学校生活 その二~グッドール事件~
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僕の前世の記憶では小学校低学年の時は更衣室などは特になく男子も女子も同じ教室で着替えていたが、この世界では三年生になってからは男子は専用の更衣室がある。
三年生にもなると男子が色々と意識し始める年頃のようだ。むしろこれがこの世界の常識で通常の羞恥心があれば女子と一緒の教室で着替えるなど考えられない事らしい。
その僕とこの世界の男の子たちとの意識の違いが後の『グッドール事件』を引き起こしてしまう事になる。
そんな事は露知らず約一年前、女子のいる前で着替え始める僕を見て一番驚いたのが担任の先生だった。
先生はたまたま授業で使っていた教材をまとめていた為教室に残っていた。次の時間は体育なので休み時間の間に着替え、校庭に出るのがいつもの流れだ。
自分の座っている席で体操着を取り出し着替え始める僕を見て先生が開口一番『ロア君!待って!』と教室全体に響くように言った。
僕は何事かと驚いたが先生が駆け寄ってきた。
「ロア君。今何をしてるの?」
僕は何故先生が駆け寄ってきたのかイマイチ理解できずにありのままを答えた。
「え?次の時間は体育だから着替えようとしてます」
「ロア君は男の子なんだから更衣室があるでしょ。三年生になったらそっちで着替えるのよ」
「そうなんですか?確かに他の男子はいませんがいつも体育の着替えはこの教室でしてますよ」
三年生になって二か月が経過し、その間体育のある日は必ず女子達の見ている前で着替えをしていた。
すると先生が急に真剣な顔で質問してきた。
「ロア君、正直に言って欲しいんだけどクラスの皆からイジメを受けているの?」
先生はとても不安そうな表情で僕に尋ねている。
「違いますよ。他の男子とも女子とも嫌な事をされた事はないですよ。」
それを聞いた先生が少し安心したように見えた。
「他の男子がいないのは何か変だと思わなかった?」
「特には思いませんでした」
先生が驚いた様子で一歩後ろへたじろいで僕に言った。
「今度から更衣室で着替える事、先生と約束して」
先生が僕を真っすぐな目で見つめてくる。
「はい。約束します」
僕は先生と約束しその後の体育の時間が変更になってしまった。
「体育の時間を変えて皆さんに話さなければならない事があります」
先生は丁寧に喋り始める。
「今日、ロア君が教室で一人で着替えていました。ロア君は更衣室の事を知りませんでした。なんで誰も教えてあげなかったの?」
先生が男子達に向かって言う。男子達は目を合わせ『嘘だろ…』や『普通解るだろ…』と小声で相談しあう。
困ったことに嘘でも普通でもないんだよなぁ。
するとケビンが手を上げ先生に答える。
「先生ー僕たちはロア君が恥ずかしがり屋でいつもトイレで着替えていると思ってました」
恐らく男子達の間で僕は人一倍ナイーブな性格で、一緒に着替えるのが恥ずかしいと思われていたらしい。
察しが良いような悪いような。
「なるほど。でもたった一言『一緒に着替えよう』って言ってあげれば今日のような事は起きなかったわね。次からロア君も誘う事、いいわね」
男子達が一斉に『はーい』と応える。先生はその返事を聞いて納得し次に女子達に向かって話す。
「次はあなた達に話します。ロア君が着替え始めるのを見て何も思わなかったの?変だと思わなかった?」
クラスの女子達は俯き何も声を発する事はない。それもそうだ今までクラスメイトの生着替えを体育の時間の度に見ていたのだから罪悪感はあるのだろう。
それも女子達が結託し僕が教室で着替えるのは、さも自然な事のように振る舞っていたらしい。
後から訊いた話だがじっと見ないようにクラス全体でどうでもいい会話を展開し、自分たちも着替え始める事でいかにも『男子の身体には興味ありません』という様子を装っていたらしい。
先生も女子達の浅はかな企みには勿論気づいていた。
「先生はとても怒ってます。女子達の女らしくない卑怯な考え方、自分達のした事がどれほど最低な事をしてきたか理解できますか?」
先生は丁寧に話しているが顔は鬼の形相である。
「あなた達は事もあろうにクラスメイトの男の子を全員で騙し、イヤラシイ目で着替えを見ていた」
それはちょっと言い過ぎなような気もするが。
先生のその言葉を聞いて男子達が急に嫌悪感を露わにする。
「何故、最初の着替えの時に『男子は更衣室で着替えるんだよ』って言ってあげられなかったのか。この中に少しでもおかしいと思った人がいなかった。先生はそれがなにより悲しいよ」
先生は卑劣な行為をした女子達に向かって言う。
「今日から女子達は毎日、三か月間のボランティア活動をしてもらいます。この事はあなた達のお母さん方にも話します」
先生の言葉を聞いた女子達が初めて反応し、全員が絶望の表情をしている。
「それだけあなた達は最低の事をしたんです。二度とこんな事をしないように言葉ではなく心で理解しなさい」
それからの男子は女子を完全に無視する事になり、クラス内の緊急保護者会まで開かれ担任の先生の謝罪と事の顛末そして家には校長先生までが謝罪に来た。
