083話 探偵≒スパイ
プラウリッヒ神王国の歴代国王には子供が多い。
代々王位を世襲してきた国体にあって、王位を継承すべき子供が居ないという事態を避けるため、産めよ増やせよと多産が奨励されてきた文化がある。
例えば初代国王には十三人の子供がいたとされ、四代国王などは側室四十人との間に三十七人もの子供を作ったと記録されている。
八代国王は女王であったが、これは後に九代国王となる弟に譲位するためであったとされており、彼女自身兄弟姉妹は多かった。
どの代の国王も、子孫繁栄を図っていた事実は歴史の記録するところ。
当代の王にしても、子供を増やす努力を行ってきた。
しかしながら、医療技術が未熟なことや、騒乱と政争から側室を迎えることが遅かったなどの理由から、当代の国王には子供が五人しか居ない。しかも、うち二人は既に亡くなっている。
存命中の三人にしても一人は側室の子であり、正室との間に生まれた正嫡は一男一女。
王子は成人を迎えており、婚約者の選定が取りざたされる年でありながら、王女に至っては未だ六歳という幼さも、政治的な理由が多分に影響していた。
王の最初の子が側室の女児であったために、お家の騒動を避けんがために側室を増やしていくことを王が躊躇い、正室との間に正嫡が生まれるまでは他との子作りを自制したのだ。
これは、先代国王が側室の男児を残し、反乱軍に神輿にされたという苦い経験もあったからと噂されている。
「王女殿下の部屋で、王妃陛下の宝冠が見つかりました。王女の話では、事件当時は勉強が嫌で逃げ出し、たまたま開いていた部屋のベッドの下に隠れていたという話です。その際、見つけた宝冠が王族のものらしいと気付き、自分が大事に置いておいてあげよう、と考えたそうです。関連する侍女らからの話も、裏が取れました。王宮の奥はカドレチェク公爵にしろ近衛にしろ容易に立ち入ることも出来ず、また幼い殿下に対する謁見は制限もあり、話の出来たのは王族の方のみのため、事情を聞くことも出来ておりませんでした」
「まさか、プティの仕業であったとは……」
「騒動の結末としてはあっけなくもありますが、大事に至る最悪のケースでなくてほっとしているのが正直な心情です」
「うむ。関係各位に労をねぎらい、特にモルテールン準男爵には手厚い報いをするように」
「はっ」
王宮の執務室では、国王カリソンがため息をついていた。
宝冠盗難事件が解決したのは良いのだが、その犯人はよりにもよって自分の娘だったのだ。
大山鳴動して鼠一匹との言葉もあるが、カリソンが感じた胸中もまたこれである。さんざん大騒ぎしておいて、結果だけ見れば子供の悪さだったのだから親として何とも情けない。
子供のやらかしたことに頭を痛めるのは、どこぞの騎士といい勝負である。
「しかし、カセロールの息子は、よくプティの行動が分かったな。面識はなかっただろう?」
「御意。彼の者にも詳しい話を聞いております。自身のような体格の子供に届く錠の位置と、隠れられるベッドの下。諸々の痕跡と、不自然な状況等々、いろいろ仮説を立てたうえで王宮侍女に聞き込みを行い、確信を得たと言っておりました」
「ふむ。外部犯の犯行とは思わなかったのか?」
「ことが偶然に頼りすぎている以上、外部犯が狙って起こした事件ではない。部屋の場所も外部の人間がうろつく場所でなく、内部犯で間違いないと思ったそうです。聞き込みでもその点に確信が持てたとか」
「内部犯が作為を持って盗んだ可能性は無かったのか?」
「鍵を外から操作して入れる人間が、鍵を開けっぱなしで出たという点が疑問だったそうです。部屋に人が隠れていて、中から開けて出て行ったと考えるほうが自然な状況だったと。政治状況的にも、モルテールン準男爵を陥れるのが目的とするなら粗がありすぎ、かといって他の目的も見当たらない状況に首をかしげていたとか」
「ふむ……それで、突発的に手を出すことが可能であった子供の仕業と考え、プティの可能性が一番高かったと推察したか。見事よな。他にも可能性を考えていたというのなら、一つ一つ可能性を潰していったのだろうが、他のものが見逃していた可能性に気付けただけでも価値がある」
