087話 新人オリエンテーション
モルテールン家の新年は慌ただしさから始まる。
常から業務過多が慢性的になっているモルテールン領の、人的リソースに対して増員があるからだ。
「コローナ=ミル=ハースキヴィであります。モルテールン閣下の御為に身命を賭してお仕えする所存です」
「コローナさんね。義兄上からの紹介状は読みました。女性ながら、頼もしい武人であると伺っています。当家は何かと妬まれやすく、他家の圧力を受けやすい家柄。力を振るう機会も多いと思いますので、期待しています」
「はっ。微力を尽くします」
ペイスの軽い雰囲気に、武人然としたキビキビした動きで応えるのは、新年を機に新たに雇い入れた従士予定者の一人。これから教育を行うために正式な雇用契約と配属はまだ先で、今は挨拶を行っていた。
コローナと名乗った女性は、十八歳。ペイスの姉が嫁いだハースキヴィ家当主の、縁戚筋にあたる。
自分より弱い男とは結婚しないと言い張って、今の今まで恋人も作らず独身で通してきた堅物という評判。婚約者となるはずだった男を公衆の面前で叩きのめして、婚約を破棄された過去があるらしい。以来、婚約者に名乗りを上げるものが出なくなったという話が、手紙に書かれていた。
小所帯で貧乏なハースキヴィ家では、婚姻政策に難がある女性をただ扶養するだけというのも難しい。新しく武官を雇う余裕もないからと、モルテールン家に紹介という形で押し付けられた人材。何かと非常識なモルテールン家に触発されれば、考え方も少しは柔軟になってくれるに違いないという思惑もあったらしい。
赤みがかった黒髪を、なんと肩の上あたりで切り揃えている。武人としてなら普通だが、結婚前の妙齢の女性が髪をバッサリと切っているのだから、一筋縄で扱える女性でもなさそうだと、ペイスは注記を書いておく。
背も百七十センチを少し超えたぐらいある長身で、いかり肩。この時点で御淑やかな雰囲気は欠片もない。そばかすの乗った顔は少し日に焼けていて、意志の強そうな目がキッとペイスを見つめている。
義兄が代々の軍人であると知るペイスからすれば、お家の雰囲気に染まった尚武の感じが色濃く見えた。
一対一の挨拶も終われば、目線は横に向く。他にも採用予定者は居る。
「ジョアノーブ=トロンです。親しいものからはジョアンと呼ばれています。計算は親に仕込まれているので得意ですが、弓と乗馬は苦手です。親はボンビーノ子爵閣下にお仕えしていますが、兄貴たちが居るので、俺はモルテールン家を紹介されました。甘くて美味しいものがたくさん食べられると聞いております」
「ジョアン。お菓子の話は僕が語ると長くなると、シイツから止められているので後日。計算が得意というのは、当家としては心から欲していた人材です。恐らく研修が終われば配属されるのは内務になるでしょう。貴方の希望次第で別の部署も可能です。新規事業を幾つも計画している当家では、内務系は今後ますます人手が必要となる部署ですから、即戦力として活躍してもらいます」
「お手柔らかに頼みます」
ジョアンと名乗った青年は、十五歳。子爵家に仕える家の三男坊。今年成人してすぐに、色々な思惑や縁故という意味もあって、ボンビーノ子爵の紹介状付きでモルテールン家に雇われることになった。
夕日のような赤い髪が特徴的で、たれ目がちな顔立ちと低めの身長が合わさって、荒事には向かない雰囲気がする。
「バッチレー=モーレット。ジョアンとは幼馴染で、走るのが得意。えっと……頑張ります」
「バッチレー。バッチね。足が速いのは助かります。何かと忙しい当家では、走ってもらう用事も多い。仲の良い友人が既に居るのなら、協調性にも……多分問題はないでしょう」
「ども」
口下手な男は、ジョアンと同じような、子爵家従士の家の子。幼馴染という言葉の通り、年は同い年で十五歳。全く同じような事情から家を出ることになった、五男坊。実はボンビーノ子爵ウランタとは、相当離れてはいるが親戚になる。
細身ながら背は高く、ひょろっとした感じのする、鍛えがいのありそうな青年。
