065話 海賊発見の報せ
一人の少年が、船の中に居た。
黒みがかった緑髪を綺麗に切りそろえ、育ちの良さが随所に見える男の子。いや、既に成人していることを思えば、子どもというのは憚るのだろうか。
その男性とは、ボンビーノ子爵家当主ウランタだ。傍には補佐役のケラウスが居る。
「モルテールン卿はどうしてああも堂々としていられるのかな。年も大して変わらないのに、凄いよね。何か秘密でもあるのかな?」
「秘密と言うよりは、血筋でしょうな。彼の家の子供は皆、賢いと評判でした。姉妹がそうなら、末弟がその中でも特に賢かっただけ、というのはあり得る話です。……しかしそうですな。考えてみれば、ただ単なる生まれ持った資質だけではないのでしょう。何かと目立つモルテールン家ですから、きっとかなり厳しく教育を受けたのだと思います。秘密と言うなら、家の教育方法に何か有るのやも知れません」
「見習わなければならない、かなあ。子供の教育のやり方なんて、教えてくれるとも思えないし。ところでケラウス、船着き場でモルテールンの人たちが言っていたことは本当だと思う?」
「言っていた事、とは?」
「ペイストリー=モルテールン卿が、部下達よりも強いという話だよ。部下の力量は、水龍の牙の男たちを倒すところを、この目で見たから分かるんだけどさ。それ以上に強いとなると、ちょっと信じられないと思わない? 例えば覗き屋なんて、腕っぷしも結構強いって噂じゃない。それ以上ってことは、国でも指折りってことになると思う。交渉材料の可能性は無いの?」
「ブラフである可能性はゼロでは無いでしょうが、あの場面でやる理由もありません。力量を高く偽って、いざというとき危険に晒されるのは当の本人ですから、実戦の前にやる事ではないでしょう。まず事実だと思います」
自分たちの武力や実力を、高く偽ることで交渉を有利に働かせる交渉術は、存在する。
ハッタリとして、見せ掛けだけでも強そうに見せられれば、不要なトラブルを避けられることも多いからだ。
しかし、今回のように実働が伴う中で、実力を高く偽る事は相当に危険性が高い。ハイリスクローリターンのお手本のような行動。
平常時であれば強そうな人間は遠巻きにされるが、有事の際は真っ先にお声が掛かるのだから。
否応なく実力を使わねばならない場面になって、化けの皮がはがれて困るのは、ハッタリをかましていた人間である。
だから、彼らが嘘や虚飾でペイスの実力を誇張している可能性は限りなく低い。傭兵家業の信用を無くして困る、モルテールン家の政治状況も踏まえるならば、あり得ないと補佐役は断言した。
「なら本当に、あそこにいた誰よりも強いということ?」
「そうなります。私の調査では詳しく分かりませんでしたが、ペイストリー様が持っている魔法は、相当に強力という事なのでしょう。魔法を使えるという利点は、かなり大きい。さすがに父親ほどの汎用性は無いかとは思いますが……推察しますに、あれほどモルテールン家の人間が信頼していたということは、父親よりもより直接的な武力行使に向く魔法なのではないかと。【発火】や【投擲】といった魔法での一騎当千の活躍話は、過去に聞いたことがございます。絵を描く魔法という噂もありますが、隠し玉を持っておられるのでしょうな」
「世の中は不公平すぎるよ。何それ。父親は英雄だし、顔もカッコいいし、魔法も使えるし、戦功もあげているし、しかも喧嘩も強いなんて、ずるい!!」
「そういえば、年上の婚約者も居るそうですな。かなりの美人という噂を耳にしたことがあります」
「ボクも綺麗なお姉さんが婚約者に欲しい!! っていっても、今のうちの状況じゃ高望みは無理だよね。はぁ、いいなあ、モルテールン卿は。本当に羨ましいよ。魔法の半分ぐらい分けてくれないかな?」
「無いものをねだっても仕方がありませんし、良いことばかりでも無いと思われます。モルテールン家の嫡子殿が恵まれているのは事実でしょうが、それ故に多くの高位貴族が取り込みを狙って策動しているとか。目立つ存在というのは、良いことばかりではありませんよ」
