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おかしな転生  作者: 古流 望
第7章 海賊のお宝
62/521

062話 家中の騒動

 ピン、と張りつめた弦が如く。

 両者の間にあるのは緊張の糸だった。


 モルテールン家の姉弟と、その面前の武装集団とが睨みあっていたためである。お互いに武器を抜いていない点がせめてもの救いだろうか。


 「申し訳ありません。驚かせてしまいまして。皆、この方は私の客人です。下がってください」


 その緊張を解いたのは、ボンビーノ子爵家当主。ウランタ少年だ。

 彼の一言で、物々しい集団が、脇の扉から別室にぞろぞろと移動していく。


 「説明、していただけるのでしょうね?」

 「ええ勿論」


 ウランタは、ソファに腰掛けて丸腰をアピールした。


 「実はこの部屋に私が戻る途中、刃物を持って襲ってきた者が居りまして。その警戒態勢のまま御二方をお呼びする形になってしまったのです。誤解しかねない、猛々しい出迎えになってしまった事を、お詫びいたします」

 「肝が冷えましたよ」

 「重ね重ね申し訳ない。御二方の安全は、この身に替えても御守りするとお約束いたします。まずは席についていただけませんか?」

 「武器を抜かれたわけでも無いので、まあ良いでしょう。謝罪を受け取ります。とりあえず姉様、御先にお座りください」


 肝が冷えた風など欠片も見せないペイスの様子に、ウランタの後ろに立つ補佐役などは感じ入るものがあった。姉を咄嗟に守ろうとした姿勢は、騎士として立派な心がけであると言える。

 席を勧められている時も、姉を立てつつも周囲の警戒を怠っていない様子が見て取れた。その点でも、とても主と同い年とは思えないと、嘆息する。

 ボーっとペイスを見ていた幼い主人に対し、先を促すよう小声で勧める。


 「おっと……さて、改めて。この場に御足労頂けた事、感謝いたします。ボンビーノ子爵家当主、ウランタ=ミル=ボンビーノです。こっちはケラウス。私の最も頼りにしているものです」

 「ジョゼフィーネ=ミル=モルテールンです」

 「同じく、ペイストリーです」


 三人掛けぐらいの大きめのソファ。ペイスとジョゼのように小柄な人間であれば、有りすぎるぐらいの余裕をもって座れる。

 そこに深々と腰掛けるのがジョゼで、浅く、足を地面につけた形で座るのがペイスだ。

 二人は、対面の少年と改めての挨拶を交わした。


 「先ほどの不躾なこともありました。そのお詫びと、また今回来て頂けたことのお礼も兼ねて、美味しい魚を用意しております。帰りがけにお持ちください」

 「それは御配慮ありがたく頂戴いたします」


 にこにことした笑顔の裏に、どことなく不安げで緊張した様子を見せる子爵。

 その様子を見ながら、ジョゼやペイスはどういう意図でこの場が設けられたのかを探ろうとする。


 「それで閣下。この度のご招待とこの場。如何様なご用件あってのことでしょうか」


 本来なら婉曲に聞くものを、単刀直入に突っ込んだのはジョゼだ。

 細々したことが苦手な彼女からすれば、うだうだと回りくどい会話よりもズバッと聞く方が好みなのだ。


 「そうですね、これからお話します。ですがその前に、まずはお食事でも如何ですか。ああいった社交の場で人気者であった御二方は、碌に食べられなかったでしょう。私も、招待側(ホスト)だったのでこれから食事を摂るのです。折角ですから、この場でご一緒に。堅苦しいことは私も苦手なので、簡易形式でいきましょう。どうぞ楽にしてください」


 そう言って子爵は部下に命じ、食事を運ばせた。

 フルコースでは無く、目ぼしい料理を一度に並べる、簡易なビュッフェスタイル。交渉時のお茶と同じ扱いになる、軽食スタイルだ。

 形式ばったことはしなくていい、という意思表示でもある。


 単純な食事と言うわけでは無く、何かの意図があるに違いない。


 「では僕がまず毒m……」

 「あ、これ美味しいわね」

 「姉様っ!!」

 「この魚美味しいわよ。ペイスも食べる?」

 「……はぁ、まったく」


 本来であれば、毒見の意味もあって、ペイスなりが適当に取り分けた料理をホスト側が口にしてから、ゲスト側が食べる。

 だが、ジョゼはそれを丸っきり無視して食べ始めた。これは、相手方に対する無条件の信頼を意味するものであるので、別にマナー違反というわけでは無いのだが、交渉の場であまり見られる形でも無い。

