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おかしな転生  作者: 古流 望
第10章 レーズンパンの恋模様
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092話 トラブル晩餐会

 「結局、商会から先は辿れなかったんですかい?」

 「ええ。裏の書類も調べてみましたが、精々がリハジック子爵と今も繋がっていたことぐらいしか分かりませんでした。当然リハジック子爵はシロ。借金まみれで身動き取れないらしいです。つまり書類上は、ノッテンガイヤー商会の単独犯行(スタンドアローン)です」

 「なら、とりあえずはこれで一区切りつけるっきゃねえですね。釈然としませんが。根拠は俺の勘でしかねえですが、商会はトカゲの尻尾だったんじゃねえかと……」


 先だって、所用でレーテシュ領シュタイムまで出向いたときに、暴漢に襲われた。犯人を独自の捜査で割り出して捕まえたところ、何故か問題になっていた偽飴関連の証拠も出てきた。ということになっていた。

 ペイス、シイツの二人からの報告を聞いていたカセロールは、領主としての立場をはっきりさせる。


 「シイツ、偽の飴の件はもう良いだろう。当家の権益はとりあえず守られたのだ。もしノッテンガイヤー商会の裏に黒幕が居たとすれば、いずれまた尻尾を出す。その時にでも首根っこを押さえればいい」

 「そうですね」


 調べても、ノッテンガイヤー商会から辿るのは難しい。他家の領内での捜査には限界もあるし、それでなくとも不審がられる。

 切りのいい結果になったところで良しとしておかねば、ズルズルと泥沼にはまりかねない。

 ペイスなどは明らかな不満顔であったが、政治家としての父親の決断に異を唱えるまではしなかった。


 それはそうと、と言いながらカセロールが一通の巻物を取り出す。封蝋をしていた形跡から、手紙であると分かる。


 「レーテシュ伯からは正式に謝罪文が来たぞ。滞在中に襲われたことについて。治安維持の責任者としての謝罪だな。“事件の原因となった者”について、断固とした対応を取る、と書いてある。何とも意味深な言葉だな」

 「……もしかして、うちが捕り物劇の絵を描いていたとバレましたか?」

 「恐らくな。最初から、隠すつもりもないから構わんが、レーテシュ伯のところは外務の質が良い。ラミトに枝葉が付くのも時間の問題だ」


 難し気な顔をするカセロールに、シイツが笑う。ラミトに監視の目が付くよりも、女に入れあげて情報がダダ漏れになる方が怖い、と。

 十代の独身男性。身を持ち崩すとするなら女で崩すのが相場と決まっている、というシイツの言葉には、実感がこもっていた。妙な説得力があるのは、シイツなりの経験を多分に含んだ言葉だからだろう。

 何にせよ、モルテールン家の蠢動を察知して動きを取った点は、やはり脅威と言わざるをえない。伊達に国内屈指の大派閥を率いているわけではないのだ。


 「防諜体制も万全。ますますもって、侮れません。あのお姉さんだけは甘く見るとサクっと刺されますね」

 「何といっても、南方屈指の大家だからな」

 「うちの人間の出入りを禁止されなかっただけでもありがたいです。隠れて入るのは、リスクも大きいですから」

 「その点、レーテシュ伯は理性的だ。おまけに、詫びも兼ねて晩餐会に招待だと。是非ペイスに参加して欲しいと、閣下直々のご招待だ。ありがたくて涙が出るな」

 「……出来れば遠慮したいです」

 「気持ちは分かるが、そういうわけにもいかん。対外的には、当家とレーテシュ伯家は親密な関係であることになっている」


 地方貴族にとって、晩餐会への招待というのは特別な意味がある。

 王都に住まう職能貴族同士であれば、王宮を中心としてほぼ一カ所に住まいが集まっているから、晩御飯の招待といっても気軽に行き来が出来る。友達同士で「飯でも食いに行かない?」といったノリで誘えるのだ。


 対して地方貴族の場合、他所の人間を招待するにしても行き来に時間が掛かる。良くて半日、遠ければ一月やそこらは掛かることもあるので、晩御飯を食べに来ませんか、と誘うのも気軽には出来ないのだ。

 それを承知で誘う場合、よほど大切な関係であるか、或いは重要な要件があるということ。

 一応は南部閥に属すと見られているモルテールン家としては、派閥領袖の晩餐の誘いを断るわけにもいかない。喧嘩をする覚悟でもない限りは。


 「とりあえず、ただ飯が食えるってことで良いんでねえですかい? 伯爵様は金持ってますから、豪勢な食事が出るでしょうよ」

 「そうだな。しかし、参加するにしても探りがあるだろう。一応、今回の件を口裏合わせしておくか。シイツ」

 「あいよ。まあとりあえず……坊が商会誘致に出向いたら、モルテールン家の人間だとバレて襲われた。襲われた理由は不正の隠蔽。泊まったところがボロいところだったのは、貧乏なうちが経費をケチったから。捕まえたのを締めあげたところでゲロった為に逆襲かけて、偶然にも証拠を押収。不正の帳面はあれど、相手さんが隠したらしい金貨そのものは見つからずに闇へ消えた。こんなところですかい?」

