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千夜行  作者: 志鷹 見亭
千夜行
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面接

 

 得体の知れない光に包み込まれ、俺は反射的に札から手を離し、目を固く閉じて身構えた。

 しかし光は俺を包み込んで直ぐに消えたようで、俺が少し目を閉じている間に消えていた。

 光が消えた事に気が付いた俺は、同時に床に違和感がある事に気が付いた。


「……(床がやけに固いな…それに冷たい)」

 

 一体何が起こったのか。

 状況を確認する為に警戒しつつ、ゆっくりと閉じていた目を開けて周囲を見渡した。


「…どこだここ」

 

 布団の上で正座をしていたはずの俺は、いつの間にか冷たい畳の上で正座をしていた。

 四方をふすまで囲まれた見覚えの無い空間、どこかの屋敷か旅館の一室なのだろうか?

 全く見覚えが無いはずの場所なのだが……なぜか俺の中では親近感が湧いていた。


「もう来たの。意外と早かったわね」


 辺りを観察しているとふすまの裏から声が聞こえた。

 誰もいないと思っていたところに不意を突かれ、強張りながら声がした方を勢いよく見た。

 すると声が聞こえたふすまがゆっくりと開き、一人の若い女性が現れた。


「…あなたは?」


 見知らぬ場所と見知らぬ人物、本来であれば状況を把握するまで警戒心を解いてはならないのだが、少々呆気にとられていた俺は間の抜けた質問をしてしまった。

 まず初めに『ここは何処どこなのか』と聞くべきところを、俺は目の前に立つ長い黒髪の巫女装束みこしょうぞくに身を包んだ女性について尋ねてしまったのだ。


「私は藍沢あいざわ香子きょうこ、この神社の巫女よ。お父様から私の事を聞いていないの?」

「あっ!そうだあのやろ…!っ…すいません…」

 

 親父と夜叉丸やしゃまるの仕業で今ここにいる事を思い出し、思わず汚い言葉を吐き出しそうになった。

 しかし目の前に藍沢あいざわさんがいる事に気が付き、何とかその言葉を飲み込んだ。

 そして一旦自分を落ち着かせる為に、自分に起きた出来事を順を追って思い出してみた。

 

 手渡されたお札と放たれた光。

 光と共に飛ばされた先は見知らぬ神社。

 目の前にいる巫女装束の女性、名前は藍沢あいざわ香子きょうこ

 先程の言葉を聞く限り、彼女は親父と面識があるようだ。

 じゃあ親父は一体何が目的でこんな事を……。


「どうやらお父様に何も聞いていないのね。突然こんな場所に飛ばされて混乱しているわよね」


 俺が黙り込んで思考を巡らせていると、藍沢あいざわさんは状況を察してくれたようだ。


「そう…ですね。色々聞きたい事が多すぎて…その…まずここは何処どこなんでしょうか?」

 

 心配そうな…というよりも、少々困惑気味な表情を浮かべ小さな溜息を吐く藍沢あいざわさんに、俺は苦笑いをしながら尋ねた。


「ここは【千夜行せんやこう】旧エゾノ島よ」

「あ、エゾなんですね……え?」

 

 その言葉を聞いて俺は固まった。

 なぜなら俺は【千夜行せんやこう】という地名と、エゾという地名をよく知っていたからだ。


「すいません…ここはエゾノ島、今でいう千夜行せんやこうなんですか?」

「えぇ、そうよ」

 