 賢い姉が、全くの考えなしでそうしたわけでは無いと信頼はするが、その意図が何処にあるのかペイスには一瞬分からなかった。

 だが、そのすぐ後に意図を察する。


 目の前の子爵が、明らかにほっとしたような顔を見せたからだ。

 重圧に押しつぶされそうになりながら、何とか責務をこなそうとしている所をみて、彼の少年の根が真面目で善良と見て取ったのだろう。彼女なりに、此方に危害を加える意図がないと確信を持てたために取った行動のはずである。


 姉の直感的な鋭さをよく知るペイスは、それ故に姉の行動を否定はせずに追随した。


 「あ、姉様、そっちのやつを皿ごと下さい」


 図太さに関しては、姉の一枚上手をいくようではあったが。


 「ペイス、あんたはもう少し遠慮ってものを弁えなさいよ」

 「目の前の皿を空にした姉様に言われたくないです。……あ、美味しい。塩漬けの野菜と一緒に煮付けたんですね。塩味ですが、あっさりしていていい味です」


 遠慮や謙譲といった美意識が、日本よりは薄いのが神王国の文化風土。

 出された物を下手に遠慮せずに食べるのもまたそれ相応の意味がある。

 それにしても、いかにもな遠慮しなさっぷりに、子爵は笑みを浮かべたが、後ろのケラウスは溜息を隠せない。


 そうして食べていくうち、ジョゼは気付かなかったが、ペイスはあることに気付く。


 「お気づきになられましたか?」


 その様子を補佐役から指摘された子爵が、ペイスに声を掛ける。

 さすがに目上から声を掛けられたままで食べ物を頬張るのはマナー違反のため、しっかりと皿を置いて言葉を返す。


 「美味しいお料理ですね」

 「……それだけですか?」


 にこにことした笑顔のままペイスが言った言葉に、子爵は当惑した。

 用意した食事に含まれた意図に、目の前の同い年が気付いているのかどうかが、自分には分からなかったからだ。

 咄嗟に補佐役の方に顔を向けたが、当の補佐役であるケラウスは自信を持って、ペイスが気付いている、と小声ながらも断言した。


 「ペイストリー=モルテールン卿。卿は、気づいたことが御有りでは?」

 「……料理に酢が無いですね。この時期の料理であれば、酢漬けの魚が出てきそうなものですが、新鮮なものか、逆に相当に時間の経った塩漬けばかり。それに、鮮度の良い野菜もほとんど使われていない」

 「その通りです。お察し頂けて助かります」


 冷蔵庫も冷凍庫も存在しないこの世界において、生鮮食料品の保存を行う方法は、色々と創意工夫されてきた。特に、魚のように腐りやすいものは、保存方法というのも必要に迫られて磨かれてきた技術である。

 神王国南方においては、代表的なものが干物と塩漬け。次点で酢漬けだ。発酵による保存食もあるにはあるが、魚の場合は匂いが大抵酷いものになる為一般的ではない。

 夏は魚も腐敗しやすいために加熱調理されるが、今の時期であれば酢漬け(マリネ)が高級な料理として饗されることも多いのだ。

 特に、一年寝かせた酢を使い、二晩ほど魚を果物などと共に漬け込み、柔らかくなった骨ごと食べる料理が、ナイリエでは伝統料理として存在する。


 立食の夕食会となれば、食事にも量が必要になる。

 当日も含め、新鮮な魚は確実に用意できるわけでは無い。

 その為、準備という意味もあって、一週間ぐらい前から酢漬けの保存食を用意しておくのが普通なのだ。

 大抵は、当日の水揚げの量次第で、保存食の魚の量を調節する。


 「卿がお気づきになられた通り、今の当家は、近場で水揚げした魚をお出しする事しか出来ないのです」

 「ほう。それはまた何故です?」

 「街道封鎖と海賊の影響です」

 「それはそれは」


 ボンビーノ子爵が語る所によれば、今現在お隣の領地と紛争一歩手前の緊張状態が続いているそうだ。

 原因としては、かつてボンビーノ子爵領であった村の領有権らしい。いや、子爵のいう事には、今も子爵領だとのこと。


 今までは、漁師町に必要な野菜等々の一部はその村から仕入れていたのだが、お隣の領主が、自分達に管轄権があると言い張った為に諍いが起きているとのことだ。

 相手方の言い分としては、零落した子爵家が統治しきれていない為に放棄された村を、代わって十年以上も統治してきた為、既得権として管轄権は自分達にあるという。

 実際問題として漁師町である領都ナイリエを最優先に統治を行ってきた子爵家としては、村をほったらかしにしていたと言われて、返答に窮する状況であったのも事実なのだ。


 「一部の街道封鎖が成され、商人の介入もあって、野菜その他の生活物資が軒並み異常に値上がりしているのです。当家の財政事情では、野菜を調達するのにも、とても量が揃わない現状。酢なども、漬け込むほどに贅沢な使い方が出来ず、といった有様」

