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映画にはトラブルがつきものなんです。byリンダ・デニッシュ

色々と忙しくて更新できませんでした申し訳ございません。定期的に更新できる人を尊敬しちゃいます。

映画製作にはトラブルが付き物だ。

どんなに準備してもトラブルは出てくる。ただ、準備をする事でトラブルの数を減らす事は可能である。

私リンダ・デニッシュの仕事はそのトラブルをどれだけ少なくできるかである。

スタッフの手配や機材の搬出と搬入、ロケ撮影のスケジュール。準備すべきことは山のようにあり一度撮影が始まれば止まっていられない。

集めた人員を一度手放せば費用はかさみスケジュールもどんどんズレていく映画撮影の恐ろしい所だ。


今も私はあるトラブルの収拾をしなくてはならない。

だが、この案件はマローン監督と話し合う必要がある。重要な案件で今からマローン監督に電話するのがとても気が重い。

それでも私は意を決しマローン監督に電話をする。


「もしもし、監督は今どちらにいますか?」


「うん?今は衣装スタッフと打ち合わせをしているがどうした?」


「トラブル発生です。これから会う事はできますか?」


「解った。今からそっちに向かう第五会議室で待っててくれ」


私は第五会議室でマローン監督を待つ。

するとゆっくりと扉が開く。髪はボサボサで元々癖毛で更に寝癖もついて頭が大きく見える。

半袖のシャツにデニムというラフな格好で登場するいつものマローン監督だ。


「なんだ?トラブルって」


監督は開口一番に聞いてきた。


「監督が新たに書き下ろした脚本にストップがかかりました」


「は?何をいまさら一週間後には撮影が始まるんだぞ。どこの誰だ美術か?スケジュールか?」


「違います。男性映像倫理委員会です」


私がそう告げると監督は力なく近くの椅子に座った。


「このタイミングでそれはないだろ。スタッフはみんな大忙しで準備しているしロケ撮影のスケジュールももう組んであるんだぞ」


監督は大きな溜息をつきうなだれているようだ。

それもそのはず『男性映像倫理委員会』とは青少年の健全な育成と過激な映像表現を抑止する事を目的とした政府機関であり、特に男性の過度な肌の露出や過激な暴力シーンを独自の価値観で判断し撮影の自粛や中断をする組織である。

この組織により今までどれだけの映画が撮影前に消滅したか。

我々はこの組織を『シロアリ』と呼んでいる。その独特の白いスーツと今まで準備していたものを破壊しつくす姿に我々は恐怖を覚える。


マローン監督はうなだれているが何か考えているようだ。


「奴らと直接話し合わなければならないな」


「それしかないですね」


私はメガネの中心、鼻に当たる部分をクイっと上げメガネを掛け直す。

『男性映像倫理委員会』にもルールがある。独自の価値観を納得してもらう為話し合いの場を設ける事が義務付けられており、この話し合いで製作側の言い分も聞き入れてもらえるか交渉できる。

だが、基本的にシロアリ側は譲歩しない。シロアリ側も付け入る隙を与えないためだろう。それでも何とかシロアリ側を抑えこちらの言い分を通し撮影を始めなくてはならない。


「以前噂で聞いた事がある。確か奴ら男性権利団体と繋がりがあるらしい」


男性権利団体は立場の弱い男性の味方という立ち位置だが基本的に自分たちの気に入らないものに噛みついてくのが仕事だ。なぜなら立場の弱い男性など殆ど存在しないのだから。いわゆる質の悪いクレーマーみたいなものだ。