母は当初怒りに震えていたが担任の先生と校長の謝罪、僕も母を説得することでなんとか怒りを抑え込んでいた。
その頃の女子達を、僕はとても気の毒に感じていた。
毎日の厳しいボランティア活動や学校での男子達からの冷たい目。
楽しい事なんて何もない子供ながらに目は完全に死んでいた。
僕はそんな女子達が可哀想に思えたのでなんとか女子達の信用を回復する事ができないか考えていた。
そんな時に校内で行われるイベントの一つに『スポーツ大会』僕の世界で言う『運動会』にあたるものが開催される。
僕はこのイベントを利用するればひょっとしたら女子達の信用を回復できるかもしれないと思った。
それは何といってもクラス対抗で挑むイベントだし、女子達が頑張って色んな種目で一位を勝ち取ったなら男子たちも流石に見直すだろうと思った。
僕は男子達には内緒で女子達全員に『今度のスポーツ大会頑張れば皆見直してくれるよ』と根回しをした。
すると女子達の表情が少し明るくなった。女子達はみんな僕に何度も謝ってきたし僕もとっくに許しているが、男子達から三か月経った今でも拒絶され続けておりそれが教室で悪い空気を作っていた。
そもそもの原因は僕が無頓着過ぎたせいでもある。そんな雰囲気の悪い教室にいるのはとても心苦しかった。
だからこそ今回のスポーツ大会で女子達の信用を回復し以前のような健全な教室を取り戻そうとしている。
スポーツ大会当日、女子達の表情が違っていた。絶対に勝つという強い意志が目を見ただけで感じ取れた。
案の定あらゆる種目で良い成績を勝ち取っていくクラスの女子達に、ケビンも驚く。
「すごいな、このまま行けば学年一位じゃん」
スポーツ大会では種目ごとに点数が設けられており、良い成績を残せば沢山の点数が入る仕組みで全ての種目を総合し最も点数を稼いだクラスが学年の一位になる。
種目はそれぞれ別の選手が出なければならないという決まりがあるが、男子は数が少ないので種目の数も少ないがそれでも三人程は種目を掛け持ちする事になる。
運動の得意なケビンは二種目に出ている。僕はあまり得意ではないので一種目だ。
僕もケビンの発言に乗っかる。
「そうだね。うちのクラスの女子って皆頑張ってるよねー」
僕とケビンの会話を聞いた他の男子達も「確かにそうだよな…」という発言をする。
その言葉を聞いた僕はすかさず立ち上がる。
「ほら皆で応援しようよ!」
僕が明るく誘うと男子達が女子達を応援するようになりスポーツ大会の後半では男子も女子も打ち解けあい以前のような関係に戻っていた。
そんな皆の姿を見て僕は安心し自分の出る種目『男子四百メートル走』の準備を始める。
人との関係は『雨降って地固まる』だよね。
理解しあう事が大事なのかもしれないな。さて、スポーツ大会もこれが最後の種目だ。僕が三位以内に入れば二位とは僅差だがクラスは学年一位を獲得できる。
最後は僕が決めてみせるよ、これで僕の計画は完成さ。
『男子四百メートル走』がスタートする。各選手一斉に飛び出していく。この競技で何が大切なのかそれは体力をギリギリまで温存し最後の瞬間前に出る事だ。
最初から一位を取る必要はない最後に一位を取ればいいのだ。そのためには現在一位の選手の後ろに付き風よけにしながら体力を温存、前の選手のペースが落ちたところ抜き去りゴール。これが最適解。
走り続けて百メートルを過ぎたあたりで前の選手との差が広がり始めている。あれ?おかしいぞペース上げた?今度は後ろの選手に抜かされ始める。何が起きてるんだ、僕の作戦が狂い始めた。
ようやく半分を過ぎたころ僕は気づいた。
これは各選手の走る速度が速いんじゃない。僕の走る速度が遅いんだ。
そして、グラウンドを今走っているのは僕一人だ。これは完全な最下位という意味で他の選手は皆ゴールし絶対に逆転はできないという状況だ。
なぜ皆そんな走るのが速いのか?それはこの種目が最後であり点数も他の種目より多く設定されている。
その為どのクラスも温存していた一番足の速い男子を出してきた。僕たちのクラスだったらケビンが出るべき種目であった。
最後の最後で僕がクラスの学年総合一位を決定したいという欲からこの種目に立候補したが完全にそれが裏目に出てしまった。
『策士策に溺れる』とはまさしくこの事か!僕のそんな策に溺れている姿など知る由もない会場の保護者やクラスメイト達から『頑張れー』という同情の応援が聞こえる。
僕はそのまま最下位でゴールし皆から拍手をもらう。そうじゃないんだよな、僕が欲しかったのはこの拍手じゃないんだよなー。
学年総合一位を僕のせいで取り逃がしてしまった。
「皆ごめんなさい。僕がもっと頑張っていれば……」
僕が謝るとクラスメイト全員が僕を「気にすることないよ」と励ましてくれる。ありがたい、なんて良いクラスメイト達なんだと思った。
「でも、学年一位取りたかったな」
ケビンが小さい声で言っていたのを僕は聞き逃さなかった。本当に申し訳ない。
僕に始まり僕がクラスをまとめ。そいて、僕が台無しにした。これが『グッドール事件』の悲しい全容だ。