 予想外の回答にオウム返しで同じ質問をしてしまった。

 そして質問がオウム返しなのだから、返ってくる答えも当然同じだった。






 【千夜行せんやこう】——旧エゾノ島。

 そこは日本列島の北端にある大きな島であり、日本全国から妖怪達がつどい、日ノ本から独立して一つの国家を立ち上げた場所。

 ゆえに【旧エゾノ島】




 平安時代の頃、日本では人間と妖怪の争いが激化していた。

 毎日どこかで争いがあった。

 多くの妖怪や人間が死んだ。

 特に人間側の死者は妖怪の数十倍だった。

 なぜなら人間と妖怪とでは、基本的な身体能力…純粋な力では天と地ほどの差があったからだ。

 人間は徐々に妖怪達に追い詰められ、人々は住む場所をとんどん失っていった。

 そんな中、事態を一変させる者達が現れた。

 それが【陰陽師】である。

 彼らは妖怪と対等に戦える力を持っていた。

 中には大妖怪に匹敵する程の、大きな力を持った陰陽師もいた。

 彼らが表舞台に出てきた事で戦況は大きく変わった。

 1人で千や万の働きをすると言わしめた陰陽師が戦場で戦い始めた。

 すると今まで虫の息だった人間側が、妖怪達に勝利を収めるようになったのだ。

 元々数の多い人間側と、力は圧倒的であれど数は少ない妖怪側。

 陰陽師がその力関係を崩したことで、妖怪達も徐々に人間相手に苦戦をし始めた。

 こうして長い長い泥沼の戦いが、何十年と続いた。

 そんなある日の事だ。当時現人神(あらひとがみ)と人々にあがめられていた、最も影響力のある1人の陰陽師が大妖怪達を集め、妖怪側に和平協定を申し入れたのは。

 その陰陽師は大妖怪の一角とされていた九尾——玉藻前たまものまえを退治し、封じ込めたとされる人物だった。

 そんな人物が妖怪達の住処すみかに単身で乗り込んで来て和平を頼み込んできたのだ。

 しかも、その内容は妖怪に一方的に不利なものではなく、人間と妖怪の双方痛み分けという形での、共存共栄を目指すという内容だった。

 流石の妖怪達もコレには驚きを隠せなかったようだ。

 無論、この提案には人間側と妖怪側、双方から反対する声が大きく上がり、中には特使として来たソノ陰陽師をこの場で殺すべきだと言った妖怪までいたそうだ。

 だが一体どんな魔法を使ったのか、数日後には人間側と妖怪側が互いに和平協定に合意し、共存共栄の為に互いに努力しあう事を誓った。

 そして数々の苦難はあったが、江戸時代の頃には人間と妖怪は互いに分かり合えるようになり、小さな争いも殆ど無くなっていた。

 お互いに距離感をしっかり保ち、下手に干渉せずに平和に暮らしていた。


 しかし…争いというのは何時いつ唐突とうとつに、何の前触れもなく起こる。

 それは幕末に入った頃、人間側で起きた大きな時代の変化が原因となった。

 黒船来航くろふねらいこう、それに伴い開国を余儀なくされ新しく入る技術や人々、そして大政奉還たいせいほうかんによって消滅した江戸幕府……急速な変化を望まぬ妖怪達にとって、これらの出来事はとても受け入れ難いものであり、双方の間に再び亀裂を生むのは必然だった。

 ゆえに起きてしまった———人間と妖怪、互いに過激な思想を持った者達が、正義という名の暴力を振りかざし始めてしまったのだ。

 長きに渡り押さえ付けられていた反動だったのだろう、彼等かれらは制止する者達の声を無視し、暴力を振るう事を続けた。

 これを切っ掛けに人間と妖怪は再び対立し、大妖怪や陰陽師達も動き出す事態となった。

 また平安の時代と同じ事が繰り返される。

 血を血で洗う泥沼の争いが再び始まるのだと……誰もが覚悟した。

 だが———そこに数百年前と同じように、1人の陰陽師が突如現れた。

 突然現れた陰陽師は両者の間に入り、人間側の権力者達を説得してある要求を飲ませた。

 

 そして彼は数百年前と同じ様に大妖怪達を集め、彼らの前でこう提案した。

『人間と妖怪が同じ土地に住むと争いが起こるというのならば、あなた達だけの、妖怪だけの国を持たないか?』と。

 

