七話 初戦闘のようです
「なんだ、この音」
「…………多分、『魔物』の鳴き声」
俺の独り言に、シルフィーが静かに答える。
魔物。それは、あの兵士から家族を奪ったやつであり、この部隊における唯一の敵でもある。
それが今、ここにいるという。
先程から聞こえてくるそれの鳴き声は、聞こえてくるだけでも恐ろしく身震いしてしまうほどだというのに、それと闘うというのか。
(俺は果たして闘うべきなのか? いや、闘う必要はない。別に頼まれた訳でもないしな。
…………よし、逃げよう!)
怖じ気づいた俺はプライドなんてものは捨て、早々に撤退を決めた。
プライドは投げ捨てるもの!
俺はくるりと振りかえって、二人の方を向く。
そして、右手を上げて言った。
「俺は先に自分の部屋に戻ってますね?」
「ちょっと待った!」
リーチェは踵を返そうとする俺の左腕を、音速の如き速さで掴み、そして、そのまま彼女は俺の胸ぐらを掴む。
「ねえ、何処へいくつもり?」
「え? だから、自分の部屋に戻るんですよ」
「ふーん。で?」
「え? だかr」
「で?」
全身から変な汗が流れてくる。身長は俺の方が高いハズなのに俺は蛇に睨まれた蛙のように動けない。そしてなにより、リーチェさん。その笑顔が一番怖いです。
彼女はそのままの状態で話を続けた。
「あなたは何のために此処へいるの?」
「…………生活するため」
「魔物を狩るためでしょ」
いいえ、違います。
「じゃあ、今からあなたがすべきことは?」
「自分の身を守ること」
「魔物を倒すことじゃないの?」
いいえ、それも違います。
何ひとつ俺の意志が尊重されない現実に、俺は血涙を流しつつ、運命を恨んだ。
くそっ。こうなるくらいなら、せめて周りの人に事実を話してもいいか、聞いておくべきだった。
「ほんっと、男の癖に情けない」
「情けなくて悪かったな」
「あの……もし、危なくなったら私が守りますから」
「い、いや。別にいいよ」
流石に女の子にこれを言わせるのは、なかなか精神的にくる……
二人がじっと俺を見つめてくる。
「ああ! もう、分かったよ。闘えばいいんだろ、闘えば」
もうどうにでもなってしまえ。
身の危険を感じたときはすぐ逃げる。それでいいじゃないか。
覚悟を決めた俺は、ペンを再び右手に握り締る。
そのときだ。突然、廊下と広場を繋ぐ出入り口が崩れ、そこから異形の化け物が姿を表した。
それは、蜘蛛のように大きな胴体を持ち、尚且つカマキリのような鎌とムカデのように無数の脚か生えている尻尾を有していた。
大きさも尋常じゃなく、小さなアパートほどはあるだろう。
とてもこの世の生物とは思えない。
「こいつが……魔物?」
「なに? こいつ、本当に魔物?」
「リーチェ、魔物は全部こうなんじゃないのか」
彼女は大きく首を横に振る。
「こんなんじゃない。少なくとも、下級の魔物でこんなのは見たことはない」
つまり、こいつは下級の魔物じゃない? だとしたら果たして俺らは勝てるのだろうか?
「おい、ここは逃げた方がよくないか?」
「バカ言わないでよ」
彼女は必死で呪文を読み始めると、ものの数秒で先程の火球を放った。
化け物に当たったそれは、勢いよく爆発し辺りに煙が舞う。
「正面から当たった!」
「倒したの?」
しかし、白煙の隙間から垣間見たものは、傷一つついていない敵の姿だった。
「うそ、完全にノーダメージ?」
「みたいだね。
…………よし、逃げようか」
「はぁ!? それ本気で言ってる」
「だって、お前で無傷じゃ無理だろ」
恐らく、今のでノーダメージとなると俺の赤ペンでも、あまりダメージは望めない。シルフィーがどんな魔法を使えるのかは知らないが、ここは一先ず逃げた方が賢いだろう。