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隻腕の雷帝  作者: 西東 鯨
プロローグ 「始まりの最終決戦」 
3/9

003

 空っぽに成った「アルサ・バハタル」を海斗はNekton本部の屋上に立って見ていた。肩まである艶やかな黒髪が風に揺れており、その場が強い風に煽られていることが分かるが、緋色のロングコートに両手を突っ込んだまま無表情で身じろぎもしない。

 あの会議から既に60時間以上が過ぎ、現在は作戦の決行日である。


「これだけ誰も居ないと感慨深い物があるな・・・イスカ、聞いてるか?」

『聞いてるよー、海斗30分くらいそこでピクリとも動かないからどうしたかと思ったよ』


 即座に帰ってくる念話での返事に少し呆れつつも、こいつはこうではないと・・・という思いも湧く。


「住民の避難は完了したのか」

『うん、12分前に最後の3200名が大空洞に送られたよ。だから、

「これでボク達二人っきりだね」


 念話の途中からは肉声で聞こえてきた。後ろを振り返るとまるで王子様の様な容姿をした中性的な美少女が立っている。今は二日前と違って銀色の薄く柔軟性の高い戦闘スーツを装備しており、その上から膝まであるローブを着ている。

 海斗は大分前からイスカがこちらに向かっていることは気づいていたので、特に驚くことはない。


「ファーテールと元帥殿が居るから二人っきりとは違うだろう」


 イスカの方へと近づいて、腰に腕を回し抱き寄せて彼女の耳元で呟く。イスカは一瞬驚いたように目を見開いたが直ぐに海斗の胸に顔を埋めるようにして抱き返す。海斗からそうしてくるのは全く無いわけではないが、珍しいことだった。


「どうしたのさ、海斗からギュッ、てしてくれるなんて珍しいじゃないか」

「いや、流石に全く動かずにここに突っ立ってたもんだから少し冷えすぎた。御前ってなんか何時も暖かいから」


 色気のない理由に一瞬ムッとしつつも、直ぐに気を取り直して抱きつく腕に力を込める。


「後何時間だっけ?」

「ん、と・・・」


 “---スッ”とイスカの目が一瞬薄黄緑色に蛍光し、遠くを映す。その目はよくよく見れば文字のような記号が隙間無く流動している。誰かと念話しているのだ。彼女の性格から考えてファーテールは無いだろうから、元帥殿だろう。


「4時間ほどで戦闘配置に付けってさ。ねぇ海斗、後4時間有るんならさぁ・・・」


 “つぅ---”とイスカがそのチャシャ猫の様な目を細め、海斗の腰に回していた手を解きそのまま首に回す。ぞくりとしそうなほど甘い声を出し、つま先で立つようにして海斗の首筋に顔を埋めチロリと真っ赤な舌を這わせる。


「だめだ。今始めたら多分止まれないし、相当乱暴になる」


 そっとイスカを引き剥がし何時もの無表情で返す。


「ボクはそれでも良いんだけど、海斗がヤバいって言うならかなりキてるんだねぇ。ふふ、皆案外知らないんだよねぇ、きみがとんでもない戦闘狂だって。当てようか、ここに来たのも高ぶりすぎた神経を冷ますためでしょ。今回の敵は久々に海斗の『エツァリ』を起こしてくれそうだからね」


 ああ、と短く返すと、スルリと彼女の腕を抜け出し今もこちらに進行しているであろう敵を想う。早く来い、そう無表情な横顔が告げていた。









 遥か後方で激しい戦闘音が聞こえる。恐らくファーテールが戦闘を始めたのだろう、色取り取りの光線や粉塵が舞っているが、ここにいる二人にはそれを気にしている様子はない。


「デカいな」

「とんでもないね」


 軽い調子で言葉を交わす二人だが、視線の先にあるのはとてもではないがそんなお暢気な存在ではない。

 直前の会議でメイガトン級(超巨大型)と名付けられたそれは、もはや島と表現するに値するであろう巨体。表皮には葉脈のような毛細血管が張り巡らされており、一定間隔で脈を打って青白く明滅している。

