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おかしな転生  作者: 古流 望
第9章 名探偵ペイストリー
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085話 帰還の喜び

 リプタウアー騎士爵領は、目下好景気に沸いていた。

 その原因を前に、リプタウアー騎士爵が笑顔のまま口を開く。


 「話を伺った時には、急なことに耳を疑いましたが、こうして実際に目にすると実感がわきますな」

 「閣下の助力に感謝いたします」

 「何をおっしゃいますか。街道を通すは当家も望むこと。しがない騎士爵家では王宮に陳情も通りませんが、これほど大規模な工事を持ってくるとは、さすがモルテールン卿ですな」

 「ええ。父の奮闘の甲斐もありました。僕としても、誇らしく思います」


 ホクホク顔の武者と、肩を並べているのはペイストリー。

 先般の騒動以来、半ば脅しのように強引に王宮の予算をもぎ取り、関係各位に急遽の根回しの上で、即座に工事を始めた街道。

 一週間も経たない間に街道工事を始められたのは、既にモルテールン家の方では領内の街道敷設の準備を整えていたことも理由に挙げられる。


 航空機の無いこの世界では、軍事行動はそのほとんどが街道を利用して行うもの。故に領地と領地を跨ぐ街道を敷設するには、関係する全ての領主の合意か、或いは国王大権が必要となる。勝手に他人の土地に街道を敷くのは、勝手に軍を入れる宣戦布告と同義だからだ。


 しかし、どの領主にしたところで、自領が便利になることは望む。軍事的な緊張が無い限り、誰にしても道路や交通網の整備は望ましい。だが、大金が必要になるインフラ整備では、弱小領主では負担が重すぎる場合も往々にして起こりうる。

 関係する領主全員が合意する難しさもここにあり、仮に強く必要とされているものでも、誰がどの程度負担するかで必ず揉める。

 それだけに、王家が全てを負担した上での街道敷設などは、諸手を挙げて歓迎された。


 「そういえば、街道の伸長先は決められたのですかな? 話を伺った折は、まだ決まっていないとのことだったが」

 「国務尚書と応相談です。その点では勝算はあるのですが……延伸先候補地の家々が、利権に敏い家ばかりで揉めているようで。まあ、少し北回りで街道を伸ばし、将来的にはボンビーノ子爵領あたりまで延伸させる予定です」

 「ほう、ボンビーノ家といえば最近当主が変わったばかりのお家でしたか。南東部の大家であったと思いますが、よく伝手(つて)をお持ちでしたな。ここしばらくで急に序列を上げたと、レーテシュ伯の婚儀の際も話題になっておりましたし、面会も順番待ちと聞いておりましたが」

 「海賊討伐で同じ船に乗った仲でして、年も近いので仲良くさせていただいてます」

 「なるほど。もし何かの折は、ご紹介いただければありがたいですな」

 「勿論、リプタウアー騎士爵閣下には常日頃お世話になっておりますから、顔合わせを仲介する程度は相談に乗りますよ」


 今回の工事は、かねてよりモルテールン家で内々に立案されていた計画に基づいている。


 元より発展著しいモルテールン領ではあるが、昔から成長の制約が幾つかあった。

 水、道、山、人の四つが目ぼしい制約。


 水は言わずもがな。昔から乾燥しがちなモルテールン領では、治水こそ最も大きな政治の役割。領地を豊かにしていこうとしたならば、どうしても水の確保と整理が必須になってくる。ただでさえ限られる水を、どう上手く差配するかが、モルテールン家にとっては重要な政治課題でもある。


 山というのも水と同じく、領地の場所柄で起きる問題。

 領地の開発を進めようとした場合、何をするにも山に囲まれた土地である点で制約が出てくる。だだっ広い平野に好き勝手に図面を引ける他領とは違う。

 領境は特に起伏に富んだ地形である点で、不利な土地。


 そして人。辺境部の貧しい土地に、好き好んで来たがる人間は居ない。

 モルテールン領に移住したものは、カセロールを慕う者であったり、或いは食い詰めてやむに已まれず移り住んできた者たちばかり。

 唯一自分で好き好んで移り住んだと言えるのは、元行商人のデココぐらいなものだろう。


 最後が道。

 移住当初は街道すら存在しなかった。

 長い間の外務折衝の上で、ようやく自費によるロッカーラ街道の延伸が認められた経緯がある。その際も、リプタウアー騎士爵には協力を要請していた。

 人や物が行き来するには、道が無くては話にならないし、物流量もどうしたって道路の規模以上は増やせない。


 ペイストリー達によって、このそれぞれの課題が整理されており、街道整備についても昔から計画だけは立てられていたのだ。


 「新たにこの街道が出来れば、当家としても復興の足掛かりとなるでしょう。盗賊どもに荒らされた時には悔しい思いもしましたが、上手く発展に繋がればと期待しますぞ」

 「効果が見込み通りなら、ですが」

 「そこはモルテールン卿や貴殿の力量を信頼しておりますよ。私とて、御父君とは馬を並べたのです。見込みが多少ずれることはあっても、全く見当違いに外れることはありますまい」

