映画の予告編をみるととりあえずワクワクしますよ。 byロア・グッドール
遅れてすいません。色々バタバタやってたらめっちゃ遅れてしまいました。
編集室で黙々とPCに向かい作業をし続ける一人の女性。
女性の顔は疲れ切っていて、連日の激務によるものだ。
「監督、指示通りにできました。このままアップロードします」
女性はキーボードのエンターキーを押し意識を失った。彼女は深い眠りについてしまった。
ロケ撮影は天候などの影響で遅れはしたがそれでも確実にスケジュールを消化しつつあった。
ここは緑生い茂るジャングル。熱帯地域特有の湿度と気温で何もしていなくても汗が噴き出してくる。ついこの間まで寒い場所で撮影していたのが嘘のようである。
過酷な環境ではあるがそんな中でも撮影は続行される。というかいつでも蒸し暑いので速やかにスケジュールを消化したいという共通の認識が僕たちキャストやスタッフの中に芽生えている。
ジャングルの開けた土地にトレーラーを何十台も配置。撮影拠点として利用する事で移動と設営をスムーズに行える。
そんなロケ撮影の合間にソフィアさんがノートパソコンを持って僕の所にやって来た。
僕専用のトレーラーハウスの中に入りソフィアさんがノートパソコンをテーブルの上に置く。
「ロア君、ついさっきね私たちの映画の予告編が公開されたんだよ」
「え!?そうなんですか!?」
「そうそう、三十秒の短いものだけどね」
「でも、まだ撮り終えてないシーンもあるのによく作れましたね」
「とりあえず出来上がったシーンをつなげてみた感じだとおもうよ」
「ソフィアさんも見てないんですか?」
「うん、ロア君と一緒に見たくって……」
「だからノートパソコンを持ってきたんですね」
「そうなの、このパソコンでインターネットに公開された予告編を見ようと思って」
「え?でもここジャングルですよ?インターネットに繋がるんですか?」
「ロア君……今はジャングルでも電波が入る時代なんだよ。昔はジャングルに電波なんて無理無理って言われてたらしいけど」
「え!?そうなんですか!」
「だってジャングルに住む先住民族の人たちが観光業を始めてる時代だよ?スケジュール管理も観光客との連絡も全部インターネットを使ってるわ」
「いやそれは……何か聞きたくない裏側というか……」
技術の進歩って目覚ましいな。昔は携帯電話に中々電波が入らなくて電波を探して歩き回った時代が懐かしいな。
「大手の動画サイトで見た方がコメントとかあるし速いかな?」
「そうですね。見てくれた人たちの反応も気になりますし」
ソフィアさんはパソコンを操作し大手動画サイト『カムチューブ』を開く。ちなみにカムチューブの動画投稿で生計を立てている人を『カムチューバ―』と呼び、子供たち憧れの職業となっている。
「あったよ、これだね」
ソフィアさんが動画のサムネイルをクリックする。
「あ!始まった!」
僕はソフィアさんに肩を寄せてパソコンの画面を見る。
静かなBGMから壮大なBGMへと音楽が徐々に大きくなっていく、視聴者の期待を煽っているようだ。
すると大木の枝を素早く飛び移るマントを着た人影。ソフィアさんが演じる『メイサ』だ。そしてその後を追いかけるのがシンディさん演じる『プルート』。
ソフィアさんが後ろを振り返り逃げ切れないと判断するや腰に差していた剣を鞘から引き抜き構える。シンディさんもその動きに何の驚きを示さず自分も細身の剣を腰から抜く。
二人の木の上で行うアクションシーンが展開される。僕はこのシーンを撮影時に見ていたがCGの合成やカメラワークが加わる事で臨場感が増している。
ほんの数秒の映像だがこのシーンを完成させるのに一体どれほどの時間が掛かったのか僕には想像もできないな。