「言われてみればわかることでも、王女殿下とは盲点でございました。私共もまさか殿下がそこまでお転婆であるとは露にも思わず……」
「よせ。頭が痛くなる。あれは俺の悪いところに似たのだ」
カリソンは部下の指摘に頭を抱えた。
王女が、勉強嫌いで逃げ出すような性格をしているとして、両親のどちらに似たのだと言われれば、王には心当たりがありすぎた。
元より放蕩王子と言われながら市井でもお忍びで見聞を広げ、勉強嫌いから教育係の目を盗んで遊びまくっていた過去が思い出される。だからこそ有事には最前線で戦うような破天荒も出来たのだから良し悪しはあるにせよ、親の立場からすればあまり見習って欲しくはない性質でもある。
「とりあえず、カセロールとその息子を呼べ。今回の件、俺から直接詫びねば気が済まん」
「はっ」
王に呼ばれて、執務室に参上したのはモルテールン親子。
息子の方は自然体であるが、父親の方はどうにも動きがぎこちない。それはこの親子を知るのであれば自然にも思えるが、世間一般の普通の親子しか知らない王からすれば不自然に見えた。普通は親の方が慣れていて、子供の方が緊張するものだ。
そう思いながらも、目の前に跪いて臣下の礼を取る二人に声を掛ける。
「カセロール、苦労を掛けたな。俺の不用意な行動で迷惑もかけた。すまなかった」
「陛下のご英邁なるお考えを臣は信じておりました。後から聞きましたところ、カドレチェク公爵にも御助力いただけていたご様子。私を思ってのことに、感謝こそあれ詫びは不要にございます」
「さて、助力とは何のことか分かりかねるが、お前が俺の忠臣であることは信じている。不甲斐ない主ではあるが、今後とも俺を信じ、ついてきてくれ。今回の件の詫びも、出来る限りの物で応えるつもりだ」
「はっ」
今回の事件に際し、王はひっそりとカドレチェク公爵に援助を行っている。大々的に庇う真似は他の手前出来なかったが、裏から手を回したことは多い。
とある部屋の捜査が必要ながら、重要な儀典があって数日塞がっているとなったとき、何故か国王が体調不良を理由に式典を取りやめて後日にしたり、日頃王宮に来るはずも無い関係者が、聞き取りの必要が出たときに都合よく用事で呼ばれたりといったことがあったのだ。
政治的配慮に隠れる国王の意図が何であるかは明々白々。カセロールは国王を信頼していたし、王も出来る限りのことでカセロールを守ろうとしていたのだ。
ペイストリーが王宮に出入りする許可を迅速に発行したのも、王の配慮である。
「それと、ペイストリーだったな」
「はい」
「面を上げろ」
ペイストリーは、これが国王との初顔合わせになる。
一方的に観察されたことはあっても、面と向かって顔を突き合わせるのはこれが最初。噂に聞き及んでいた神童との直接の顔合わせに、カリソンにしても少し緊張するものがある。
「お前にも色々と手間を掛けさせた。父親が不本意な待遇を甘受したことで不満もあろうが、ここで詫びておく。俺の顔に免じて、それで感情に折り合いをつけてはくれまいか」
国王の態度は、臣下に対するものとしてはかなり遜っている対応。明確に王が過ちを認めることはそうそうに無いのだが、ことカセロール親子に対しては一個人としての誠実さを持ち合わせているのがこの王である。
自らの父親が忠誠を尽くす王の謝罪。それを受けては、普通ならばそれ以上追求しようとはしない。
普通ならば。
「陛下。畏れながら申し上げます。事件はまだ解決しておりません。つきましては、陛下の謝罪を受け取ることも、今は出来ません」
「何?!」
如何にペイストリーといえども、この時ばかりは少々緊張していた。
彼からしてみれば、本当の意味で自分の生殺与奪を握れる相手との交渉は、初めてだったのだから。
「陛下。犯人は未だ見つかっておりません。そこで父への謝罪に代えましてお願いしたいことがございます」
「何だ?」
「さすれば、王城にて僕の魔法の使用を許可願います。その後であれば、宝冠が見つかっても不思議はないと考えます」
「魔法……何が狙いだ?」
実際に宝冠が見つかり、当人が証言している以上、王女の宝冠持ちだしは確実。その点を罪にするかどうかは政治的な判断を要するが、ひとまず真犯人としても良く、カセロールが軟禁を解かれたのはこれが理由。
