001
なんて美しいのだろうか、
「あり得ない・・・」
見上げた先に紺碧が輝いている事がこれほど胸を打つなんて知らなかった。
生まれて初めて見るその美しさに右腕を伸ばそうとして、それがないことに気付く。しかしその喪失感も直ぐに意識から遠くなる。
周囲に呆然と視線を巡らせる。
見渡す限りに溢れる緑のさざめきも、そこに感じる生き生きとした生命の鼓動も、何もかもがあり得るはずの無いものだ。
「あれが、太陽・・・なのか」
ギラギラと目を射すその光に、眩しすぎたのだろうか、溢れた涙が頬を伝う。
胸の奥の何かが、今まで感じたことのない程に熱く赤熱している。
耳に聞こえる心地よい音が鳥のさえずりだと気づくのにしばらく掛かった。本物の鳥の鳴き声だ。
これだけ広く見渡せる場所にあの呪われた化け物どもが全く視界に映らない。
そっと目を瞑り、ゆっくりと開く。
「そうか、ここはもう・・・地球ではないのか」
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西暦という暦が使われていたのはもはや千年も以前のこと。世界は大きくその様を変えていた。かつて栄えていた人類文明は大きく衰退、いや消滅していた。最大時は118億人居たという人口は、現在僅か2億に満たないほどになっていた。
そこでは人類は生態系の頂点に属してはいない、自らを「霊長」と語った種は滅びたのだ。
新たに頂点に上り詰めた生物を、追いやられた新人類たちは「アマツツミ」と呼んだ。
アマツツミ、即ち「天津罪」。肥大しすぎた巨大文明への世界から突きつけられた罪の形なのだと。
奴らがいつ、どこからやってきたのかはすでに詳しい記録は残っていない。しかしソレは突然俺たちの住む惑星に現れて、全てをひっくり返していった。
やつらは同じ生物とは思えないような特殊な能力を持っていた。在り来たりなもので言えば、火を吹くだとかレーザーのような物を発したりだとかだ。当時最も苦戦させられたのは大規模な電磁パルスを発するモノだったという。そのころの人類は、その生活と軍事活動の殆どをコンピューター制御によって行っていたからだ。
いかなる進化の結果生まれた生物かも、何を起源にするかも分からないそのアマツツミ達は大きさ・形状・食性については、個々の個体によって大きく違う。然しソレは例外無く全人類の敵だった。
何故だろうか、突然現れた彼らは徹底的に人類に攻撃を加えたのだ。
一つ街と表するに値する巨大さを持つものから、虫程度の大きさを持つヤツ等は大規模に、又は小規模に、そして苛烈に攻撃を敷いてきた。
人類だってただ指を咥えて見ていたわけではない。即座にヤツ等を迎撃すべく様々な攻撃が行われた。火に攻め、水に攻め、銃を乱射し幾度も爆炎が舞った。
これもいつソレが起こったかは定かではない。しかし最初に空を殺したのは人類だったという。
そのころにはもはや使い道はなくなっていた核兵器を各国がヤツ等に掃射したのだ。その攻撃により確かに当時地上を覆っていたアマツツミ達の殆どを掃討できた。
然し同時に人類もその人口の99%以上を失った。大地は腐り空は舞い上がる粉塵に光を失った。
人類は地下にマグマ近くまで掘り込んで作った超巨大シェルターに引きこもり、人工太陽を浮かべまだ無事な地下水を引き、国を作った。
シェルターを守る防壁は随時強化されたが、それでもヤツ等は執拗に人類に攻撃を掛けてきた。
実際人類は半ば諦めていたようだ、我々は滅びゆく種なのだと。
そこに変化の一石が投じられた。
旧国籍を日本に持つ「柳田 闘悟」、彼が現れてから大局が変わった。彼は人でありながらまるでアマツツミが持つような力を持っていたのだ。
異能力者、そう呼ばれる人類の誕生だった。
彼は強かった。崩壊後からの歴史を覗いても彼は現在に至るまでの全異能力者の中で、3本の指には入るだろうと言われている程に。
