撮影開始とチャラ女
撮影スタジオの朝は早い。
というより朝も夜も誰かしら働いていると言ったほうが正しいのだろう。
僕も朝早くスタジオに来て、まずは用意された衣装に着替える。
次にメイクだ。顔に特殊メイクを施す訳ではないので比較的早く終わる。強いて言えばエルフらしい尖った耳を付けるぐらいだろう。
エルフの耳は僕専用に作られたもので僕の耳の形を型でとり上から被せる形で取り付ける。そのまま覆い被せると音が聞こえずらくなってしまうので耳の穴部分をくり抜いた形をしている。
僕の耳に覆い被せたらエルフの耳と僕の耳を違和感が出ない様に馴染ませるように筆などで肌と作り物の境界線を塗っていく。それを両方の耳でやると一時間ほどで完成だ。
撮影スタジオはとても広い倉庫のようで数十メートルはある高い天井にサッカーコートがすっぽりと収まりそうな床面積だ。
スタジオにはいくつもの木や岩などの美術セットや撮影機材が置いてあり数百人のスタッフがそれぞれ作業をしている。
すると監督がメガホンで作業している皆に声をかける。スタッフ全員が一時作業を止め監督の周りに集まってくる。
「みんな今日から撮影がスタートする。今日という日を無事迎えることができて私は喜んでいる。そして今日から鬼のように忙しくなるぞ」
皆が微笑む。これが監督なりの挨拶らしい。
「そうそう、まだ知らないスタッフもいると思うから。一応紹介しておく最後までキャスティングが決まらなかったディーノ役のロア君だ」
監督が唐突に僕を紹介する。
ちなみに今回の映画の主要キャラは僕が演じる『ディーノ』。ソフィアさんが演じるエルフの戦士『メイサ』。僕たちを狙うダークエルフの暗殺者『プルート』の三人になっている。
「ディーノ役のロア・グッドールです。よろしくお願いします」
スタッフ全員が盛大な拍手と指笛で僕を歓迎してくれる。こんなに暖かく迎えてくれるなんて幸せだな。
「おーおー、もうその辺でいいぞ。歓迎してるのはよーく解ったから」
監督が皆を制止しようとするが一向に拍手が鳴りやまない。
「あーもういいって!解ったから!」
監督がもう一度言うが状況は変わらない。
「見とれてんじゃねーよ!さっさと持ち場に戻れ!仕事しろ!」
監督が大声で叫ぶとようやく皆拍手を止め散り散りに持ち場に戻っていく。
「みんなから歓迎されてるみたいで良かったです」
「確かに歓迎されている。今もチラチラ見てる奴もいるしな」
監督が周りのスタッフに目を光らせる。
「そういえばこれからソフィア達のアクションシーンを撮るんだけど見てく?」
「是非見たいです」
監督が森のセットに歩んでいく。僕も後を追う。森のセットの前で沢山のカメラや高そうな撮影機材が並んでいる。
この森のセットで撮るアクションシーンはソフィアさんが演じるキャラクター『メイサ』とそのライバルの『プルート』が戦う映画序盤の見せ場となる戦闘シーンだ。
スタジオの中で再現された樹木はとても作り物とは思えない質感をしている。実際は発泡スチロールなどで作られているらしいが木に着いたコケなどは本物をつかっている。
僕もセットの木をつい触ってみたくなる。触ってみて初めて作り物なんだと理解できる。しかもこの樹木の太い枝は人が乗っても大丈夫なように骨組みをしっかりと作り強度を増しているという。
本番の撮影ではこの沢山ならんだ樹木の枝や幹をワイヤーで吊り下げた役者が飛び回りながら戦闘シーンを撮っていくらしい。
「あー!悪戯してるー」
後ろから声がしたので僕はすぐに振り返る。すると僕の後ろにいたのは今回の映画の主要キャラの一人でダークエルフの暗殺者『プルート』を演じているシンディ・プルトップさんだ。