 「あまり好かんな。嘘の塊ではないか」

 「仕方ねえでしょう。本当のことを言うわけにもいかんので。なんなら、全部坊の仕込みでしたって言いますかい?」

 「それこそ馬鹿を言うな。嬉々としてペイスの身柄を押さえに来るぞ。取り調べがどうの、隠匿がどうのと。私はともかく、アニエスが絶対に納得せんよ」

 「違えねえ」


 実際は、弱小商会の民間人を装った上に、偽飴に必須の砂糖をちらつかせて暴発を誘った出来レース。捕まえる前から正体を知っていてカマかけで誘導尋問を行い、証拠品の在りかもほぼ分かった上で乗りこんでいる。しかも、貯めていた裏金はモルテールン家の金庫の中。

 ある程度の虚飾や虚偽を織り交ぜた建前というのは往々にして存在するが、一から十まで嘘だらけというのは案外珍しい。


 これが逆の立場なら、モルテールン領にこっそり来ていたレーテシュ家の人間が、罪をでっちあげてデココを捕まえて、財産を根こそぎ奪っていったようなもの。

 事実がバレれば、関係性に相当な影響がある。むしろ、警察権の侵害で非難されてもおかしくない。


 「彼らが不正をしていたのは事実ですから、それを暴いて感謝されることはあっても、怒られる謂れはありません。ここは、何食わぬ顔で堂々と晩餐会に出席するべきでしょうね」

 「そう言い切れるのは、坊ぐらいなもんでしょうよ。それで、晩餐会の御供はどうしやす。やっぱり、ジョゼお嬢で?」

 「リコリスと一緒に行けませんから、姉様に頼むのが良いと思います。母様だと周りからの縁組攻勢が鬱陶しくなりますし、面白がって煽りそうです」


 ペイスは、若干口元をゆがめた。

 如何に優しい母親であっても、息子の恋愛事情に積極的に関与したがるのは悪癖といっていい。愉快さを求めて、適齢期の女性を囃し立てるぐらいはやりかねない女性なのだ。

 第一、母親を連れていくと、フリーであるとの誤解を生みやすい。


 「なら、ジョゼと一緒に行くことだな。何、今回は私やアニエスも一緒に行くのだから、心配せずとも良い」

 「なら、良いのですけど」


 晩餐会には、親子で招待されている。

 カセロールのパートナーは当然ながらアニエス。両親と共に社交をする子供たち、というのは、普通に考えれば親の方が主役である。


 「確かに心配なんざいらねえでしょう。坊が行くってんだから、必ず何か問題が起きやす。心配ってのは、不確定な未来にするもんでさあ。要るのは心配ではなく、覚悟ですぜ。巻き込まれる覚悟。大将もご愁傷さまだ」

 「シイツ、まるでトラブルの原因が僕と決まっているような言葉に聞こえますが?」

 「そう言ってんでさあ」


 心外であるとばかりに、少年は従士長を睨む。

 そんなものはどこ吹く風と、結局大人たちの決定で晩餐会のメンバーが決まる。


 晩餐会自体は、一週間ほどの準備期間をおいて行われる。

 開催場所は、海賊城との異名のあるレーテシュバルの領主城。親しい者が集まるということなので、南部閥の決起大会のような様子になりそうである。


 一週間後。

 ペイスやジョゼは母親監修の元で念入りにおめかしして、レーテシュ伯爵領レーテシュバルに来ていた。両親と共に。

 目立つ城に出向けば、早速とばかりに従士長のコアトンが会場に案内してくれる。


 案内された先は、真っ先に挨拶するべき主催者夫婦。

 腹の大きくなった様子で、マタニティドレスのような装いの伯爵に、まじめな顔で傍に付くセルジャン。

 二人は、モルテールン家の四人が来たのを目ざとく見つけると、早速とばかりに歓迎の挨拶をした。


 「ようこそモルテールン卿。奥様もようこそお越しくださいました。ご子息とご令嬢共々歓迎しますわ」

 「ご招待をいただきまして、ありがたく存じます。ご夫婦揃ってのお出迎えとは痛み入りますな。仲がよろしいようで結構なことかと存じます」

 「まあ、おほほほ。モルテールン家の方々は大事なお客様ですもの。最高のおもてなしをいたしますわ。さあどうぞ」


 晩餐会の挨拶は、社交辞令から始まる。

 飾り付けられた広間の中に入れば、既に晩餐会が始まっていた。


 「では、我々は手筈通りに」

 「はい、父様」


 ペイストリーとジョゼフィーネの若者組と、カセロールとアニエスの両親組に別れての社交。これは、かねてからの手筈だ。

 今回の招待の目的がどの辺にあるのかを見極めるのが目的。モルテールン家に対するアプローチを目的とするのか、或いはペイストリーやカセロールといった個人に向けられた意思なのか。はたまた、次代を担う子供たちへの策謀か。

