バードウォッチングをしよう。byソフィア・フランソワーズ
しばらく主人公視点はやってないですが気にしてはダメです。
最近私は新たな趣味に目覚めた。それはバードウォッチングである。
なぜか妙に鳥というものが見たくなったのだ。そのためにバードウォッチング用の双眼鏡をネット通販サイト『サバンナ』で購入し今日初めて使うのだ。
今も撮影スタジオの屋上を目指しビルの外壁に取り付けられた鉄製の梯子を上っている。首からは買ったばかりの双眼鏡を提げて一段一段確実に上っていく。
屋上に到着し双眼鏡を構える。鳥はいないかと探していると、たまたま屋外の滝のセットで撮影が行われていた。
私は偶然にもロア君の濡れ透けシーンを見てしまう訳なのだが、これはあくまでも『たまたま』であり偶然以外の何物でもないのだ。そう、本当だ信じて欲しい。
「ウッヒョ!マジですか!?」
困ったことに凄くスケスケです、どうもありがとうございました。双眼鏡を構える手に力が入る。衣装が濡れて肌にピッタリ吸い付いて体のラインが良く解る。
あの突起は乳首ではないのか?ほのかにピンク色をしているのだ間違いない。
「はぁはぁ……」
自分の呼吸が荒くなっている事に気づいた。やはり美少年は無邪気で可憐。見ていると身体の内側から活力が溢れ出してくる。
私は鼻の奥から何か暖かい液体が垂れてくる感覚に気づいた。それは紛れもなく鼻血であり、溢れ出てくるものは活力などではなく血液であった。女なのだからこれは致し方のない事、軽蔑しないで欲しい。
おっといけない、私はバードウォッチングをしに来たのだった。鼻から出た血液を持参したポケットティッシュで拭い、双眼鏡をもう一度のぞき込む。ゴミの集積所にカラスが集まっているな、ゴミでも漁ってるのだろう。
よし次の鳥は何処かな……滝の撮影セットにいるかもしれないな。もう一度よく観察してみよう。
どうやら撮影は順調に進んでいるようで一回休憩を挟むようだ。ロア君が水から上がりバスタオルで顔や髪を拭いている。風邪を引いたら大変だからしっかり拭かないと。
あの顔や髪を拭いたバスタオルは何とかして手に入れられないだろうか、とても欲しいのだが……。
などと考えているとロア君が笑顔で会話をしている事に気づく、監督と誰だか解らないネズミ色のパーカーの女。
「誰だ?どこかで見覚えがあるぞ」
私はネズミ女を双眼鏡越しに凝視し脳内で検索を始める。
あれはドスケベチャラ女のシンディ先輩だ。普段から派手めな格好をしているからすぐには解らなかったがあの女は紛れもなくシンディ!
何故あの現場にいるのだろうか。私と同様、出番はないはずなのに笑顔で会話をしている。私の中で嫉妬の炎が燃え上がる。
「私は何故この屋上に来て遠くから観察をしているの?」「出番もないのに私があの場にいるのはおかしいからでしょ?」「バードウォッチング?今はそんな事言っている場合ではない」でもあのシンディ先輩はなぜか現場で楽しそうに会話をしている。
シンディ先輩もあのシーンには出番はないはずなのに、私は自問自答を繰り返す。理解できないことが多くあり過ぎてパニックを起こしていた。
私は登って来た梯子を勢いよく降り、滝の屋外セットに急行する。こんな事あってはならないのだ、ロア君の『濡れ透け』をあんな間近で大した理由もなく見るなんて羨ましい!じゃなくて卑怯だ!