 「ご信頼頂き恐縮です」


 ペイスがもぎ取った王家予算による街道敷設。計画では、既存の街道とは全く別の経路を通ることになっている。

 こうすることで、物流量は単純に二倍になる以上の効果が見込めると、そろばんをはじいていた。


 今までは、道路が一本。終端がモルテールン領で、途中にリプタウアー騎士爵領の村があった。これを、もう一本増やせばどうなるか。

 結論とするなら、物流が環状に循環するようになる。


 既存であれば、例えばレーテシュ領との交易などはピストン輸送になる。同じ道を行ったり来たりする形。

 レーテシュ領を出て、幾つかの村々を経由し、モルテールン領に至る。そして、レーテシュ領まで戻ってくる際も、全く同じ村々を通るしかない。

 交易をする場合、一つの村で仕入れた物が、また同じ村に戻ってくることがあるわけで、交易路としては極めて無駄が大きい。旨みが少ない。


 ところが、街道が二本在り、更には離れた経路を通る場合。行きと帰りで違った村々を通ることが可能になる。物流においては淀みのない、静脈と動脈の循環のごとき流れが生まれるのだ。


 恐ろしい。

 武名で鳴らしたリプタウアー騎士爵にしても、そう感じた。

 単純な武力や、或いは魔法の力が恐ろしいというのもあるが、これに怯えるほど臆病な人間ではない。彼が恐れたのは、政治力。

 的確にして壮大な構想を立て、具体的な計画を策定し、中央とのパイプを使い、王家に対して顔を利かせ、大きな予算をもぎ取ってこられるだけの政治的な影響力こそ警戒すべきものだ。その余禄を得られるうちは頼もしいが、敵にした時には一騎士爵家では敵うはずがない。


 「御家を敵にしたくはないものだ」

 「閣下の御領地が当家の領地の隣にある限り、是非とも友好的な関係でありたいと思っております」


 お隣同士というのは、何かとトラブルも多い。

 それだけに、お互いが信頼関係を醸成する必要があるというのが共通認識。その点、カセロールと戦友でもあるリプタウアー騎士爵は、個人としては信頼関係を構築出来ている方だ。


 「さて、そろそろ僕はお(いとま)いたします」

 「何と、お茶の一杯も飲んでいかれぬか? 貴殿の好みに合いそうな茶を仕入れておるのだが」

 「それはまたの機会の楽しみとしておきます。どのみち街道の件で何度かお邪魔することになると思いますので」

 「そうか、名残惜しいが、御父君にはよろしくお伝え下され」

 「はい。……帰ってき次第伝えておきます」


 ペイスがモルテールン領に戻るに置き残した言葉。

 カセロールがどこかに出かけているのか、と騎士爵は疑問にも思った。だが、相手は転移の魔法使い。どこなりと出かけるにも不自由はないだろうと、気にもしない。

 大方、王都あたりに出かけているのではないかとも予想したが、それは半分当たっていた。王都にいるという点では正しく、出かけたのではなく呼ばれたという点で違う。



 モルテールン領に戻ったペイスは、忙しい。

 何せ、当主が不在の間の代理であるだけに、常日頃の趣味も控えての仕事三昧。

 やれ、西の村で農業用水の諍いがあっただの、新村で窃盗事件が起きただの、新年開けての式典の準備だのと、諸々の決済の全てを代行しているのだ。


 「うぅ……仕事が多い」

 「仕方ねえでしょう。他ならぬ坊が、うちの大将が王宮に留め置かれるように仕組んだんですから。おかげで色々と便宜を図ってもらえたんでしょうに」

 「こんなことになるなら、適当なところで妥協しておけば良かった」

 「坊はいつもやりすぎるんでさぁ。もう少し加減ってもんを知らねえと、尻拭いする方も大変で。今回ばかりは、いい教訓ってことで。あ、それが終わったらこっちの塩の備蓄についても目を通して下せえ」


 次期領主が、涙目になるほど仕事に追われるという珍しさもあり、モルテールン領の政務にはいつもと違った雰囲気がある。

 その上、お灸をすえるつもりで部下達が連帯して仕事を押し付けるものだから、常以上に(はかど)っている。


 だからこそ、主の帰還を最も喜んだのは、他ならぬペイストリーであった。


 「ふう、ただいま戻った」

 「父様、良くお戻り下さいました。おかえりなさい」


 妻への帰還の報告の後に、執務室へ顔を見せたカセロール。その姿を見た瞬間、少年は両手を上げて満面の笑みで迎え入れた。


 「留守中、問題は無かったか?」

 「大将、どの問題から報告しやしょう」

 「……シイツ、帰ってくるなり頭が痛くなるような返事をするなよ」

 「そうは言っても、坊が余計なことをしてくれたおかげで、問題山積なもんで。人足(にんそく)が他所からも集まって宿の問題が出てきたり、ガラの悪いのが新村あたりでうろつくもんで、過去に盗賊被害を受けている人間が不安がったり、金を落とすのはともかく、薪やらなんやらを買い込むもんだから備蓄が心もとなくなったりと……とにかく問題が幾らでもありますんで、覚悟しておいてくだせえ」

