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おかしな転生  作者: 古流 望
第1章 アップルパイは笑顔と共に
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009話 盗賊襲来

 ペイストリーが【転写】の魔法を覚えてから三週間。

 ようやく、彼も自身の魔法について慣れて来た頃。


 その日、モルテールン家の中は慌ただしかった。


 「大将、ありったけかき集めてきたぜ!!」

 「裏に運んでおけ。最悪ここに籠城だ。村人全員匿って、何日分ある」

 「三日だ。一日一食で食いつないでも七日持てば精々だ」

 「それだけあれば十分だ」


 ドタバタと走る足音があちらこちらから聞こえ、ガチャガチャと物を運ぶ物音がそこかしこからしてくる。

 今もまた一人の青年。いや、少年が領主の館に駆け込んできた。


 「父さま、村の人全員に連絡終わりました」

 「よし、ペイスはそのままシイツの防衛準備を手伝ってくれ」

 「はい」


 入って来た時と同じような駆け足で、ペイストリーはまた家から出ていく。

 この慌ただしさの理由を思えば、ゆっくり歩くだけの時間を惜しむ故だ。


 ――盗賊現る


 既に隣領であるリプタウアー騎士領の村々が略奪の上で焼き払われた、との一報と共にもたらされた盗賊出現の報せ。

 この報せを受けて、騎士爵始めモルテールン領のトップ達の動きは素早かった。

 即座に走らせた遣いと共に、本村以外の村を一時的に封鎖。井戸は全て埋め、資材や食料の持ち出しと、家屋、田畑の破棄を行った。

 家屋の破棄は、それを盗賊に利用されて根城にされることを防ぐためであり、それによって家を失う人たちは、一旦は本村に匿うことになった。


 この本村以外の封鎖措置には、前もって準備をしていた“賊からの防衛戦略”の思惑がある。

 モルテールン騎士領は荒地が多く、森と呼べるものは皆無である。盗賊が何十人分かの水や食料をある程度の量まとめて手に入れようとすると、必ず村を襲わねばならないという事情を見越しているのだ。

 それ故、他の二村をあえて放棄することで、賊を本村におびき寄せる。盗賊の類が得意とするであろう散発的な不正規戦。現代で言うところのゲリラ戦を防ぐ狙いだ。


 この戦略を描いたのには、騎士爵の保有する戦力事情から、農民兵が数的には大半になるという理由もあった。

 農民兵主体の戦力は、持久戦にとことん弱い。瞬発力ならまだしも、戦意を持続しつつ戦うにはそれ相応の訓練が要る。

 例えばスポーツで、素人だけのチームを作ったとする。相手がプロだとして、素人が勢いで短期的に押すことは可能だろう。だが、時間が経てば経つほど劣勢になるのは素人の方だ。戦いと言う意味では、同じ真理がある。

 それ故、短期決戦を狙わざるをえず、長期戦になりやすい散発的な対ゲリラ戦を避けたのだ。


 その領主の戦略を言われずとも理解しているのは、領主の腹心たるシイツ。

 そして、息子であるペイストリーのみであった。


 「ペイス~俺たちもなんか手伝うぜぇ~」

 「そうそう、俺たちペイス様の部下だかんな。うっしし」


 形式上は成人したとはいえ体が未だ小さいペイスは、防衛準備のうち物資の整理と管理を担当していた。

 これは、領内でも五桁を超える数を間違いなく計算できる者は限られていて、その中でも最も責任者に相応しい地位の人間が領主の息子であったからである。


 そんな賢しい少年にも、遊び友達と呼べるものが居る。

 それが、“自称“次期領主直参のマルカルロとルミニート。共に悪戯好きの悪童として領内では二番目に悪名高い、二人の子供だ。最もその悪名を轟かせているのが誰かというのは、察するに余りある。そいつは今、鳶色の目で二人を見ている。

