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千夜行  作者: 志鷹 見亭
千夜行
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序章

 木々が生い茂る緑豊かな山

 多くの野生動物が住まい綺麗な小川が流れている

 まるで近代的な世界から切り離された空間

 幻想的な光景

 そんな山の中を一人の成年が駆けていた

 ジットリと汗ばんでいる服に木の葉や枝を引っ付けて

 荒い息遣いを更にみだして服を乱して


「ちくしょう!あの馬鹿しつこすぎんだろ!」


 駆ける足を止めずに背後を確認する成年

 苛立ちをあらわにしながら悪態をつく

 どうやら彼は何かから逃げているようだ

 それは熊なのか蜂なのか狼なのか

 その正体は未だ分からず成年の背後には得体のしれない一つの影

 だが彼にとってソレがとても嫌なものだというのは間違いないだろう

 その影は徐々に徐々に近づいてくる

 驚くべき事に迫り来る影の速度は森に住まう獣をも凌駕りょうがしていた

 それは間違いなく人外と断言出来る速さである

 そして言わずもがな必死に影から逃げている成年も同様

 しかし影の方がわずかばかり速いようだ

 少しずつその距離を詰めて来る

 成年はなんとか振り切ろうと複雑な動きをする

 だがそんな努力も虚しく…影は成年に追い付いた


「いい加減にせんか晴明はるあき!大人しく後を継がんか!」

「うるせぇバカ親父!俺は街に出て普通の社会人になるんだっての!」


 影の正体は成年の父親であった

 2人は言い合いをしながら人間とは思えぬ速い動きで山の中を駆けている

 木々をたくみに避け

 巨大な岩を大きく跳躍し飛び越えたりと

 2人の動きは思わず見入ってしまうものだった


「なにおおおおお!?貴様それでも我が神社の次期当主か!?」

「だから俺は継がねぇって言ってんだろうが!陰陽師なんてカビ臭いことやらねぇよ!」

「なんだと!?貴様ぁあああああ!先祖代々受け継いできた由緒正しい陰陽師をカビ臭いだと!?許さん!夜叉丸やしゃまるぅうう!!」


 成年の父親が深い森に響くほどの大きな声で何かを呼んだ

 すると今まで穏やかだった森の中に突風が吹き荒れた

 沢山の木の葉を舞い上げ巻き込む程の大きな風

 その風はまるで何かに吸い込まれる様に成年の行く先に集まった

 そしてついには一つの渦と成り——飛散した


「御意」


 すると消え去った木の葉の渦の中から男が一人現れた

 成年の行く手を阻むように地面と垂直にそびえ立つ大柄の男

 身にまとう着物の上からでも分かる太く逞しい手足と威厳のある面構え

 地面に根を張るように力強く立つその姿はさながら大樹

しかし何より目を引くのは男にあらの得物

 男はその手に握られている己の背丈と同じ長さの太い棍棒をゆっくりと構えた


「卑怯だぞクソ親父!?」


 焦る成年

 その様子から行く手を阻む男が只者ではない事は明白

 しかし成年は止まることなく直進し続けた

 なぜなら成年は知っているからだ

 目の前の相手から逃げることは不可能だと

 男がただの人間ならば《・・・・・》成年は難なく逃げられただろう

 左右に避けて逃げるも良し

 大きく跳躍して飛び超えるも良し

 彼ならばどのような方法でも逃げられただろう…目の前の男が相手でなければ

 今この瞬間成年が取れる選択肢は1つだけ

 それは前方の男を倒す事

 選択肢はそれ以外には無かった

 理由は先ほど言った通り逃げるのが不可能だからである

 そして不可能な理由は——


「どけぇ!夜叉丸やしゃまる!」

若様わかさまよ、主殿の命故にそれは出来ぬ」

「この…!?本当にお前は頭でっかちの鬼だなちくしょう!!」


 男は鬼なのだ

 比喩表現ではない

 人間の男性の様にも見えるが頭には鬼特有の立派な角がある

 それは正真正銘の本物の角であり男の頭から生えている

 つまり男は妖怪やモノノ怪の類である鬼

 鬼であるため身体能力は非常に高い

 逃げようとしても追い付かれ捕まるために戦いは不可避

 それゆえ成年には逃げるという選択肢は最初から無かった


「そこをどけろぉ!!」


 目の前の鬼を倒す為に成年は懐から呪符の束を取り出し

 そしてソレを素早く鬼に投げつけた

 普通ならば紙はひらひら地面に落ちるのが道理

 しかし不思議なことに紙は鋭く一直線に鬼へと飛んだ

 まるで硬さと重さがあるように

 風を切って飛んだ呪符は鬼の目の前に辿り着いた瞬間に止まった

 かと思えば今度は瞬きする間もなく5枚の札は鬼を囲んだ

 鬼と平行に地面と垂直に

 5枚全てが綺麗に均等に間を空け高さを揃え並んだ瞬間

 成年は素早く中指と人差し指だけ伸ばし印を結び一喝


「破ッ!!」


 その瞬間呪符に書かれた文字が輝きを放ち同時に衝撃波が鬼を襲った

 5枚の札から放たれた大きな衝撃波は鬼に直撃した

 並みの妖怪ならば間違いなく意識を飛ばす一撃

 強い妖怪でも直撃すれば倒れこんでしまう威力


「若様、まだまだ修行が足りないぞ」


 しかし鬼は倒れなかった

 その冷静な表情を一切変化させることはなく

 一見すると無傷としか思えぬくらい鬼は落ち着いている

 だが無傷に見るだけで鬼は少し傷を負っていた

 鈍い痛みが鬼の身体の中で走る

 もし気を抜いていれば倒れていた可能性もあった

 それほど成年は陰陽師として成長している

 だが数千年生きている鬼からすればまだまだ青二才である

 苛立ちと荒くなった呼吸が集中力を乱し本来の力を出せなかったのだ

 そういった未熟な部分が結果として鬼を倒すには至らない原因となった


「邪魔だぁ!!」


 呪符で倒せなかった成年は拳を握り振り上げる

 一か八かの玉砕覚悟の正面から突破だが…


「甘い」

「ぐはっ!?」


 頭に血が上った状態の動きは冷静に見切られた

 結果その拳が当たる前に成年は勢いよく宙を舞った


「……」


 棍棒は見事に成年の脇腹わきばらを捉えた


「ぐぉ!?」

 

 勢いよく地面に叩きつけられた成年

 打ち所が悪かったのか

 成年はそのまま気を失ってしまった


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