「そうだね。その点我が家は、お偉い人に目を付けられることも無く、居ない者扱いと……」
「そう、卑下なさいますな。今回の作戦が上手くいけば、当家も興隆間違いなしです」
ウランタは、愚痴をこぼす。
ペイスと同年代とあって、子供らしい気質がまだ多分に残る年頃。
お家の事情から子爵家当主となったはいいが、苦労を重ねる境遇にストレスもあれば不満もある。偶には吐き出したくもなる。
ましてや、隣の芝生は青く見えるもので、ペイスの境遇はよりよく見えてしまう。
羨ましい、と思ってしまうのは、仕方のないことだろう。
ウランタの愚痴。一見すると、子供の駄々のようにも見えた。
だが、ケラウスは、補佐役として気付いている。
下手な軽口などは、怖さと緊張を隠そうとしている現れであると。実際、愚痴をこぼしている本人の手が、先ほどからずっと強く握られたままになっている。明らかな緊張の印だ。
それも仕方がない。何せ、今からはまさしく殺し合いという非常事態になるのだから。
ウランタは、一人の通信兵が、旗を抱えてやってきたことで、否応なくそれを自覚させられる。
「ご報告です。先頭の船より通信がありました」
「……内容は?」
「前方に敵影発見」
「っ!! 数は幾らぐらい? 距離はどれぐらい? 正確な方角は?」
「えっと、旗は敵発見とだけ掲げられておりまして……」
ウランタの質問に、通信兵は戸惑う。
旗による通信は、事前に取り決めている内容の旗を掲げることで行う。細かい内容の伝達は相応に時間が掛かるため、第一報としては重要な用件のみを簡潔に伝えるのが当たり前なためだ。
色々と聞かれたところで、知らない物は答えられるはずもない。
通信兵に、あれこれと細かい質問をしたウランタも、その点未熟である。だが、通信兵も未熟だ。
熟練の通信兵ならば即座に「分かりません」と答えるところなのだから。
こと戦時において、報告は簡潔かつ正確にすべきで、知らない言い訳をぐだぐだ言うのは、時間の無駄である。
それ故、補佐役が間に立つことになった。
「ウランタ様、ここは改めて敵の規模や距離。そして方角を先頭の船に尋ねた方が良いでしょう」
「そう、そうだね。よし、モルテールン卿の船に再度通信。内容は『敵の規模と方角と距離を報告せよ』と」
「わかりました」
ケラウスは、復唱しない通信兵に対する叱責を言いかけて思いとどまり、主君への助言に留めた。
通信兵とは、船同士で連絡をやり取りする専門職の事。陸でも同じような兵科は存在するが、こと海上にあってはその重要性は極めて大きい。
旗の振り方や種類で情報のやり取りを行うために、知識と経験が要求される類の兵だ。
ボンビーノ子爵領が大戦後の政変で力を落とす中、熟練の通信兵はどんどんと余所に引き抜かれたり、辞めていったりした為、この船の通信兵もまだ若い。
情報の精度に関して、まだまだ未熟なのだ。
「ウランタ様、敵影となれば、戦闘準備も必要かもしれません。まだはっきりとしたことは分かりませんが、手遅れになるよりかは、勇み足になるぐらいで良いでしょう。御準備をなさいませ」
「わ、わ、分かった。い、いよいよ戦うのだよね」
「そうご緊張なさいますな。この船が戦場になるのはどうあっても最後。最初に戦うのはまずペイストリー様方の船になります。領内でも名高い水龍の牙を手懐け、精鋭ぞろいのモルテールン卿の船は、今回の主力です。そうそう不覚もとりますまい。どうぞ、お気持ちを楽に、どっしりと構えておかれますように」
「そ、そ、そうだね」
慌ただしくも旗艦で戦闘準備が始まろうとしていた頃。
敵発見と報告した当の先頭の艦、バロンでは、実にのんびりとした空気になっていた。
旗艦が、すわ戦争かと弓に弦を張り、海戦用の鎧を着こみ、仮眠していた夜番連中を叩き起こすのとは対照的に、モルテールン家ではほのぼのと食事の準備を行う程だった。