私が我慢して屋上から覗いているっていうのに……。つい本音が出てしまった。
私が現場に駆け付けると監督と先輩、それと当然ながら『濡れ透け』状態のロア君である。
正確に言うとその場でロア君を直視出来なかったので、チラ見での判断でビショビショのスケスケであった。
遠くから見る分には何とも無かったのに近くまで来るとどうしても直視できないのだ。それでも私はビショビショのスケスケだと思ったのである?私は何が言いたいのだろうか……。
少し落ち着くとしよう。私はシンディ先輩と監督を見る、二人も私に気が付いたようでこっちを見てくる。
「あれ?ソフィアも見に来たのか?」
監督が私に尋ねるが私は何て答えたら良いのか解らず口ごもる。
「い、いやその……あの……」
急行している最中は悔しさと怒りで頭が一杯だった為に、何の理由も考えずに急行してしまった事に後悔をする。
「ソフィアさんも見に来てくれたんですか?僕の見せ場を」
するとバスタオルで髪を拭きながらロア君が私に近づいてくる。
「ふぇ!?う、うん。そうなんだ……いやー大変な撮影になるんじゃないかと思って、ついきちゃったよ。あはは……」
私は目の前に現れた『濡れ透け』状態のロア君をチラチラ見ながら答える。
「そんなに大変じゃないですよ。スタッフの皆さんの段取りがとっても良いので撮影は順調にいってますから」
「いやー私が言いたいのはそうじゃなくて身体が冷えて風邪を引いたりしちゃうかもしれないなーって意味でー」
私は直視できない恥ずかしさでロア君の使っているバスタオルを手に取りロア君の髪を拭く。
「拭いてくれるんですか?ありがとうございます」
ロア君は頭を差し出すように私に委ねる。
「それぐらいの事は私にだってできるから……でへへ……」
私は優しくロア君の髪を拭いていると横から私の手首を掴む者が現れた。シンディ先輩である。
「さっきから何やってんの?」
シンディ先輩が眉間に皺を寄せ眉毛を八の字にし私に尋ねてきた。流石にこれはおかしな事をしていると思う。だっていきなり現れて男の子の頭を拭くってどういう状況か私にもよく解らない。
恥ずかしさと焦りで訳のわからない行動をとってしまった。私はどうにか弁明しようとする。
「いや、あのこれは……何と言いましょうか。その……」
「横から出てきておかしいだろ。替われ」
「え?」
シンディ先輩が半ば強引に私からバスタオルを奪い取ると今度はシンディ先輩がロア君の頭を拭きだす。
「ロアく~ん大丈夫?寒くない~?」
「あれ?今度はシンディさんが拭いてくれるんですか?」
「そうだよ~丁寧に拭かないとね~風邪引いちゃうから~」
さらに横から監督が出てきた。
「拭き方がなっちゃいね~な。替われメスガキ」
更に監督がバスタオルを奪う。
「今度は監督ですか?もう乾いたんじゃないんですか?」
「そんな事無いってまだ濡れてるって」
私から始めた事だがとても羨ましいと思い、もっとロア君と触れ合いたいと思ってしまう。
「あの……そろそろ次は私の番ですよね監督?」
バスタオルに触れようとすると、ロア君専属のスタイリストが私の手を恐ろしく速い手刀で叩き落とす。私でなくては見逃してしまうだろう。
「そろそろロア君には着替えてもらいたいので手を離してください」
そこには有無を言わせない女の顔があった、これを凄みというのだろう。この言葉に監督も身の危険を感じ取り素直に手を離す。
スタイリストはロア君を連れ着替えとメイク直しをするためこの場を後にする。
離れていくロア君を見送っていると、シンディ先輩が下から覗きこむように問いかける。
「随分と急いで来たようだね~一体何の用があったのかな?ん?」
「え?いや私はロア君を応援しようと駆けつけたまででして深い意味はないですよ」
私は視線を逸らしながら答える。
「それに首から提げたその立派な双眼鏡は何なのかな~?」
シンディ先輩が私の双眼鏡を人差し指でつつく。
「これはその……鳥を眺めるために用意したものでして……」
「と~り~?いつからそんな高尚な趣味に目覚めたのかな?真新しい双眼鏡でこの現場を覗いてたんじゃないのかな~?」
「いや、その……偶然です。たまたま鳥を探している時に皆さんを見つけたんです」
「それは無理あるな~この辺じゃカラスぐらいしか見つけられないだろ?本当に見たかったのはロア君なんだろ?コソコソ隠れてその双眼鏡でロア君を覗き見してたんだろ?この変態め!」
「へ、変態!?」
「そうさお前は変態さ、認めろよ。言い訳せずに楽になっちゃえよ~」
シンディ先輩に詰め寄られていると監督が目を細めながら言う。
「コソコソ隠れて覗いてたのはシンディ、お前もだろ!」
シンディ先輩の動きが固まる。
「コソコソ隠れて少しでもロア君に近づこうとしてただろーが!」
監督は呆れながら私たち二人を見る。私をあれだけ責めていたシンディ先輩が硬直している。
「かんとく~それは終わった話でしょ~よ。それにロア君の許可は取れてるじゃないですか~」
シンディ先輩が監督の方を振り返り媚びへつらうように言う。
「そんな!?先輩も同じような事をしていて、それでも私を責めていたなんて最低です。見損ないました。今までほんのちょっぴり尊敬していたのに裏切られました」
私は鬼の首を取ったようにここぞとばかりにシンディ先輩を責める。
「あなたのような人がいるからっ……」
私が更にシンディ先輩を追及しようとすると監督が突然私たち二人を力強く抱き寄せる。
「もう止せ!もういいだろ。私たちは皆罪人なんだ、これ以上言い争う事に何の意味があるんだ!」
「か、かんとくぅ……」
私たち二人は声を揃え監督と抱擁を交わす。そう私たちは同じ穴の貉なのだ。これ以上の争いはあまりに無益なんだ。
私たちの間に言葉はいらない。お互いを理解し合う事の素晴らしさを感じ、目尻から一筋の涙が零れる。