 朱に交われば赤くなるのが世の常だが、この場合の朱とは、主と置き換えるのが正しいようだ。


 「二人からの様づけとか、鳥肌が立つのでやめてください。あと、手が空いているのなら、村の柵から離れないようにしつつ、石を集めておいてください」

 「石か。大きさは何でも良いよな」

 「マルクとルミの投げられる大きさ以上なら手当たり次第で良いです。言うまでもありませんが、賊が領内に入り込んでいる以上危険です。何か遠くに物音がしたら、それがどんな音であれ、まずは柵内に逃げるように。変なものが見えたと感じたら、それが何かを確認する前にまず柵内に走りなさい」

 「分かった」

 「任せとけ。石投げは得意だ」

 「いやいや、投げるんじゃなくて、集めるだけですからね」


 子供の手伝いといえど、今は貴重である。

 猫の手の一つでも借りたいぐらいに、やることは幾らでもあるのだから。

 どれほど準備しても、し過ぎであるということは無い。

 ちなみに、何故悪童たちが石投げを得意とするかと聞かれれば、原因は銀髪の次期領主のせいだと誰もが答えるだろう。この男が率先して石投げをやらかすものだから、他の子供まで嬉々として真似をしてきた。


 そんな手のかかる悪がきが四度ほど、抱えた石を柵内に運んだあと。五度目の石集めをしていた時だった。

 しゃがみ込んで一生懸命に投げやすそうな石を拾っていた子どもの耳に、遥か遠くの微かな気配が届いた。


 「おい、何か聞こえたか?」

 「あん? お前の耳はゴブリン製だからあてになんねえぞ」


 悪童の片割れが、右腕と服の中に石くれを抱え込みながら立ち上がった。

 肌寒い晩秋の風の中、気だるげに遠くの方を眺める。

 その目には、平野の遠くの方に黒い粒がある様に見えた。


 「盗賊だぁ!!」

 「やべぇ!!」


 慌てて柵の中に逃げ込んだ少年たちの叫び声は、図らずも警鐘となる。

 声を、真っ先に聞いたのは、柵の傍で渡し板を警戒していた村人だった。彼は年こそ四十も後半であったが、動きは機敏であった。

 柵の前。幅にして5~6m程の濠に渡し掛けていた長くて分厚い板を柵内に引き込み、そのままそこら辺に転がす。

 そして即座に村の中を走り、領主の館に向かった。

 途中、盗賊が出たぞ、と叫びながら。


 只ならぬ雰囲気を既に察していた村人たちの多くは、大声で叫びながら駆け抜ける男を二通りの反応で迎えた。

 家の戸を固く閉ざして家財道具で押さえ、窓の蓋を降ろして家に閉じこもる者と、鼻息も荒く、手に木槍を持って領主の館や、村境の濠や柵に駆けていく者と。


 騒然となる村の中で村人の前に姿を現したのは、鎧甲冑を身にまとい、凛然たる体躯をもって秋風を遮るカセロール=ミル=モルテールン騎士爵。

 落ち着いて村人を集める様に言い、銘々が集まった所でこう宣言した。


 「皆、知っての通り盗賊が出た。この村を襲う気であるのは明白。放っておけば、男は殺され、女は犯され、子供は売られるだろう。食い物は奪われ、後に残るのは焼かれた家屋敷だけとなる。私は、それを許しはしない。それ故、皆に覚悟を問う。家族を守りたいと思うものは、武器を取れ。皆の力を合わせ、賊共をここから追い払おうではないか。では問おう。覚悟は良いか!!」

 「「おおっ!!」」


 集まった連中の、耳をつんざくような声の塊。男たちの怒号にも似た叫び。

 その場に居た者は、空気が文字通り震えたように感じた。


 モルテールン領は当代当主が初代になる騎士爵領。

 無からの開拓と言っていい日々の中で鍛えられた男たちの気合は、中々に迫力がある。


 そもそも、砂漠程でないにしても雨が乏しく、荒地と呼べる荒野の開墾に人生を掛けてよいと集まった荒くれどもが本村(ほんそん)の一世代目。

 元々は田舎領地の農家の三男坊以降であったり、没落商家の末っ子であったり、或いは体を壊した元傭兵であったりがその世代。早い話が、元々食うにも困り一縷の望みを掛け、呼び掛けに応じたのが彼らである。