『何を馬鹿げたことを』

 妖怪達は怒り、嘲笑った。

『大体何故我々が元々住んでいた土地を人間に譲らなければならない?』

 彼らが怒るのも無理はない。

 妖怪達が長い間住んでいた土地というのは、人間の手が及ぶことは無く、森や川はとても綺麗なままで、幻想的な場所が多い。

 聖地と言っても過言ではない。

 更に言えば、そこには彼らの先祖が眠っている。

 人間の数十倍の時を生きる彼らにとっては、その愛着も人と比べものにはならないだろう。

 当然その陰陽師はそれを理解し、そう言われることを覚悟していた。


『今貴方達が独立し、人間達との関係を断ち切らねば、貴方あなた達は人間の争いに巻き込まれる事になります。そして…それに気が付いた時にはもう遅い、あなた達の大切なものは無くなっているでしょう』

 

 だから彼は同情や脅し等ではなく、これから起こるであろう未来を見据えた上で彼らを説得した。

 そこに嘘も偽りも無い。

 人間への忖度そんたくも妖怪への配慮はいりょも無い。

 彼は客観的な事実から、これから日ノ本の国が歩むであろう道を予期し、妖怪達が人間の争いに巻き込まれぬように説得しているのだ。

 だが大半の妖怪達が陰陽師の言葉を鼻で笑った。

 それは彼らの中で、未だに陰陽師以外の人間は脅威と成り得るハズが無いという自信があったからだ。

 ゆえに陰陽師の言葉は彼らに届かなかった…と思われた。


『私はお前の提案を受け入れよう。一族やゆかりのある妖怪達を説得し、お前のいう新天地に移住しよう』


 今まで沈黙を貫いていた一人の妖怪が、陰陽師の提案を受け入れたのだ。

 その発言に妖怪達は驚き一斉に非難した。

 だが当の本人は彼らの非難を右から左へ聞き流し、彼らに向かって言い放った。


『確かに、先祖ゆかりの土地を守る事は、我々の使命である。しかし皆知っての通り、人間は近年知恵を付け、人が人を殺す道具を作っている。それは、決して我々にとって無害という訳ではない。その道具は川を汚し、土を穢し、森を、山を殺す』


 皆黙って聞いていた。なぜならその事を痛い程よく分かっているからだ。


『我々がこの日ノ本の人間達と争うだけならば、我々が人間ごときに後れを取ることは無い。だが、人間は強欲で愚かな生き物だ。それは南蛮人も変わらぬ。敵は日ノ本だけでは無くなっているのだ』

 

 誰も馬鹿にしたり言い返したりしない。

 それは皆この妖怪の言いたい事が分かっているからだ。


『陰陽師よ、ここにいる全ての者が移住するかは分からぬ。だが移住する者は必ずいる。我のようにな。たとえ少ない数でも、我々が我々だけの国を持つ事は可能なのだな?そこに人間が干渉してくることは無いのだな?』

『はい。たとえ全ての妖怪が移住せずとも、ある島をあなた方妖怪にお譲り致します。それが此度こたびの争いを鎮静化させる為の決定です。私が必ずこの約束は守らせます…絶対に』

『そうか。我は貴様を信じるぞ』

『ありがとうございます』

 

 目を逸らさず、力強い決意の眼差しで答える陰陽師。

 妖怪はその眼を見ると、それ以上何も言わなくなった。

 こうして陰陽師と妖怪達の会合は終了となり、陰陽師は足早に帰路に着いた。

 そして数日後、正式に日本の北端に位置する大きな島、エゾノ島が妖怪達に譲渡され1つの国家となった。

 移住した妖怪は人間側が予想した数を大きく上回り、日本各地の妖怪の殆どが新天地へと移り住んだ。

 だが…やはり全ての妖怪が移住したわけではなかった。

 先祖の土地を守る。それを譲ることが出来なかった妖怪達は、人間との争いを覚悟の上で残った。

 そして多くの妖怪達が旧エゾノ島、今の千夜行せんやこうに移り終えた頃には、日本は他国との戦争の歴史へと踏み込んでいった。

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