殆どの兵器を物ともしないアマツツミを、柳田闘悟は単独で次々撃破していった。異能は不思議なことにアマツツミによく効くのだ、それこそ銃弾などよりもずっと。奴らは異能の力を嫌いそれを避ける習性があった。
人々の目には希望が宿った。
彼を皮切りに異能力者は次々現れた。
戦力が増し勢いを盛り返した人類側の反撃が始まった。異能力者を束ねる組織が設立され、ガタガタだった人類側は計画的、戦略的にアマツツミと戦えるようになった。
それからさらに百年ほど経ち、異能力者達は地上の一部をヤツ等から取り返した。人類衰退からその時点で600年近く経っていたという。
取り戻した土地を再開発(とは言っても嘗ての栄華を極めた頃とは比ぶるべくもなかったが)統一国家「アルサ・バハタル」が建国された。
然し問題も山積みだった。
取り戻した土地など極一部も良いところだったし、アマツツミが居なくなったわけではない。むしろ地上に出たことで、よりヤツ等との遭遇率は高くなった。そして死んだ大地を復元するのは困難を極めた。
何よりも問題だったのは異能力者達の一部に選民思想が芽生えたことだろう。
実際「アルサ・バハタル」において異能力者はかなり優遇されていたし、人々も彼らが居なければ自分達がすぐにでも滅びることが分かっていた。
だからこそ、そのような考えはどんどん助長していった。もはや彼らの中では非能力者は人間ですらなかった。
然しその思考を悪に染める者が生まれれば、其れを見てより強固に正義を持つ者もいる。
自分達は人類の盾となり剣となるために生まれたのだ、とそう唱えたのは「アルサ・バハタル」二代目国王、柳田仁卯。
救世主・柳田闘悟の孫であり、祖父には多少劣るとは言えども強力な異能力者であった。
両者の対立は日に日に激化していった。
そして決定的な出来事が起こった。大型のアマツツミが「アルサ・バハタル」を複数で襲ってきた際、異能力者を率いてアマツツミの討伐に出ていた柳田仁卯を、選民派の異能力者の先導者的立場に立っていた男が殺害したのだ。当然そんなことがあっては選民派は国内には居られない。
混乱に乗じて彼らは国内の重要物資をいくらか盗み出し、更には多くの非能力者たちを労働資源として誘拐し国を出奔した。
異能力者による異能力者の為の国家「アルカヘスタ」が生まれた。
人類同士の確執とアマツツミとの戦い。二足の草鞋を履くような闘争の日々はそれから400年たち、統一国家「アルサ・バハタル」が統一連盟国家群「アルサ・バハタル」に名を変えた現在も続いている。
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“ズゥウーーーン゛ン”
蜘蛛のようにも見える巨大なアマツツミが地に沈む。
背後の巨大シェルターに囲われた国、いや国々から此処まで人々の歓声が聞こえる。
遅れて出動していた政府直轄異能力者統合管理組織「Nekton」の戦闘班があくせくやって来て声をかけてくる。
「は、はぁ・・・はぁ。海斗様居らしてたんですね、流石です!自分先ほど遠目から見てましたけど、あれが噂の『エツァリの雷』なんですね!タイラント級のアマツツミを一撃なんて!」
声をかけてきた青年の後ろでは、他の隊員達も凄い凄いと囃し立てている。その反応はまるで映画俳優やトップアイドルに会ったような、いやそれ以上の熱気を持っていた。
駒流 海斗、この名をNektonに所属して置いて、いや現代に生きて居る人間で知らぬ者はないだろう。即ち、人類最強の名を。
アマツツミの驚異に晒されるこの世界に置いて、異能の力の大きさはその人間の評価にほとんど直結する。その中にあって彼は現在の異能力者中最強と言われていた。実際に異能力者同士で全員戦って順位をつけた訳ではないが、ある程度の区分けはある。
