004
今回でプロローグは終了、物語の導入だけで既に24,000文字以上書いている本作品・・・
途中で弛れていないかが心配です(汗)
しかし本編入ると一話だけで7000だの10000だのあるのです
ちなみにこれからの更新は週一、日曜のam6:00に更新しようと思ってます。どーぞよろしく
海斗がメイガトンと戦っている時イスカはこの戦場のほとんど全てのギデオンを引きつけ離れた位置にいた。
最初にコントロール下に置いたギデオンは20000を越える数のソレに揉まれる内に既に力尽き、墜落していた。そうやってイスカの乗っているギデオンは、この短い間に四代目を迎えようとしていた。
「チェッ、こいつももうだめになったか、っと。」
三代目を乗り捨てて、クワガタのようなギデオンに飛び移る。ギデオン級のアマツツミはその基本的な造形が旧時代に生きた昆虫に依っている。
現在そのギデオンたちはイスカと彼女が操るギデオン達を核に、球形に取り囲んでガムシャラに攻撃を放っており、その様はイナゴの大群の飛行風景に似たものがあった。
その球体も実はイスカによって8割がた洗脳完了していた。精神操作の中でも洗脳と呼ばれるその技術は本来アマツツミには効きずらい、と言うより人間以外に掛けるのがなかなか難しい技能だ。
その理由は単純に精神構造の大きな違いによるものが大きい。人間が犬の考えを覗いたところでそれを理解できるだろうか?出来るという人間の方が少数であろう。
そしてそれをねじ曲げて服従させるにはそれこそかなりの神経を使う作業になる。やりすぎると神経が切れて使いものにならなくなるし、弱すぎるともちろん操れない。
その案配は難しく、また異能を扱うエネルギー総量によって、どれくらいのことが出来るかが厳しく制限される。
アマツツミの精神構造は非常に煩雑であり、弱いものでも操るのは至難の業だ。とてもではないが本来なら彼女のように短時間に千単位のアマツツミを支配下になど置けるものではない。
「海斗の方は凄いことになってるなー」
視線の先では元からデカかったが、その上かなり攻撃的な見た目になったメイガトンがいる。
ソレが呼び出したヒュージを海斗が雷の鑓で消し炭にしたのを見て、子供のようにハシャぐ。
「わーー!さっすが海斗!!素敵だ・・・。ボクもあと少しでこれを制圧できるからその時は・・・ッ!?海斗ッ!!」
海斗が続くヒュージの攻撃を避けた先に馬鹿デカい怪物が大口を開けて迫っているのを見て、ドクンと胸が跳ねる。掌握したギデオンの軍勢に命じ、球形の戦線に穴をあける。
愛する男の危機に我を忘れ駆けつけようと、乗っているギデオンを使い潰すつもりで最高速度を命じる。
パァンッ!と空気が炸裂する音が響いて、海斗が数匹のヒュージに風穴を空けながら危険域を脱出したのを見て一瞬安堵するが、彼が今危険な状況にあることを悟り、速度は緩めない。
(海斗の高速移動は本来連続で使っちゃいけないんだ!)
“バギンッ”
「嘘でしょ!?」
(あの化け物降りながら昇ってやがる!!海斗は今異能力が使えないんだぞ!)