それを、まだ犯人が見つかっていないことにしろという。しかも、魔法を解禁させた上でとなれば、何か企んでいると宣伝しているようなものだ。
「……捜査の際、僕はカドレチェク公爵から幾つかの場所に入ってよいと許可を得ています」
「ふむ」
「その中には、内務や外務に関わる部署の部屋もありました。彼らの部屋からならば、持ち帰って“犯罪捜査”を行いたい資料が多々あると存じます」
「なるほど。それは面白い。だが、王宮外に持ち出してはならんものが多すぎるぞ? 捜査といってもどうする気だ」
ペイスは、国王に言ってのけた。
その言葉の意味は、今回の父親への対応を理由に、他派閥の内情を調べさせろということ。
王としても、常から監視の目を巧妙に掻い潜って私腹を肥やそうとする宮廷貴族の対応は、何とかしておきたいとも思っていたのだ。
ペイスは知っている。現代でも、会社員が交通費や接待交際費を誤魔化そうとしたり、飲み会の幹事の際にクレジットカードのポイントを懐に入れたりという、ある意味“要領のいい“私腹の肥やし方をする人間は存在する。
学生とて、適当な学習教材の購入を名目に親に小遣いをせびって、お釣りを懐に入れるぐらいのことはやりかねない。
こと神王国については、お金の計算も相当にアバウトな部分も多く、数字に詳しい内務系であったり、不明瞭な支出が正当化されやすい外務系などがこの手の狡すっからいやり口を隠していることは容易に推測できた。
「だからこそ、僕の魔法を使わせていただきたいのです」
「ほう、お前の魔法なら資料を持ち出さず、捜査が出来るというのか?」
「はい。僕の魔法は“文字や絵を写し取ることが出来る”魔法ですので、原本の持ち出しを禁じた資料を、一瞬で写し取ることが出来ます」
「……面白い」
カリソンは、ペイスの提案に興味をひかれた。
といっても、ペイスの提案そのものではない。ここで有用性を示す魔法の使い方について思案が浮かんだからだ。
今回の事件での捜査に際し、カドレチェク公爵関係者による内務・外務閥関連場所の立ち入りは、重要な資料が仮にあったとしても、持ち出しさえしなければ大丈夫だという大前提があるからだ。
人間の記憶力などはたかが知れていて、軽く目を通しただけの内容が記憶できるのなら、それは既に超常の能力。普通の人間は、十桁程度の数字すら長く覚えておくのは難しい。
かといって、写本しようにも時間的な余裕もない。だからこその立ち入り許可であったはず。
機密文書を気付かれないまま内容を写し取ってこれるというならば、その使い道は幾らでも思いつく。
無論、悪用されれば恐ろしいことになりかねないわけで、今回のように明らかに悪用を前提としている提案に、頷くのは難しい。
国王として常識的に考えるならば、事件の解決にかこつけて内偵をさせるような真似は出来ようはずもない。
「よし、許可する。カドレチェクに俺の許可が出たと言え。後で俺からも言っておく。城で魔法を使えるように手配してくれるだろう」
ただし、カリソンは常識的に考えるよりも実利を取る国王である。
そうでなければ、戦乱の後の混乱を治めることなど出来なかった。
王が自分の提案を飲んでくれたことに、ペイスは深く安堵する。
「ありがとうございます」
「無論その間は、形だけでもカセロールを監視することになるわけだが、あまり長く誤魔化すのも難しくなる。二日やる。その間に、俺が喜ぶものを見つけてみせろ。褒美はやる。その後、晴れて真犯人が見つかったと公表し、カセロールも自由にする。これで良いか?」
「陛下の聡明なるお考えには感服する所存」
「よせよせ。子供の世辞など聞いていて背中が痒くなる。だが、ここまで俺に譲らせたのだ。楽しませてくれるのだろうな? 多少の横領が見つかる程度では、面白くないぞ?」
「最善を尽くします」
少年は、慇懃に頭を下げる。
こうして晴れてペイストリーは、探偵稼業を続けることになったのだが、横でこのやり取りを聞いていた男にとっては困りもの。
「結局、私はまた退屈な軟禁生活に逆戻りか」
カセロールは、聞こえることもないため息をつくのだった。