「さて、後の三人は、お互いによく知っているでしょうし、自己紹介は良いですね。モンティ、ジョーム、ビオ」
「はい」
「よろしくです」
「……うん」
モンティことモンテモッチ。モルテールン領西の村出身の十三才の青年。ジョームことジョーメッセナリーも、コッヒェン出身の十四才の青年。そして、ビオことビオレータは新村出身の十三歳の女性。
彼ら三人は、モルテールン領出身の新成人から、希望と能力を勘案して雇い入れることになった者たち。領内では、いわゆる出世頭のエリートというやつだ。
ペイスやカセロール始め、モルテールン家の者とは大分前から交流があるので、お互いに顔や名前ぐらいは知っているし、多少の性格も掴んでいた。
「三人共、親から独立して新たに従士家を建てるとなれば、家名が要ります。親元から通うにしても、形式ではあなた方が従士家の家長。今の家の者全員を家中に囲い込んでも構いませんが、その場合でも家名は要ります。お互いに相談して、被らないようにしておいてください」
「ペイス様、なんか良いのを付けて下さいよ」
「じゃあ、シュガーアマアマ家、ハニーネバネバ家、パイモグモグ家……」
「あ、やっぱり自分で考えます」
「そうですか」
名乗るのが恥ずかしくなりそうな家名をつけられかけて、慌てたのは三人。横で笑ったのが二人で、一人は背筋を伸ばしたまま無表情に立っていた。
「後からもう一名ラミトが合流することになりますが、あなた達六名は、これから新人研修の後に当家で従士として雇うつもりです。活躍を期待します」
「「はい!!」」
新人特有の、張り切った感じの声が唱和される。
「それでは、領内の案内がてら視察に向かいます。皆、馬には乗れますか?」
ペイスの質問には、半数がはいと答えた。
貴族家出身のコローナや、従士家出身の男二人は習っていたらしく騎乗も出来るが、村人出身の三人は乗ったことが無いという。
「なら、二人一組で騎乗してください」
馬に乗れるのが三人、乗れないのが三人ならば、二人一組にするのが丁度いい。
「ビオちゃん、俺んところに乗りなよ」
「え? でも……」
「良いからいいから。ほいっ。う~ん女の子の香り。肌もスベスベで」
「あのっ……ぅぅ」
「うひょっ、太ももが張りもある。鍛えてるね~グフッ!!」
「ビオ、私の所に乗れ」
二人一組になれと言ったとたんに、ナチュラルにセクハラしたのがジョアン。大人しそうなビオに鼻の下を伸ばして痴漢まがいのことをやらかしたので、ビオと同性であるコローナが痴漢野郎を殴り飛ばした。そして、年下の同期女性を自分の馬に誘った。
やれやれと溜息をついたのは、問題児の面倒を見なければならないペイスだ。
「……ジョアン、同僚の嫌がることをするのは禁じます。全く。罰として、貴方は走ってついてきなさい。モンティはバッチと同乗。ジョームは僕と同乗です」
「はい」
「ちょっ、俺は走りって酷い!!」
「セクハラは許しません。さて、まずは森と貯水池に案内しましょう」
馬が三頭歩き出す。人二人を乗せているのでそれほど速度は出せないが、人間が軽くランニングする以上にはスピードも出るので、ついていくセクハラ男は必死である。
「ここが最初の貯水池です。ザースデンと東の村とル・ミロッテの水需要を賄っていて、今の時期は一番水位が低いです」
「へ~思ってた以上にデカイ。魚とかは居ないのですか?」
「掃除のときには完全に水が抜けて干上がるので、魚が自然に住み着くことはあり得ません。養殖は今後の検討ですね」
「養殖?」
「家畜を飼う様に、魚を飼って増やしたり、育てたりすることです」
「それは良いですね」
最初に作った貯水池は、位置的に新村に近い。大昔から貯水池を作るならココと調査済みの土地で、地盤は比較的安定しているところ。
ここの管理は、森の管理と合わせてガラガンが行っているので、新人の挨拶回りも兼ねて連れてきたのだ。
「若様、今日は大勢連れてお疲れさまっす。新人っすか?」
「ええそうです。皆、彼がガラガン。森林管理長兼、第一貯水池管理役兼、本村の窯役という偉い先輩なので、色々と教わるように」
「はいっ」
