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おかしな転生  作者: 古流 望
第11章 ホワイトナイト
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098話 砂糖づくりの始まり(二年目)

 春爛漫。

 赤下月に入れば、モルテールン領は緑で溢れかえる。

 一昔前であれば寂しい光景が続いていた広大な乾燥地帯も、工事の進む灌漑用水のおかげで豊かになってきた。

 そんな富の源泉を眼前に置き、会話する男たちがいた。


 「へぇこれが噂の砂糖の素っち」

 「ええ。スイートソルガムと言います」

 「ちょっと(かじ)ってみてええだか?」

 「不純物も多いので、あまり美味しくないですよ?」

 「……ッペ。確かに、甘いは甘いけんども、渋みもあるし青臭いだな」

 「生で齧れば、当然でしょうね」


 会話する二人は笑った。

 ペイストリーとスラヴォミールの二人だ。


 「スラヴォミールには扱いを覚えてもらわないといけませんから、早速指揮を頼みます」

 「いきなり? そりゃむずかしいだで。何から手を付けていいかも分からんち」

 「……まずは、早植えの部分の刈り取りですね。少しづつ時期をずらして種をまいていますから、各条件ごとの違いや生育状況を記録してください」

 「相変わらずペイストリー様は人使いが荒いだで」

 「貴方なら出来ると思っているからですよ。期待しているのです」


 今、ペイスが指揮しているのは砂糖づくり。

 その準備ともいえる原料作物の収穫について、農政担当のスラヴォミールと共に体制づくりを行っていた。


 スラヴォミールは今年で十八歳になる青年。萌木色の髪が特徴で、少し丸みのある顔立ちがアライグマに似ていると可愛がられる元孤児。

 貧しい境遇もあって、色々な農作業を実地で経験してきた。

 元より素直な性格で、モルテールン家の家人の中ではニコロと共に弄られ役になることが多い。


 「言われたからには精いっぱいやるだども、人手が足らんち。せめて本村から農作業に慣れた連中を連れてきたいだで」

 「それは出来ません」

 「そりゃ何でかね?」

 「当家の秘密を探りに来た連中が、領内にうようよ居るからです。せめて先行者利益を確保できるぐらいに量産体制を整えてからでなければ……大きな家と今のまま競えば、折角の新産業が盗られてしまう」

 「そんなに探りにきてるだか?」

 「ええ。うちに来ている行商人のほぼ全てがスパイです。挨拶がどうとか、祝いがどうとか、相談がどうとか、何かと建前をこじつけてやってくる他家の人間も、全て探りを入れてきてます。そんな状況ですので、本村から人の移動は出来ません」

 「秘密になっとることを言わんように、口止めすりゃええだで」

 「口止めをしていても、些細なことから推測されてしまうものです。ほんの僅かな手がかりでも、積み重なれば真実に近づく。機密を保持しようと思えば、他領の人間と接する人々が、何も知らないほうが良いのです」


 サトウモロコシの畑は、ペイスの遊び場から西ノ村(コッヒェン)に栽培を拡大した。

 モルテールン領で最も恵まれた栽培条件の土地は本村の畑だが、あえてコッヒェンで新産業の体制づくりを行っている。当然、これには訳がある。


 コッヒェンは人口およそ五十人程。

 その全てがモルテールン家と縁のある人間で、古くからの付き合いがある家ばかり。いわば生え抜きの連中ばかりなのだ。モルテールン領を追い出されると行き場のない人間も多い。


 モルテールン領の地理的に、隣領から街道を通って来たのなら、新村を通って本村(ザースデン)に至る。

 或いは、新村から東ノ村(キルヒェン)に至る。

 コッヒェンに行くには本村から行くしかなく、他所の人間からすれば一番遠いところにある村がコッヒェンなのだ。


 現在、ザースデンからコッヒェンに行くには、領主の許可が要る。そして、他領の人間には決して許可が下りることは無い。そもそも、この村の存在自体を公表していない。

 かつての農政改革、機密性の高い軍事訓練、こっそり溜め込んでいる戦略備蓄などなど。見られたくないものは大抵西ノ村に集められてきた。

 そして、モルテールン領の新たな産業として育てるべく研究中の製糖産業や酒造についても、西ノ村できっちり体制と製造ノウハウを固めてから、他の村に移していく手はずになっていた。


