四話 入隊したようです
「マスター殿、本当にあの者をキャラバンに編入して宜しかったのですか」
側近の大男が話しかける。
「ああ、これでよい」
「しかし、あいつは身元も分からない部外者ですよ」
「分かっておる。もし万一、不測の事態に陥ったときは、自らの手で事を終息させねばならんことぐらい」
力強い口調で言い切った彼は立ち上がり、大男の肩に手を置いた。
「……ただこれだけは理解してほしい。あやつの編入を許可したのは、いかなる事が起きたとしても対処できると、お主を信頼しているからだと」
「……で、ここが今日から貴方の住む事となる第17番編隊の部屋です」
「あ、ありがとうございます」
俺はあのあと、鎧をした兵に連れられて自分が入るらしい部隊へと案内されていた。
この建物、外観からはあまり想像がつかないが、入り口から続く長い廊下の先にある突き当たりで、廊下は左右に別れて更に広がっているたのだ。中は見た目以上に広かった。
「あの、どうでもいい質問なんですけど、ひとついいですか?」
「ん?なんでしょう?」
「マスターだっかな? が言っていた魔物ってなんですか?」
「そうでした、あなたは異世界から来たのでしたね。
ならば、すこし貴方に見てもらいたい物があります」
彼は少しの間鞄を漁ると、自分に一枚の写真を渡してきた。そこには、この世の者とは思えないおぞましい風景が写っていた。
「えっと、これは?」
「私の故郷の写真です」
言葉も出なかった。写真には家はおろか、周りの敷地まで無惨に破壊されていた。
そこには元々、街があったなんて到底思えなかった。それほどまでに街は跡形も無くなっていた。
「分かってます。あなたが言いたいことは。
酷い光景ですよね? 本来なら私はここで大切な家族と暮らしていたんです」
「……もういい。ありがとうございました」
見ていられなかった。彼の顔が悲壮に歪むのが分かって、心が痛むから。
「……すみません、いきなりこんなもの見せてしまって。
でも、この世界にいるからには、覚悟してもらいたかったんです。いつ、魔物によって大切な人が亡くなっても可笑しくないということを」
兵士は最後に哀しく微笑み、再び持ち場へと戻っていった。
彼が見えなくなると、俺は目の前の扉をあけた。
今日からしばらく、俺はここに居座ることになるのだろう。
部屋の中はログハウス風の木製の部屋で、至って清潔的だった。
ざっとみたところ、必要な家具は一通り揃っているようだ。
俺は部屋の隅にベッドを見つけると、勢いよくそれに寝転がった。
俺はふと、彼の話を思い出した。
きっと彼は魔物に家族を、いや大切なもの全てを奪われたんだ。
多分、これは夢なんかじゃない。そして、きっとここは想像以上に残酷な世界だ。
「あのぉ……」
不意に足元から声がした。
「あのぉ、すみません」
「あれ、誰?」
「ひいぃぃ! いや、別に怪しいものとかではなくて、あの、その!」
「おぉぉちついて!?」
上半身を上げると、そこには淡く桃色がかった白髪をした少女がオドオドと立っていた。
この部屋にいるということは、多分、この子も俺と同じ第17番編隊のメンバーだろう。
ともかく、まずは声をかけてみるべきだろう。
「えっと、とりあえずはじめまして」
「え? は、はじめまして」
俺が少々馴れ馴れしく声をかけると、彼女は多少たじろぎながらも返事をしてくれた。
「きみ、17番隊の人だよね?」
彼女は少し間をおいて、ゆっくりと頷いた。
「やっぱりそう? 俺の名前は暖人。
今日からこの17番隊に入ることになったんだ。よろしく」
「……ハルトさん? よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
俯きつつ彼女は受け答えてくれた。
それからも彼女は何も言わずに、何か言いたげな表情をして俺を見つめてくるので会話を続けてみた。
「君の名前は?」
「えっと……シルフィーです」
「シルフィーか。可愛い名前だね」
俺がそういうと、彼女は少し訝しげな表情をした。格好つけすぎたか?
「あの……えっと……」
「ん? どうしたの」
「そのベッド、私のです」
さっきから俺を見つめてきたのは、それが原因か。
女の子のベッドか。匂いでも嗅いでおくか? なんて邪な考えは胸の奥に仕舞いこんで、おれは大人しくそこから降りた。
「ごめん、知らなかったからさ」
「うん、それは別にいいんですけど。えっと……あなたのベッドはこの部屋にないっていうか」
「そうか」
まあ、今日いきなり決まったことだし準備出来ていないのも仕方がないか。
ここに来てからの半日程度の短時間だったが色々あって疲れた俺は、少しだけ仮眠をとらせてもらうことにした。
そうと決まれば、あとは早い。まるで我が家かのように布団を見つけだした俺は、そそくさと地べたにそれを敷いた。
物探しは俺の得意分野だ。
「じゃあ、布団だけここに敷かせてもらうね」
「ええ!?ここで寝るんですか?」
「うん。だってここは17番隊の部屋でしょ」
「それはそうですけど……」
「じゃあ寝るね。なにかあったら起こしてくれて良いから」
俺はそうとだけ言うとさっさと掛け布団の中へと潜った。
多少、彼女が挙動不審なのが気にはなったが、不都合なら誰かを呼んでくるだろう。
とはいえ、やはり心配だ。布団から顔だけをだして、念押しするように言った。
「本当になにかあったら起こしていいよ」
「わ、解っりました」
これだけ言えば大丈夫だろう。
瞼を閉じた俺は、ものの数秒で深い眠りに落ちた。