091話 腹の内
ダンッ、と大きな音と共に、簀巻きにされた男たちが部屋に投げ込まれる。
「これは一体どういうことですかな」
「どういう事かと聞きたいのはこちらの方です」
深夜のノッテンガイヤー商会。
本来ならば誰も彼もが夢の中にいるべき時間に、強引に押し入った客がいた。
いや、客というにはいささか物騒。
財布の代わりに剣を煌かせ、商品の代わりに簀巻きの人間を持ってくるような連中を、客とは呼ばないだろう。
少年が一人。更にその後ろに、男四人がずらりと並んで支店長のヤッチモンクを威圧していた。
「つい今しがた、僕の泊まる部屋に押しかけてきた連中です。少々手荒に事情を聞きましたが、この商会の人間だと白状しました。裏も採れています。これは僕ことペイストリー=ミル=モルテールンへの許しがたい暴挙であるとともに、我がモルテールン家への犯罪行為と断定します。当家は国王陛下より準男爵位を賜りし誇りある家柄であり、大義なく当家に弓を引くは陛下への反逆行為とみなします。よって、モルテールンの名において、この商会支部の全てを接収します」
「なっ!!」
「ついては貴方の身柄を拘束し、この商会支部内も徹底的に捜索します。抗弁の権利は認めません。皆、やりなさい」
ペイスの号令一下。
シイツ、ダグラッド、ニコロ、トバイアムの四人が動き出す。シイツが手際よく支部長を縛り上げ、店の従業員として住み込んでいた者たちはダグラッドとトバイアムが順々に拘束しつつ一か所に集める。
これをしり目に、ペイスは目ぼしい木板や羊皮紙をニコロと共に漁って、内容を確認していった。
「このような暴挙、許されるとお思いか!!」
「おかしなことを言いますね。僕が寝ているところに剣を持って押しかけてきた連中が、貴方の差し金だったと白状したのです。ちなみに宿屋の人間等々が、僕の知り合いの前で公式に証言しているので、証拠は確保済みです。許されるも何も、当たり前の対応でしょう」
「馬鹿な。我々はモルテールン家の方々を襲わせたりしていない!!」
「襲わせたのは、ナータ商会の人間のはずだ、ですか?」
ペイスの一言に、支部長は目に見えて狼狽する。
「何故それを!!」
「欲にかられると、本当に人の目は曇りますね。僕の顔に見覚えはありませんか?」
「え? あ、ライス!!」
真夜中の寝ぼけた頭が急激に冴える。
昼間に見た顔であると、今なら分かると支部長は愕然とした。
「髪型と髪色だけでも、人の印象とはずいぶん変わるものです。髪色を【転写】するなど、僕には容易い。モルテールン家に僕が居ることなどはちょっと調べればすぐに分かったでしょうし、美味すぎる話に裏があるなんて気づきそうなものですが……」
「普通は貴族の子供が他領にわざわざ乗り込むとも考えませんし、昨日今日で突然髪の色がガラっと変わるとも考えませんし、護衛が碌に無いのに安宿に貴族が泊まるとも考えませんぜ」
「つまりは、僕の柔軟な発想が良かったということですか?」
「坊が非常識って話でさあ」
支部長を縛り上げ終わったシイツは、ペイスの手伝いの方に回る。
「っく、こんなことをして、ただで済むと思わないでいただきたい。我々はレーテシュ伯の許可の元、リハジック子爵閣下の庇護にある者です」
「最悪リハジック子爵と戦うことになる、という脅しですか。結構、受けて立ちますよ……っと、なるほど、そのリハジック子爵が落ちぶれて没落したため、独自の資金調達を模索していたわけですか。利益が往時の三十分の一以下になってますね。ほう、これは当家が鼈甲飴を配った家の一覧。当家の金脈が砂糖関連だと考え、丸ごと奪うつもりだったというわけですね。耳が悪くなったとはいえ腐っても大商会です。砂糖や飴が儲かるだろうという、目の付け所は悪くない。わざわざうちを狙ったのは、意趣返し。逆恨みというわけですか」
「坊、どこでそんなもん見つけたんで?」
「隠してありましたよ。この手の小悪党は度胸がありませんから、自分の悪事の証拠を自分の目の届かないところに置くはずがない。そして、何かあったときにすぐ処分できるようにしているはずですし、支部長の目線を観察していれば、どこを探して欲しくないのかなんてすぐに分かります」
ペイスが手にしていたのは、手紙や裏帳簿。証拠の数々。床下の一部を引っぺがすと、そこからザクザクと出てきた。
隠し財産としての金貨も何百枚かあり、当然全て没収する。
「さて、問題はこれから……」
あらかた調べを終えた後、ペイスはボソッと呟いた。
◇◇◇◇◇
「閣下、至急のご連絡です。起きてください!!」
ドンドンと寝室のドアを叩く音に、一人の女性が目を覚ます。
それからすぐに、ベッドこそ別だが近くに寝ていた男も目を覚ました。