 この村を追いだされれば戻る場所など無い以上、良くて過酷な奴隷。逃げても餓死か枯死。そんな境遇に落ちぶれると、誰よりも理解している連中だ。

 それだけに、他の二つの村を閉鎖した時点で後が無いことを、言われずとも皆悟っている。


 いずくで誰知ることもなく死ぬよりは、ここで仲間を、家族を守って死ぬ。

 裂帛の気合は、そんな決意の表れでもあった。


 持ち場に散ってゆく村人たちは、手に手に粗末な武器を持っている。

 刃先に鉄刃を噛ました木鍬を持つもの。どこから引き抜いたのか、土くれが付いた木杭を持つもの。芋程の大きさの石を集め、肩を回して投げる構えを見せるもの。


 「間もなく日が暮れる。賊どもは夜に来るぞ。皆、今晩が山だ。気合を入れろ!!」


 領主自らの檄。

 領内では貴重な薪も使われ、火が焚かれる中にあって、その声はよく響いた。

 檄が染み渡り、気合を充実させて持ち場に散っていく民兵の中、一人の男がカセロールに近づき、周りには聞き取り辛い声で問いかけてきた。


 「夜明けを待って明け方に仕掛ける可能性や、何日か様子を見てくる可能性もあるんじゃねえですかい? 暗い中じゃ、土地勘のない賊に不利でしょう。不利を押しても来ますか?」


 あえて領主であるカセロールの意見に反する発言をする者が居る。

 歴戦の騎士であり、忠勇武名を馳せた騎士爵に、軍事的な意見が出来る者など領内では限られている。

 案の定、その発言は腹心のシイツだった。

 仲の良い友人同士でもある当主と副官は、時々こうしてあえて意見を対立させる。

 お互いに信頼関係があるからこそ、あえて耳に逆らう反対意見を言うのだ。

 そうすることで、お互いに見落としを防ぎ、思考と発想を柔軟にする。十年来の阿吽の呼吸というものだろう。


 「来る。彼奴らは、隣領の襲撃で、恐らく食料や物資の補給に失敗している。時間を掛けるような真似は出来ないだろう」


 騎士爵自身は、かなり確信があった。賊が、物資補給に失敗している、という確信だ。


 昨年の冬からこの夏に掛けて、モルテールン領や近接領では近年にない冷害が発生している。隣領であるリプタウアー騎士領も例外では無く、相当数の餓死者が出ているのは確かな話だ。

 幾ら自領よりも豊かな土地であるとはいえ、蓄えの出来る状況であったとは思えない。

 蓄えているものが無い村を襲った所で、得られるものなどたかが知れている。ここに来るまでに食い尽くしている事だろう。


 「しかし、確実にそうだと言うわけじゃあ無えでしょう。リプタウアー騎士爵は義に篤いとの噂。自分が借金してでも領民に食い扶持を与えていたかもしれません。それに、賊が伯爵領でしこたま奪えるだけ奪って来たのかもしれません。もし賊に余裕があるとすれば、無理押しを避けるかもしれやせん。そうなればこっち側としても、徹夜の疲労は無視出来んでしょう」

 「むっ」


 極度の緊張を強いた状態での徹夜。

 幾ら肉体労働に従事する農民といえど、若い者ばかりでないモルテールン領軍側にはかなり堪えるだろう。こちらが疲労を重ね、賊がぐっすり休んで気力体力を充実させてから襲ってくるとするなら、相当に不利な状況を産む。

 それを考えるに至り、騎士爵は若干言いよどんだ。不安が産まれた、と言っても良い。

 ちらり、と横目に見えた銀髪の少年にも、意見を聞きたくなった。


 「ペイスはどう思う」

 「う~ん。情報不足ですね。賊の食糧事情は、幾ら推測を重ねてもはっきりしないでしょう。故にあてにする作戦はたて辛い。一番良いのは、食糧事情や戦力を正確にすることでしょう。正確な分量を量るのは、何をするにも基本です」