視線の先で加速が終わり徐々に落下し始めた海斗の姿に胸がスッと冷える。急いで海斗に念話のパスを繋いだ瞬間海斗が大声を上げる。
「イスカァ!!」
グンッ、とギデオンを加速させ(“ブチブチッ”という音がギデオンから響いた)、殆ど落下するように海斗に迫る。
「海斗ォ!」
「海斗ォ!」
巨大な山脈の様な尾と海溝の様な顎門との挟撃の目を縫うように相棒が上空から駆けつける。すれ違い様に身体を掴まれ、さらわれるようにして脱出。
後方では慌てて口を閉じた巨体が自らの尾で強かに顔面を打っていた。
「海斗、無事かい」
「ああ、すまないな、今のは本当に助かった。最悪一か八かでもう一回“跳”ばなきゃならないかと覚悟してた・・・」
海斗を抱いているイスカにはその背がじっとりと汗をかいていることが解った。かなりギリギリだったのだ。普通なら肝が冷え、暫くは動けないだろうに。
だが、彼女は知っている、この人類最強の本質を。
「・・・クッ、ハ」
始まった。
イスカに抱かれたままの海斗が顔を伏せ震える。
「ハッ、クックククハッハハハハァアハハ!!!」
腹を抱えるようにして笑い出す海斗にイスカはしょうがないなぁ、と呆れた様な笑みを見せる。
「おい、イスカ。見たか!俺はさっき死にそうになったんだ、そうだよなっ?な?」
「うん、そうだね。ボクとしては君を失うところだったんだからそんな風に笑うなんて冗談じゃないけど」
クスクスと止まらない笑いを押さえつけてようやく視線をあげた彼の双眸は先ほどまでなかった紅い輝き、口元は酷薄な笑みに彩られていた。
「ククッ、何だって良いさ。イスカ、少し時間を稼いでくれないか。『エツァリ』が起きる」
こくり、と彼女が頷く。スッ、と二人の乗っているギデオンの横にもう一体ギデオンが身を寄せてくる。その目が黄緑色に輝いているのを見て取り、ヒラリと海斗は飛び移った。
“グオン”と唸りを挙げてイスカの乗るギデオンが体制を整えつつあるメイガトンに向けて進行する。凄まじい数の羽音を上げて千を越えるギデオンの軍勢が彼女の後を追いかける中、海斗の乗ったそれだけが中空にポツンと残されていた。
メイガトンの横腹にギデオンの半数が光線をぶち当てながら神風を仕掛けるのを視界に納め、薄く笑って目を閉じる。
「さて・・・」
---『エツァリ』とは、彼の放つ雷のことだと「アルサ・バハタル」のほぼ全ての臣民は思っている。ではファーテールは海斗その物をエツァリと呼んだのはなぜか。エツァリとは、彼の雷につけられた字ではなく、彼自身に付けられた名。
彼の中に存在する苛烈なまでの戦闘本能、眠れる獣に畏怖を持って与えられた称号---
『・・・パチ、パリン。バリバリ・・・バシンッ!』
今は紅い瞳を閉じた彼が、ジリジリと空気が燃えるような圧迫感を発する。
『バシンッ、バチン!・・・ゴロゴロッ』
低く迫ってくる雷鳴、それは彼の内側から響いていた。
---1つ、考えてみて欲しい。ギデオンの群を腕の一振りで消し飛ばし、散歩がてらにタイラントを打ち倒す。ヒュージを消し炭にする雷撃を放ち、音速を超えた移動をする。しかし、しかしその移動にしてもたった二回の移動で限界が来るような人間が、この異能力者溢れる世界に於いて、果たして人類最強に数えられるだろうか?---
『ゴロゴロゴロ・・・バリリバシーンッ!!』
肌の内側から紅い瞬きがこぼれる。
---異能力者とは脳のリミッターを意図的に解除できるようになった人間とは既に述べた。
通常の人間の脳の稼動率は7〜9%と言われる。Level1で13〜14%、Level2は20〜24%、Level3で30〜34%と言われている。
「覚者」に数えられるイスカですら39%、ファーテールが42%だ。そして海斗は45%と言われているし、それは真実だ。
ただし、通常では、と言う注釈が必要だが。
海斗はその圧倒的に高すぎる脳の稼動率故に、そこまで強い異能力は戦闘に置いてすら邪魔となる程強力な力を有していた。どれだけ制御しようとも元々の力が強すぎればその制御の意味すら見えない。
そこにあるだけで周囲に被害を与えるほどに強力な異能力は平時には必要ではないのだ。それだけならまだしも、海斗のソレは異能力者としても強靱な彼の肉体ですら壊してしまう危険があった---
『カッ!ゴゴォーーーォオンン゛!!!』
収縮されたエネルギーが弾け海斗を中心に血のように真っ赤な稲妻の柱が天と地に伸びる。彼が乗っていたギデオンが瞬時に消し飛び塵となった。
---故に彼の生物としての防衛本能が、とあるキーを残して彼の脳にロックをかけたのだ。まさに普通の人間の脳がそうするように。つまり彼は先程までリミッターが掛かった力で戦っていた、彼はソレが掛かってさえ人類の頂点と囁かれていたのだ。
鎖を掛けられた脳を解放するのは異常に分泌されたアドレナリン。ソレを刺激として彼が自らの電気で脳を刺激し、何重にも掛けられた封印を解くのだ---
伸びた雷が次第に中心へと収束していき、周囲に大量のパルスを撒き散らしながら球体を形作る。まるで繭のようなソレが、次の瞬間弾けた。
弾けた稲妻が一直線にメイガトンへと爆進!