 球形に近い体躯ではあるがその見た目は鯨を思わせるモノがあり、身体の至る所から煙突のような突起が突き出している。

 まだ随分遠くの中空に浮かぶアマツツミは既にこちらに圧迫感を感じさせるに足る威容である。


 よく目を凝らせば、その巨大な体の回りに黒い煙のようなモノが蠢きながら旋回している。“---キチキチキチキチィ”と音を鳴らして飛行しているその物体が何なのか二人は気づき懸けていた。


「聞いてないぞ国王陛下殿、ありゃあアマツツミの大群じゃねぇか」

「あのデカブツの所為で縮尺大分狂ってるけど、多分あれギデオン級(中型種)だよ。ボクが居る意味がぐっと出てきたのは良いけどさぁ。・・・でも変だなあのおっさんがこれほどの大群の反応を見逃すとは考えられないけど」


 イスカが思考に沈みそうになったとき、

 “グゥウオオオォオォオ゛ーーーーーーーーーーーーーーーォオ”

 と大気を震わす大音声だいおんじょうが響く。巨大な鯨擬きの身体の砲身のうち二つがこちらに、正確には「アルサ・バハタル」に向けられる。全身の葉脈のようなラインが輝きを増し、砲身に向かってエネルギーが集まる。5秒もしない内に二つの砲身が青白く煌々と輝きを放つ。


「ふん、俺を無視か。まずは俺の存在を貴様に叩き込んでやるところからか」


 海斗がアマツツミに向かって気負い無く歩き出し、その両腕が紅く蛍光し始める。肌の下に幾何学的なラインが紅く浮かび上がることで腕全体が輝いて見えているのだ。

 空を引き裂くような音がして海斗の両サイドにビル一軒分はありそうな雷で構成された剣が出現、ゴバッ!と音を立てて二つの砲門に向けて射出される。同時に発射される青い砲撃。

 紅と蒼が激突し“---ゴッ”っと衝撃派が発生!地面をめくり上げながら拮抗するように二つのエネルギーが停滞。

 土煙を上げながら消滅したエネルギーに、島のようなアマツツミが“ルオォオオーーォオ”と声を上げ驚愕するのが分かる。


「海斗っ!?」


 まだ土煙が晴れない内から海斗が動く!

 ドンッ!と空気を引き裂き周囲に衝撃波が生じるほどの勢いで、正に射出されるようにまだ数kmは離れているだろうアマツツミに迫る。その後には移動の軌跡を表すように紅い二つのラインが通っている。


 海斗の超高速移動のカラクリはこの二つのラインにあった。要するにコレはリニアモーターのレール、もっと解りやすく言うなら強力な磁石のようなものだ。操電(Elector)能力者(master)である彼の力によって自分の身体の両脇に同じ極の超強力な磁力を放つレールを作成。そこに自分が同じ磁力を纏うことで左右からの反発によって身体を前方に押し出しているのだ。実際にはこの他にも姿勢の制御だとか他の細かな制御をやっているが、主な原理はそれである。


「待ってよ海斗!ッく、一度火が付くと止まらないんだから!」


 即座にイスカの目が黄緑色に蛍光、接近している海斗に向けて飛行していたギデオンの集団の半球状に突き出した目がイスカの目と同じ色に輝くと、大きく軌道を逸れてイスカの元に飛来。地を舐めるように飛行してきた蜻蛉に似たギデオンの背にそのまま飛び乗ると、支配権を奪ったギデオンの軍団を引き連れ海斗の背を追った。



 “ゴゴンッ!!ドバッ!”左右から襲ってくるギデオンを雷撃の矢が貫き撃墜していく。


「甘いぞ!この俺を止めたいならばコレくらいやって見せろ!!」


 10数え無い内にメイガトンの目の前に躍り出た海斗の腕が言下に輝きを増す。

 それに呼応して海斗の身体の周囲に一つ一つが2mは有ろう紅い光弾が数十個乱舞する。

 “---ぃィィイン”と、周囲にパルスを撒き散らして耳鳴りがするほどに高速回転し、臨界点に達するようにブワッ!と一斉に発射。大量の電撃の弾丸がほぼ同時にメイガトンに激突。

