一話 夢ではないようです
「現実は小説より奇なり」
私はその言葉の意味を知った。
「あれ? ここどこだ?」
俺は薄明かりのある暗闇の中で目を覚ました。
空を見てみると、日は完全に沈んでおり、辺りは月明かりが照らすのみとなっていた。
「いたたっ」
妙に後頭部がガンガンと痛む。気を失うときに頭でも打ったのだろうか。
俺は後頭部をさすりつつ、立ち上がって周囲を確認する。
鬱蒼と生い茂り、月光しか入らない林。
標識らしきものも見当たらず、ここが何処なのかも一切分からない。
そして、右手の手の中にはなにやら得たいの知れないものが一つ。
「なんだこれ?」
赤色でペンの様な丸くて小さな筒。そして、中ほどに小さなボタンが1つ付いていた。用途は不明。
「てゆうか、そもそも俺はなんでこんなところにいるんだよ」
うん、絶対におかしい。俺は確かにさっきまで自分の部屋にいたはずだ。こんな山奥にいる筈がない。
そうだ、きっとこれは夢だ。夢なんだ。こんなはっきりとした夢なんて今まで見たこと無いけど。
ともかく、夢ならどうだっていい。起きるまで好き勝手しても何ら問題はないのだから。
それにしても何なのだろう、このボタンは。
夢なんだし、押しても問題ないよね?
俺は特に気に止めることもなく、赤い筒にあるボタンを押した。
ーーー刹那、ペンの先端から眩い閃光が放たれる
ペンの先から出たそれは真っ直ぐに直進した後、目の前の木を貫いた。
貫通した穴は大型の水筒ほどの太さで、そこから煙が立ち上っている。
「な、なんだこれ……」
俺は恐怖した。夢とはいえ、こんな危険なものは初めて見た。とにかく、こんな変な夢から早く目覚めてしまいたい。
そのときだった。目の前が急に薄暗くなり、視界が歪みはじめた。
気分が悪い。俺は立つことさえままならず、地面にうずくまり、思わず地に膝をついてしまった。
10秒ほど経っただろうか。しばらくしたら、それはすぐに治まった。
さっきのは一体なんだったんだ?
ふと、俺はさっきの筒を見返した。赤ペンだった。
なんの変哲もない、それも俺がいつも勉強で使っているやつ。
「一体なんだったんだ……さっきの夢は」
でも本当に夢なら、覚めたとき自分の部屋に戻ってるはずだ。
なのになぜ、俺は林の中にいるままなんだ?
不意にズボンのポケットからベルが鳴った。取り出して確認すると、それはどうやら親からの電話のようだった。
電話の着信履歴が幾つも溜まっている。
俺は一体、どれほどの時間気を失っていたんだろうか。
俺はとりあえず、電話に出ることにした。
「あんた、今どこにいるの?! 電話かけても繋がらないし、心配してんのよ」
紛れもない。母の声だ。
「どこって、俺にも判んねえよ」
「どういうこと? あんた今どこって聞いてるの」
俺はケータイのGPS機能を駆使して現在地を確認した。
そういや、最初からこれ使えば良かったじゃん。
画面を見てみると、今いるここは電車で二駅ほどの位置にある町の雑木林のようだ。
「母さん、一人じゃ帰れそうもない。迎えに来て」
「全く。帰ったら説教だから。とにかく、そこから動かないで」
結局、この不思議な事件は何事もなく俺が叱られるだけで収束した。
だが、自分がなぜあの時、あの場所にいたのか。なぜペンから光線が出たのかは謎のままだった。
翌日、昨晩のことが気になった俺は、あの場所へと向かうことにした。
昨日のことがまだ信じられないからか、それとも、無意識にでも向かってしまう、惹かれるような何かがそこにあったのか。
とにかく、あそこへ行きたい。そう思った。
「兄貴、どこ行くの」
妹の那美が声をかけてくる。彼女、中学三年生なのだが、学校はサボりぎみなようで、彼女曰く中学校は退屈らしい。
「ちょっと隣町まで」
「じゃあ、スーパーでポテチでも買ってきてよ」
「分かったよ」
「ほい、100円。お釣りは返してね」
宙に舞ったコインを掴みとると、俺は最低限の荷物とペンだけをもって、さっさと家を後にした。