異変に気づいていたメイガトンが、空間を尾で叩きつけて作った海斗に向けて伸びる空間を壊しながら進む衝撃波とかち合う。
しかし雷撃は止まらずガリガリと音を立て空間を押し返しメイガトンを打つ。
自らを襲った痛みに驚き、メイガトンが目線を向けた先にいたのは雷の化身だった。
血が滴ったような、腰元まで伸びた紅い髪。体躯も少し伸び、服は臍を出したようになっている。伸びた爪まで赤く煌々と輝く両腕に、白目までもが赤く染まり、黒目に当たる部分は猛禽のように縦に割れている。
背中から絶えず吹き出す稲妻の翼はまさに怒れる天使のようだった。
---海斗がこの状態になった時の脳稼動率は62%、正真正銘人類最強---
「さぁ、これで御前と俺とが本気の本気、だろ?」
キロリと、剥いた目が楽しそうに薄められる。
『海斗、とりあえず僕はここから離れた方が良いかい?』
聞こえる相棒の方へ意識を僅かに向けながら、しかし敵から少しも視線を外さずに答える。
「あぁ、そのギデオン共を処理したら出来るだけ離れてくれ。久々にスッカラカンになるまで暴れられるんだ。何の憂いも無くやりたい」
了解、どうか無事で。と言い残し通信を切る。即座に彼女が退避を開始すると同時、残ったギデオンがメイガトンに向かって一斉に突進する。
当のメイガトンは鬱陶しそうに空間に穴を空けてそっくりギデオンを飲み込んだ。その間も六つの瞳を紅い男から逸らさない。
「さて、俺も長くこの姿でいられるわけじゃない。始めようかっ!!」
ドン!っと背に帯びた雷の翼を燃やし赤い獣が島の如き怪物に迫ると同時、怪物が空間を叩き割りながら巨大な尾を振るい雄叫びを上げる!
迫る岩塊の如きソレを赤い軌跡を残し上空に退避、瞬時に高層ビルの如き大きさの雷の剣を左右に生み出し射出。
一つは割れた空間に飲み込まれたが、残った大剣が鮫に無理矢理付けたような腕を切り落とす。空を振るわす悲鳴が上がるが其れは同時に怒りの怒号でもあった。
「何っ!?」
ギロリとこちらをメイガトンが睨み付けると、海斗の眼前の空間に穴が空き先程飲み込まれた稲妻の大剣が海斗に襲ってきた!