 誰の何に対するアクションを狙って開かれた晩餐会なのかを、見極めなければ話にならない。


 「ご無沙汰しております」


 そんな目的で行動していた姉弟の二人の元に、見慣れた少年が挨拶に来た。先ごろペイスと共に剣を掲げた戦友。ボンビーノ子爵ウランタ。

 護衛についているのも見たことのある補佐役ケラウス。子爵のパートナーは、ほうれい線も目立つ年配のご婦人であった。子爵家と縁戚である女性。いわゆる、親戚のおばさんというやつである。

 社交の場で目下から目上に声を掛けるのはマナー違反であるが、ボンビーノ子爵家当主からモルテールン準男爵家子息に対する挨拶ともなれば、ごく普通の社交になる。


 「子爵閣下、お久しぶりです」

 「ご無沙汰しておりますが、お元気そうなご様子で嬉しく思います」


 そう言って挨拶するモルテールン家の二人。

 社交に則って、ペイスは右手を左胸に当て、ジョゼは軽くスカートを摘まんで膝を曲げる。


 「こうしてお会いするのは、久方ぶりになりますね。どうぞ前と同じく、気楽にお話しください。ペイストリー殿やジョゼフィーネ嬢とお話する機会が欲しくて、参加したようなものですから」

 「そう言ってもらえると嬉しいですわ」


 ウランタ相手には今更である気もしたのだが、ペイスはジョゼに社交の矢面を任せた。

 ペイスは一歩後ろ、ジョゼは半歩ほど前に出ての対応になる。


 他愛もない世間話が続き、お互いがかなりリラックスしたムードになっていく。


 「今回の晩餐会はレーテシュ閣下の懐妊祝いとのこと。伯爵領の安定は当家にとっても利益となりますので、こうしてお祝いに駆け付けたのです」

 「それは当家としても同じことですのよ。伯爵には日頃からお世話になっておりますから、折角のお祝いならばと家族総出で参りました」

 「なるほど、通りで賑やかなわけです。何にせよ、おめでたいことは多い方が良い。ああ、おめでたいといえば、ジョゼフィーネ嬢も婚約者が出来たのでしたね」

 「え? そうなの?」


 思わず素で返事をしてしまったジョゼ。

 しまった、と思いつつも、言ってしまったことは取り返しがつかない。

 自分の父親は子煩悩と言えど厳格な領主家当主。当人に内緒のまま娘の縁談を進めるぐらいはやっていてもおかしくはないが、そう考えたところでも寝耳に水なのは確か。

 少女は、思わずペイスの方を見てしまう。ペイスはゆっくりと首を横に振った。


 「いいえ。ジョゼ姉様は今のところ決まった婚約はありません。初耳ですね」

 「そうですか。では、間違った噂を聞いていたのでしょうね。盛んにジョゼフィーネ嬢と婚約したと喧伝するものが居りましたので、確認しようと思っていた所なのです」


 今のところ、ジョゼはフリーである。少なくとも、ペイスとジョゼには知らされていない。

 政務にあまり関わらないジョゼはともかく、ペイスにすら秘密にしたまま進められる縁談というのも難しいだろう。


 「そうそう。それも含めてなのですが、最近は当領にもリハジック子爵領から難民が増えております。中には、モルテールン家の者であると虚偽の申告をしたものも居り……こちらでも調べてみますが、お気を付けいただきたく思います」

 「ご厚意ありがたく。それにしても、話を聞く限りウランタ殿はお忙しいようですね」

 「嬉しい悲鳴、というものでしょう。色々と忙しくしておりますと、ペイストリー殿と出会った時が時折懐かしくなります。当時も忙しかったですが、困窮からの忙しさはまた別ですよ」

 「あの時は大変でしたしね……」


 一度話し始めれば、互いに背中を預け合った戦友同士で話も弾む。

 最近は南部閥ナンバー2と見られるような場面も増えたという子爵の愚痴や、水龍の牙の面々が従士として取り立てられた件なども情報交換し合う。

 ペイスからは、最近レーテシュ領で起きた事件も話された。当然内容は建前の方だ。今頃はレーテシュ伯に、父親が警告を受けているはずだとのところで、意外にもウランタが話に興味を示した。


 「それはどういう……おや?」


 更に、細かい話を聞こうとしていた矢先。

 急に会場の一角が慌ただしくなり始めた。煩くなった場所は、レーテシュ伯のいたはずの場所である。

 女傑と言われた女性の姿。だが、普段とは違って尋常でない様子。それが目に入った瞬間、何が起きたかペイスは悟った。


 「どうやら、レーテシュ伯が倒れたようですね」


 主催者の急な昏倒。

 やはり何事もなく終わることが無かったと、関係者一同は溜息をもらすのだった。


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表紙絵
― 新着の感想 ―
[気になる点] この場合モルテールン家は一切悪くないと思うんだけどそれでも仕込みをしてたらモルテールン家も悪いことになってしまうのか?変装して名前を騙ってたとはいえ相手が自発的に貴族を襲ったのは事実だ…
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