オーディション~変人アンナ・マローン監督~
中々まとまらず時間が掛かってしまいました。
私は非常に困っている。
映画監督としてのこだわりを妥協しなくてはならないかもしれないからだ。
私が今手掛けている映画はこの国に昔からある物語を原作としたものだ。
その原作の名は『流浪のエルフ』というタイトルで、今から百五十年前からあるとされる物語。
この国に伝わるお伽噺で子供の頃に誰でも一度は耳にした事がある話だ。
物語の内容はとてもシンプルな構成だが、皆が心躍る冒険物語であらすじはこうだ。
『エルフの国には恐ろしい掟があった。千年に一度、最も魔力を秘めたエルフの少年を魔獣に差し出さなければならないという掟。
その掟に逆らった一人の女エルフが少年を連れ出し、幻想的な世界を旅する。その旅の中で様々な困難に出くわすが二人で力を合わせ世界の果てにあるという理想郷を目指す』
エルフとは人ならざる者で人間の数十倍の寿命と魔力を秘めた美しい容姿をした空想の種族だ。
この物語を聞いた女子達は皆そのヒロインに憧れ、エルフの少年がどんな姿なのか想像する。
今までこの物語は映画化されたことがない。なぜならこの独特の世界観を表現するには莫大な資金がかかる上にもしヒットしなかったらその損失は記録的なものとなるだろう。
だからこそやる価値があると私は思っている。皆が避けてきたこの物語を映像化するのは私しかいない。
だが大事なキャスティングがまだ決まらないのだ。
そう『エルフの少年』を誰にやらせるか未だに決定していない、これは大変繊細な問題だ。
なにせ皆頭の中で想像する少年のイメージが美化され過ぎて、そのイメージに合う少年が見つからないのだ。
ただでさえ少年のタレントは少なくしかもその中から『エルフの少年』のイメージに合う人間はどれほどいるというのか。
空想のエルフを探しにいくのと大して違わないのかもしれないと最近では思うぐらいだ。
映画には柱となるキャストが必ずいる。
物語を前進させるヒロインや映画の根幹を支えるヒーロー。はたまた主人公達に立ちふさがる強大な悪役。
今回の柱はやはり『エルフの少年』だ。このキャスティングを失敗すれば恐ろしい事が待っている。
かく言う私も『エルフの少年』はやはりピュアな少年のイメージがありこれだけは譲れないと思っている。
でもそろそろ決めなければならない。決まっていないのはこの『エルフの少年』だけで後はすべてキャスティング済みだ。
色々手は尽くしたが明日のオーディションが最期になるだろう。
翌日、私はゴールデン・ピクチャーズ・スタジオの地下駐車場に車を止め第一会議室に向かう。
中では会議用の長いテーブルとキャスター付きの椅子が用意されテーブルの上には『監督』と書かれた卓上名札。他にも右に『プロデューサー』左に『助監督』と書かれている。私は肩にかけているトートバッグをテーブルの上に置き着席する。
そろそろオーディションの予定時刻だ。審査員は私を含めた三人、プロデューサーのリンダ・デニッシュ。長年私と一緒に映画を作ってきた戦友だ。
もう一人は私の後継者というか下僕と言ったほうが正しいか、助監督のポーラ・コロネ。
そのポーラがオーディションの開始を告げ一人目の子役が部屋に入ってくる。
可愛らしい子供だがやはりイメージと違う。短い台本を渡し実技をしてもらうが何か違う、演技の上手い下手ではなくもっと根本的にタイプが違うのかいまいちピンとこなかった。
一人目の子役が面接を終え部屋を出る。それを見計らって隣のポーラが話しかける。
「監督今の子はどうでしたか?」
「違うな、悪くはないがタイプが違う」
「そうですか……やはり本命はコリン・ハート君でしょうかね」
「うーむ」
コリン・ハートかあの子は確かに可愛いが個性が強すぎる気がする。それとどことなくピュアさが足りないような……
二人目の子役が会議室のドアをノックし入ってくる。
「失礼します。アンタレスプロダクション所属のロア・グッドールです。よろしくお願いします」
その瞬間、世界が止まった。いや止まっているのは私だけだ目の前の少年は動いている。
何という事だこんな唐突に出会ってしまうものなのか。私は男の子の美しさに驚いた。
少年は耳が隠れるくらいのブロンドヘアーに青い瞳と白い肌私のイメージしていた『エルフの少年』に完全に合致していた。
私はゆっくりと椅子から立ち上がりつい言葉が出てしまう
「来た……キターーーー!」
「どうしたんですか。監督」
横からポーラが不安そうに喋りかける
「どうしたもこうしたもねぇよ。ピッタリじゃねーかよ」
今までキャスティング粘ってきて本当に良かった。
「何を言っているんですか監督」
「解んねーのかお前は!この運命的な出会いに!映画の神よ感謝いたします。いや運命の女神も一枚噛んでるとみたぞ」
リンダが相変わらず落ち着いた口調で話しかける。
「監督、落ち着きなさい。今はオーディション中よ」
これが落ち着いていられるか。
「監督、席に着いてください。男の子が怯えます」
ポーラとリンダが私を説得する。確かに興奮が収まらないが、今この子に怖がられて出演を蹴られたら元も子もない。
