学校生活 その三とソフィア・フランソワーズ
ちょうど十話目です。
学校のお昼休みにケビンが雑誌を見ている。僕が近づくとケビンが見ている雑誌を僕に見せてくれた。
「なぁなぁ、この人カッコ良くない?」
「どれどれ?」
なにやら若手女優特集が組まれておりその一ページには茶色の髪を後ろで束ねている女性。身体は引き締まり顔の彫りは深く整ったスタイルをしている。
特集記事には『今もっとも話題の若手女優!ソフィア・フランソワーズの魅力に迫る』と書かれている。
インタビュー記事の一部を読んでみる。
『スタントウーマンを使った事がないって本当ですか?』
『はい。スタントも役の一部だと思っているのでなるべく自分でやりたいと思ってます』
『中にはかなり危険なスタントもやったそうですが』
『確かに危険なヤツもありましたね。命綱なしでロッククライミングしてそのままヘリコプターに飛び移ったり、今考えると恐ろしい事をしてたなと思います(笑)』
『当たり前の事を質問しちゃうんですけど、怖くないんですか?』
『それがね撮影中は怖くないんですよ(笑)役の気持ちになってるのでむしろできて当然?みたいな。でも撮影が終わった後見返してみるとよくこんな事したなって思います』
『ぶっちゃけ、もう危ないスタントはしたくない!って思った事はないんですか?』
『今の所はないですね。スタント自体が好きなんですよね。ちょっとマゾなのかもしれません(笑)』
凄い人がいたもんだ。アクションシーンを全部こなすなんて僕には到底無理な話だ。
「確かにカッコいいね」
「だろ~しかもこの人、大学生でこの学園に通っているらしいぜ」
「え!?ここに?」
というか大学生をしながら女優もやるって凄く忙しそうだな
「オレ会ってみたいな~この人に」
「でも毎日忙しいだろうから相手にしてくれないんじゃない?」
「そうだよな~無理だよな~」
何だろうこのケビンは『恋する乙女』みたいだ、いやこの世界だと『乙男』か?
そろそろお昼休みが終わろうとしている。午後の授業は社会科のようだ。
社会の授業はこの世界の常識が解るので僕は好きだ。
この世界では活発な女性のほうが大人しい女性より人気が出やすくモテるようだ。そのかわり男性は大人しいタイプのほうが女性人気が高く男性アイドルも大人しめのアイドルユニットが多く見られる。
そのせいかテレビにでる男性アイドルユニットはキャラ被りがどうしても発生してしまう。その為僕は男性アイドルの名前を言われても顔を思い出せない事がままある。
男性の数が減った事で性犯罪も女性が加害者の場合がほとんどで男性は暗い夜道を歩かないのが当たり前で、なにより女性の方が男性よりも少しだけ身体能力が上という統計が出ている。
女性は基本的に男性に手を上げたりしないが、もし本気で怒らせたら勝てない場合が殆どである。
男性に暴力を振るう女性は法律上平等に裁かれるが、社会的に抹殺される事は確実でマスコミもこの手の犯罪には容赦がない。
この国では基本シングルマザーが当たり前のようだ。なにせ男性は人口の二割ほどしかいないのだから当然と言えば当然でその為、人工授精で子供を授かるというのが一般的なようだ。
僕の母も人口受精で僕を授かったらしい父親は誰かは解らず、公的機関が母の遺伝子を分析し最も相性の良い精子をコンピュータが精査し選別するというやり方だ。
以前『僕の父親は誰か気にならない?』と質問してみたが『特には気にならないかな』という返答が帰ってきた。この世界の女性はなるべくなら男性と結婚し子供を授かりたいがそれが叶わないなら人工受精でもいいやという人が大多数のようで拘りはない様子。
それに父親が誰か調べたところでその男性は別の女性と結婚しているのが殆どである。それ故、自分の夫にはならない事で嫉妬し余計な争い事を起こすのは避けたいという心の表れだろう。
放課後になり、僕はケビンに別れを告げ校舎を後にする。
学校の校門には見慣れない大型バイクとその傍らに立つ一人の女性がいた。女性は黒いライダースーツに身を包み大きめのレンズをしたサングラスをしていてスラリとした体型で髪を後ろで束ねている。
黒いライダースーツを着た女性が僕に歩み寄ってくる。よく見るとライダースーツのファスナーが鳩尾のあたりまで下がっており、下に来ているシャツから胸の谷間がしっかりと見えている。
僕も健康な男子なのでつい胸の谷間をいけないと思うが見てしまう。抗えない男の性なのだ。
サングラスを外しライダースーツの女性が僕に話しかけてくる。
「初めましてロア・グッドール君。私はソフィア・フランソワーズよろしくね」
サングラスをとった姿には見覚えがある。今日ケビンに見せてもらった雑誌に載っていた人だ。
「こんにちは。えーとソフィアさん」
なぜソフィアさんが僕の事を知っているのだろう。
「マローン監督から聞いてないかな。今度の映画で共演する事になったから顔合わせをしようと思って」
僕の疑問の表情を読み取ってすぐに答えを教えてくれた。
「わざわざ有難うございます。これからよろしくお願いします」
僕はなるべく丁寧にお礼を言い、ソフィアさんは笑顔で僕を見つめている。
「ねぇ今空いてる?ちょっとカフェに行ってお喋りしない?」