 正にメガトン(100万t)級の体躯が僅かに後退する。しかしその体に大きな傷は付いておらず、装甲版のような体の一部が引き裂いたような裂傷が付いているのみ、その傷についても内部までは届かず表層の部分を抉るに止まっている。

 先ほどの光弾一発でタイラント級(大型種)を確実に殺害する威力を持っていることを考えるとその防御力は相当なものだと解る。


「放てっ!」


 そこに追いついたイスカが引き連れたギデオンに命令を下す。一斉にギデオンが“ビィイイイーー!”っと、細い光線を放つ。数百に及ぶ光条が海斗が傷つけた装甲に殺到する。ギャリギャリと嫌な音を立てて削れていく装甲にたまらず悲鳴を上げるメイガトン。

 周囲の未だイスカの制御に置かれていないギデオンがメイガトンを守るため二人を襲おうとするが、最初に海斗が放った雷の剣が数百本、大きさは人間程度に縮小されたモノがギデオンたちを襲う。一つの剣が4〜5匹一気に撃墜していく。

 鳴り響く破壊音と断末魔の悲鳴、地上に叩きつけられるsin達の体が出す爆音の中でイスカの念話が届く。


『海斗ハシャぎすぎだよ、流石にコレは数が多すぎる。さっきかなり撃墜したのにまだまだまだ湧いてくる。僕が雑魚を相手してるから海斗はあの丸鯨を落として』

「悪い、任せたぞ」


 イスカが雲海の如く周囲を飛行するギデオンの大半を引きつけ大きく離れていく。

 その時、“ドクンッ”と、大気が波打った。


「ほう、やっと本気になったか」


 左右3対の黒い昆虫を思わせる目だったのが、今は真っ赤に染まっている。全身に走るラインがドクドクと脈を打つ、青色だった光彩がジワリと黒墨を垂らすように薄紫に変わり、滅紫、濃紫と脈打ちながら変化していき殆ど黒に染まる。

 それとともに体にも異変が生じる。ギチギチと音を立て球形の体が変異する。内側がめくれるようにして巨大な前肢・胴体・下半身・脚がり出し、ずるずると鈍い異音と共に太い尾が出てくる。身体から突き出していた煙突のような突起がバラバラと崩れて落ちていき周囲に轟音と土煙をまき散らす。

 顔にも変化が生じる。お椀型だった顔が迫り出し下顎より上顎が大きくなる。最初鯨のようだった形相は鮫に近い容貌に変化した。


 “ゴオォオオオォオオーーーーーーオォオ゛!!!!!”


 叫び声と共に周囲に黒い波紋が広がり、“バギンッ!”と空間が割れる。


「なんだと!!」


 “---ヌッ”大きく開いたその空間の亀裂からヒュージ級(巨大型)のアマツツミが這い出てきた。ヒュージは基本的に人型を取るモノが多く、歪な巨人とよく表現される。その躰は軽い高層ビルほどあり、グロテスクに崩れた顔に不釣り合いな美しい光の羽を持ち飛行が可能なのだ。本来は群れて行動などしないそれが1体、2体、4体、さらにぞろぞろと出てくる。

 強大な力による支配を受けたヒュージ達はその本能を逸脱し、争うことなく海斗に不気味な瞳を寄せる。


「なるほどな、あの大量のギデオンはこの力で喚んだわけか。空間支配系の力が貴様の本来の能力か」


 その言葉が終わる前に3体のヒュージが、海斗に向けて四方から剛腕を振るう。“ジリッ“と赤い2条の閃光を残して移動、一体のヒュージの頭上に出現し両手を組んで振り上げる。


