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おかしな転生  作者: 古流 望
第7章 海賊のお宝
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064話 密談

 神王国の歴史は、都市国家の勃興期、国家創建期、拡大期、平穏王統治期、動乱期に分けられている。

 近年では、その後の大戦を境にした復興期が入ると言われているが、これは何処から何処までを指すかによって、歴史を学問とする者の議論が続く部分でもあった。


 ボンビーノ子爵家は、南方貴族でも有数の旧家だ。

 国家創建期以来の臣であり、大戦後の粛清時に多くの旧臣・旧家・名家が取りつぶされて所領を没収された中にあって、現在も位階を維持し続ける名門。


 しかしながら、大戦の影響は大きかった。

 旧家同士のネットワークはズタズタになり、目ぼしい有力な縁故者は粛清やその余波を受けた。没落していった者も、親しい連中の中には多かったし、影響力というものが一気に低下した者同士の、連鎖反応が起きたのだ。

 一時期は南方でも屈指の素封家(そほうか)であり、肩で風を切る様な権勢家であったのも、今は昔。

 かつては、強大な財力と、それに支えられた軍事力もあって統治していた村々も、家が没落していく中にあっては持て余すことになり、その隙を突かれて他家に領地を奪われることになった。いや、実際には奪われる寸前のところである。


 しかし、このボンビーノ子爵家の苦境。

 隣接するリハジック子爵領などにとってみれば、棚から牡丹餅が落ちてきたような美味しい状況である。

 それでなくとも、幾多の権益でこの両子爵家は反目してきた。一気に権益を奪取する、絶好の機会の到来。


 元々ボンビーノ子爵領は、南方のレーテシュ伯領から王都に抜ける街道の内、海沿いのルートの傍に村を持っていた。街道沿いの好立地だ。

 リハジック子爵領は、同じく南方から王都に抜ける街道の内、森沿いのルートに村があった。

 主要な南方街道二つの、両方を支配下に収められるならば、南方から王都に抜ける流通の殆どを独占できる。これほど美味い話もそうそう転がっているものでは無い。

 故に、ボンビーノ子爵家が放置に近しい状況で手出しできないのを良いことに、自分達の支配下に収めようと実効支配を強めていたのだ。


 「順調だな」

 「はい。今年の税は当家に収めさせましたから、もう一押しといった感じです。年を越してしまえば、丸二年を当家が管理したことになりますので、王家に対して正式に管理権を主張できることになります。そうなれば大手を振って軍を入れられますから、いよいよ詰みでしょう」

 「余所への根回しはどうなっている」

 「新興貴族派の大半は押さえました。まだ南部でも辺境の家はレーテシュ伯の睨みが強いために追い返される状況ですが、他は当家に賛同して頂いています。力の無くなった伝統貴族が旧来の権益に固執する様を、彼らは良く知っていますから。そこを強調すれば簡単でした」

 「で、その伝統貴族への根回しはどうか」

 「こちらは難航しています。彼らも明日は我が身と、ボンビーノ子爵家に心情的に肩入れするものが多いようです。ただ、彼らは揃って力を落としていますので、時間は我々の味方であると考えます。焦らずに時間を掛ければ、いずれは必ず当家の味方に付くでしょう」

 「そうか、ご苦労」

 「勿体ない御言葉です」


 部下の言葉に労いの言葉を贈ったのは、アロック=ハイント=ミル=リハジック。

 ボンビーノ子爵家に隣するリハジック子爵領の当主。

 年は二十代の後半ながら、口元に整えられた髭を蓄えた男。顔立ちはどことなく犬を思わせるが、三白眼の眼光のきつさがそれを強調する。


 血筋からすれば先々代リハジック子爵の孫にあたり、先代の甥にあたる。先々代が粛清に遭い、事なかれ主義の穏健派筆頭の叔父が当主の座に座った時。大戦の余波で苦境にあったリハジック家の対外強硬派をまとめて、半ばクーデターのように先代を追い落として当主の座に座った、生粋のタカ派。


 優雅に紅茶を手にしながら椅子に腰かけ、部下の報告を聞いている様は、険しさも無く上機嫌な様子だった。


 「税収自体はどうか」

 「予想通りです。主だった数字だけあげますと、街道沿いの三村とそれらに食料を供給していた一村から、小麦二百八十、銀二十、羊五を徴収できました。他諸々と細かい数字は別途の報告に致します」