予告編なので次々とシーンが変わっていく、美しい自然の風景やCG技術を駆使した怪物たちも登場してきた。僕は自分の出ているシーンがどんな形で編集されたのか気になりワクワクして待っていたが中々出てこない。
30秒の動画のシークバーが左から右に流れ、終わりが近づいてくる。残り5秒くらいになって場面が滝のシーンになる。そこからカメラが引いて一人の人間の背中が映し出される。
この場面には見覚えがある。ようやく僕の出番だと思ったら、画面が真っ暗になり動画が終了した。
「え!?ナンデ!?オカシイヨ!?」
隣にいるソフィアさんが切羽詰まったような声を上げる。
「確かにおかしいですよね。あの後もちゃんと撮ったはずなんですけど時間の問題で入れられなかったとか?」
「そっか……ショートバージョンだからここまでですよって感じかな?」
「う~ん……」
僕とソフィアさんが頭を捻るが答えは出てこない。
するとそこに僕のトレーラーハウスの扉をノックする音が聞こえる。
「あ、どうぞー」
僕は反射的に返事をし中に入る事を了承する。
「ねぇねぇ~、ロア君~映画の予告編が動画サイトにアップされたから一緒に見よ!」
シンディさんがノートパソコンを片手に部屋に入ってくる。
「残念でした~私ともう見ちゃいましたよ先輩!」
ソフィアさんが鬼の首を取ったように高らかに宣言する。
「はぁ?」
シンディさんが露骨にがっかりし天を仰ぐ。
「くそぁ~ロア君の動画童貞が~ソフィアに奪われるなんて~」
「動画童貞って何ですか?セクハラですか?」
確かに動画童貞って何だろう?『初見』の事を卑猥に表現したのかな?
「これが寝取られる感覚NTRなのか~」
「寝取られるって?いつからロア君は先輩のものになったんですか?どれだけのアルコールを摂取したらそういう脳みそになるのかとても疑問です」
シンディさんの言葉を真に受けていたら話が進まないので僕は流すことにした。
「シンディさん、予告編を見てくださいよ。僕の出番がほとんどないし後ろ姿だけだから誰だか解らないんですよ」
「え?そうなの~?ちょっと待って私も見るから」
シンディさんがノートパソコンに表示されている動画の再生ボタンをクリックする。
僕とソフィアさんはもう一度予告編の動画を、何か見落としがないかと画面の中を注意深く見る。
30秒の動画が終わりシンディさんが呟く。
「ロア君は監督に嫌われているのかもしれない」
「え!?」
監督に好かれていない?まさか僕の演技に実は全く納得していなくて使える所がこの背中のワンシーンだけだったとか?
確かに監督は今まで僕に対して演技のダメ出しをあまりしてこなかった気がする。あれはダメ出しをした所で直らないから見限ったって事なのか。
「先輩、流石にそれはないでしょ」
「だよね~」
首を傾けおどけるシンディさん。
「いえ、これは一大事です。監督が僕の事を嫌っている可能性は無きにしも非ず」
僕の立ちあがる姿を見てシンディさんが驚いた顔をしている。
「急にどうしたの~?」
「僕、直接確かめてきます」
「え?確かめるって監督に直接聞きに行くの?」
「そうです。不安の種を抱えたまま撮影を続けるの精神的に良くないです」
僕は自分のトレーラーハウスを出るため扉の前に立つ。
「あ!二人はゆっくりしていってください」
シンディさんも立ち上がり僕の横に並ぶ。
「いや~、そういう訳にはいかないさ。私の発言で抱いた疑念ならば私もついていかねばなるまいね」
「そういう事で、私はロア君と一緒に監督の所に行ってくる。アバヨ!」
僕とシンディさんはトレーラーハウスを後にする。
「展開が早くて置いて行かれた……それに何?『アバヨ』って」
トレーラーハウスを後にした僕とシンディさんは監督がどこにいるのか探す。