「俺、偉くないっすよ。若様やカセロール様に色々とこき使われてるから肩書も増えただけで。ってか若様、部下が欲しいっす」
「この中の誰かが、ガラガンの部下になる予定なので、少し話をすると良いですよ」
ペイスが言葉を発したところで、先輩になる男は新人を見回した。
若干、女性陣に目を向ける時間が長かったのは御愛嬌だが、先輩として優秀そうな人間にはツバをつけておこうというしたたかさも垣間見える。
「森番は、余禄も多いから、おすすめっす。見回りや管理が主な業務で、新人として配属されたなら、まずは夜番の見回りからっすね。今は俺が、睡眠時間が不規則になりながらこなしてるんで、その部分を補って貰えるだけでも助かるっす」
「森の木も、大分大きくなりましたね。僕の腕よりは太くなっていますから、上々でしょうか」
「そうっすね。この夏には花の一つも咲くと思うんで、若様御所望のハチミツ作りも準備はしてるっす。俺の部下なら、このハチミツも一番に味わえるんで、希望者は大歓迎ってことで」
「抜け目ないですね」
ペイスは笑った。
ハチミツという甘いもので釣ってあわよくば可愛い部下をという、ガラガンの狡猾さにではない。それに簡単に釣られそうな人間が複数名居たことにだ。
「ぜいはぁ、ぜいはぁ」
ガラガンのプレゼンテーションもあらかた終わったところで、馬の後を走って追いかけてきたジョアンが追いついた。
かなり息が上がっていて、追いついたところでしゃがみ込み、両腕を後ろの方についたまま天を仰いで苦しそうにしている。
最後の一人も森に着いたのを見計らい、ペイスは声を上げた。
「さて、では次行きましょう。新村に向かいます」
「「はい」」
「嘘っ!! もう少し休ませて」
早速次のところへ案内に向かう。
一人だけヘロヘロと付いていくのを不思議そうにガラガンが見送った。
ル・ミロッテの村は、出来てまだ間がない。
村人たちも他所のところから寄り集まっているという事情から、とにかく細かいことでもトラブルの多い村。
水の豊富な地域で生まれ育った人間が井戸の水を使いすぎるというトラブル。日が暮れてからも仕事をする地域出身の人間が、そんな風習の無い人間と起こす夜間の騒音トラブル。或いは、言葉のニュアンスの違いからくる諍い。
挙げればきりがない為、この村だけは管理者として治安維持の責任者が任じられている。
「彼らがトバイアムとグラサージュ。トバイアムはこの新村の治安維持を担っていて、諸々の揉め事の仲裁も行っています。グラサージュは領内の土木関連を一手に担っていますし、新人の教育係も担当しているので、皆もよく覚えておくように」
「「はい、よろしくお願いします」」
新村について早々に、新人たちを先輩たちに紹介する。
グラサージュやトバイアムも、業務過多が慢性的になっているだけに新人には歓迎の意を見せた。
「うん、期待しているよ」
「ぶひゃひゃ、若様に比べりゃ皆可愛いもんだな。ってか若様、何で一人だけ寝転がってんだ?」
「ちょっとした騒動の罰ですよ。放っておいて下さい」
不思議そうな顔をしたグラスとトバイアムだったが、ペイスが不思議なことをやらかすのは今に始まったことではないので、あっさりと流して説明を始めた。
「それじゃあ、グラスんところの仕事は研修中に教えてもらえるだろうから、俺んところの説明をするとだな……まあ何だ。腕っぷしの強え奴は俺んとこに来い」
鼻息も荒く、新人の勧誘には気勢を上げていたのだが、元より武断派のトバイアムに細かい説明は無理である。
「はぁ……トバイアムの説明では分からなかっただろうから、私が説明しよう。自己紹介からしておくと、私はグラサージュ。そこにおられるペイストリー様や、親しいものにはグラスと呼ばれているので、皆もそう呼んでくれて構わない。私の仕事は、紹介にあった通り、領内の建設や工事関係の統括だ。現在モルテールン領では多くの工事計画があり、かつ国家事業として東方に伸びる国道の建設も進んでいる。配属されれば、これらの事業統括の補佐から始めてもらうつもりだ。自分が人を動かし、物を作り上げていくという楽しさが味わえるので、新人諸君には是非とも志望してほしい」