 「政治はよくわからんだで、そっちはペイストリー様に任せることにするだ。とりあえずは、収穫してしまえばええだな?」

 「ええ。頼みます」


 スラヴォミールは真面目な性格。

 早速言われたことをこなすため、西ノ村の村人を率いてサトウモロコシの刈り込みに臨む。

 今日は全体の一割弱を刈り、残りは何日か間を置きつつ刈り込んで、夏ぐらいまでには全部を刈り込む予定になっている。

 村人を率い、成長具合の記録や収穫の時に気付いたことなどを取り纏め、上層部に報告するのが彼の仕事。


 ペイスはしばらく様子を監督していたが、ある程度の量が納屋の近くに集められたタイミングでそちらの方に場を移す。

 去年は搾汁過程までを試験しており、そこから先の手順はペイス直々に監督しなければ話にならないからだ。

 砂糖の作り方というものを欠片でも知っているのは、ペイスしか居ない。


 だが、到着するなりペイスは目を丸くする。


 「あれ? なんだか人が多いですね」


 納屋(なや)といえば、村落共同の物置だ。

 西ノ村の納屋は特殊事情からかなり大きい。ペイスの感覚で言うところの、小学校の体育館並み、というぐらい大きいもの。

 これでも、中に入れておくものが多すぎるので拡張しようかという話もある。

 他家に見せられないものはここに仕舞われていることが多いので、共同体財産の保全という名目で昼夜を問わず警備されている場所でもあった。


 そんな中に、珍しくモルテールン家の家人が集まっている。

 従士長シイツを筆頭に、コアントロー、ニコロ、トバイアム。ずらっと並んだ男たちに、何事かと(いぶか)しむペイス。


 「坊が新しいことをやろうってんでしょ? 絶対に何かあるんで、こうして厳重に脇を固めたんでさあ」

 「失礼な。ただ汁を絞るだけですから、何も起きやしませんよ」

 「いやいや、そう言いつつもやらかすのが坊ですんで。大将にも一言通してきてますんで、そこんとこよろしく頼んます」

 「父様に根回ししてるのなら、出ていけとも言えないわけですね。シイツは手回しが良すぎます」

 「はは、褒めてもらえるのは嬉しいですぜ」

 「褒めてませんよ」


 相変わらずの従士長とペイスのやり取り。

 口の悪さには定評のあるシイツと、返しの上手さに定評のあるペイスは、お互いの会話に時折毒が混じる。それもまた、モルテールン家ではよく見られる光景である。


 「搾汁機ってのが、これでしょう?」

 「ええ。フバーレク辺境伯から頂いたものです。使い勝手は去年試していますから、早速始めましょう」


 一同の前にあるのは、木製の搾汁機。それも二台。

 大きな樽らしきものにぴったりはまる落とし蓋のような物が有り、この蓋でもって押し付けるようにして、中の物から汁を絞る。押し付け方はねじ式とも言われるもので、螺旋の力を利用する強力なもの。


 部下たちの手を借り、ペイスはどさどさと樽の中身をサトウモロコシの茎で満たしていく。


 「若様、この穂の部分はどうすれば?」

 「ヤギと鶏のエサになりますので、集めておいてください。こぼれた実も、土ごと(ほうき)で集めて休耕地に撒けば、実だけを鶏がつつきます」

 「そりゃいい。鶏をどんどん増やすって話ですよね。今、七十羽ぐらいでしたっけ?」

 「詳しい数はスラヴォミールに聞かないと分かりませんが、それぐらいは居るでしょう。冬の間に孵ったヒナも三十羽ほどいると聞いていますから、百の大台を越えるのもそう遠くない」


 サトウモロコシの穂の部分は、早めに刈っただけにまだ青い。

 それを鶏の餌にするというペイスの言葉に、財政担当のニコロは顔を綻ばせた。

 割れやすい卵は交易品には向かないため、領内で消費する割合が極めて高く、必然、従士の口に入る機会も多い。

 ニコロの好物は卵焼き。それも、少し甘みを付けたモルテールン風卵焼きを就職後に食べさせてもらって以来、不動の一位に君臨するほどである。

 鶏が増えると聞いて、喜ばしい気持ちを隠そうともしない。


 「昔は二~三羽飼うのも大変だったんだがなあ。餌も碌に無いってんで、他所の村まで買いに行ったことがある。小麦のフスマなんぞまで買わにゃならんかった時の苦労を思い出しまさぁ」

