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おかしな転生  作者: 古流 望
第9章 名探偵ペイストリー
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082話 迷推理?


 王城で、一人の少年が呟いた。


 「犯人が分かりました」

 「何? それは本当か、モルテールン卿」


 カドレチェク公爵の問いに、にこりと笑ったペイストリー。


 「ええ。これは、とても単純な事件です」


 少年は、自信を持って断言するのだった。



◇◇◇◇◇



 王城の一室。

 宝冠窃盗事件の現場である儀典官の執務室に、ペイスは居た。傍には大人が一人。


 「天井付近の窓は嵌め殺し……高いですね。シイツ、見えますか?」

 「間違いなく埋め込んでありまさ。あれは開かない窓ですぜ。梯子(はしご)を掛けるのも難しいでしょうよ」

 「壊した跡や、工作した形跡は?」

 「ねえです。少なくとも部屋の内側から細工した形跡はねえです。外からも見ておきますかい?」

 「それは僕が事前に見ておきました。外には工作どころか、人が近づいた形跡すらありませんでしたよ」

 「さすが坊、どうやって見たのかは知りませんが、抜け目ねえです」


 銀髪の少年と共に居るのは、モルテールン家従士長シイツ。

 一家の主が軟禁中という一大事に、人手として狩り出された。

 何をしているのかといえば、もちろん真犯人探し。その為の現場調査だ。

 カドレチェク公爵が融通を利かせてくれたおかげで、好きに捜査することが出来ている。この辺は人脈がものをいう貴族社会ならではだろう。


 「にしても、さみしい部屋だ」

 「仕事部屋というよりは、仮眠室のようなものだったそうです。日頃使う人も居らず、事件当時はアイスレング男爵以外に使うはずも無かったとか」

 「道理で埃だらけなわけだ。棚が一つ。机が一つ、ベッドが一つ。これっきりですぜ。調べるにしたって手掛かりなんぞ見つかるんですかい?」

 「それは調べてみないことには分かりませんよ」

 「これだけ物がねえんなら、調べもそこそこに大将を疑えって話も、満更馬鹿に出来んでしょうぜ。隠れる場所もなし、何か細工する場所もほとんどねえ」


 儀典官という職務は、見方を変えれば儀式専門の雑用係みたいなものだ。専門的な知識も要求されるが、やることに独自の工夫や目新しい発想は不要である。

 そのため、内務系の中でも割と低い位階の人間が担うことの多い職種でもあった。

 だからだろうか、与えられている部屋の中もかなり殺風景。

 棚と机と椅子とベッド。ベッドは仮眠用で、机は椅子と一セットになっている。棚には諸々の物品管理を初めとする記録が置かれていて、丸まった羊皮紙や木板が置かれていた。


 「この棚も、かなり手入れが雑ですね」

 「うひゃあ、これなんて何年前のやつですかね? 羊皮紙がボロボロになってら……ゲホッ埃がっ」

 「下手に触らないように。どこに手掛かりがあるか分かりませんからね。ん?」

 「どうしたんで、坊」

 「いえ……続けますよ」


 古い羊皮紙を手に取り、ふっと息を吹きかけたシイツは咳き込んだ。相当古いものらしく、巻いてある紙が劣化して色づき、括ってある紐も触れるだけでボロボロと崩れるほどの古さ。


 「ベッドは……何度か使った形跡がありますね。シーツの交換も碌にされてない。不衛生ですね」

 「仮眠用なんざそんなもんでしょう。宮廷貴族は実入りが少ないってんで、人を雇うのも限られる。こんな部屋の維持管理に人を雇う余裕もねえでしょう」

 「王城の管理の範疇ですから、掃除ぐらいは王宮勤めの人間がするのでは?」

 「執務用に用意されてる部屋だと、何がゴミかなんて分かりませんし、機密に関わる仕事をしている人間もいますからね。決められた部屋以外は入ることも無いでしょう」

 「だから掃除もされていない……ベッドの下は……」

 「人が入れる隙間じゃねえですね。坊でもギリギリってところでしょう。俺ならまず入れない」

 「おや? シイツ、灯りを」

 「こんな昼間に持ってるわきゃねえでしょう」

 「埃が一部(はら)われています。見えますか?」

 「……ほんとだ。坊よく気付きましたね」


 極々僅かな埃の堆積。その形跡を見るに、ベッドの下になにがしかの跡が残っている。

 よくよく目を凝らさねば気付けないが、目線の低いペイスだから気付けたといってもいい。地面に這いつくばるように、地面スレスレに目を持っていけば埃の様子が分かった。


 「何かベッドの下に置かれていたのでしょうか?」

 「ベッドの下に隠すもんなんざ、あまり他人に見られたくねえでしょうよ」

 「シイツにも経験が?」

 「一般論ですぜ、一般論」


 ベッドの下によからぬものを隠すのが一般論であるとシイツは言い張る。母親に見つかるまでがワンセットだと抜かすあたり、シイツの経験談のような気もするが、ペイスはいちいち指摘したりはしない。