「おお」
「次にトバイアムの仕事だが、新村の治安維持を行っている。司法的な部分の仲裁も管轄に含まれている。この仕事を説明するのは村の歴史から語る必要があるな。先年、南部に大規模な盗賊禍があったことを、皆は知っているな」
さすがに経験を積んできたグラスは落ち着きがあったし、去年も新人研修を担当しているだけに慣れた説明だった。
盗賊の被害についての質問が新人に飛ぶ頃には、既に新人研修的な雰囲気になっていたのだが、教官の質問には全員が知っていると答えた。
「結構。この盗賊の被害に遭ったり、或いはその余波を受けたりといった理由から、当時は周辺所領の多くで、生活に困窮する者が増えた。彼ら彼女らは身売りしたり、領内難民とも呼べるほどに貧苦を甘受せねばならなくなった。遅かれ早かれ、難民となって無秩序な流入出が起きると判断した当家では、事前に問題に対処するべく、受け皿としてこの村を作った。無秩序な動乱では何時どれだけの費用が掛かるか分からないが、秩序だった困窮者救済策であれば費用が見積れたという裏事情もある」
「へ~」
新人たちの目には好奇心があった。
特に、内務をかじったことのある人間や、モルテールン領出身の人間は興味深そうに話を聞く。
領主の行う施策の裏事情という、普通の村人には知りえない情報だからだ。
「当然、村人の出自は様々だし、事情もそれぞれに違う。経済事情もバラバラだし、人口構成も女性や子供や老人が多いという歪さがある。いずれ落ち着くまで、普通の村落運営とは違う対応が求められるが、本村で常に領主が対応するというのも難しい。そこで、責任者としてトバイアムが専任として対応に当たっているのだ」
「ぶひゃひゃ、凄えだろ」
グラスの説明に、ものすごく偉そうな態度をとるトバイアム。
なまじ身体がゴツイだけに、胸を張るような姿勢を取れば、成人したての者からすれば少し怖い。事実、村人出身の三人は少し引き気味だ。
「トバイアムの部下となれば、子供や老人、或いはご婦人方と接する機会も増えるし、直接的に感謝もされるのでやりがいがある。仕事の多くが揉め事の仲裁なので腕っぷしも時には必要だが、上司はこの通りのゴツイ野郎だ。出来ればトバイアムと村人の仲介役になれるような人当たりの良い人材が配属されて欲しいと思っている」
上手くグラスが纏めたところで、新人たちも悩み始める。
自分たちの希望をある程度聞いてもらえると知らされているだけに、どんな仕事をやりたいかを決めなければならない。
「グラスとトバイアムの二人は先輩として、このまま引き続き頑張ってください。それでは次。本村に戻って話を聞きますよ~」
武闘派二人に見送られつつ、若者たちは村を出る。
そのままペイスは新人たちを連れ、本村に戻ってきた。
彼らを待っていたのは、領内の金銭管理を預かる金庫番。未だ年若く独身のニコロだ。
「ペイストリー様、お疲れ様です」
「ニコロ。貴方の番です。新人たちに、自分の仕事について教えてあげてください。新人が配属を希望したくなるような紹介を出来なければ、困るのはニコロですからね」
「また若様からの無茶振りが……」
モルテールン家が日ごとに大きく豊かになっていく中。それに比例するどころか加速度的に増す勢いで仕事も溜まっているのがニコロ。予定外の出費の管理や、なんとか建前をつけてチョロまかそうとする次期領主の対応も任されているため、ここのところは目の下に隈が出来ている有様。
金銭管理の場合は、銅貨一枚すらミスがあってはならないのだから、おおざっぱな人間には務まらない。適性が無い人間が希望したとしても、配属は見送られる。
しかし、強制的に配属させるようなことも避けたいというのが上層部の意見。ただでさえ忙しいのだから、希望ぐらいは出来るだけ適えて、辞職を減らしたい。
つまり、新人が全員ニコロのところ以外を希望したならば、新人配属無しとなる可能性もあるのだ。責任重大である。
「え~私のところは、あ~主に計算が業務で、え~日頃から頑張って仕事していまして、え~……」