「くっ、おおぉおーーーぉおお゛!!!」
胸の前に腕を組み赤い壁を作り出し防ぐが、威力を消しきれず吹き飛ばされる。
「ゴォオオオオアアアァァアアーーーーーアア゛ア゛!!!!」
無論奴が海斗の復活を待つわけもなく、砲哮と共に青黒い光線をその顎から放出する。
「お返しだっ!!」
それを迎え打つように海斗も雷を放つ。戦闘開始時の光景の焼き増しのような攻防。しかし違うのはそのとんでもない規模と形勢、徐々にだがジリジリと紅い光芒が青を押し返し始める。
青の怪物がさらに力を込めても一度進み始めた勢いを変えることは難しく、さらに押し込まれる。
「ゴ、ォオォオオオオヲオッ!!!!」
半ばまで押し返したところで紅い電撃が一気に勢いを増してメイガトンに激突!大口を開けていたその顔を雷の持つ熱が焼く。
耳をつんざく悲鳴を上げてのたうつ化け物にさらに追撃、残った前脚を切りさいた。
「ヴァオーーオオォォオ゛オオオーーーーーーーオオオォオ゛!!!」
空中で痛みと怒りにゴロゴロと転がり尾を振り回し、のたうつ。
痛みを怒りに換えるように反撃する化け物。
大気が罅割れ青い光条が飛び交い、空間が揺れる。紅い雷光がそれに対し、罅割れた空を吹き飛ばし青とかち合い、空を振るわす波を切り裂いていく。
この世の終わりのような激闘に世界が音を立てて軋んでいた。
何度もぶつかり合いが続き、時に青が仰け反り、時に赤が吹き飛ばされた。
しかしそれも終わりの時がやってきた。
「すまんがもうそろそろ時間切れでね。このまま戦い続けたらそれだけで俺が死んじまう」
海斗はその実この戦闘に置いて一撃も直撃は貰っていない。しかしそれは正確に言えば、一撃でも食らえば終わりだったために必死でそれを避けただけのこと。そもそも大本の質量が違いすぎた。
だが、だからといって無傷なわけではない。海斗のエツァリは禁じ手のソレだ、使うだけで体はダメージを受けている。もうボロボロだ。
手足をもがれ強靱な顎を大きく焼き切られた化け物は、今は制空権を手放し地に落ちていた。それでも今は潰れて3つになった瞳に灯した戦意は失せない、身体から放たれる威圧は衰えない。
ボロボロなのは相手も同じであったが、海斗には制限時間がある。
もう一分も戦えない。
故に勝負にでた。
「こいつが最後の雷だ!俺を『エツァリ』と呼ばせしめた一撃で御前を殺す」
高速移動によってメイガトンの真上に飛び、震える両手を天へと翳し大量の雷を空に、この世界を覆う核が産んだ汚れた暗雲へと解き放つ。
そこに渦巻く雷を取り込み、雲を駆け巡りそのエネルギーを際限無く増幅させる。
対する巨体の怪物も勝負を受けたのか、焼け爛れた口腔に空間が揺らめき呑み込まれるほどのエネルギーを収束させる。
放つのは同時、天から降り注ぐ国をも消さんというような神雷と、地から放たれた神をも殺す破壊の轟砲が互いを喰い潰さんと絡み合う。
その瞬間、世界から音と色が消え、光が溢れた
傍目から見ていたイスカは本気で世界が終わったと思った。
それまでの戦いも怪獣頂上決戦の体をもち、とてもではないが人間の自分が入り込めるようなものではなかった。
イスカに出来るのは空を愛しい男の鮮紅が閃く度に、似合わないとは解っていても祈ることだけであった。
海斗が空に雷を放ったとき勝負を決めるつもりだと気づいた。
とっさに自分の移動用にと残していたギデオンの限界まで退避させ、下に潜り込み最大限の防御をとらせた。
そしてそれが起こった、音もなく世界が揺れ何もかもが吹き飛び何一つ知覚できない時間が訪れた。1分か、10分か、1時間か。
