 部屋の中に沈黙が流れる。

 俺は下を向き、部屋に入った時に見た光景を思い出していた。


 俺に声を掛けてきた女性——見た目は綺麗な人間の女性である。絹の様な艶を帯びているサラサラで長く美しい銀髪、パッチリとした目と整った顔立ち。俺は芸術なんぞ分からないが、この人の銅像や絵があっても納得してしまう美しさだ。

 だが…女性は人ならば絶対に持っていない物を持っている。

 頭のテッペンからピンっと生えている、2つの長い三角の耳。身にまとう着物から顔を出し、その背後で揺れ動く9本の尾。髪と同じ白銀の毛に覆われたそれらを見て、彼女が何者か分かる……彼女は妖狐だ。

 高度な術式を巧みに操り、一度に何百という人間を灰にする力を持つ妖怪。

陰陽師だけでなく、他の妖怪達からも一目置かれる彼らは、間違いなく最強の一角と言える妖怪だ。

 その中でも尾を9本持つ妖狐、九尾の妖狐は神に等しい力を持つと言われている。

 つまり、今俺の目の前にいる彼女は神に近しい存在と言える……本物の九尾をこの目で見るのは俺も初めてだ。


 そしてもう一人、先程から無言で俺を見詰めている——眼鏡をかけたセミロングの女性。こちらも整った顔立ちをしていて、綺麗な灰色の髪と完璧に着こなしているスーツが印象的だ。

 尻尾しっぽは無く、頭から耳も生えていない女性は人間にしか見えなかった。

 しかし…妖しく光るその眼が、彼女もまた妖怪のたぐいである事を証明していた。

 奈落の底の様な漆黒に浮かぶ黄色い瞳、不思議と惹かれるその双眼は、まるで全てを見透かしているように感じられた。


「ほう…勘が良いな少年」

「えっ…?」


 破られた静寂、俺は驚き勢いよく顔を上げた。

 なぜならその声の主は、本当に俺の心を見透かしたように話し掛けてきたからだ。


「なんだ?私が喋れることが不思議か?」

「い…いえ…」

 

 何か言いたい事があったはずだった。

 しかし俺は声の主——スーツの女性の眼を見た途端、何も言えなくなってしまった。

 そして吸い込まれる様に、彼女の双眼から目を離せなくなっていた。


「これこれ未予みよよ。あまりいじめてやるでない」

「失礼いたしました。学園長」

 

 そのままスーツの女性の眼に吸い込まれるかと思ったその時、彼女の隣に座っていた古風な喋り方をする着物の女性が助け舟を出してくれた。

 おかげでスーツの女性は一旦目をつむってくれて、解放された俺は胸を撫で下ろした。


「すまんのぉ~未予みよは警戒心が強くてのぉ。初対面の者と会う場合は必ず心を読んでしまうのじゃ。まぁ悪気は無いのじゃ、許してやっておくれ」

「は、はい…(心を読む妖怪…なるほど)」

 

 どうやら見透かされたと感じたのは気のせいではなかったようだ。

 学園長と呼ばれた妖狐の女性の言葉を聞き、張り詰めていた緊張が少し解け、肩の荷が僅かに下りた。


「……」

 

 しかしスーツの女性は相変わらず鋭い眼光で俺を見ていた。


「して、お主…名は晴明はるあきでよいのか?」

「あっはい、申し遅れました。私、安倍あべ晴明はるあきと申します。先程は御無礼を働いてしまい大変申し訳ございませんでした」

 

 空気にまれ緊張したとはいえ、2人の事を見続けたり、席に着いても何も喋らず下を向いていたのは紛れもない非礼、俺は改めて深々と頭を下げて2人に謝罪した。


「ほう…」


 俺の行動が意外だったのか、妖狐の女性は声を漏らした。


「よいよい。お主も急に斯様かような場所に飛ばされ混乱しとるじゃろう。無理もない事じゃ」

「ありがどうございます」

「して、香子きょうこからどこまで話を聞いたのかの?」

「はい。この神社の場所と役割について。そして私が入学を控えていて、これからその準備もしなければならない事を聞きました」

「そうか。では何故なにゆえお主がここに飛ばされたのかは、まだ聞いておらぬという事じゃな?」

「はい」

「なるほどのぉ~」


 俺の返事を聞くと、妖狐の女性は背もたれに体を預け、ゆっくりと目を閉じた。


「ですが、父が私を千夜行(ここ)に来させた理由は察することが出来ます」

「なんじゃと?」

 

 俺が自信を持って口を開くと、女性は薄目を開けて俺を見た。


「私を千夜行(ここ)に送る前に父は、私自身の目で見てこいと言いました。そして今私はここ、妖怪達の領域である千夜行せんやこうにいて、既に貴方あなた達の学校に通う手筈も整っている。藍沢あいざわさんは父の事を知っているようでしたし、父があなた方に頼んで私に妖怪について知る機会を作った…ってところで、合ってますかね…?」

 

 数秒の静寂、2人の女性の目がしっかりと俺を捉えていた。


「なるほどのぉ~ただのぼんくらではない訳じゃな」

 

 妖狐の女性は可笑しそうにクスクスと笑った。

 それは先程までの作り笑い、愛想笑いとは違う本当の微笑みに見えた。


「はは…まぁそちらの方が学園長とおっしゃっておりましたし、ヒントは沢山ありましたから…(ぼんくらって…)」

「ふむ、それで?それが分かったお主はこれからどうするのじゃ?」

 