しかし、プレゼンなどというものを今までやったことが無いだけに、緊張しまくりの様子。
見かねて、ペイスが説明を代わる。
「こほん、ニコロのところは当家の財務管理です。各部署からの要望を聞いてまとめ、領主である父上が予算をたてる補佐を行ったり、実際に使われた金銭の記録を行ったりというのが仕事になります。お金については多くを任せることになりますので、大変重要な役割を担うことになりますし、その分やりがいは大きいところです。自分の能力を最大限に活かせる部署ですし、女性でも活躍できます。また、全ての部署と密接に関わることになりますので、当家の全体像を知ることも出来、交流の幅も増え、出会いの機会は多いでしょう」
「「おお~」」
「そう、それが言いたかった。流石若様」
ほっと胸をなで下ろすニコロ。
新人たちの様子からすれば、前向きに考えてくれそうだからだ。
いきなり一つの部門を任される大役を、雇用早々に担ってきた彼からすれば、部下をつけてもらえるというのはステータスでもあるし、疲労的に切実に欲しているものでもある。
もっとも、ニコロの仕事で一番大変なのが次期領主との折衝であるというのは、当然プレゼンには含まれていない。
「計算の出来る人は?」
手が幾つか上がるが、満場一致ではない。
「金銭管理は計算力を必要とする部署でもあります。その点で、希望にそえない事もある点注意してください。どうしてもというなら、勉強から始めてもらうことになるでしょう。さて、では次に行きましょう」
そう言って、ペイスは本村の広場まで皆を案内する。
開けた場所には、木槍を振るう十人ほどの村人と、ペイスにとっては見慣れた男たちが居た。
「コアン、シイツ、やってますね」
「坊、新人の案内ですかい?」
「ええそうです。皆、この二人は当家の重鎮です。従士長兼、私兵団長のシイツと、私兵団副長のコアントロー。コアンは領内でも治安維持を初めとした任務についていて、日頃は私兵団の運用を任せています。シイツは当家の家中取り纏め役です。従士長なので、皆も仕事に就き始めれば世話になると思いますので、顔はよく覚えておくように」
少年の言葉に、新人たちは揃って挨拶をする。
村人出身の三人などは、二人のことをよく知っているので今更であるが、それ以外の三人からすれば、自分たちの上司の上司に当たる人間を紹介された形になるので緊張もする。
「ペイストリー様、今は何をしていたんですか?」
「良い質問です。当家では、領民の有志に戦闘訓練を行っています。いざというときには、戦力として数えることもあるのです」
「へ~」
「じゃあ、シイツ。その辺も含めて、説明を」
「俺ですかいっ」
いきなりの指名に、しぶしぶしゃべりだしたのはいい年をしたおっさん。
年が自分の半分ほどの連中に、話をしだす。
「俺んところに配属ってなら、全員が必ずそうなるわけだから良いとして、コアンのところの説明をするなら、領地を守るのが仕事だ。日頃は見回りを行い、トラブルがあれば可能な限り対処する。最近だと、畑の野菜を盗んだよそ者を捕まえたか。夜中に父親の目を盗んで家を抜け出そうとする、不良魔法使いを捕まえるのも仕事だ。基本的には腕っぷしがものを言う仕事なんで、自信のねえ奴はやめときな」
「シイツ、それじゃあ勧誘にならないでしょう……」
「いいんすよ。これぐらい言っておいても来るぐらいの奴じゃなきゃ」
「え~、シイツの言葉について補足するなら、本村はじめ古くからの村人は、開拓初期の苦労を知るだけに胆が据わっていて図太く、その子供たちや孫たちもその影響からかふてぶてしい者が多いため、少々怒鳴りつけた程度では効果がありません。それに、体力的に鍛えられているという点でも同じです。多分、皆が思っている以上に要求される水準が高いと思われるので、苦労する覚悟を持っておいてください、という意味です。ちなみに、図太い古株の見本がここに二人居るので、参考までに。こんなのがいっぱい居ます」
「お、坊もやるじゃねえですかい」
「シイツ、分かってて僕に説明させたでしょう」
従士長とペイスが互いに言葉で刺し合う。