 「とりあえず、それは後で聞く。今は帰ったばかりだから、一息入れたい」

 「そりゃまあ、しばらくは坊が代行で良いんですけどね」


 父親が帰ってきたから、ようやく菓子作り(しゅみ)(いそ)しめると思っていた矢先に振られた話。ぎょっとしたのは当の少年。


 「僕が? せっかく父様も帰ってきたというのに……。シイツは僕を苛める趣味でもあるんですか?」

 「……冗談でさぁ。坊、本気で泣いてますかい?」

 「香ばしく焼ける生地の香り、甘く漂う砂糖やハチミツの香り……禁断症状が出そうなんです。腕が錆び付いたらと思うと気が気じゃない」

 「そこまでいけば、もう病気ですぜ。やれやれ、坊のおかげで大分片付いた問題もありますし、後は俺らでやっておきますよ」

 「本当に? 父様も構いませんか?」

 「ああ、行っていい」

 「やった~!!」


 大人たちの許可を貰うや否や、飛び出していくペイス。

 それを見送る者たちは、溜息の一つも出る。


 「あいつは、菓子のこと以外に情熱を持てんのか?」

 「無理でしょうぜ。……ところで、結局大将が捕まってた件はどう落ち着いたんで?」

 「とりあえず、目ぼしい悪徳貴族は宮廷から追い出されたな。何名かは大物が庇ったらしいが、庇いきれずに両手で足りない程度の席が空いた。今はその争奪戦をやっている」

 「下らねえ。俺ぁその手の話は嫌いだね。能力でなく縁故で決まるってやつ」

 「貴族とはそういうものだからな。より有能なものを選ぶのではなく、無能でない者の中から、利益になる者を上が選ぶ」

 「有能過ぎれば、周りと軋轢を生む、ですかい。大将がここに飛ばされた理由でしょうぜ。それで、盗難事件はどう片が付いたんです?」


 カセロールも、久しぶりの我が家でリラックスした様子。慣れ親しんだ顔なじみとの会話には、堅苦しさは欠片もない。


 「結局、姫様が騒動の原因であったことは隠し、私が犯人ではないことを陛下含め主だったものが断言するのみに終わった。それで、騒いでいた連中は軒並み静まり返った」

 「姫様のことを隠す理由は?」

 「ことが事故か事件かの立証が難しいし、王家内部の家庭内問題として収めておく方が荒立たないと判断されたらしい。対外的影響を加味した政治判断というやつだ。もっとも、姫君はかなりきつい躾を課せられるらしい、と聞いたがな」

 「そりゃまた曖昧な決着で」

 「犯人をはっきりさせて大々的に罰すると色々と影響が大きいし、かといって罰しないわけにもいかずという、苦しい判断があったそうだ。宮内尚書もクビが飛んだから、後任が決まるまで王宮内の揉め事を裁きづらい、という理由もあったそうだがな。儀典を取り仕切る部署は古株がごっそり消えたらしいぞ。怪文書が回ったとかで」

 「へえ……ああ、そうそう、儀典といえば」


 シイツは咄嗟に話題をそらした。

 怪文書の出どころに、思い当たる心当たりがありすぎたからだ。


 「新年の祝いをどうするか決めてくだせえ。人も増えたし、新年早々に雇うことになる新成人も多い」

 「去年と同じで良いだろ。午前中は新しく成人したものの聖別を行い、そのまま午後から新年の祝いだ」

 「あちこちから来てる招待はどうしやす?」

 「どうしてもというところは、私とペイスで分担するしかなかろうよ。多すぎるようなら断る所もでるが、代理で構わないというならシイツでも良いか?」

 「……俺、ここしばらく碌に寝てねえんだけど?」

 「もうしばらくの辛抱だ。新年過ぎれば部下も増える。少しはお前も楽になるだろう」

 「だと良いんだけどよ」


 数え年のような風習が根強く残る南大陸では、新年で皆揃って一つ年を取る。誕生日を祝うという習慣がないのと併せて、新年を盛大に祝うことになっていた。

 当然、貴族家としては身内や親しいものを招待して酒食を振る舞う機会ともなる。

 モルテールン家は他所の家よりも招待されることが多く、それをどう捌くのかが毎年の悩みだ。


 「何なら、アニエスやジョゼに代理させるという手もある。とりたてて重要でないところなら、妻や娘を代理にしてもかまわんだろう」

 「構いやしませんが、出来ますかね?」

 「何だ? 何か問題があるか?」

 「いやね。ここしばらく坊が忙しかったってんで、お嬢や奥方が何か企画してたみたいで、それに掛かりっきりになっていたらしく……ほれ」


 噂をすれば何とやら。

 屋敷の奥から、楽しげな女性陣の笑い声が響いてくる。


 ペイストリーの悲痛な叫びと共に。


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