「ん? どうした」
「あなたは寝てても良いわ。私の仕事だから」
そう言って、女性は薄い寝間着の上に厚手の上着を羽織って扉の騒音に応える。男の方も、寝てていいと言われつつも起きだす。
「コアトン、うるさいわよ。全く、ただでさえ身重で睡眠不足な身体なのよ私は。ちょっとは労わってほしいわ」
「そうも言っていられません閣下。領内で、他家の貴族が襲われました」
「何ですって!!」
その報告に、女性。レーテシュ伯ブリオシュは驚く。
母体を労わる為に同衾せず、隣のベッドで寝ていたセルジャンも飛び起きる。
すぐにも連れ立って、寝室脇の部屋を抜けて執務室に向かい、報告を聞く。
「コアトン、詳しい話を」
「はっ。昨夜未明、西区の外れにある宿泊施設に暴漢が乱入。中に居た貴族とその供を襲ったとのことです」
「西区の外れ……貧民街じゃないの。襲われて殺された?」
「いえ、幸いにも中に居た当事者たちによって取り押さえられたとの由にございます。犯行人数は数名とのことで、被害者、加害者ともに死人はありません」
「そう……最悪のケースでは無かったのは救いね」
最悪のケースとは、自領の内部で他家の貴族が殺されて、それを理由に様々な報復を受けること。
レーテシュ伯として権謀術数の中に生きてきた人間だ。暴漢に襲われたと見せかけて、敵対する人間の暗殺を謀ることもありうる。有り得るだけに、今回のケースがそうであったに違いない、と疑惑の目を向けられる可能性もあった。
誤解である以上無罪を主張しなければならないだろうが、被害者側からすれば不誠実な姿勢にしか映らないだろうし、感情的にもつれれば軍事衝突まで一直線である。
そうならなかっただけでも、まずは一安心。
「襲われたのは何処の人間?」
「モルテールン家の嫡子にございます」
「あの坊や……うちの庭でやってくれたわね。少しは領地に籠って大人しくしてれば良いのに」
「入領と滞在の許可は出しておりましたので、手続き上に彼の少年の瑕疵はありませんが?」
「だからこそ鬱陶しいのよ」
他家の人間が来る場合、事前に許可を申請していない人間は不法入国である。
当然、ペイスからの越境と滞在の許可申請は出ており、許可を出したのは伯爵当人。サインをしたのを覚えているだけに、始末が悪い。
襲われた側に一切の非が無ければ、襲った方が悪いのは当たり前。襲った側についても、治安の乱れの責任が、レーテシュ伯にあると言われれば厄介なことになる。
「襲った方は?」
「ノッテンガイヤー商会だそうです。今朝がた主だった者の身柄と、証言をまとめた公正証書が預けられました。内容の裏付けを進めておりますが、現時点で加害者による襲撃の事実は間違いないかと」
衝撃の事実に、レーテシュ伯は眉間にしわが寄る。傍にいたセルジャンとて同じことだ。
「貴族を平民が襲ったのか? それも我らが領内で? 大問題ではないか」
「そうよ。そうでなければ朝も暗いうちから起こされたりはしないでしょう」
「ノッテンガイヤー商会と言えば大商会。そんな見え見えの犯罪を起こすとは思えないが……」
「あそこは、後ろ盾のリハジック子爵の没落に合わせて、ここ最近で急速に落ちぶれていたはずよ。情報網の精度が極端に曇っていたのは確かね。よっぽど大きな利益に釣られて博打に出たのか、或いは貴族への襲撃以上の醜聞を隠したかったのか……」
「貴族と分からず襲ったのではないか? 場所が貧民街なのだろ?」
「なるほど、その可能性も確かに有るわね」
「厄介だな」
「何にせよ、襲った理由をはっきりさせるべきね。欲を出して襲ったのなら単発の犯罪の可能性もあるけれど、悪事を隠そうとしていたのなら芋づる式になるでしょうし」
夫婦が互いに意見を言い合う。
ここ最近では活発になってきた活動で、これによってレーテシュ伯自身も角が取れて丸みを帯びた指示が出るようになったという噂である。
「それも、モルテールン家より渡された証拠資料にありました。港での抜き荷、モルテールン家の名を騙っての商品売買、賄賂、脱税などなど……発覚を恐れていたとみて、まず間違いなさそうです」
「よくそれだけの証拠をそろえられたわね」
「襲撃後にすぐ反撃を行ったそうです。その際に責任者を捕縛し、商会の建物内を捜索して証拠を確保したと」
「……手際が良すぎるわね」
他家の領地に出向いているときに、暴漢に襲われる。普通は、狼狽する。そうでなくとも、まずは相手の所属を確認したり、雇われていたなら雇用者を調べねばならない。
裏付けだけでも時間が掛かるし、聞き込みならば深夜に行うのは不可能。
夜に襲われて、夜のうちに証拠まで確保して、朝にはスッキリ解決。どう考えても手際が良すぎた。
