序章④
「さて…」
恵佳が居間へ向かったのを確認した親父が俺に向き合う形で目の前に座る。
これから始まるのが真剣な話だと察した俺は、姿勢を正して布団の上で正座になる。
夜叉丸は親父のすぐ後ろに立って控えている。
「唐突だが晴明よ、お前が陰陽師を憎んでいるのは知っている。妖怪を憎んでいる事もな」
突拍子も無い事を親父が言い出したので、反射的に俺の顔は引きつってしまった。
だが直ぐに平静を取り戻し、表情を元に戻す。
「母さんの事と恵佳の事、お前が妖怪と陰陽師、双方を憎んでしまうのは致し方がない事だと思っている。だから陰陽師を継ぐ事を拒むお前を咎めるつもりは無い。陰陽師とは両方に一番密接に関わる役割だからな」
「………」
何も言わず黙って親父の話を聞く。
「だがな晴明、いつまでも迷っている時間など無い。お前が本当に心の底から陰陽師に成る事を拒絶しているのなら、私はこの神社の歴史に終止符を打つ覚悟もある。だがな…今のお前は表面上陰陽師を拒絶しているが、本当はまだ未練が残っているのではないか?幼き頃陰陽師に成る事を夢見、立派な陰陽師を目指していたあのころの未練が……だからこそ、お前は毎日私達に隠れて鍛錬をしているのではないのか?」
驚きで僅かに体が揺れた。
正直バレてはいるだろうと思ってはいたが……こうも面と向かってハッキリ言われると、やはり反応はしてしまうものだな。
最早これは憶測などでは無い。
親父は全てを分かった上で、腹を割って真剣に話しているのだ。俺の中にある本心、陰陽師への未練について。
全てを見透かされているのだと知った俺は、黙って親父の話を聞き続けた。
「迷い、逃げ、目を逸らし続ける事は終わりにしろ。陰陽師に成りたくないのならばそれで良い。だが成らないのならば、それに代わる道を見付けろ。お前が持っている夢を叶えられる道を見付けて叶えろ。そうすれば私はもう、お前に何も言わぬ」
言い終わると部屋には沈黙が訪れる。
親父も、俺も、夜叉丸も、誰も喋らない時間が数分続く。
その数分は数時間にも感じる程長かった。
「……親父の言いたい事はわかった。それは尤もだと思う。だけどな親父、俺は陰陽師については嫌っていうほど知ってはいるが、妖怪については殆ど知らないんだ。恵佳と夜叉丸くらいだ。対峙した妖怪達は別としてな…。妖怪の世界を見た事が無いのだから、多くの妖怪達と話した事もない。今じゃあそれも叶わないしな…だから迷ってる。なんせ知らないんだ。だから見付けろなんて言われてもな…」
俺の事を案じて真剣に向きあってくれた親父。
だから俺もそんな親父の誠意に対して包み隠さず心の中に仕舞っていたものを吐きだす。
そして親父から返って来る言葉を真っ直ぐ目を見て待った。
「そうか…要するにお前は妖怪と妖怪の世界の事を知らないから、悩み迷っているんだな?ならば知る事が出来れば、道を見付ける事が出来るのだな?」
「ああ…だがそれは最早無理だろう…」
正直意外だった。
てっきり『陰陽師になってからでも妖怪と妖怪の世界のことを知る事は出来る。陰陽師に成らないにしても、また家業の手伝いでもしてみないか?』とか言われるものだと思っていた。
だというのに、親父は何かを覚悟したような表情と言い回しをした。
まるでこうなる事を予測していたかのように。
「お前の気持ちはわかった…夜叉丸」
「御意」
親父の呼びかけに返事をすると、夜叉丸は1枚のお札を懐から取り出し、俺にさし出した。
俺は黙ってその札を受け取り、書いてある文字を読むが…そこに書いてある文字は陰陽師が使う呪符では見たことが無い文字が書かれていた。
「これは何の札なんだ?」
「お前が見たことが無い、知らないというのなら、その目で見てくるが良い。そこにきっとお前の望む答えがあるだろう」
俺の質問には答えず、親父は立ち上がり夜叉丸と共に襖を開けて部屋から出た。
そして開いた襖から俺を見て、夜叉丸は印を結び何かを詠唱し始める。
「お…おい?」
お札は淡い光を発し、その光は詠唱するにつれて徐々に大きなものになる。
そして夜叉丸が詠唱を終えると光は俺を包み込んだ。
「さあ晴明!その目で見て来い!!」
「はぁ!?何言って…」
理解が追い付かない状況に文句を言おうとしたが、文句を言う前に光は俺を包み込みそして———光共々俺はその場から消えた。