 「机の上は……意外と綺麗ですね」

 「人が出入りしねえんじゃあ散らかす人間も居ないんでしょうよ」

 「ふむふむ。儀典の手順についての申し送り書ですか。代々の儀典官の伝達事項をメモ書きしていたようですね。これは王族の生誕祝いに関する流れと留意点。こっちは、諸外国の来賓をもてなす際に外務貴族と折衝するコツですか。機密では無いにしても、あまり知られることのない知識ですね」

 「こりゃいい。この際だから坊、【転写】しておきましょうや。儀典官の居ないうちにとっちゃ、金で買えない価値があります」

 「事件の解決の目算がついてからですよ。そういった些事は、父様の解放に目途がついてから改めてやればいいのです。第一、王城で僕は魔法は使えない」

 「へいへい、おっしゃる通りで」

 「ことに区切りがついた後、捜査の延長線上という名目で魔法を使わせてもらえないか、カドレチェク公爵に交渉してみましょう」

 「こういう時に恩を売ってりゃ強いですぜ」

 「カドレチェク公爵には今回の貸しもありますから、大丈夫でしょう」


 机といっても、引き出しすらついていないシンプルなものだ。

 何時のものか分からない、乾ききったインク瓶が一つ。白紙の羊皮紙が数枚。作業途中で置かれたらしき儀典官の書類が数枚。羽ペンが一つ。机の上はこれだけである。


 「坊、机に傷がありますぜ」

 「どれどれ。これは相当に古い傷ですね。それもあちこちにある。この机の古さから言って、傷の一つや二つはあっても不思議はありませんが……」

 「小細工の跡かも」

 「可能性は否定しませんよ」


 部屋の中にあるものといえば、数も少なくすぐに調査が終わった。中の調査が終われば、次は出入り口の調査に掛かる。


 「部屋の鍵は、内側からも開け閉め出来るタイプですか。珍しいですね」

 「外から鍵を使って、閉めることも出来るようで」


 ペイスは、観察の後に鍵を触ってみた。王城の部屋だけに仕組みが凝っていて、鍵を使うことで外から(かんぬき)を操作することが出来るつくりになっている。中からであれば、そのまま閂を動かせば鍵を開けられるようだ。

 少し錆び付いた感はあるが、動かすのに大して力は要らない。実際に開けてみたが、片手で楽に開けることが出来た。


 「紐でも使って、外から開けることは出来ますかね?」

 「やりようによっては方法はあるかもしれませんが、はっきりとは分かりません。錆も浮いて古すぎるので、傷だらけですし」

 「これで一通り調べたわけですが、犯人は分かりそうですかい?」

 「……仮説は幾つか立ちました。それぞれ可能性を潰していくのが確実でしょうが、まだまだ調べたいこともあります」


 ぐるりと部屋を見て回ったところで、あまりはっきりとしたことは分からずじまい。

 結局、そのままペイスはカドレチェク公爵の元に戻ることにした。


 「それでは僕は戻ります。シイツは、このまま聞き込みに回ってください」

 「打ち合わせ通りに、ですかい。任せてくださいって」

 「お楽しみは後回しですよ。ほどほどに。今は毒牙を隠すようにしてください」

 「坊は俺を一体なんだと思ってるんですかい」


 シイツは、働いている従業員に話を聞きに行く。お偉い貴族様や、或いはどう見ても子供にしか見えないペイスが聞くより、適任だからだ。

 伊達に王都の色町で顔になっているわけではなく、経験に裏打ちされた、女性と初対面でも親密になる手練手管をシイツは持っている。ペイスには無いものだ。

 困るとすれば、例えば下働きの若い侍女のような人間に、その手練手管でもって当たればトラブルの元になるという点。時折、元傭兵としての癖の悪さが出るのは、モルテールン家従士長の悪いところだ。


 カドレチェク公爵は、王城の一室。

 黒蛇の間と呼ばれる部屋にいた。王家血縁者が時折借り受ける部屋であり、平民以外は誰でも入れる。


 「閣下、現場を調べてまいりました」

 「うむ、こちらも、宝冠についての資料を揃えておいた」

 「拝見してもよろしいでしょうか」

 「勿論だ。是非貴殿の意見を拝聴したい」


 公爵の集めた資料は、本当に宝冠について雑多な資料が集まっていた。

 代々の王妃宝冠の絵図面、宝冠の予算についての記録、着けている女性の肖像画などなど。それをつぶさに見ていったペイスは、気付いたことを口にする。


 「宝冠は、どの代のものもよく似ているのですね」

 「うむ。前例に(なら)うことが多いのだ。あまり過度な装飾は王太子妃という控えるべき立場に相応しくなく、かといって質素に過ぎれば王太子そのもの軽んじることになる。さじ加減が難しいため、どうしても無難な意匠になる」

