オーディション~カレンの失態~
「どうぞお納めください」
「うむ」
カレンさんはお菓子の入った箱を母に渡し母も表情を変えずにそれを受け取る。
二人の間には一体何があったのだろう。
「今日は映画のオーディションのお話が来ているのでその説明に来ました」
リビングのソファーに座る僕と母、向かいのソファーにカレンさんが座っている。
「どんな映画なんですか?」
するとカレンさんは嬉しそうに話しだした。
「映画のタイトルや内容はまだ不明ですが、映画監督があのアンナ・マローン監督なんですよ。私の大好きな監督で新しい映画が放映されれば必ず映画館に見に行くし作品もコメディーからSF。なんでも撮れる監督で海外からの評価も高いんです」
「確かに私も何本か見た事があるがハズレなしだったな」
母もカレンさんの意見に頷いている。
僕もマローン監督の作品は前から面白いなと思っていた。その面白さの根幹は最新技術を惜しげもなく使う所にあると思う。
カメラや照明器具など最新の機材をどんどん使いどこまで綺麗な映像が撮れるかを挑戦し続けるその姿勢に僕は尊敬をしている。
「カレンさん凄いじゃないですか!マローン監督の映画オーディションを受けられるなんて嬉しいです」
僕はカレンさんに素直に感謝した。
「でへへ、いやー前からこの話うちの事務所に入ってたんだけどオーディションを受けられる条件に男の子っていう条件があったから無理だなーって思ってたの。でもロア君が入ってくれたから本当に助かったよ。事務所としても初の男子タレントが『マローン監督作品』でデビュー何て最高の成果だしね」
「ロア君にとっても『マローン監督作品』でデビューするのは最高のスタートダッシュだと思うんだ」
カレンさんは僕が『マローン監督作品』でデビューすることが僕にとって一番いい事だと思ってくれていたんだと思い感動してしまった。
「僕受けます。日付はいつですか?」
「明日!」
「へ?」
「明日!」
やけに明るく同じことを二回答えるカレンさん。
だが急に表情は一変し、暗い顔で語りだす。
「ごめんなさい……私ね『男子タレントなんかいねーよ』と思って半分諦めてたから日付を忘れてて……申し訳ございません」
急な展開に僕の感動はどこかへ消滅していた。するとカレンさんはソファーから立ち上がり床に正座し手を組んで、まるで神に祈るように上目遣いで僕たちを見つめる。
「どうかお許しを……」
あれ?なんか可愛いぞ。
母が呆れ顔でカレンさんを見て呟く。
「あのさぁ……どうしてそんな重要な事忘れんの?あと上目遣いやめろ。鼻の骨へし折るぞ」
『女性は女性に厳しい』と聞くが本当の事のようだ。
この顔は怒りを通り越して呆れ果てている人間の顔だ。前世で見かけたことがある。
母の辛辣な言葉にうなだれてしまうカレンさん。
「カレンさん大丈夫だよ。僕頑張るからそんなに落ち込まないで」
カレンさんが可哀想になったのでフォローをする。というか過ぎた事をゴニョゴニョ言っても始まらないし頑張るしかないでしょ。
「おおぉ……天使さま。何と慈悲深い、愚かな私めを許してくださるとは感謝いたします」
カレンさんが平伏し感謝の言葉をならべる、そんな姿を見て母が淡々と語りだす。
「これが原因で準備不足になって、ロア君が少しでも恥をかくような事が起きれば私はお前を磨り潰すからなカレン。」
「へ?」
いまいち理解できていない表情をしているカレンさん。
その様子を見て母が付け足すように言う。
「これは何かを誇張して言っているのではなく、言葉通りお前の身体を物理的に磨り潰す。業務用の機械を使い磨り潰す」
「あの、お母様それは……」
カレンさんが不安そうに言う、すると母が立ちあがり。
「誰がお母様じゃい!お前にお母様と言われる筋合いはねーんだよボケが!私をお母さんと言っていいのは世界では唯一人しかいねーんだよ!」
カレンさんを捲し立てる母。
「ヒッ!?申し訳ございません!」
カレンさんが床に額を付けて謝罪をした。
「お母さん落ち着いて」
僕が母に正面から抱き付き制止する。
僕の身体はまだ十歳の子供なので振り解こうとすれば簡単に振りほどけるが母はそんな事はしない。つまり、制止するにはこれで十分なのだ。
母は正気に戻りいつもの優しい表情で僕を抱きしめる。
「よしよし、こんな凡骨を庇うなんて優しいんだね」
僕の頭を優しく撫でながら言う。
「誰だってミスはするよ人間だもの」
この一言で母は納得し場を治める事ができた。言葉は偉大だね。
カレンさんはその後謝り続け。明日の放課後、学校に迎えに行きそのままオーディション会場へ直行するという予定を立てて我が家を後にした。