オーディション~家に帰るまでがオーディションです~
「それは訊かないでくれ。じゃあな、アバヨ!」
マローン監督が部屋から出ていく。何だが良く解らないがオーディションは終わったらしい。
助監督さんも戸惑っているようで。
「困ったなーどうしよう。本当にいいのかな」
「あの…これで終わりですか?」
僕が助監督さんに尋ねると
「うん。大丈夫だと思う。なんかバタバタしちゃってごめんね」
「いえ、こちらこそ有難うございました」
僕も会議室から出る。何はともあれマローン監督に気に入って貰えて何よりだ。
僕は控室に戻りカレンさんにオーディションの結果を報告しようと思ったが、この控室で話していい話題ではないなと思いカレンさんにオーディションが終わった事だけを伝える。
「カレンさんオーディションが終わったので帰りましょう」
「え?うん解った」
カレンさんと控室を後にする。帰りの車内でカレンさんが質問してきた。
「マローン監督どうだった?」
「何か変わった人でした。その場で決定って言われたし」
カレンさんが驚きの声を出す
「え!?その場で言われたの?」
「はい。監督は『私のイメージにピッタリ』って言ってましたけど、周りにいた人はまだ決めるのは早いって言ってましたし。本当に僕で決定したのか不安になっちゃいますよ」
「うーん。監督がそう言うのなら間違いはないと思うけど念のため後日私が確認しておくよ」
「ありがとうございます」
「これぐらいしないと私の存在価値ないからね」
カレンさんが笑いながら自虐を言う。アンナ・マローン監督がどういう人なのか少し理解できた。
家に到着する頃には暗くなり玄関に入ると母が出迎えに来た。
「おかえり~」
母は僕に抱き付き頬ずりをする。中々強く抱きしめてくるので苦しくなってくる。
「夕食にしようか。カレンも食べていきなさい一応アナタの分も作っておいたから」
一気に母の抱擁から解放され、母がカレンさんを夕食に誘う
「え!?いいんですか?ありがとうございます」
カレンさんの表情が今日一番明るくなった。
「どうせ。女の一人暮らし碌なもの食べてないんでしょ?」
母がカレンさんの生活を断定してきた。
「おっしゃる通りです」
カレンさんも一切否定はしなかった。
僕たちがダイニングルームへ移動すると三人分の夕食が用意されていたがメインの皿の上にはまだ何も乗っていなかった。
「今日の夕食は熟成肉のステーキよ」
母がキッチンに移動し準備を始める。
母は料理が上手く、色んな種類の料理を作ってくれるから飽きない。
色んな料理を作っては僕に『美味しかったか不味かったか正直に言って?』と訊いてくるのではっきりと言うつもりだが今のところ不味くて食べられないものは出てきたことがない。
「お母様はよくお料理をするんですか?」
「何さりげなくお母様って呼んでるのかな?」
母が目を見開きカレンさんを牽制する。
「すいません。調子に乗りました。サーシャさんってお料理とかするんですか?」
「当然するわ。子供の為に料理を作らないでなにが母親か?」
「素晴らしい心意気です」
カレンさんが感服していると母がテキパキとメインのステーキを焼き上げる。
「さ、出来たわよ」
料理が運ばれ、皆で食べ始めてから母がオーディションの事を訊く。
「オーディションはどうだった?」
「えっと、その場で決定って言われたよ」
僕が結果だけを言うとカレンさんが補足するように説明する。
「オーディションが始まってロア君は二人目だったんですけど。マローン監督のイメージにピッタリはまって、決定だそうです」
「なるほどね。やはりあの監督ただ者ではないようだな。ロア君の魅力を瞬時に理解するとは…恐るべし」
確かにただ者ではない勢いがあったな。
「あと控室でコリン・ハートにあったよ」
「ん?あ~あの子ねなんかよくテレビに出てる」
「凄く態度悪かったよ。机の上に両足を乗せてガムをクチャクチャしてた」
「え!?そんな悪い子なの?ちょっと引くわね。テレビだと如何にも聞き分けの良い子供なのに」
カレンさんも控室での『暴君』の話をしたかったのだろう告げ口するように言ってきた。
「テレビだとああいうキャラのほうが受けるとか言ってました」
「やはり裏表のないロア君こそ至高。というか私はコリン・ハートよりロア君の方がずっと可愛いと思っていたしーコリン君はまだ人間の領域でロア君は天使の領域だから比べるのがそもそも違うんだけどー」
母が頷きながら語る。なぜか語尾が伸びている。
「私もそう思っていました!」
急にカレンさんが力強く賛成する。
「それにしてもアナタよく食べるわね。私の二倍は食べてるんじゃない?」
母がカレンさんの食いっぷりに驚く
「でへへへ…」
照れくさそうにするカレンさん。
「褒めているわけじゃないけど」
「健康的でいいと思いますよ」
僕がカレンさんの食いっぷりを褒める。
「へ!?ありがとう」
今度は本気で照れるカレンさん。
「あんまりアホを褒めちゃ駄目よ。大事な日程をまた忘れるかもしれないし」
母が今日の日程を忘れたカレンさんに嫌味を言う。
「うっぐ!申し訳ございません」
話題を変えるようにカレンさんが僕に訊いてきた。
「ロア君はあんまり食べないね具合悪いの?」
「ううん。いつもこれ位しか食べれないんだ」
子供の身体になって当然だがあまり食べられなくってしまった。前世ではステーキなんて三人前は当たり前に食べていたが今では一人前でもちょっと苦しくなってしまう。食べるのが好きだったのでそこは少し残念である。
「そうそうアンタと違ってロア君は繊細なの」
「そんなー」
カレンさんが切ない顔で言った。
ポーラ・コロネ:30歳。アンナ・マローンの助監督でマローンを監督として尊敬はしているがそれ以上に変人と思っている。