 品定めをする目、妖狐の女性は本音を隠す事なく笑い、俺を見た。

 そして思った、目は口程に物を言うとはよく言ったものだと。

 その双眼は雄弁に語っていた、ここがお前の分岐点だと。

『貴様に覚悟はあるのか?この地へ足を踏み入れる覚悟が…無ければ速やかにね』

 言葉にしなくとも彼女の言葉が頭に入って来る。声を発していないのに、押し潰される程のプレッシャーが両肩に伸し掛かる。

 尋常じゃない圧力……だが俺は彼女から目を逸らさなかった。

 もしここで目を逸らしてしまえば二度とこの場所に立てない……そう思ったから。

 だから俺は彼女の視線を真正面から受け止め、意を決して口を開いた。


「ここまで父にお膳立てして貰ったのです。私としては是非入学したいのですが…」


 再び訪れた静寂、緊迫した空気が部屋に流れた。


「くくく…あっはっはっはっは!聞いたか未予みよよ!こやつ臆せずに言い切りよったぞ!」

 

 しかし一瞬の静けさは大きな笑い声によって破られた。

 妖狐の女性は目に涙を浮かべながら、お腹を抱えて笑っている。

 嘘偽りなく答えたつもりなのだが…この人にとってはツボに入るほど面白い答えだったようだ。


「そうですね。心にも迷いが無かった。最初こそ取り乱していましたが、まぁ合格点ではないでしょうか?」

「何を言うか!合格に決まっておろう!」


 今まで鉄の仮面を被り続けていたスーツの女性も、仮面を脱ぎ捨て柔らかく微笑んだ。

 急変した部屋の空気、理解が追い付かない俺は戸惑いを隠せなかった。


「ごめんなさい。葛葉くずは様がどうしても今試したいとおっしゃるものだから…」


 そんな俺に藍沢あいざわさんが申し訳なさそうに謝った。


「試す…ですか?」

「つまりこれは入学のための面接だったということじゃ」

 

 ようやく笑い終えた葛葉くずはと呼ばれた妖狐の女性が、まだ理解出来ていない俺に説明をしてくれる。


「お主の父親とは旧縁での~昔はちょくちょく連絡を取っておったのじゃ。まぁ最近は余り連絡を取って無かったのじゃが、先月急に連絡があってのぉ。フラフラしている馬鹿息子を、わしの学校に入学させたいと言ってきよった。旧縁の頼みじゃ、無下には出来んじゃろ?じゃが一度も会った事も無い者、あまつさえ人間を簡単に入学させるわけにはいかんからのう」

「それで学園長直々に、君の面接をしたという訳だよ」

 

 目の前に座る2人の話を聞いて、この対談の意味とここに至るまでの経緯が鮮明になった。

 しかしここで純粋な疑問が頭に浮かぶ。


「なるほど…。ですがあの…千夜行せんやこうは妖怪の地、人間は入れないはずですよね?それに…父を知っておられるのならば、知っての通り私も一応陰陽師になります。私がこの地に足を踏み入れるのは…その、問題ではないのでしょうか…?」

「大問題じゃよ?」

 

 あっさり言われた。


「いや、あの…え?」

「君の言う通り、この地は人間を寄せ付けない。だが人間が全くいないという訳ではないのだよ。現に君の目の前に藍沢あいざわ君がいるだろう?本当にごく少数だが、様々な理由でこの地に生活している人間はいるのだよ。まぁ陰陽師がこの地に足を踏み入れるのは、前代未聞だがね」

「え?藍沢あいざわさんは陰陽師ではないんですか?」

「私の仕事はあくまで結界の管理なので、妖怪の方々と戦えるような力は無いんです」

 

 藍沢あいざわさんは苦笑しながら答えた。


「少なからず人間が住んでいると言っても、多くの妖怪達は人間を嫌っておる。陰陽師なんぞそりゃあもう、ただの人間以上に嫌われておるのぉ。中には先祖の仇だと、心の底から憎んでいる者もおる」

 

 妖怪が陰陽師を憎んでるのは知ってるが、そこまで強調されると流石に不安になってくる。


「あの…私がこの地に入って良いものでしょうか?」

「なんじゃ?今更怖気づいたのか?」

「いえ、私が足を踏み入れる事で、あなた方にご迷惑をおかけするのではないでしょうか?」

 

 どんなコネを使ったのかは知らないが、親父がここまでお膳立てしてくれたのだ。今更怖気付くなど不甲斐なさ過ぎて出来る訳がない。

 第一、ようやくこの目で妖怪を知るチャンスが舞い込んできたのだ。出来る事なら、絶対にこの機会を逃したくない。


「なんじゃそんなことか。心配するでない。大体お主を入国させるために、各方面を説得しなければならなかった時点で、既に大迷惑を被っておるのじゃ」

 

 ニコニコ笑っているが、顔に怒筋が見える…相当説得に骨が折れた事が伺える。


「……(違う意味で心配になるんですが…)」

「ただの人間ですら入国が困難なところ、我らが宿敵陰陽師を入れるのだから、反発の声はそりゃあもう凄かったのじゃ」

 

 心底疲れたという顔をして、葛葉くずはさんが深いため息を付く。


「本来陰陽師なんぞ入れる訳がない…じゃが、今回は特別に許可が下りたのじゃ。お主の父親とその家系に感謝するんじゃな」

「はい…(親父とその家系か…)」

「さて、面接はこれにて終了じゃ。参るぞ」

 

 葛葉くずはさんと未予みよさんが席を立った。どうやら2人はもう帰るようだ。


「あ、ありがとうございました。お気を付けて」

 

 俺は2人を見送る為に素早く席を立ち、お辞儀をした。


「何を寝ぼけたことを言っておる?お主も共に行くんじゃよ。未予みよ

「はっ」

「え?えぇえええええええ!?」

 

 急に身体が引っ張られたと気付いた時には、既に俺は光に包み込まれていた。


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