 「良い数字だ。当家にとって、馬鹿にならん数字ではないか。さすがはボンビーノ家の食糧事情を支えていただけの事はある」

 「はっ、当家の既存の収入の倍はあるかと思います」

 「このまま当家に無事編入出来れば、金銭収入はもっと跳ね上がるだろうな。笑いが止まらんよ。街道沿いに関を設けるだけで、濡れ手に粟で儲かる」

 「ご明察の通りかと」


 子爵はお茶で口を湿らせる。

 彼の頭の中には、南部街道(サウシーロディア)と呼ばれる、二本の街道のことがあった。これは、南部地域において、最も重要かつ交通量の多い街道だ。大抵の場合は、二つをセットで語られることが多い。


 しかし、何故主要街道が二つもあるのか。


 元々、街道が二本通されたのには訳がある。

 昔々の、森沿いのルートしか無かった時代。街道を領内に通す領主たちがこぞって関所を設け、関税をあちこちで要求した為に、物流が滞った時期があった。

 関も最初は数が少なく、治安維持や領内の物流管理の為に最小に抑えられていたわけだが、関税とは領主にとって極めて大きな財源になる為、増えることはあっても減ることが無かった。

 日を追うごとに負担の重くなる関税。反比例する様に落ち込んでいく物流と活気。

 当然、関所を設けている領主達全員が問題を認識していた。流通路の負担を軽くするべきだと、誰しもが考える。

 だが、いざ自分たちの関所を減らすとなるとしり込みをする。余所の人間が減らせば問題は解決する、と言って互いを罵りあった。


 ことを重んじたのは、当時の王家と、南方を統括するレーテシュ伯家だった。

 両家が外交交渉の末で合意。揃って音頭をとり、海沿いに新たな街道を敷設した。足かけ五年の大工事は、様々な妨害にもめげずに完成する。

 それ以降、森沿いのルートと海沿いのルートで競争が起き、無駄に多かった関所も徐々に廃止されていった。

 負担が重すぎれば別の道に逃げられる為、自然と適当な水準に落ち着くことになったのだ。

 リハジック子爵の関税収入も、ピークを過ぎて半分以下になった。


 しかし今、もしもこの両方の街道をどちらも領内に抱えることが出来たなら。

 そう、リハジック子爵は考え続けてきた。


 政治的な権力の増大や、周辺諸領への影響力拡大はまず間違いない。

 また、両街道を共に通すリハジック子爵領だけは競争とは無縁でいられる為、関所を増やすことも、或いは関税を上げることも、やりたい放題で出来る。

 影響力がいや増せば陞爵(しょうしゃく)して、レーテシュ伯に並ぶ伯爵位となる事も夢ではなくなる。海上交易を独占するレーテシュ伯と、陸上交易を独占する“リハジック伯爵”となれば、手にする権力は計り知れないものになるだろう。


 それが、リハジック子爵の夢だった。


 「しかし、他家との摩擦が生じる可能性はありませんか?」

 「王家は良い顔をしないかも知れんし、レーテシュ伯も嫌がるかもしれん。しかし、物流に決定的な打撃を与えるような愚行を避けるならば、基本的に海上に権益を持つレーテシュ伯とは折り合いを付けられる可能性は高いし、王家は介入の口実が無い。臣下の義務さえ果たすならば、貢納額を増やす程度で王家の顔色も変わるだろう。あとの有象無象は、我々が立場を確立しさえすれば、勝手に尻尾を振ってくる」

 「なるほど、さすがでございます」

 「全く、勝手に転がり落ちてくれたボンビーノ家様様だな。はっはっは」


 リハジック子爵は、近年にないほどの上機嫌が続いていた。

 ここ十年来、虎視眈々と両街道の抱合を狙って策動していた苦労が、ようやく実ろうとしていたのだからそれも当然だろう。


 「しかし、気になることが二点ほど」

 「ん、何だ、言ってみろ」

 「は。一つは、ボンビーノ子爵が例のアレを探す動きを見せております」

 「往生際の悪い連中だ。いい加減諦めて、我が軍門に下れば悪いようにはせぬものを」


 さっきまで、とても機嫌のいい顔をしていた人間の顔が曇る。

 紅茶を飲み干し、空になったカップを置く子爵の手つきには、若干不機嫌さが混じった。


 「見つかってしまえば相当に厄介なことにはなりますが、如何いたしましょう」

 「賊共の手綱はしっかり取っているのだな?」

 「はい。当家に繋がる証拠を残さぬようにはしていますが、手配は抜かりなく」

 「ならば放っておけ。一か八かで海に出たところで、あの幼い当主では軍も纏めきれずに敗走するしかない。それに水兵連中も、金払いの怪しいボンビーノ家の子供に雇われることは嫌がるはずだ。碌なものが集まるまい。それこそ海賊に追い銭を払うのと変わらん連中しか来ぬだろう」