どれだけ経ったのかも、本当は一瞬だったのかも解らないが、全ての知覚が戻ったときイスカは身体の半分程が土くれに埋まっており、自分を守っていたギデオンはどこぞに吹き飛んでいるようだった。
それでも呆然とする時間が幾ばくか過ぎ、ふと何故自分がここにいるのか思いだした。
急激に何もかもが頭を駆け巡りまともな思考も成り立たぬまま、彼女の頭に最初に浮かんだのはこの世で最も大切なもの。
「かいと・・・?海斗っ!!?」
身体を覆う土から這い出て、朦朧とする意識に活を入れて立ち上がる。途端、目に入る光景に絶句した。
二つのエネルギーが激突したであろう中空はグニャグニャと空間が歪み、衝撃で周囲の地面が抉れ岩盤が剥き出しになり割れている。
空を覆う重苦しい黒雲に穴が空いており、光を嫌う汚れた雲がそれを塞ごうとしている。雲の上すら汚れきったこの世界では、漏れる光は淀んだ茜色で、所々光が歪み緑や黄色が混ざっている。見ていて気持ち悪くなる色だ。
“パリパリ”とここまで紅電が舞っている。辺りには凪が満ちており、未だに耳鳴りが止まない耳でも音が無く静まり返っているのが分かる。
その中心で巨大な怪物が横たわっている。あの凄まじいエネルギーのせめぎ合いから逃れようとして身を大きく捻ったのだろうか、しかしそのせいでその巨体の首から下が消し飛んでいる。そのような姿になってさえ堂々とした威圧感を放っている。
「くっ、海斗・・・かーいとーーー!!どこだーー!海斗ーーー!」
不安で泣きそうになりながら、散々叫んだところでようやく自分が何者か思いだし、周囲に思念の糸を伸ばす。
「見つけた!」
慌てて駆け出す。荒れた地面に何度も転けそうになりながらも海斗の反応がある場所に走る。
海斗はメイガトンの首から20〜30m程離れたところに転がっていた。砂を被り俯せに転がった身体はピクリとも動かない。やっとのことで彼の元にたどり着き、倒れ込むようにして抱き起こす。
「かいと!?海斗、海斗ぉ!起きてよ、海斗っ!!」
彼の身体をガクガクと揺らすが、シンと答えがない。
「あ、ぅぅうう、海斗ぉお・・・」
ぶわりと視界が大きく歪んだ瞬間、
「・・・・・・く、・・・くく。ぷっ、ッははははは!あ、だめだ。痛い、身体中痛い!ッつぅー、御前さっき思念で俺を捜していただろうに。死んでる奴は反応無いだろうが・・・くく」
最悪の状況に絶望を浮かべていた途端、急に笑いだした男にポカンとしていたが、次第にその顔が般若のソレになる。しかしそれも直ぐに崩れてボロボロと泣き出してしまう。
「ふざっ、ふざっけんな馬鹿ぁ!!ぼくが、ボクがどんな気持ちになったと、う、うぅうぅうぅぅう、おま、御前なんかもう知るかぁああ゛あ」
そうは言いながらもこれ以上無いくらい海斗に抱きついて離そうとしない。流石にここまで号泣されるとは思ってなかったのか、少し焦りを感じるのは海斗だ。
「・・・すまなかった、少し無神経だったな。俺のためにそんなに泣いてくれて有り難う、心配させてごめんな。ぐ、すまないが少し弛めてくれないか。身体中ぼろぼろで結構、いやかなりキツいんだ」
最後にジロリ、と睨み付けたものの、イスカにも今の海斗の状態は分かる。きっと最初の時もわざと反応しなかったのではなく、反応できないくらいの痛みが彼を襲っていたのだろう。
現に今も彼はその身をぐったりとイスカに預け、一言喋るのもキツそうに顔を歪めている。
「ん。ぐすっ、このくらいで許して上げるよ。・・・後でたっぷり思い知らせてやるけどさ、海斗が無事でよかった。・・・今までないくらい凄まじい戦いだったけど、ようやく終わったね」
抱えられているイスカの肩に少し力を入れた海斗の意図を察し、そっと抱き起こしてゆっくりと立ち上がる。