二人の後ろでは腕組みをしたコアンがじっと見守り、村人たちは訓練の手を止めて若々しい従士見習い達を観察する。
いずれ自分たちと関わるかもしれない連中だけに、どんな人間が居るかをよく知らねばならない。田舎の噂話ネットワークは高精度なので、数日中には村人全員に新しいメンバーの情報がいきわたる事だろう。
「さて、それでは次に行きましょう。ここから離れたところに、スラヴォミールが居るので、ついてきてください」
不良中年が不良少年を見送り、ゾロゾロと移動する。
移動先は、農地の一角。今年度の休耕地となっている区画だ。
村人数名がヤギや鶏の世話をしているところに、家畜番の青年がいた。
「ペイストリー様、こん子らが新人か?」
「ええ。皆にも紹介しておきましょう。彼がスラヴォミール。当家で畜産管理長兼、農業政策監督官をしています。村人と接する機会も多いので、馴染みがある者も居るでしょう」
「よろしくだで。俺ぁ難しいことはよく分からんけども、今はヤギやロバ、馬や鶏なんかの世話が仕事だ~。ペイストリー様が指示なさる畑の作業なんかも、俺が監督してるだで」
「彼は元孤児ですが、農業知識と畜産知識の豊富さ、実務経験、実直な人柄、勤勉な性格、新しい物事に対する柔軟性と応用力などが高く評価されています。彼の部下になれば、より実践的な知識を多く身に付けることが出来るでしょうし、騎乗の可能性がある従士としては馬と仲良くなれる点も利点ですね。子ヤギやヒヨコといった可愛らしい動物と触れ合えるのもオススメのポイントです」
ペイスの言葉に、スラヴォミールは一匹のヒヨコを披露する。
オスとメスを区別するのに経験が要るとの説明と共に、ピヨピヨと鳴くヒヨコを皆に触らせた。
女性陣なども可愛らしいヒヨコに好感触だったらしく、小道具を用意する準備の良さにはペイスも驚いた。朱に交われば赤くなるのが道理であり、モルテールン家の従士は皆、大なり小なりしたたかである。ぼやっとしていれば、新人を全員他の部署に取られてしまいかねないので、否応なく狡すっからくなるのだ。
「さて、とりあえず視察は以上です。今日見て回った以外では、既にラミトが配属済みのダグラッドのところもあるわけですが、ここは特殊な環境なので皆の配属はありません。それでは屋敷に戻りましょう」
モルテールン家の従士は、望めば屋敷の一室を与えられる。
今後従士の数が増えれば、離れなり寮なりを用意する必要もあるのだが、現在は無駄に部屋数が余っているため、有効利用というわけだ。
屋敷に戻り、六人が整列する。
「さて……ひと通り皆の上司を案内していったわけですが、気に入ったところはありましたか?」
ペイスの質問に、悩みの声が上がった。
「ガラガンさんのところのハチミツも良いけど、スラヴォミールさんのところで卵ってのも良い。悩ましい」
「トバイアム殿のところか、コアントロー殿のところで悩んでおります。どちらも武力を必要としており、私向きと考えます」
「グラサージュさんのところで人を動かすのにも憧れるけど、ニコロさんみたいに大きなお金を差配するのも憧れるかな」
悩みどころは人それぞれだが、なんとなく希望がばらけそうである。
その点では、モルテールン家の面々からすれば嬉しいことだろう。どの部署も新人を含めて人手を切実に欲しているわけで、本人の希望で来てくれるのを待っているのだから。
さて、どういう部署に希望するか、と悩んでいた新人たち。
それを一通り見回したペイスが、とてもいい笑顔で話しかける。
「悩むようなら、新規事業を担当するというのも可能です」
「え? そんなものもあるんですか?」
「はい。当家では今幾つかのプロジェクトを計画中です。美味しいお菓子が食べられるプロジェクトや、大金が儲かるプロジェクトなど、人手が足りずに凍結されているものが幾つかあります。皆が希望するのであれば、これらを担当することも可能です。ただし……」
「ただし?」
「その場合の上司は、僕になります。心配しなくても、懇切丁寧に教えますので、希望者は是非手を上げてください」
新人たちはまだ知らない。
地獄への案内人は、天使の顔でやってくることを。