 「その件でもう一点の方を。実は、ボンビーノの連中は援軍を乞うたようです」

 「何? 頼んだ先によっては厄介だな。何処の家に頼んだか……彼奴らの財政状況では、碌な援軍など呼べまい。まして海の上となると、手出しの出来る家などは限られる。ほとんどにうちが手をまわしていた筈だが?」

 「はい。ですが、モルテールン家には、手が回りそびれていたようです。南部の辺境でしたので、後手になりました」

 「くそっ、あの連中か!!」


 男は、今度こそハッキリと不機嫌になった。

 リハジック子爵からしてみれば、街道を利用せずに【瞬間移動】の魔法で移動するモルテールン準男爵は、目の上のたんこぶとも言える存在なのだ。

 時には、街道沿いに金をたんまり落としていくはずだった上客を運ばれることもあるため、常々邪魔だと感じていた家である。


 ましてや、ボンビーノ子爵家を追い詰める、重要な詰めの局面に介入してくるとなれば、不愉快極まりない。


 「出しゃばってきたのは、準男爵本人か?」

 「いえ。息子が援軍を率いているようです」

 「……ならばいっそ、賊とのどさくさに紛れて不幸が起きるように手配しろ」

 「よろしいのですか。それでは事が露見した際に、当家は多くの敵を作ります」

 「だったら露見せぬ様にやれ!!」


 捨て台詞を残し、部屋を出て行く子爵の後ろ姿を、部下は慇懃に頭を下げて見送る。

 子爵が遠くに行ったことを確認したのち、部下は呟く。


 「……潮時、ですね」


 部下の呟いたひと言は、誰にも聞こえることは無かった。



◇◇◇◇◇



 船の中、女団長とペイスは、進路について討議していた。

 子爵との打ち合わせで聞いた、海賊の根城が想定される目ぼしい幾つかの島を、効率よく潰していく相談だ。


 「こちらの島から、こうやって移動するのはどうです」

 「駄目だね。それだと途中に岩礁のある海域を突っ切る事になっちまう。あたいらなら何とか出来ても、あっちの四隻に乗ってるど素人じゃあ、座礁するのが目に見えてるってもんよ」

 「ど素人とは、言いますね。一応、ボンビーノ子爵家が抱える海兵と聞いているのですが」

 「ダメダメ、あんな連中。ここら界隈じゃ、仕事も無くてどうしようもない落ちこぼれが、子爵様に雇われるんだ。あたいらのオヤジが生きていたころならいざ知らず、ここ最近じゃ小マシな連中でも近寄らないね。多少船に乗った経験があっても、素人に毛が生えた程度が精々。大半はそれ以下だ」


 女団長は、手を顔の前でぶらぶらとさせる。ゴミを掃除するような風にも見えなくもない。

 彼女は、態度そのもので、如何に子爵の子飼いが使えないかをアピールする。


 「実態を聞くと、相当酷いようですね。子爵家の事情は」

 「まあね。酷くなってきたのは、ここ十年ほどかね。何でもお隣のリハジック子爵に、金蔓だった利権を奪われだしてから落ち目になる一方って話さ。しかも海賊が出るってんだから、泣きっ面に蜂ってとこかい。今回の件でも、おたくらの事が無ければ、鼻で笑って断っていたよ。子爵様の払いは怪しいが、首狩りのところなら傭兵家業に理解があるってね」

 「僕としては、我が家の利益がしっかり確保できればそれで良しです。歴戦の勇士たる貴女たちの活躍を期待しています」

 「おうおう、どの口で言うんだか。まあ、話を戻せば、少し遠回りになるが、北回りでこの辺りを行くのが良い。ここらは海賊の噂も多い海域を通るから、上手くすりゃ鉢合わせって可能性もある。……あたいらこそ、坊ちゃん達の腕っぷし、期待して良いんだろうね?」

 「愚問です。あの父様が心から信頼する部下達です。神王国の何処に出しても恥ずかしくない、一流の武芸者達ですよ。さて、ルートはそれで良いでしょう。操船の指揮は任せます。出来れば、海賊の方々に気付かれないでアジトを襲撃したい」