「うむ。すまない」
私は己を必死に抑えつけ席に着きポーラが質問をする。
「君はどうしてこのオーディションを受けたの?」
少年が真っすぐにこちらを見つめて答える。
「はい。それはマローン監督の映画が大好きで僕はまだデビューすらしていないんですが。是非、大好きなマローン監督の映画でデビューしてみたいと思ったからです」
この少年、今私の事を大好きって言ったか?ちょっとリンダに確認しよう。私はリンダの耳元で喋りかけた。
「リンダ。この子、私の事が大好きでマローン監督に僕の初体験を捧げたいって言った?ちょっと大胆じゃね?」
「言ってないわ。前歯折るわよ」
リンダは今まで間違ったことは一度も言った事がない女だ。
そんなリンダが即答し尚且つ私を軽蔑の眼差しで睨みつけながら答える。前歯を折られるのは困る、永久歯だからな。
私は立ち上がり少年に短い台本を渡す。
「それじゃ、このセリフ言ってみてくれるかい?」
「はい」
少年が台本を読む。その台本には『エルフの少年』の設定と代表的なセリフが書かれておりその場で渡すことで読解力と演技力を試せる。
『エルフの少年』は魔獣に差し出さなければならないという理由で赤ん坊のころから親元から離され隔離されて過ごしてきた。それ故周りの人間と深い関係にはならず、感情の起伏が乏しい少年だ。
感情があまりないキャラクターは演技をする上で声や表情で抑揚がつけづらくやり難い部類に入る。
少年はふっと役に入る。俯き小声で喋りだし、姿勢は肩をいくらか落とし目線は下のほうへ。先ほどまで目を見てハキハキとした受け答えをしていたのが嘘のようだ。
少年は台本に書かれているセリフをゆっくりと喋り始めてる。
『僕は外の世界を見てみたい。ここから僕を連れ出してくださいお願します。』
少年が目線を下から上へ最後は上目遣いでセリフを言う
このセリフは少年が初めて自分の意志で主人公にお願いをするシーンだ。
それにしても少年の上目遣いが堪らないね。私の大好物になりそうだ。
「ありがとう。いいよぉ、君いいよぉ下半身がワクワクしてきたよ」
純粋に少年を褒めると隣のリンダが私の頭を平手で叩いた。
「痛ったい。何をする」
「アナタこそ何を言っているのかしら?」
「へ?何が?褒めただけだが?」
リンダは相変わらず私に厳しい、長い間過ごしてきたから遠慮というものがない。
リンダは大概、非常識なものに怒りを覚えるようだ。
長い付き合いでそれが解ってきた。また私が非常識な事を言ったと怒っているのだろう。面白いヤツだ。
「えっと、ありがとうございます」
少年が控えめにお礼を言う。
最近の子役は生意気なのが多くなったがこの子のピュアさは私のイメージにピッタリだ。もう我慢ならん言っちゃおう。
「単刀直入に言おう、キミに決定する」
「え!?いいんですか?僕はまだ二人目であと何人かオーディション受けてないですよ?全員見てからの方がいいのでは?」
少年が驚いた表情で私に訊き返してくる。すると、リンダとポーラも驚いた表情で私の顔を両隣から見つめてくる。
「そうですよ。この子の言う通りですよ何もそんなすぐに決めなくても」
ポーラが困り顔で言ってくる
「良いんだよ。もう決めちゃったし後のオーディションは消化試合ってことで」
「そんな無茶苦茶な~リンダさんも止めてくださいよ」
ポーラがしょぼくれた顔になっている。
「マローン監督が決定したらテコでも動かないから諦めるしかないわ」
「そういう事だから後よろしく~」
私は立ち上がり帰り支度を始める。
「ちょっと待ってください。どこ行くんですか!」
「あ?帰って脚本を書くんだよバカタレ」
というか書きたくて堪らないだよ。
「いや、オーディションはどうするんですか!?」
「適当にやっとけ」
「え!?」
「ようやく最後のキャスティングが終わったんだ楽しくなるぞ~」
私は財布と携帯電話、必要書類が入ったトートバッグを肩にかける。
「あの、本当に僕でいいんですか?」
立ちあがった私に近づき少年が再度確認する。
「勿論!私のイメージにピッタリだったよ」
「ありがとうございます」
男の子にお礼言われるの気持いいなぁ。
「おう。これから頑張ろうぜ」
私はこれ以上ないという自然なタイミングで握手を求めた。
「はい!」
少年は元気よく返事し私の手を握る。
綺麗な男の子の小さな手を握り、その滑らかな手の感触を目を瞑り堪能する。
「あの……監督?」
目を瞑り恍惚としていると少年が不思議そうに訊いてくる。いかんいかんちょっと握り過ぎたか、これくらいにしておこう。
「凄く気持ちよかったよ」
「何がですか?」
少年が不思議そうに言う。勿論君の手の感触が。
「それは訊かないでくれ。じゃあな、アバヨ!」
私は颯爽と部屋を出る。
今日は素晴らしい日になった、あの少年がいればこの映画はもっと上へ行ける。
「ヒャッホー!」
私は帰り道、久しぶりにスキップをしながら帰った。
アンナ・マローン:40歳。良い映画を撮るためならどんな事でもする変人。たまに何を言っているのかわからない節がある