 「出たよ、シイツさんの昔語り。年寄りが昔の苦労話を語ると長いんだから」

 「よしニコロ、表へ出ろ!! 直々に教育的指導をくれてやる。気絶しても恨むなよ」

 「ぎゃぁ!! 横暴だ!! 若様助けて下さい!!」


 ニコロの失言に、シイツが噛みついた。

 この上下関係の緩さもまた、モルテールン家の家風。


 「馬鹿なことやってないで、さっさと搾汁機を回してください」

 「ほいほ~い」

 「っち、ニコロ、後で覚えてろ」


 実に大人げない連中の騒動を、最も年下の人間が(いさ)めるという光景。非常識に慣れている人間でなければ、違和感を覚える場面である。


 「それじゃあ、シイツとコアンはこっち、ニコロとトバイアムはこっちで。絞った量が少なかった方は腕立て伏せ三十回の罰ゲーム」

 「うぎゃぁ、もっと横暴な人が居た!!」

 「煩せえってニコロ。口よりも手を動かせって話だ」


 立ってる人間なら親でもこき使うようなペイスだけに、部下使いも上手い。

 上手く競わせることで、効率アップを図っていた。

 シイツなどは思惑に気付いているが、ニコロなどは経験も浅いために簡単に乗せられてしまう。これでもかとばかりに力を込めて、サトウモロコシを絞る。


 「良い感じですね」


 しばらくすれば、サトウモロコシのジュースが出来上がる。

 生絞りの出来立て。一番搾りのとれ立て。細かい繊維やゴミも混じっているため、このままでは砂糖にはならないが、ここからが今年の山場の一つ。


 「若様、それは?」

 「布を数枚重ねた手製の濾し器です。これを使って、まずはゴミや搾りかすを除去しようと思いまして」

 「おぉ!!」


 樽から樽にジュースを移す際に、五枚ほどの布を通して()す。

 布の目以下の浮遊物はこれでは取り除けないが、明らかにそれと分かるゴミなどはこれで完璧に取り除けるのだ。

 ジョボジョボと、攪拌されて泡が出来る中、大樽の四分の三ほどにジュースが溜まった。


 「これでよし。さて次は……」


 溜まったジュースは、幾つかの小樽に移し替える。

 さしあたって三つほど、とペイスが指示を出した。


 「ん? なんでそんな面倒くさいことするんだ? 一つにまとめといたほうが便利だろう?」

 「トバイアム、これは実験の為ですよ。最初から手順を全て教えてもらえるのなら一つにまとめておいた方が良いでしょうが、新産業ですから教えてくれる人は居ない。ベストを探すには、試行錯誤を繰り返さなければならないので時間が掛かるにせよ、まずは最低限を満たす作業手順を作らねばならない。改善するにも基になるひな形が要る。今年はまず不純物の除去が上手くいく手順の確立を図ることにしているのです」

 「……よく分かんねえな。三つに分けて何が分かるんだ?」

 「それぞれ条件を変えてみるんですよ。ジュースを絞る所までは全く同じ手順で作ったでしょ?」

 「おう。見てたから、それは分かる」

 「同じ前提のものを三つに分け、一つはこのまま放置。置いておくだけで沈殿するか見ます。こっちの一つは石灰を入れます。これが本命なのですが、それでも効果があると確認したい。もう一つは、炭を入れます。これは不純物の吸着を期待しています。一定時間ごとの経過と、状況を観察して、それぞれの違いを見分けるわけです。ジュースまでは同じだったのですから、違いが出たら入れた物の影響ってことでしょ?」

 「なるほど。凄えこと考えるんだな」


 トバイアムがしきりに頷くのを見て、シイツは悪態をついた。


 「将来的には村人にやらせるんだから、確実で分かりやすい手順を作っておくのは当たり前だろうよ。ちったあ頭使えってんだ」

 「ん? 頭突きは得意だぞ」

 「……もういい。お前に考えることを期待した俺が馬鹿だった」


 綺麗に三等分されたサトウモロコシジュース。

 行商人だった頃のデココから買った石灰を入れたものと、炭を放り込んだものを、何もしていないものと一緒に並べておく。


 「さて、後はしばらく観察ですね」

 「上手くいきゃ良いですが」

 「上手くいくとしても、先は長いですよ。石灰が本命ではありますが、今回の実験が上手くいったなら、次は最適な石灰の量を確立する実験も要る。炭も同じこと。調整には時間が掛かる。ああ、何も入れずに放置して、沈殿させるだけで上手くいったとしても問題がありますね」

 「ん? 何もせずに上澄みが掬えるんなら成功でしょうよ。何か問題でもあるんですかい?」


 シイツは疑問を投げかける。

 石灰や炭を入れて上手くいけば、次の実験が伸し掛かるのは分かる。だが、置いておくだけで上手くいくなら、特に問題がなさそうに思えたからだ。


 「……置いておく時間を決めなければいけないでしょう?」

 「そりゃまあ。放置する時間を決めるってのは大事ですんで」

 「あまり長い時間を置くと……」

 「置くと?」

 「発酵してお酒になってしまうかもしれません」

 「「酒だって?!」」


 周りのむさ苦しい男たちが一斉に動きを止めた。


 「シイツ従士長。後は観察するだけですので、お忙しい従士長は屋敷にお戻りください」

 「げへへ、そうそう。俺らがきっちり見ておきますんで」

 「あ? ふざけんな。ここはお前らみたいなペーペーに任せる場面じゃねえ。お前らこそもう良いから先に戻ってろ」


 露骨な態度だった。

 シイツやコアントローといった古株を追い出そうとする新人組。そして、ニコロやトバイアムといった新人達を追い出そうとする古参組。

 二対二の争い。一触即発の体勢。

 火花を互いに散らす理由は、この世界で数少ない娯楽の一つ。酒。


 「……やけに人手が多いと思ったら。それが目当てだったわけですか」


 ペイスは一人、溜息をつくのだった。


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