 「そうかい。なら、早速いってくるよ。うちの連中は、ケツを蹴り飛ばさないと動かないだろうしね」


 腕っぷしに自信のあった水龍の牙の面々だったが、モルテールン家の面々に伸されたのが相当に応えたらしく、今は大人しく帆の操作を行っていた。

 ボンビーノ子爵領界隈の海を熟知した彼らに曰く、しばらくは良い風があるとのことで、安心して良いとのことだった。


 秘蔵の海図を丸めて仕舞い、その足で船員を見に行った女団長(ニルディア)を見送り、ペイスは傍に護衛として居たシイツに声を掛ける。


 「……何だか、臭いますね」

 「作為の臭いってやつですかい」

 「シイツも感じているなら、間違いないですね。ボンビーノ子爵家の凋落と合わせ、タイミングが良すぎる海賊の出現。恐らくこの件はリハジック子爵が裏で糸を引いているのでしょう。更にそれを操る黒幕が居るかどうか……は、まだ分かりませんね」

 「だとしたら、ボンビーノ子爵の動きも怪しいっすね。海賊の裏に誰が居るかなんぞ、俺らよりはっきり見えていたはず。にもかかわらず、ここで行動を起こす。こりゃ坊、何か嵌められたんじゃねえですかい?」

 「ボンビーノ子爵に、我々に言えない隠し事があるのは間違いないでしょうが、嵌める気なら当主自ら出張って来ませんよ。軍功を切実に欲している事情は事実ですから、ついでで狙っているものがある、と考える方が自然でしょうか。目的の本題が海賊討伐なのは、間違いがないと見るべきでしょう。ところでシイツ、羊皮紙を持っていませんか。出来れば一番大きいやつを」

 「あん? そんなものどうするんです」


 そう言って、シイツは羊皮紙を一枚持ってくる。海図用のデカい羊皮紙であるが、これ一枚で金貨が何枚も吹っ飛ぶ高級品である。


 「さっき海図を広げていた机の裏、見て御覧なさい」

 「どれどれ……って、こりゃ、さっきの海図じゃねえですかい。一体いつの間に」

 「会話中にこっそりと。さあ、あのおっかないお姉さんにバレないうちに、うちの手の内に入れてしまいましょう。【転写】!!」

 「相変わらず油断も隙もねえ。って、おお、良い海図じゃねえっすか。さすがは大言吐くだけの事はある。要注意海域、魔物の情報、季節ごとの天候に風向き、潮の向きと変わり目、陸地同士の距離と目安の時間、補給の出来るポイントはこの記号か?……これさえあれば、ここら辺の海はうちの庭になりますぜ」

 「これが手に入っただけでも、当家としては最低限の利益は確保できたわけです。後は、どれだけおまけを稼げるか、です。重ねて全員に通達。絶対に死ぬなと。死なずに帰るだけで大儲けですから、無理だけはするなと言い聞かせておいてください」

 「おまけの額が多すぎるでしょう……」


 情報伝達が極めて限られる世界において、正確な情報を載せたものは、金貨を山と積んでも惜しくない価値がある。

 ましてや、軍事行動に必須の情報の書かれた地図は、どの領主にしたところで厳重に取り締まりと管理を行う、最重要な軍事機密となる。

 海図にしても同じこと。海軍を動かす際に、正確な海図が無ければ暗闇を手さぐりで歩くような状況になる。

 腕利きの水兵団が長年積み重ねてきた知識の載る地図など、海沿いの領主ならば自分の娘を差し出してでも欲しがる一品だ。


 「出来る準備はしておきませんと。それに……」

 「それに?」

 「何だか、嫌な予感がしてきませんか? 他家の介入の気配。依頼人の隠し事。規模の不明な海賊に、本来は子爵家に雇われるはずが無かった水兵団……イレギュラー要素が多すぎます」

 「……確かに。こりゃ何か起きそうな感じで」


 シイツは、ため息をついた。

 物事は順調に進む方が珍しいとはいえ、ことペイスが関わって、ものが穏便に済んだ試しがないのだ。

 出来ることならば、自分達にとって幸運を運ぶ騒動であってほしい、と願うばかりである。


 順調な航海の中、前途には期待と不安が渦巻くのだった。

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表紙絵
― 新着の感想 ―
いっそ地図を一枚貰う代わりに量産するよって契約でも作ったらどうかね?王家に向けて。
[良い点] しれっとなんつうことしてんだwww レーテシュに売るでもボンビーノから掠め取るでも何でもやり放題じゃねえかwww そういうことしれっとするからレーテシュ伯爵にも睨まれるんですよ、坊 [一言…
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