「繋がりってどういう事ですか?」


私は監督に尋ねた。


「おそらく金を受け取っているんだろうな。その権利団体が非難したものはシロアリたちが徹底的に叩いているし対応が迅速に行われている」


「公平中立の立場であるにも関わらず裏ではそんな汚い事をしているとは、という事は今回の私たちもその団体とやらに目を付けられているかもしれないって事ですか?」


「いや、そこまでではないはずだ。何せまだ世に出ていない作品だしそれはありえないだろう。でもそこに活路があると私は思う」


「え?それってどういう事ですか?」


「奴らは勝利を確信し油断している。つまり勝って当たり前で、数ある消化試合の一つとして処理したいはずだ」


「なるほど」


「そこに奴らが最も嫌がることをしてやるのさ」


監督の表情が、完全に『悪役が何か企んでいる時の表情』になっていた。それも頭のおかしいタイプの悪役だ。


「何か考えがあるんですか?」


私は監督に尋ねてみた。


「ある!とっておきの切り札がな」


余程の自信があるのだろう監督は不敵に笑っている。その姿を見て私は監督を頼もしいと思ってしまった。






翌日、シロアリ側の調査官が私たちの前に現れる。

独特の白いスーツを着た地味な顔の女が一人やって来た。

この女は『男性映像倫理委員会』の中で最も多くの映画を頓挫させてきた女、カロリーヌ・ヤンカッシュ。

通称『冥界からの使者』とか『映画を刈り取る者』などと業界では言われている。

黒く長い髪を三つ編みにし前髪を綺麗に真ん中で分けている。いかにも融通が利かなそうなキッチリとした性格が髪型に現れていて顔は痩せこけ死神を彷彿とさせている。

数日間なにも食べていないような人相だがいたって健康らしい私にとってはどうでもいい事だ。

私は愛想よく挨拶をする。


「今日ははるばる来ていただき感謝します」


私は調査官のカロリーヌに手を差し出し握手をするが一向に手を出してこない。表情を見ると眉一つ動かさず淡々と今日来た趣旨を話し出す。


「今回は私たち『男性映像倫理委員会』の判断を理解していただきたく伺いました」


なんとも不愛想な奴だ。私は出した手を引っ込める。元々こんな奴と握手なんてしたくないのだ。願ったり叶ったりではないか。

するとカロリーヌがロア君を一瞥し訊ねる。


「私はこの映画の代表者と話し合うつもりで来たのですがなぜ子供がいるのですか?」


確かにこの場には私と監督とロア君がいる。恐らく監督が呼んだのであろうが一体何のためだろうか『シロアリ』は男性権利団体と繋がりがあるから男性の意見には寛容になると踏んでいるのか?すると監督が返答する。


「彼も立派な映画の代表者だ。この映画に無くてはならない存在だ」


「はぁ……?まあいいですけど」


カロリーヌはあまり納得してはいない顔をしているが「このまま話が長くなるのは面倒なので頷いておくか」という曖昧な返事をしたように感じた。

会議室に全員が入り映画製作者側と調査官カロリーヌの両者が大きなテーブルを挟んで向かい合っている。

両者が着席したところで監督がカロリーヌに言う。


「そうそう、この話し合いを記録させてもらうがよろしいかな?あとでイチャモンつけられたら困るしな」


会議室の中には三台の映画撮影用カメラが設置してある。全体を撮るカメラと私たちだけを撮るカメラ、そして相手のカロリーヌを撮るカメラ。


「はい、構いませんよ」


あっさりと了承しカロリーヌは眉一つ動かさず男性映像倫理委員会の見解を説明しだす。


「この映画の脚本を読みましたところ、この映画には男性の過度な露出があり青少年に与える影響が大きいと判断しました。よって我々はこの映画の撮影を許可できないと決定しました」


「な!?一体どこがですか?」


私が立ち上がりカロリーヌに食い下がる。彼女は淡々と意見を述べていく。


「この映画には男性が裸になり滝で水浴びをするシーンがありますね。あれがあまりにも卑猥と判断しました。」


「ぐっ……」


「しかもその肌をさらす男性が年端もいかない少年と聞き、あまりに行き過ぎていると思います」


カロリーヌは一瞬ロア君を見てから言い放つがこれには監督も黙っちゃいない。


「私はありのままを撮影している。卑猥だなんだと言うが少年の裸を卑猥と思うのはそちらの感性の問題だろ?私はそのシーンで『少年と自然の美しさ』を伝えたいだけだ」


ちなみにこのシーンをやってくれるかロア君に訊いたところ快諾してくれて事務所サイドもロア君自身の意見を尊重するとのこと。なので無理強いなどはしていないのだ。


「確かに美しいですがそれだけではないでしょう?少年の身体に劣情を催しているのではないですか?少年の裸を撮影し公共の場でそれを上映する。あまりに世間の常識から逸脱しています今までよく捕まらずにいられましたね」


「かー!ムラムラするかどうかは見た人間によるだろーが」


監督がボサボサの頭を掻きながら返答する


「見ずとも予測はできますよ。この世界のほとんどの女性は男性の身体を見慣れてはいないのですから。この作品が性犯罪者の欲望を焚き付けて事件にでもなったらそれこそ一大事です」


「そんな事私らに関係ねーだろ。見た人間の頭の中まで考えられるか!」


「関係ない?あなた達のような甘い考えが性犯罪を助長し卑猥な作品で青少年に影響を与えるんですよ」


カロリーヌも監督も一歩も引く気はないようだが一つ変化した事がある。それはロア君だった。

俯き肩を震わせ目をこすっている。恐らくこれは泣いているのか?よく見ると目から液体が流れているではないか。泣いている確実に泣いているぞ。


「この作品は僕のデビュー作品になるんです。この作品がないと僕は…僕は……うっぐ……ひっく」



カロリーヌ・ヤンカッシュ:学生時代に硬派で無口な女が男の子からモテると思い、それを実践するが周りから見ると何を考えているのか解らない話し難い人というイメージになってしまう。本人はもっと男性と気さくに話したいと思っているが学生時代の名残からつい仏頂面になってしまう。


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