ソフィアさんは僕と目線を合わせるため前かがみになってくれた。すると、胸元がはっきりと見えた。
深い谷間で肌も健康的で綺麗だった。それにしても凄いですよこの谷間。
「あの、でもお母さんが迎えに来るから訊いてみないと……」
この時間になると母が迎えに来るので何も言わず行ってしまうと母を心配させてしまう。
「そっか、じゃあお母さんにも挨拶をしておこうかな」
「そうですね。もうすぐ来ると思うんですけど」
するとソフィアさんの後ろに突然人影が現れる。僕の母である。
母は素早く無駄のない動きでソフィアさんのクビを背後から前腕を相手の喉にあて絞め上げた。所謂『裸絞め』という技だ。
ソフィアさんと向かい合って会話をしていた僕ですら母が忍び寄ってきていると気づかなかった。
「動くな。動くと絞め落す。理解できたなら瞬きを二回しろ。理解できないなら一回だ。理解できない場合も絞め落す」
それって『瞬き二回』以外の選択肢がないような気がするが母は続けて質問をする。ソフィアさんの顔がみるみる赤くなっていく。
「白昼堂々小学生を誘拐しようとしていたのか?肯定の場合は瞬きを二回、否定の場合なら瞬きを一回だ」
ソフィアさんは力強くまぶたを閉じすぐに開く『瞬き一回』だ。もうそろそろ母を止めないとソフィアさんが危ない。
「お母さん!やめて!ソフィアさんはそんな人じゃないよ!」
ソフィアさんを絞めながら母がこちらを見る。
「へ?違うの?でも明らかに怪しいよ?」
「とにかく離して上げて!」
「しょうがないなぁ……」
母は何か不満そうに両腕の拘束を解く。
「がっは!」
ソフィアさんは地面にへたり込み必死に呼吸をしている。可哀想そうなので背中をさする。
「大丈夫ですか?母が失礼な事をしてすいません」
「だ、大丈夫…」
ソフィアさんが小声で言う。
「ほら、お母さんも謝って」
「すいませーん反省してまーす」
ふて腐れた顔で謝る母、反省の気持ちはないようだ。
「いいの、気にしないで。ちょっとした誤解だし誤解が解ければ私はそれでいいから」
なんて心の広い人なんだろうと僕は感心してしまう。
「本当にすいません。苦しくないですか?」
ソフィアさんの体調を気遣いながら言った。
「ロア君が謝る必要ないんじゃない?」
母が急に口出ししてくる。
「お母さんが謝らないから謝ってるんだよ」
「私謝ったもーん」
母はそっぽを向き口笛を吹き始めた。とぼけた顔が何とも腹立たしい。
ソフィアさんの呼吸が元に戻ったようでゆっくりと立ち上がる
「大丈夫、もう治ったし」
僕は申し訳なさそうに返事をするとソフィアさんが母と向かい合う。
「初めまして私ソフィア・フランソワーズといいます。今度ロア君と映画で共演する事になりましたのでご挨拶に伺いました」
ソフィアさんが母に爽やかに挨拶をする。
「そういう事だったのね。でも、学校の前で声をかけるのは疑われても仕方ないでしょ?私はてっきりロア君を誘拐して、とても言葉にできない卑劣な行為をするんじゃないかと思ったわ。それとアナタ中々鍛えているようね首の筋肉が常人と違っていたわ」
母がソフィアさんの事を褒めている。こんな事は滅多にないことだ。
「有難うございます。私も首を絞められるまで背後の気配に気づきませんでした。特殊な訓練をされてきたようですね。」
母とソフィアさんがお互い不敵な笑みを浮かべ握手をしている。何か解りあえたようだ。
「確かに誘拐ではないですがナンパをしようしてました」
「ぶちのめすぞ」
母が眉間に皺を寄せて睨み付け握手している手に力がこもる。ソフィアさんも負けじと力をこめる。
二人は解りあえたんじゃないの?というかソフィアさんは僕をナンパしようとしてたのか、気づかなかった。
「冗談ですよ。ちょっと二人でカフェに行ってお喋りしたいなって思いましたので、その許可をいただきたいです」
なんだ冗談か。カフェに行くぐらいならいいと思うけどな。
「ぶちのめすぞ」
母がさっきから同じ事しか言ってない。ここは僕が間を取り持とう。
「お母さんちょっと位いいでしょ?今度映画で共演する人なんだよ。僕ソフィアさんと話してみたいな~」
僕は母に抱き付き思いっきり甘えた声でお願いする。すると母は僕の頭を撫でながら答える。
「う~ん困ったな~遅くならないって約束できるならいいよ。ちょっとでも嫌な事されたらすぐに連絡する事。あとあんまり遅いとGPSで追跡するからね」
僕の持っている通信端末を使い追跡されるのは困るが、何はともわれ美人とカフェでデートだ。
「解ったよ。ありがとうお母さん。だ~い好き」
「ふぇ!そんな大好きだなんて」
母はとても嬉しそうだ。よし、これで堂々とカフェに行けるな。
「じゃあ行きましょうか」
僕は改めてソフィアさんをカフェに誘う
「そうだね。それじゃお義母さん行ってきます」
「お前がお義母さんって言うな」
さっきまでデレデレだった母が急に真顔になる。
「すいません……」
ソフィアさんが母の威圧に委縮してしまう。
僕たちは一旦母と別れソフィアさんのバイクにまたがりカフェに向かう。
ソフィア・フランソワーズ:20歳。運動はなんでもそつなくこなすことができる。明るくハキハキとした口調と誰とでも仲良くなれる社交性を持っている。