いつも監督が出入りしているトレーラーハウス。スタッフとの打ち合わせや撮影スケジュール日程を決めたりしている。
「監督がよく出入りしているのを見ますよね」
「そうだね~大体ここに入ってスタッフと擦った揉んだしているよね」
「でも何か話し合ってたら邪魔になっちゃうからまずは覗くだけにしときましょう」
僕たちは扉を少し開け隙間から中の様子を窺うと中には監督が一人ノートパソコンに向かって何かを打ち込んでいた。
「監督~今いいですか?」
僕たちはトレーラーハウスの中に入る。
「お?どうした」
「ロア君が~訊きたい事があるんだって」
「え!?彼氏はいないよ!勿論付き合うよ!愛の告白でしょ?」
「は?」
シンディさんが目を見開いて監督を睨み付ける。
「冗談だよ……そんなに眼を見開くなって、それより何だい?訊きたいことって」
「監督!僕たちの映画の予告編を見ました」
「お!見てくれたか、急ピッチで作ったモノだから短いがそれでも中々まとまってはいただろう。スタッフがギリギリまで頑張ったからな」
「それであの……気になったことがありまして」
「何だい?」
「僕の映っているシーンが最後の5秒ぐらいしかないんですけど。それはどうしてなんですか?」
監督が不敵な笑みを浮かべ、嬉しそうに答える。
「フフフ……ロア君の後ろ姿は見ている人達の想像をかきたてる意味があるんだよ」
「僕の背中が?」
「なるほどね~そういう事か~」
シンディさんは手を叩き何か納得したようだ。
「シンディさんどういう事ですか?」
「あれはチラリズムなんだよ!」
「は?」
僕は首を傾げるが監督は納得しているように目を瞑りうなずく
「そう、人間は見えない部分をつい想像してしまう。男の子のショートパンツの隙間やシャツの裾から見えるおへそ。今回のロア君の後ろ姿は女たちの想像力を一気に拡げる役割を持つ。『みえない部分』なんだよ」
なるほど、週刊誌の袋とじのような役割って事なのかな。見えないから見てみたいという人間の心理をついているという事か。
「事実この動画のコメント欄を見てみるといい」
僕は監督のノートパソコンを覗くと沢山のコメントが寄せられていた。『最後の人物は男?女?』や『男っぽい女でしょ』『あれは男、私はそういうのに詳しいんだ』など男女のどちらなのかを皆で議論している。
「これが私の狙いさ」
監督は机に肘を付頬杖をしながらドヤ顔で言った。
「これって……みんなが予想してるこの状況がですか?」
「そういう事。映画の内容で期待させるのはどの映画でもやってる事、視聴者は驚きと発見を求めているのさ」
「なるほど!」
この事については僕も大いに納得する。
「それに宣伝費って高いじゃん?しかも高い割にあんまり効果が出ない場合もあるし。でも見てる人が話題に上げてくれれば自動で宣伝してくれてるってわけ」
「流石です。監督、僕はてっきり自分の演技が気に入らないからあんな編集にしたのかと思ってました」
「そんな訳ないじゃん。私はね、ロア君の台本を読んでからの読解力が一朝一夕では得られない下積み感が出てて最高に萌えるんだよね」
一体どういうことだ。まさか監督は僕が転生した人間だと薄々感づいているのか。
「い、いや~そんな嬉しいです。褒めてもらえるなんて」
僕褒められてるよね?このリアクションであってるよね。
「監督~ロア君が下積みなんてありえないでしょ~。あるとすれば前世で役者をやっていて前世の記憶をそのままに生まれ変わるしかないっしょ~」
「それもそうか!ワハハハハハ……!」
何これ怖い。これが『女の勘』ってやつなの?
シンディさんと監督が大声で笑い合う中僕は愛想笑いを浮かべた。
~なぜ人は厳しい現実世界で生きなければならないのか?
なぜ人は逆転世界に行けないのか?不思議である~
ワンチャン・ドラム