 「そうか……よし!!」


 息子の言葉と、親友の意見に思う所があったのか、カセロールは馬に飛び乗った。

 普段は農耕馬を兼ねる馬ではあるが、その体躯は軍用馬としても優良と呼べるものだ。

 唸りを聞かせる馬を見るだけでも、騎士爵が常に戦いを意識して軍備を整えていたことが伺える。軍人の心構えとしては立派なことであり、この場においては備えが役に立つ。


 「シイツ、お前も来い」

 「何をするんで?」

 「強行偵察だ。今ならひと当てしてみることも出来るだろう」

 「全く、うちの大将は人使いが荒い」


 シイツも、いつの間にか馬に乗っていた。

 自分用の馬をちゃっかり用意しておくのを見れば、当主へ物申す時にはある程度こうなることを予想していたのかもしれない。


 「ペイス、私の居ない間は任せる。もし私が居ない時に賊が襲ってきたら、北側以外を優先して守れ。万一にもひと当てした時に逃げ遅れたら、私とシイツは一度大きく迂回して北側から戻るつもりだ」

 「分かりました。御気を付けて」


 濠に、渡し板が掛けられる。

 駆けだす二人の雄姿は、夕映えを背負うに眩い。


 後を任された次期領主は、父親を見送るのも早々に切り上げ、早速動いた。

 周りをひっきりなしにチョロチョロしていた二人の友人を捕まえると、有無を言わさずに指令を与える。


 「マルク、君はコアントローの所に伝令を頼みます」

 「親父の所にか。任せろ」

 「コアントローは、西の濠を守りに行っているはずです。伝令内容は『火矢の灯りを敵襲の合図とせよ』です。行けるでしょうか?」

 「火矢が敵襲の合図、だな。よしきた、行ってくる」


 こういう時には、全力疾走を厭わない子供というのは役に立つ。

 とりわけ、体力だけは有り余っている悪がきともなれば、言われずともあちこち走り回る。


 火矢を合図と言ったのは、ペイスの独断であった。馬鹿正直に、父とシイツが騎馬駆けで威力偵察しにいった、と伝令したところで、指揮経験の乏しい従士には意味が分からないだろうし、余計に戸惑う。

 ペイスは、いざというタイミングは、自分の判断で行う覚悟を決めたのだ。


 父とシイツが馬で出て行った以上、偵察からは必ず戻ってくるという確信はある。武勲の報奨でもある父の馬と、それに合わせたシイツの馬は、足が早い。伯爵家ですら数えるほどしか持っていない北方産の馬で、盗賊如きが追いつける馬足では無い。

 疾走。偵察だけなら、それだけで十分事足りる。まず間違いなく無傷で戻ってくる。


 だが、日暮の時間帯というのが気になった。

 偵察だけであれば、シイツが付いて行けば問題ない。逃げるにしても、父の【瞬間移動】が万一の場合も逃走を保障する。馬は捨てることになるかもしれないが、二人が無傷で戻れる確率は相当高い。

 しかし馬を捨てずに逃げるとなると話が違ってくる。人に換算して5~6人分の重量がある馬が二頭。父の魔法では重量制限的に厳しい。

 それ故駆けて逃げてくることになる訳だが、暗くなってきた中で、相当に急がせて馬を走らせれば、方向感覚がずれる可能性も考えなければならない。


 幾ら土地勘があるとはいえ、猛スピードで走るものの上から正確に位置を把握する。それも暗闇の中で。しかも、下手をすれば数十人の盗賊に追いかけられながら。相当な難事である。

 夜に灯りの消えた部屋の中で走る事を考えれば分かりやすい。手さぐりで恐る恐る動くだけでも難しいのに、そこを時速数十キロで走るといえば困難極まりない。


 そこで、火矢が出てくる。

 薪の火を目印に駆けて戻るであろう二人を助けるのに、火矢の灯りは心強く思えるだろう。暗い部屋で、手元に持つ灯りと同じように。


 「ルミはグラサージュに火矢の準備をするよう伝えてください。父様たちが離れたのち、もう一度微かでも馬の足音が聞こえたら、火矢を音の方に向けて撃つようにと」

 「良いのか? お館様に矢が当たるかも知れないよ?」

 「父様やシイツなら、火矢を遠目に見た瞬間に、意味を悟って方向を変えるさ。恐らく、西回りで北に向かう。後は西側に居る人達と合流して上手くやるでしょう。第一、あの父様に、相当に離れて撃ったはぐれ矢が当たると思いますか?」