身長が高くスタイルもよく引き締まった身体。髪はロングでストレート艶のある綺麗な髪で顔はスッキリとした涼しげな印象を受ける。今回はダークエルフという役柄なので髪は白く脱色し全身を褐色の肌にメイクしている。
黒い革のチューブトップとスタイルの良さが引き立つ黒いホットパンツに黒いロングブーツ。暗殺者という設定なので黒を基調としたデザインにファンタジックな模様を衣装にあしらっている。
「悪戯なんてしてないですよ!」
悪いことをしたわけではないがつい必死に否定してしまう。
「本当かな~?」
シンディさんが僕の顔をのぞき込む。髪から香水だろうか、とても良い匂いがする。
このシンディさんとは何日か前に顔合わせをしているので初対面という訳ではないがつい照れてしまう。
「本当です」
僕は目を逸らし応える。
「君のそういう所カワイイ~ネ~」
僕の両頬を手で挟み笑顔で言う。なんていうんだろう、この人軽いなぁ。
「ねぇ今日ランチ一緒に食べな~い?」
手を離しながら昼食の誘いをするシンディさん。
「ふぇ?いいですよ」
女性からのお誘いは断るわけにはいかないな。
すると、シンディさんの背後に誰か立っているようだ。シンディさんとは対照的な活発なスポーティ美人ソフィアさんだ。
「随分と仲がよろしいようですね。先輩」
「待ち時間にロア君がいたからランチに誘ってたのよ~。この子カワイイヨネ~」
「ええ、同感です。それと私もランチご一緒しますね」
「おいおい、そこは察しなさ~い?野暮ってもんでしょ~」
シンディさんが肘をソフィアさんに軽く当てている。二人は映画では敵同士だが普段はとても仲が良い先輩後輩の関係らしい。
「私野暮な女なので解りません。察しません」
「も~参ったな~……でも今日の所はそれでいいわ~」
すると監督がメガホンで指示を出す、撮影が始まるようだ。
「お!そろそろ本番かな。じゃ~ね~ロア君またね~」
シンディさんは手を振りながら森のセットに向かう。
「ロア君。あの人にあんまり甘くしちゃ駄目だよ」
ソフィアさんが僕に耳打ちをしてきた。
「どうしてですか?」
「あの人無類の男好きで色んな男性にちょっかい出す悪い女なんだから。噂だけど」
「へーそんな風には見えなかったですけど」
「ロア君も気を付けないと、その……あの……色々と……」
「どうしたんですか?」
ソフィアさんが言い淀み顔を赤くしている。何か言いにくい事でもあるのか?
「後になってからでは取り返しのつかないような嫌な出来事が起きるというか。その……あの……」
随分と歯切れの悪い言い方をするがおそらく遠回しに僕が口説かれて性的な関係になる事を言いたいのかな?でも僕の方から言うのも何かおかしいし。ましてや僕の想像が間違っていたら恥ずかしいし恍ける方が無難かな。
「ソフィアさん何が言いたいんですか?はっきり言って下さい」
「へ!?いやそのだからね。私が言いたいのは……」
ソフィアさんの目が泳ぐ明らかに焦っている。
「はい、一体何ですか?」
「うぅ……イヤラシイ事をされちゃうかもしれないよって事なんだけど」
とりあえず僕の想像は正しいようだ。ソフィアさんが顔を赤くしてモジモジしている姿はとても可愛いく思えた。
「え?それはないですよ。僕なんてシンディさんから見れば子供でしょ?」
これは本心で思った。あんな美人がわざわざ男とはいえまだ子供の僕に欲情したりはしないと思う。
「甘いよ、甘すぎだよ。中には幼ければ幼いほどいいって言う女だっているんだよ?気を付けないと大変な事に」
「それでも今日のランチぐらいは一緒に食べてもいいですよね?ソフィアさんも一緒だし」
「うぅ……確かにランチぐらいなら」
「それとソフィアさん。もうそろそろ行かないと撮影始まっちゃうんじゃないですか?」