幾らモルテールン家の人間が優秀であったとしても、明らかに不自然。
「モルテールン家の策謀であったと?」
「その可能性が高い。私は、ほぼ間違いないと考えているわ」
「根拠は?」
「あの坊やがノコノコと出てきておいて、偶然襲われました、なんてありえない。まして、モルテールン家に不利益をもたらしていた商会が、わざわざ一網打尽にするチャンスをくれる? 調べてみれば証拠の山? どんな偶然が重なればそんな都合よく物事が運ぶのかしら」
「最初からノッテンガイヤー商会を狙って、我が領で動いていたのか。事前に何か情報を掴んでいたか?」
「ええ。当人たちは否定するでしょうが、まず間違いないわ。裏で動く狡猾さ……準男爵本人の策謀ではなさそうね」
自分たちにとって不利益になる人間に都合よく襲われて、返り討ちにしてみれば証拠の山がザックザク。
誰がどう見ても、なにがしかの陰謀の匂いがプンプンする。隠す気があるのかと言いたくなるぐらいだ。
いや、恐らく無いのだろう。自分たちに手を出せば、同じ目に合わせるという示威行為を兼ねているとみるべきだ。
そう、二人の貴族は結論付ける。
「ちょっとまってくれ。それはつまり我々の腹の内に、モルテールンの手の者が紛れ込んでいる可能性があるということか」
「そうでしょうね。たかが準男爵家の情報網がどの程度のものか、と侮るのは簡単でしょう。でも、相手はあの大戦の英雄と、銀髪の坊やよ。黙って傍観していれば、いざというときに足元を掬われかねない……対策が要るわね」
「今後、このトラブルを理由にモルテールン関連の出入りを厳しくチェックするのはどうだ? 何度も同じようなトラブルを起こされてもかなわないし、今回の件は丁度いい大義名分になるだろう」
セルジャンの提案は、軍人らしい意見だった。
目に見えた脅威があるとき。それを直接的な手段でもって排除する。単純にして明快。
モルテールン家が怪しい動きをするというのなら、モルテールン家に関わる人間すべてを締めあげれば、確かに解決はするだろう。
ただし、問題も出てくる。
「駄目ね」
「理由は? 入って問題のある連中なら、疑わしいものも含めて入れないのが一番確実な解決法だ」
「一つは、対王家の問題。今は内務卿肝いりの国道建設が進んでいるのよ? そこにきてモルテールン家に関わる人間を締めだしたとあれば、他所から見れば王家や内務卿の政策に真っ向から反する形になるじゃない」
「なるほど」
現在建設が進められている街道は、国費による建造。神王国南方の物流を活発化させ、現在右肩上がりの地域の活力を、他地域にも波及させる狙いがある。いわゆる国策というやつである。
これの邪魔をするような真似をする。事情を知らない人間から見れば、レーテシュ伯が公然と国策に異を唱えているように見えてしまう。
モルテールン家の思惑に乗るのは癪でも、否定は出来ない。
「ならば、疑わしい者もとりあえず見逃すとして、確実にモルテールン家の者と分かる人間を排除してはどうか?」
「それも出来ない」
「何故?」
「契約してしまっているもの。こと飴関連について、流通には可能な限りの便宜を図る、と。今回の件については、モルテールン家に一切の非が無い。にも関わらず契約に反すれば、その批判の矛先が私たちに向くわ」
「……手回しのいい。そんなことまで読んでいたのか?」
「展開を読んでいた、と思いたくはないわね。偶然であって欲しい」
去年に新茶試飲会を開いた折、モルテールン家とレーテシュ家では契約が結ばれている。鼈甲飴を含む飴製品について、流通の便宜を図るという契約。
モルテールン家が契約違反をしたのならともかく、全く別のことでこの契約を破棄するのは、明らかな不合理。イチャモンと見られるだろう。
モルテールン家を敵に回したくないレーテシュ家の事情からするならば、出来ることではない。
だからこそ、今回の襲撃で明らかな示威行為を行えたのだ。
「好き勝手されるのも、困るわよね」
「ああ。次もまた同じように、領内で騒ぎを起こされても困る」
「……釘を刺しておく必要がある、ということよね?」
「今後を考えるならば」
傍でじっと領主夫妻の話を聞いていたコアトンは、スっと向けられた自分への目線で察する。
「閣下のご懐妊の祝いに、モルテールン家の方々を招待されるというのは如何でしょう」
従士長の提案は、特に問題があるとも思えなかったし、“親しいもの“を招く理由には十分なものだった。
「それで行きましょう。準備は任せるわ」
「畏まりました」
朝も暗いうちに起こされたレーテシュ伯は、セルジャンを残して寝室に戻る。
暗い中でベッドに戻り、呟いた。
「全く、妊婦は辛いわ」
彼女のお腹は、既に誰もが分かるほどに大きくなっていた。