 「全く想像できねえ。イタズラで後ろから投げた石まで避ける人だし」

 「でしょう? まあ石の方は何時か当たると思います」


 緊張感の欠片も無い子供の笑いが鳴る。

 仮にも領主に対して石を投げるというイタズラの酷さもさることながら、それを良しとする次期領主も大概に悪童である。


 伝令に走らせた同世代の少年を見送った後、先ほどまでの緩んだ空気が一変する。

 周りを忙しなく走り回る大人たちは、その凛然とした雰囲気に呑まれそうになった。


 「一手、策を用意します。子どもたちを集めてください」

 「へ、へい!!」


 慌てて何人かが村の中に走り戻る。

 言いつけられた村人は、子供を集めるのだから逃げる為の一手を用意するのだろうと考えた。

 子供たちだけでも安全な場所に逃がすために、何がしかの手を次期領主が打つのだろう、と。

 が、当の本人には違う思惑があった。


 父がひと当てと言ったのは、恐らく自分が囮になってでも、盗賊に短期決戦を強いる為だろう、という思惑だ。

 父達が戻ってくるときには、最悪、賊全員を一度に相手にするかもしれない。

 いや、恐らくそうなる。二人は一度の勝負で決着を付けようとしている。二人の目がそう言っていた。

 自分の戦術眼や軍務経験に自信のないペイスではあったが、それは博打のようにも思えた。歴戦の古豪が二人してやっている事だけに意味があるのだろう、と信頼はしている。

 だからこそ、それに応える為の一手を用意しておこうとする。

 集まりだした子供たちを整列させつつ、ペイスは父の帰りを待つ。


 村の端までの相当な距離を走り、伝令から戻ったマルカルロとルミニートは、ペイストリーの元に子供たちが集められているのを見てほくそ笑む。

 少年少女の手に持っているものが、自分達もよく知る物だったからだ。


 「マルク、ルミ、伝令ありがとう。早速二人にも手伝ってもらうよ」

 「くくく、それを持っているってことは、俺たちにもやらせてくれるってことだよな」

 「勿論です。二人は僕よりも上手い」


 子供たちが手に持っているのは、紐を捩ったような奇妙なロープ。

 麻紐なのだろうが、手の長さほどで折り返してある紐は、中ほどに布が付けられている。

 この紐の用途はただ一つ。投石である。

 所謂、投石紐と呼ばれる武器の一つではあるが、扱いには熟達を要する。


 そして、数年前より、何故かモルテールン領の子供はこれを遊び道具として育っているために、扱いがやたらと上手いのだ。

 とりわけ、悪がき組のツートップは200mぐらい先の口うるさい大人。もとい、標的に当てるほどに腕が良い。


 「東側の濠は、例の準備をしてあります。逃げる時の手順は分かっていますね?」

 「任せとけって。親父たちの度肝を抜いてやる。うけけけ」


 子供たちの準備も終えた頃、一つの報せが飛び込んできた。それは否応なく領民が緊張を強いられる報せであり、悪報でもあった。

 ペイスからすれば、想定していたもののうち最悪に属するものだ。


 「ご領主様とシイツ様が、賊数騎に追われています」

 「火矢は撃った?」

 「既に二度。ご領主様方は西の方に向かったそうです」

 「すぐに迎撃の準備をしてください。敵が来るまで、時間はありませんよ」


 銀髪の少年の予想した通り、盗賊の荒々しい雄叫びと暴力が村を襲うのに、それほど時間は要らなかった。

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[気になる点] >「良いのか? お館様に矢が当たるかも知れないよ?」 この「お館様」という呼び名は日本だと「屋形号」というもので、名門や功績のある武家の当主、守護大名、大藩の藩主などにのみ許された敬…
[気になる点] 例えや言い換えが多いが、なくてもいいと感じる。
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