二話 異世界に来てしまったようです
街中は休日の昼間だというのに相変わらす騒がしい。
町行くサラリーマンが忙しなく働き、動き回っている喧騒を潜り抜け、俺は一直線にあの場所へと向かった。
「あれ?暖人くん?」
不意に背後から声をかけられた。同じクラスの花梨だ。
スラッとした体型や艶やかで長い黒髪は正にテレビ等でみるモデルのようだ。彼女のオットリとした柔らかい雰囲気は、クラスを男女問わず魅了していた。
「ん?花梨じゃん。どうしたの?」
「いや、こんなところで会うなんて珍しいと思って」
「まあ……一人で来るのは初めてだし」
彼女、普段は積極的に他人と話さないのに、俺にだけは妙に積極的なのだ。俺に気があるのかと勘ぐってしまう。
「じゃあ、俺急ぎの用があるから。じゃあまた学校で」
「うん、またね」
実際、急いでなんかはいない。いないのだが、あそこへ行かなければという逸る気持ちは近づくにつれ、強くなってくるのだ。
花梨には悪いと思ったが、道草をしている暇なんてない。
きっとあそこには、なにかがある。間違いない。
俺の思いはやがて確信に変わった。
しばらくして、ようやく昨日の雑木林への入り口を見つけた。
街の外れにあり、普段、誰もろくに手入れもされていないのだろう。林は生い茂った木々に光を遮られ、真っ昼間だというのに不自然なほど薄暗かった。
「……よし」
俺は一旦唾を飲み込むと、意を決して一歩を踏み出した。
そのときだった。
「ぐっ!?」
昨日と同じような、いや、昨日よりも強力な目眩がした。
俺は立つことどころか、意識を保つので精一杯だった。
激しい吐き気がする。だが、どうやら目眩はもう終わったようだ。
俺は深く二三度、深呼吸をして気分を整えてからからその場に立ち上がった。
俺はすぐ異変に気付いた。
「あれ、鞄が俺のじゃない」
さっきまで腰に巻いていたはずの黒いナイロン製のウエストポーチが、革製になっていたのだ。
俺は慌てて鞄の中を漁った。ペンが昨日の夢でみたものと全く一緒のものに変化している。だが、変化はそれだけではなかった。
財布の中身が見たこともない通貨に、ペットボトルは金属製の頑丈な水筒になっていた。
「一体なにが起きてるんだ」
俺は昨日の木を見ることも忘れ、一目散に街中へと続く道を走った。
そこで、見た風景に俺は驚愕した。
道に自動車が走っていない。それどころか、道と建物はレンガ作りに変わっている。そこを、馬に乗った兵が通っているのだ。
まるで、俺自身がファンタジーか中世のヨーロッパにでも来てしまったようだ。
中世……? もしかして俺はタイムスリップを!?
俺は慌ててケータイで日時を確認しようとした。だが……
「な……なんだ、これ?」
ケータイは何やらよく分からない紋章の入った、書物に変わっていた。
これでは、日時どころか他人との連絡さえとれない。
ものは試しとばかりに本のなかも覗いてみたのだが、暗号化されているらしく、一文字として読めるものはなかった。
「ああ、困ったぞ……」
俺がしばらく成す術もなく道のわきに座っていると、一人の兵に声をかけられた。
「おい、そこのお前」
「俺のことですか?」
「お前以外に誰がいる」
周りを見渡すと、人々は俺を避けるように歩いていることに気が付いた。もちろん、自分の周りにはこの兵以外にいない。
「町中に不審なものがいると通報があってな」
「不審? 俺がですか?」
「世界中のどこをみても、そんな変な服装をしているものはいない」
自分の服装を見直す。うん、確かに可笑しいかもしれない。
だって、自分だけ半袖のTシャツに短パンだもの。周りの人たちの服装と違いすぎる。
「とにかく、事情は町のギルドへ着いてから聞こう」
俺は腕の太い兵士に腕を掴まれ、無理矢理立たされた。
そのときだった。その兵士は俺の左手を見た途端に目を丸くして固まった。