「シイツ、敵艦を見つけたんですって?」
「俺の【遠見】で、チョロっとだけ。向こうさんにも目の良いのが居るらしく、こっちに気付いて、途端に逃げの構えでさあ。一仕事終えた帰りのようで、かなり弛緩した感じでしたね」
「ならば、船の発見場所近辺は、彼らにとっての安全地帯と見てもよさそうですね。敵の根拠地はこの近場に有る。数日掛かると覚悟していましたが、初日の早々から当たりを引くとは、運が良いですね」
「根拠地ったって、一つとは限らんでしょう。用心深い連中なら、幾つか隠れ家を用意しておくもんですぜ?」
「なるほど、さすがシイツ。盗賊だった頃の経験談ですね?」
「人聞きの悪いことは言わんで下せえ。俺は、傭兵だったことはあっても、盗賊や海賊だったことはねえです」
シイツが過去所属していた傭兵団は、武侠でならした少数精鋭の傭兵団だった。
カセロールと共にモルテールン領に来る前は、そこで剣と魔法を振るって活躍している。
盗賊と大して変わらない傭兵団も多い中、それらとは一線を画す数少ないまともな傭兵団であったし、そこに所属していたことはシイツの誇りである。
下手に茶化してくれるな、とペイスに物申す。
それに頷きながら、尚も軽口を言おうとしたペイスの許に、通信兵が駆け込む。
「おいモルテールンの坊ちゃん、敵の位置と方角と数を教えろって通信が来たぞ」
「ふむ、ならば『東北東に距離十以上、数少なし、敵逃走中。指示願う』と返信するように」
「了解」
ペイストリー達の乗る船は、バロンという船名の戦闘艦。
通信兵も一応ボンビーノ子爵家が用意してくれていたのだが、成人したての若者であったため、あてにならないとばかりに水龍の牙の一人が役目を変わった。
三十を過ぎた、シイツと同年代の男。口は荒いが、仕事は確かである。
「……坊、何で聞かれても無いのに、相手が逃走中だってことまで伝えたんです?」
「追うか追わないかの判断の役に立つでしょうし、そのほうが子爵閣下も落ち着くと思ったからです。初陣ともなれば気も逸る。敵が見えたと聞けば、即座に剣を抜く輩も多いと聞きます。落ち着いて判断してくれることを期待して、あえて付け足しました」
「普通は一旦ここで体勢を整えるでしょう。俺の【遠見】で見えた距離に、この大所帯で追いつくのは無理ってもんですぜ。相手からすれば、アジトまで逃げ切った上で準備万端迎撃してくるか、アジトをほっぽりだして更に逃げるかの二択でしょうよ」
「そうですね。ですがこちらとしては、どのみち追うしかない。逃走中という情報を知った上で追う決断をしたのと、とにかく何も分からず戦闘状態に入ったままずるずると追いかけるのとでは、意味が違います。前者の方が、司令官っぽい仕事をした気になるでしょう」
「子爵閣下の手柄にするためですかい。お優しいことで」
ペイスが言ったのは、あえて聞かれていない余計な情報を与えることで、判断の余地を増やしたという意味だ。
海賊を討伐する為に出航した以上、海賊を追わないという選択肢はあり得ない。
だが、敵が逃走中だがどうするか、というクエスチョンに応える形で、追うと決める方が、仕事をした気分になるものだ。
答えが初めから分かっていながら聞くのだから一見すると無駄に思えるのだが、“あくまで指示は総指揮官が出していた”という建前のアピールという、政治的な配慮だ。
戦後にトラブルがあった時、何かと役に立つ、とペイスは考えている。
「坊ちゃん、返信だ。一旦船を止めろってよ」
「分かりました、『了承』の返信を。あと、ニルディアさんを呼んできてください」
「困ったらとりあえず立ち止まるか。経験不足の指揮官にしちゃ、上出来じゃねえっすか?」
「シイツ、一生懸命に頑張る人間を茶化すものではありませんよ」
「確かに、そりゃすいません。どうしても、どっかの誰かさんが初陣だった時と比べちまうもんでして。あんときゃ、酷い目にあったもんです。初陣の癖に大人しさの欠片もねえで、人使いの荒いこと……」