「ハアァァァーーーーア!」


 組んだ両手から巨大な雷のやりが現れ、振り降ろす。ガジュ!っと、首に深々と突き刺さり貫通する。

 大きく体勢を崩したヒュージの背を蹴って中空に身を投げ出す。


「炸裂しろっ!」


 一拍置いて大鑓の形を取っていた電撃が解放され、ヒュージの体内を稲妻が駆け抜ける。まだ腕を振りきってもいなかったその巨人は、振り抜かれようとしていた腕の慣性に従って錐揉みしながら墜落する。

 と、海斗の動きにいち早く対応したヒュージが“ガパァア”と汚れた牙だらけの口を開け爆炎を吐き出す。

 それを再び高速移動で避けた先に既に攻撃が迫っていた。


 ---島が降ってくる---


 海斗をして一瞬思考を停止させるほどの大質量。大口を開けたメイガトンが、ほとんど垂直に海斗を飲み込もうと圧迫する。

 とっさに雷を放つが口に届く前に空間が引き裂かれ飲み込まれる。


「く、ぉおオオーーーーーォオ゛!!!」


 スパーク音を響かせ高速移動、空気を引き裂き瞬間的に音を置き去りにする。進行方向に存在した多数のアマツツミを、身に纏う紅電でもって風穴を空けながら危険域を離脱。

 巨大な質量が移動したことで周囲を爆風が舐めて行くのを背後に感じ振り返ると、距離が近いことから視界の大半を壁の様にしか見えない怪物が降下していく。


「ぐぅうう・・・やばいぞ、遣りすぎた」


 (Para)能力(psycho)(logist)(Non-)(Para)(psycho)(logist)と比べると肉体的にあらゆる点で勝っている。筋繊維の収縮率や反射神経、間接の稼働域から骨密度、免疫力に脳内のニューロン数、果ては寿命さえ大きく違う。

 脳自体の使用領域も数倍はあり、この使用領域の多さが異能力者の能力の強さだと言われる。本来人間の脳はその肉体に対してオーバースペックであり、だからこそ人間はその能力を引き出せない。


 出来が悪いのは肉体の方なのだ。

 異能力者とはその能力を幾分か引き出せるような肉体、神経の強度を獲得・進化した人間のことを言うのだ。当然その前提条件からして肉体は人間のスペックを大きく上回る。

 しかし、その彼らでも常にそのスペックを十全に発揮しているわけではない。平時は押さえ、ある瞬間急激に稼働率を引き上げる。


 その0-100の急激な移り変わりで発生するエネルギーでもって、個々人の能力として外界に発現するのだ。

 海斗の使う高速移動は簡単にやっているよう見えてその演算量足るや、普通の異能力者にやらせるとそれだけで脳内の電気回路が焼き切れる恐れがあるほどの膨大な量を行っている。

 故にこの技は連続使用にするには無理があり、少なくとも一度の使用から6秒ほどはブランクを必要とするのだ。


 その無理を押すと現在海斗が陥っているように、激しい頭痛と吐き気が起きる。目は充血しているし鼻血が溢れ、視界が揺れる。

 空中に放り出されたような体勢で徐々に落下していく、そこで更に目を疑う事態が起きる。

 “バギンッ”と、空間が割れさっき避けたはずの鮫の顎門がそのまま下から迫ってきたのだ。目の前では未だに島の如き巨体が降下しており、その先はガラスが割れたように空間が引き裂かれている。


「バォオオオォーーーーーーーォオ゛ーーオオオオ!!」


 こいつはその空間に出来た裂け目に向かって進んでおり、海斗の真下に出来た裂け目から首より先を出すことで今、降りながら昇っているのだ。

 さらには上から巨大な尻尾を振り下ろし挟撃きょうげきを仕掛けてくる。どちらか一つでも既に絶体絶命であり、避けることは出来ない。

 今高速移動など使うと次は脳内の電気回路が焼き切れる可能性もあるため、現在海斗はpsyを使えない。


 ---しかし何も自分だけでどうこうする必要はないのだ---


「イスカァーーー!!!!」


 海斗は自分が最も頼りにする相棒の名を叫ぶ。

※この物語はフィクションであり、事実とは異なる場合がゴザイマッス♪

よって脳の使用量が高くても電撃等でない場合が御座いますがご了承を

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