現在の人口は1億7千程度であり、異能力者人口はその0,01%と言われている。その中でも異能力者はその能力の範囲や威力、効果などで三段階に分けられる。
最も多いのはLevel1、全異能力者の9割がここに属する。要は対人戦に置いては有用、程度の能力である。彼らの段階では5人一組を一単位としてアマツツミ討伐に当たる。
level2は残った1割の内99%以上に上る。ここに来てようやくアマツツミとの戦闘になって個人で戦える人材となるのだ。国内に置いても準貴族的扱い(貴族など正確にはないが)を受けることになる。給料も一般市民と比べると天地の差であり、受ける福祉も大きく違う。
level3これは単独で大型のアマツツミと戦う、もしくは撃退することが出来ると評価された者、能力の性質上必ずしも殺傷能力のみで評価されるわけではないが、それでも絶対の評価がそこにあることは確かだ。無論国内での彼らの待遇はすこぶる高い。
しかし、そのlevel3の中にも別格は居る。「覚者」と称される超越者達のことだ。これは他のlevel3の全員が反乱を起こしても、個人で鎮圧可能、即ち自分以外の全人類と戦争が出来るということ。
現在4人存在する彼ら(一人はアルカヘスタ所属)は皆、人類の最終兵器なのだ。
そしてその中でも最強と言う呼び声が高いのが駒柳海斗。
彼は紅い電撃を操る世界最高の操電能力者である。その凄まじき雷撃の威力から彼は嘗ての文明が滅びた後に語られた、世界の暗雲を払うとされ信仰された伝説の雷獣の異名を持つ。彼もその名を好んで用い、自らの必殺の一撃にその名を冠している。
ちなみに先ほど駆けつけた隊員が「エツァリの雷」を口にしたが、彼が見たのは海斗の普通の雷撃である。
「様なんて付けなくて良い。たまたま散歩に出てた帰りにアマツツミが見えたからつい攻撃したが・・・余計なお世話だったか?」
つい攻撃?と隊員達がアマツツミの方に目を向けると、首元からその大きな顎を引き裂くように雷撃によって焼ききられている。
一瞬で絶命したのであろうそれは、蜘蛛のような顔でありながら呆然としたような色が見える。電撃が通った場所には“パリパリ”と赤いパルスが舞っている。
「つい、ってこれがですか。というかシェルターの外を散歩って・・・す、凄いです」
自分達との余りの違いに愕然として言葉を漏らす青年。
「すまないが、コレの後始末を頼んで良いか。Nektonでこの後会議があるようでさっきから早く戻ってこいと煩いんだ」
『煩いって言い方はどうかと思うなー、君が遅れて文句言われないように、って言うボクの気遣いなのにぃー』
そこにいない誰かの声が周囲に響き、周囲の隊員がざわめく。別に声が聞こえたから驚いているわけではない。異能力者が普通にいるこの世界では、そのようなこと特別珍しいことじゃない。聞こえてきた声の主が誰か分かったから驚いたのだ。
「イスカ・ルイゼンヴァーン・・・」
『ん?なんだい君、話したこともない相手を呼び捨てとか失礼な奴だね。ボクは無礼者が嫌いなんだ』
先ほど海斗に答えた声と同じ人物とは思えないほど冷たく、怒気をはらんだ声に海斗を除くその場にいた全員が震えた。
イスカ・ルイゼンヴァーンはある意味では海斗より有名な「覚者」だ。世界最高の精神操作能力者であり、ただ一人の例外を除く全人類に価値を認めない異常者。子供っぽい性格で癇癪持ちなイスカは、かつて 「アルサ・バハタル」史上最悪の事件を引き起こしたことで有名であった。
その例外であるところの海斗が口を開く。
「イスカ、やめろ。これから帰るから大人しくしておけよ」
『はーい』と言う声を受けて「それじゃ後は頼んだ」と、歩き出した海斗に大げさではなく命を救われた隊員は折れそうな勢いで首を振っていた。
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