「あ~ニルディアさん、遅いですねえ」
「坊、誤魔化しましたね」
ニルダは現在、操船の指揮を執っていた。
船の動かし方や、風の読み方については、ペイス達よりも遥かに詳しいので、完全に任せている形になる。
伝令が届き、ニルダがペイス達の元に来るまでには、それほど間が無かった。
「ニルディアさん、この先に錨を下せるところは?」
「あん? 確かちょっとばかし南に行けば、船を止められる海域がある」
「ならば、そこまでこの船が先導しましょう。一旦そこで、作戦会議となるでしょうから、僕が旗艦に行ってきます。ニルディアさんもその際について来て下さい」
「あたいがかい? 坊ちゃんが連れてきた奴らを供にすりゃいいじゃないか」
「貴女は僕らよりも海に詳しいですから。今までの動きを見て決めた、適材適所という奴です。今回の討伐に限り、貴女を僕の参謀とします」
「参謀ってのは何だい?」
「知恵袋、ですね。正式な軍の役職では補佐官になります。これは総指揮官殿にも了承を貰うつもりです」
ニルダは、困惑と共に絶句した。
神王国のみならず、この世界は身分の上下にうるさい。それが平穏と秩序を守る為の正義だと信じる者が多いからだ。
ニルダ達は、貴族どころか従士でもない。船で街から街に移動する事が多く、市民権も無い下層民。
市民権が無い為、何かあっても裁判を受けることは出来ないし、“自分達の領主”が居ないので守ってくれる者も居ない。
故に貴族や、或いは従士でも、不評を買えば裁判なしで一方的に裁かれてしまう。彼女たちが集団を作るのは自衛の為でもあった。
犯罪者や奴隷を別にし、流浪者や貧民街の住人を除けば、一番低い身分なのが彼女達。
それが貴族の参謀となれば、酒場でも笑い話の冗談にしかならない。
「……坊ちゃん、変わり者って言われたことは無いかい?」
「不本意ながら、よく言われます。それで、答えは?」
「あたいに、断ることは出来ないさ」
ニルダの困惑をよそに、ペイスはニコリと微笑んだ。
「さて、それでは行きましょうか」
船が停止出来る海域に到着した後、ペイス達は連絡用の小舟で旗艦に移動した。
本来二人乗りの小さい船なのだが、ペイスが非常に小柄なため、ニルダとシイツが御伴として同乗出来ている。
旗艦の中は、かなり物々しい雰囲気が漂っていた。
乗組員の全員が武装していたし、明らかに戦闘態勢と分かる慌ただしさと落ち着きの無さが感じられた。
「これは、思っていた以上に子爵閣下は狼狽しているようですね」
「素人と変わらんでしょうぜ、これじゃあ」
「敵が来ているのに危機感が無いよりは遥かに良い、と思うことにしましょう」
「坊も前向きですね」
旗艦の中には、指揮官の乗る船室が存在する。
船の中で操舵室に次いで重要な場所だ。
招かれて中に入れば、そこには完全武装で固めたウランタの姿があった。
対するペイスは、簡易式の軍服である。前ボタンで留める長袖の上着と、裾丈をきっちり足に合わせたズボン。色も黒っぽい色で装飾っ気に乏しい。
剣こそ護身用に佩いているが、今から戦いに赴くという格好では無い。
当然、ウランタからすればペイスの格好は危機感と緊張感の無さに思えた。海賊を侮っているのではないか、とも思ってしまう。
「モルテールン卿、何故そのような格好なのですか? 敵が来ているのでしょう?」
「敵が逃走中とご連絡した通りですから、戦闘はまだまだ先です。今から疲労を溜めても仕方がないので、先に作戦を相談しに参った次第です」
ペイスの答えに、子爵の後ろに居たケラウスなどは感心する事しきりだ。
モルテールン家の跡取りが、既に戦功をあげていると聞いていたのは事実だが、容貌からどこかしら胡散臭い気もしていた。だが、今目の前に居るのは、確かに軍人だった。
有事とは、どうしても緊張とストレスが付き物。だからこそ、優れた軍人ほど、気の緩め方や、休息の仕方を知っているもの。
その点、自分の主人はまだまだ甘いと、つい比較してしまった。