「はは、やっぱりデカいな。首だけでも山みたいだ」
自らが倒した化け物の威容に笑いがこぼれる。口元がほんの少し持ち上がっているだけにしか見えないが、彼は今間違いなく上機嫌だった。
しばらくそれを眺めた後、口を開いた。
「さて、イスカ。そろそろ撤退するか。『アルサ・バハタル』に連絡を取ってくれ」
「ん、わかった。でもその前に、君の無事を願って必死に探し回った健気な女の子にご褒美はないの?」
海斗の首に手を回して、涙の滲んだ瞳で見上げながらトロケるような声で甘てくえる。
仕方ないな、と口の端を緩ませ、フラフラの体に鞭打ちイスカの頬に左手をそっと中て、ゆっくり顔を近づけていく。
彼女の方もそっと目を瞑り僅かに上を向く。ゆっくりと二人の距離が近づき、今にも重なろうと云う時
------ドックン!!------
「なにっ!?」
バッ!と後ろを振り向くと、ギョロリ、とこちらを見下ろす巨大な瞳と目が合う。
ぶわり!と首だけの怪物からドス黒いオーラが溢れる。
体を覆っていた葉脈のような血管に、血液ではない異様なエネルギーがドクドクと空間を揺らすように脈打っている。ソレが亡くした体にも廻ろうとして、首もとから溢れだしているのだ。
「くっ、イスカ!逃げろォ!!」
今の海斗はとてもではないが戦える状態にない。だからといってこんな体では逃げることも出来ない。
イスカは其れには答えず、瞬時に覚悟を決めた顔で海斗の体に腕をしっかりと回す。
「馬鹿がッ、離れろイスカ!」
「嫌だね、どうせこの距離じゃどうにもならないさ。ならボクはボクの好きにさせてもらうよ」
一切の迷いは無く言い切るイスカに唖然とするも、どこかこいつらしいとも思ってしまう。
二人がそうしている内にも状況は続いている、しかし其れは予想外の進行だった。
ドクドク、と脈を打つエネルギーの間隔が短くなっていき臨界を迎えた瞬間、“ベゴンッ!!!”と今までのメイガトンの空間を割る音とは明らかに異質な音が響く。
「なんだ、あれは・・・」
「グゥオオオオオォォオーーーーーー!!!」
メイガトンの首、正確にはその巨大な顎の内部の空間が沈み込み、まるで空間そのものが裏返るようにして穴が開いていく。
ベキベキベギベキッ!!と嫌な音がしたかと思うと、メイガトンの首がソレに飲み込まれ始める。
「何が・・・ッ!?」
穴は人二人分程しか元々空いておらずソレも徐々に小さくなっていく、そこに押し込められるようにグシャグシャと飲み込まれるメイガトンの顔が完全に飲み込まれたとき、ぐん!と海斗の体が引きつけられる。
引力の先には今も小さく成りつつある穴が開いており、どんどん引力は強くなっていく。
引きずり込まれるように体が浮いて穴に吸い寄せられる。
「海斗!」
今の海斗には其れに抗う力はなかった。ぐんぐん近くなる穴を前に、避けられぬことを悟る。
しかし、しかしこいつは、今この時も俺の腰にしがみついて離れようとしないこいつだけは
「なあイスカ、ありがとな」
ドン!
え?、とこちらを見上げるイスカの体が空中で海斗から離れる。突き出された海斗の右腕を呆然と見つめているイスカの顔を見て、なぜだか笑いがこぼれる。
体が穴に飲み込まれるとドプン、と温い水に浸かるような感覚に包まれる。イスカを突き飛ばした右腕はまだ肩口から外に出たまま入り口が閉じた。
生温かい水中を際限無く落下していくような感覚の中、右半身が急に軽くなるのを感じながら海斗は意識を失った。
※この物語はフィクションです。人間の脳の稼働率等、正確ではない場合がありますのであらかじめご了承くだサイ。




