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千夜行  作者: 志鷹 見亭
千夜行
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序章②

「ん…ここは…」


 目が覚めるとそこには見慣れた光景が広がっていた。

 見慣れた天上と照明、いつも嗅いでいる木と畳の匂い。

 そして…


「若様…ようやく起きたか」


 俺を介抱していたんであろう見慣れた妖怪。

 あぁ俺はまたやられたのかと…改めて思い知らされる。

 これで何度目だろうか?ハッキリ言って数え切れないほど同じことを繰り返している。

 口を開けば『後を継げ!後を継げ!』と言う親父が嫌で嫌で、逃げては捕まり逃げては捕まりの繰り返し。

 今では親父からは逃げ切れるようになったが…何時いつからか、うちの神社で代々使役している鬼の夜叉丸やしゃまるに捕まる日々。

 確かそれは俺が高校を卒業した頃だ。俺を捕まえられなくなった現当主である親父が、自分の使役する切り札である夜叉丸やしゃまるを使うようになったのは。

 そしてそれは成人を過ぎた俺が大学生の今も続き、いつもまらない言い合いから始まる。

 今日の発端は、俺が自分の部屋で休みを満喫していたところをクソ親父に見付かったのが事の始まりだ。

 こっちは提出期限が近付いているレポートの作成がようやく終わった所だというのに…相も変わらず俺を見て、『さっさと大学を卒業して後を継げ』と小言を言い放ったのだ。

 流石に俺もカチンときて言い返し、そこからは毎度の事ながら売り言葉に買い言葉。そして口論になった末に見慣れた鬼ごっこ…いやごっこじゃなくてマジもんだけど。

 まったく……久々に自由に使える時間が出来たというのに散々な休日だ。

 そもそもだ。後を継がせたいからといって、何の脈絡も無く何かにつけて後を継げと言われれば誰だって言い返したくなるだろう。


「若様よ、毎度毎度飽きやしないか?もういっそ諦めて後を継ぐ事も真剣に考えたらどうじゃ?」

「余計な御世話だ。俺は絶対に後継ぎなんてごめんだ。というか…なんで妖怪のお前がわざわざ天敵の陰陽師である親父の味方をするんだよ?陰陽師なんて居ない方が妖怪にとっては良いだろう?」


 布団から起き上がる気力すら湧かないので、顔だけ向けて横に座っている夜叉丸やしゃまるに問いかける。

 このじじくさい喋り方をする鬼は、喋り方だけではなく年齢も正真正銘の年寄である。

 見た目は俺よりも年上程度に見えるが年上も年上、数千年もこの世を生きている大妖怪だ。


「わしはこの安倍あべ家の…いや、若様の家系に仕えている妖怪だからの。現当主の、主殿の命令を忠実にこなす…それだけじゃよ」

「へ~へ~何とも律儀なことで」


 この問答も何回目だろうか…。

 夜叉丸やしゃまるに捕まるたびに、納得のいかない俺は同じような事を尋ねた。

 しかし返ってくる答えは決まって『主殿《親父》の命令だから』とか『自分はここに仕えている妖怪だから』とか、妖怪らしからぬことばかり言う。

 陰陽師に好意的な印象を持っている妖怪なんて、世界中探したところでいないに等しい。だというのに…夜叉丸やしゃまるは従順に親父の命令をきいている。

 夜叉丸やしゃまる程の大妖怪、うちみたいなさびれた神社に仕えるタマじゃないというのに。


「ん?どうした若様?顔色があまり良くないようだが…まさか先程の傷は深かったか?」

「心配するな…問題無い。お前にやられた程度で重傷を負う程、やわな鍛え方してないっての」


 繰り返される日々の賜物たまものと言うべきか、俺の体は昔と比べてかなり頑丈になった。

 常人なら重傷を負う夜叉丸やしゃまるの攻撃を難なく受けられるし、高所から飛び降りる事も容易い。

 ただ今日は強く地面に叩きつけられた時、当たり所が悪く気絶してしまっただけだ。


「それもそうだが…まぁ若様が無事ならそれでいい…」

「相変わらず変なとこ心配性だよな。いつも俺を容赦なくブッ飛ばすのに」


 とは言っても夜叉丸やしゃまるが毎回キチンと加減しているのは知っている。

 もし夜叉丸やしゃまる程の大妖怪が本気ならば、俺が無傷で済むはずが無いからな。

 日々俺の成長に合わせ絶妙に加減するあたり、鬼という妖怪のイメージに反してとても繊細な男なのだ。


「ごおおおら!晴明はるあき!貴様いつまで寝とるんじゃあああ!!」


 勢いよく開けられたふすまと怒鳴り声を響かせながら現れた一人の男。

 純白の着物、斎服さいふくに身を包んだこの男こそが我が神社の当主であり神主、毎日の様に俺を追い掛け回すクソ親父だ。


「死ぬまで。あ、死んだら寝れるのか。んじゃ一生だな」

「ぶあかもんがあぁあああ!!貴様は次期当主としての自覚があるのかあぁあああ!?」

「だからねぇしならねぇて。俺は普通の会社に就職して生活するんだよ。出来れば公務員になりてぇなぁ~陰陽師にはならねぇよ」


 面倒臭いが布団から上半身だけ起こして嫌々親父と話す。


「いつまでそんなこと言っておるか!いい加減にせんか!貴様は才能を無駄にする気か!」

「怒られる意味がわからん…俺の自由だろうが」


 幾度となく繰り広げられてきたこの言い争い。

 親父に陰陽師に…次期当主になる事を何度も何度も言われては反抗しての繰り返し。

 陰陽師になる気が無い今の俺には、いくら親父が熱心に説得しようともソノ言葉は届かない。

 正直この神社を存続させたいのであれば、俺以外の誰かでも良いのでは?と最近考える程だ。

 だが生憎我が家に人間は俺と親父しかいない。そもそも神社は代々一族で受け継ぐものだから、俺に兄弟がいない以上無理な話である。

 まぁとにかく俺は当主なんて御免だ。


「親父の代で終わりでいいだろう。これも時代の流れだ。諦めろ」

「貴様あぁああ!?」

「落ち着け主殿…若様に乗せられるな」


 横に座りながら見守っていた夜叉丸が間に入り親父をたしなめる。


「ぐぬぬぬぬ!」


 歯を食いしばって耐える親父。

 それは間違いなく陰陽師としての強い使命感と、先祖代々守り続けてきたこの神社を誇り思っているからこその反応だ。

 そして何よりも——先立った妻を…心の底から愛していた母さんを今でも愛しているからだ。

 この神社を守る事が、心半ばでこの世を去った母さんとの約束を守る事になるから。

 母さんの意思を受け継ぐ事になるから……だけどな親父、今の俺には…俺にはそんな資格なんてもう無いんだよ。


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