そんな部下の想いを知ることもないウランタは、ペイスの説明に頷きつつも、後ろに立つ人間に目を止める。
「相談というのは構いませんが……何故ここに水龍の牙の方が?」
「彼女を、私の補佐官にしたく、そのご相談もあって連れてきました。それについては、ご許可願えますか?」
「彼女は下層民という身分ですが?」
「知っています」
「……それでもあえてとなれば、卿には何かお考えがあるのでしょう。結構です、許可しましょう」
「閣下の御配慮に感謝致します。それで、今後の方針なのですが閣下はどうお考えですか?」
ペイスは、椅子を勧められたのでそのまま腰掛ける。
船の中なのでソファーのようなものではなく、木箱に近い。実際、木箱のように収納スペースとしても使われるものだ。申し訳程度に布が張ってあるが、船の中というのもあって快適な椅子とは言い難い。
普通の椅子を持ち込むと、揺れの影響で文字通り椅子が飛ぶこともあるので、安定性のあるものが船中では使われている。
現状の認識を刷り合わせ、情報共有を行った所で、今後の方針を決めなければならないと、ペイスはウランタにどうするかを尋ねた。
「なるほど、モルテールン卿の予想では、近くに海賊の住処があると?」
「こちらを見つけて真っ先に逃げ出したことや、その際の様子から、間違いないと思います。シイツの【遠見】は確かですし、状況だけを見れば疑いようがない」
「覗き屋の実力は知っています。そうですか、思っていた以上に近場に居たのですね……」
ペイスは、シイツが二つ名を呼ばれて、僅かに嫌そうな顔をしたのを横目で見つつ考えた。
海賊が、子爵領の港街から大して距離も無い所に巣を作っていた、という事実について。
普通、海賊というのは貴族の軍を恐れる。取り締まりは彼らが行うのだから、それは当然だ。
ならば、普通であれば出来るだけ軍の根拠地から離れようとする。警察署の前で不法駐車する人間が居ないようなものだ。
しかし、現実として予想以上に近場に賊が居る。
これは、可能性として二つ考えられた。
一つは、海賊にボンビーノ子爵家が舐められているという可能性。
どうせ取り締まりも出来ないだろうとたかを括り、恐れることも無く町の近場に巣をつくる。
もしそうであれば、事は簡単だ。
舐めきっている相手が出て来た所で、雲隠れすることは考えないだろう。十中八九、返り討ちにしてやろうと出張ってくる。そこを一網打尽にできる可能性は、かなり高い。
問題の根源を、根こそぎ治療できる絶好の機会。
もう一つの可能性は、賊が海賊行為以外の目的を持っている可能性。
海賊行為だけを目的とするのならば、出来るだけ官権の及ばない場所に隠れる。だが、それを推してもあえて近場に来たがるのならば、別の目的が隠れている可能性はあった。
例えば、子爵領の様子を窺って襲撃を企てているだとか、子爵の身柄を目的としているだとか。暗殺の為に様子を窺っている可能性もある。
これらの場合なら、出来る限り情報を得やすい近場に巣を作る必要があるだろう。
もしそうであれば、子爵が討伐に出て来た時点で、案外あっさりと逃げ出してしまうかもしれない。
さて、どちらが正解なのか。
どちらの可能性も、現時点では確信を持てるものではない。
そこでペイスは、あえて判断を子爵に委ねた。
ペイスの話を聞き、じっと考え込み、補佐役と何やら長い間相談していたウランタであったが、結論が出る。
「一旦、ここで体勢を整えます。休息も取り、万全の準備を行った上で明日。夜明けと共に海賊のアジトと予想される一帯を捜索します。戦闘が予想されるので、先鋒は引き続き、モルテールン卿に頼みます」
「承知しました。閣下の指揮の下、微力を尽くします」
各々の船に伝達が行き交い、ペイスもバロンに戻った後、船員に伝達した。休息命令である。
次の日の夜明けと共に行う作戦行動が伝達され、その準備に各員が慌ただしくなる中。
結局、準備は徒労に終わることになる。
その夜、旗艦が炎に包まれた。