「え!?そっかそうだよね」
「主役がいないと皆困っちゃいますよ」
「そうだよね。じゃ行ってくるね」
ソフィアさんが小走りで森のセットへ向かう。撮影が開始されると現場の雰囲気も緊張感を持ち始めさっきまで明るくお喋りしていたシンディさんも真剣な表情でアクションに臨む。
大きな木の枝から枝へワイヤーで繋がれたキャスト達が飛び交いながら戦いを繰り広げていく、クレーンカメラもその動きを逃すまいと慌ただしく動き回る。
シンディさんとソフィアさんの二人はアクションシーンが多いため撮影が始まる前から共にトレーニングを積み重ねていたらしく撮影初日といえど動きがとても滑らかだ。
お互いを信頼していなくてはできない阿吽の呼吸でアクションをこなしていく
すると監督が『カット!』とマイクを使いスタジオのスピーカーで撮影を一時止める。カットの号令とともにキャスト達が木のセットから降りてくる。
「ちょっと来てくれー」
監督が主要キャスト二人を呼び撮ったばかりの戦闘シーンを見せていく
「ここの剣を受け流す所が少し無理があるな。もっと身体全体を使って受け流してほしい腕だけではなく」
監督の指示を聞き頷く二人だが木の上で動き回っていたせいで二人とも肩で息をしている状態だ。
「少し休憩しようか」
監督がスタッフとキャストに休憩させる。続けて撮るには体力的にも厳しいという判断なのだろう。
僕は早速二人に駆け寄り話しかける。二人は肩を並べ椅子に座っている
「お疲れ様です。とっても格好良かったですよ」
「ありがと~。あれ?座る所ないなら私の膝へカモ~ン」
シンディさんが笑顔で自分の膝を軽く叩きながら僕を呼ぶ
「いや、僕は立ったままでいいですよ」
「そうですね。では遠慮なく」
ソフィアさんがわざわざ椅子から立ち上がりシンディさんの膝の上に腰かける。
「重い痛い!お前に言ったんじゃないの!このデカいケツをどけて~!」
シンディさんは文句を言うとソフィアさんのナイスヒップを横から平手打ちをする。それでも微動だにしないソフィアさん。
「いえ、このまま先輩の膝を破壊するまで退きません。ロア君良かったらその椅子を使って?私には先輩の膝があるので大丈夫です」
「ううぅ……このデカ尻女め。これでもくらえー!」
シンディさんはソフィアさんのヒップを渾身の力でつねり捩じる。これには流石のソフィアさんも飛び上がる。二人のやり取りを見ていると本当に仲が良いんだなと思う。
二人で今まで映画の為に準備してきた時間の長さがあってのやり取りだろう。二人の間に遠慮と言う言葉は存在しないのだ。
「本当可愛くない後輩よ!バーカバーカ!」
シンディさんは自分の両ひざと太ももを両手でさすりながら痛みを和らげようとする。
「二人とも本当に仲が良いんですね。とても羨ましいです」
「私はロア君と仲良くしたいなぁ~」
シンディさんが首を傾げ甘えるように僕の方を見る。
「ロア君目を合わせてはいけません。軽薄さがうつってしまいます」
ソフィアさんが僕の両目を手で隠し視界が真っ暗になる。
「ひどーい、何この後輩信じらんな~い」
すると監督が撮影再開の指示を出す。すると周りにいたスタッフやエキストラの人たちがぞろぞろと自分の持ち場に戻っていく
「さぁ!再開しますよ先輩!行きましょう!」
ソフィアさんが元気よく持ち場に戻っていくシンディさんもすぐ後についていく
「覚えてなさい。ぶちのめしてやるから」
「先輩、勝手に台本を変えないでください。ぶちのめすのは私なんですから」
ソフィアさん達は小競り合いをしながら美術セットの方に向かっていく。
シンディ・プルトップ:切れ長の目とストレートヘアでクールな第一印象を受けるがとにかくお調子者で男癖が悪くチャラい。