 「パッと見ても見分けがつきません」

 「見分けられるのは、専門の人間ぐらいだろうて」


 絵図面を見る限り、王太子妃や王族女性の冠は、どれも似ている。

 国王を頂点とする権威のピラミッドで、王やその後継者よりも豪華な意匠を避けつつ、一般貴族より華やかにせねばならないという縛りがあるからだ。

 制約が厳しいながらもそれぞれに違いはあるのだが、一卵性双生児の見分けぐらいの差異しかない。素人には分からない。


 その後、ペイスとカドレチェク公爵は情報のすり合わせを行う。


 「なるほど、当時城に居たのはこの面々……アイスレング男爵は白で?」

 「ああ。早々に儂の手のものが尋問したが、間違いない。彼の証言は信頼できるもので、宝冠を置いて部屋を出る時、間違いなく鍵をかけていたと証言している」

 「宝冠を宝物庫から部屋に持って行ったときはどうでしたか? 最初は部屋の鍵は閉まっていたのですか?」

 「いや。最初に部屋に入るときは、鍵は開いていたそうじゃ。前任者が鍵を閉め忘れていたと思われる」

 「……事前に入っておくことは出来たわけですか」

 「隠れるところなど無いがな」


 資料を見ていく中で、事件発生当時の容疑者が絞られていく。


 「教会の大司教は除外できますね」

 「傍に控えていた侍女が居ったでな。侍女の証言は証拠にはならんが、まず間違いない」

 「軍務教練をしていた者や、近衛騎士も除外出来ますか?」

 「ことが起きた際にしごかれていた者や、職務中であった者の多くは確認が取れとる」

 「残ったのは、侍女や侍従の二十人ほどと、宮廷貴族の十人程。外来ではアスロウム子爵のみ」

 「それで全員かの?」

 「……いえ。まだいます」

 「ん? 誰じゃ」


 当時城に居たもので、身の潔白が完全に証明されているものを除いていった、残りの人間が先に挙げた面々。カドレチェク公爵にはそれ以外に容疑者が居るとも思えなかったが、ペイスには違ったものが見えていた。


 「王族が含まれていません。事件発生当時城に居た、プティカーリー王女殿下、ルニキス王子殿下、それに王妃陛下と国王陛下」

 「ペイストリー=モルテールン卿。王族のお方々を疑うなど、不敬である!!」


 カドレチェク公爵は立ち上がって吠えた。

 封建制の身分制度が色濃く残る世界にあっては、王族を裁けるのは王族のみである。幾らペイストリーが優秀であったとしても、その部分は覆らない。

 この常識が深く根付いている老年の公爵は、そもそも王族を疑うという発想すら無かった。


 「閣下。例えばの話ですが、王子殿下に意中の女性が居り、望まぬ婚約を強いられようとしていた時。偶然にも誰にもわからず宝冠を手にする機会があったとして、つい隠してしまいたくなる衝動に襲われることはありませんか?」

 「むう……しかし、王族を疑うことなど……」

 「僕は初めから王族を疑っていました」

 「なっ!!」

 「閣下を始め、優秀な人間が大勢動員されていて尚、本当の犯人が分からない。ならば、本来疑われるはずのないものが犯人ではないか。そう考えています」


 睨み合う両者の間には、一見すると剣呑な雰囲気すら漂っていた。

 カセロールから受け継ぎ、ペイスの特殊性も相まって生まれる合理性と、封建的道徳観に根差す拭い難い先入観のせめぎ合い。

 その雰囲気は、乱入者のノックの音が響くまで続いた。


 「どうぞ」

 「失礼します。両閣下、聞き込みを行ってまいりましたのでご報告に参りました」

 「シイツ、待っていました。結果は如何でした?」

 「はい。面白い話が幾つか聞けました」


 シイツの聞き込みの結果を、じっと黙って聞いていたペイス。

 ふむふむと頷きながらであったが、聞き終ると公爵に向けて笑顔を見せる。


 「閣下、今の話で犯人が分かりました」

 「何? それは本当か、モルテールン卿」

 「ええ。これは、とても単純な事件です。いや、多分当人は事件を起こしたとも思っていない可能性がありますね」

 「して、宝冠を盗んだ犯人とは?」


 気色ばむ公爵に対し、ペイスは涼しげな(てい)で答えた。


 「王女殿下です。恐らく、ですが」


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[気になる点] >母親に見つかるまでがワンセットだと抜かすあたり、シイツの経験談のような気もする シイツは孤児だったのでは? ペイスも知ってると思いますが……
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