 「それで、新鮮な魚を使った料理ばかりになる、と」

 「はい。お出しした塩漬けの魚も、本来であれば冬の備えなのです」

 「状況は悪いですね」

 「お恥ずかしい限りです」


 今まで放置していた村を返せと言いだしたところで、相手からすれば、せめて今まで面倒見てやった手間賃ぐらいは寄越せと言いだすだろう。タダで返すのは、貴族家としてあり得ない。

 捨てられたペットを面倒見てやったのだから、礼ぐらいしろ、と言われているようなものだ。ある程度の道理は向こうにもある。

 そして、手間賃が用意できるぐらいなら、そもそも放置はされていなかっただろう。

 政治的には、相当に劣勢な立場に置かれているらしい。


 街道の封鎖も、子爵家の息がかかった者を追い返す程度とのことで、商人や無関係な他家貴族の出入りは可能なのだとか。

 これも、相手方の嫌らしい手だ。真綿で首を絞めるが如き、陰険な手。

 そこに商人の思惑が絡んで、物資の値を相当に吊り上げられているらしい。むしろ、そちらが狙いなのだろう。

 かといって、商人に嫌われてそっぽを向かれても、困るのは子爵領だ。痛し痒しで、ボッタクリを許容せざるを得ない状況に陥っている。


 「それに加え、先ごろ海賊が現れました。せめて港の近くまで来てくれれば、当家としても対処のしようがありますが、離れた所に拠点があるらしく、時折思い出したように遠出している船を襲ってくる始末。おかげで、船を出して余所に行くのも皆が嫌がるのです」

 「それで海のルートでの仕入れも値が上がっている、というわけですか。間の悪い話です」

 「困ったことです。そこで、モルテールン卿にお願いがあるのです」

 「はい?」


 ここまで汲々とした現状を語られるだけであったが、一転してモルテールン家に対する願望が語られ出す。


 「当家にお力を御貸し頂き、街道封鎖の解除にご協力いただけないでしょうか」

 「それは……お断りいたします。当家とはそもそも無関係な話ですから、他家同士の諍いに首を突っ込むと碌なことになりません」


 ペイスは、子爵の提案をすげなく断った。

 他家同士の、下手をすれば軍事衝突になりかねない諍いに首を突っ込むなどしたくは無いし、更には話を聞くだけでも子爵の劣勢が感じられた。負け戦に加担など、冗談にしても笑えない。

 淡い期待ではあったのだろうが、それでも断られたことで、がっかりと肩を落とした子爵。が、それでもと気を取り直して言葉を続けた。


 「そうでしょうね。ではせめて、海賊の討伐にお力を御貸し頂けませんか。御父君は海賊討伐でも名を上げられたと聞き及んでおります。卿にも是非、お力を御貸し願いたい」


 この提案については、ペイスは即答を避けた。

 チラリとジョゼの方を見やる。

 そして、しばらくじっと考え込み、返答する。


 「……それであれば、二つほどの条件の受諾と、疑問点の解消が成せば可能でしょう」

 「おお!!」


 元々、モルテールン家にとって、社交や交渉の場での援軍要請などは珍しくも無い。

 傭兵まがいの助っ人として、現当主カセロールがやってきたことだ。今更いい加減な理由でそれを断るとするならば、今までの行動の正当性が揺らぎかねない部分もある。

 例えば、困っている人を助けるのが道理、という正当性で助力してきた人間が、こと今更、困っていても余所は余所、とすげなくすればどうなるか。

 今までの建前は嘘だったのかと、二枚舌を批難されるし、信用も無くす。


 モルテールン家の人間として、海賊討伐に助力を乞われれば、受けるのが前提の交渉になる。モルテールン家ならではの、お家事情。

 ただし、その為には前置きがある。


 「まず、ジョゼ姉さまを巻き込まない事。これはこちらとしては絶対の条件です」

 「構いません。すぐにというわけでもありませんので、一度御領地にお戻りになられてからで結構です。かといって、余裕があるわけでも無いのですが。ある程度の日数であれば、その間に此方としても準備を整えます」

 「もう一つ、対等な立場として、報酬はきっちりと貰います」

 「勿論です。その内容については、相談となるでしょうが、誠意をもってお応えする用意があります。さし当たって、前金代わりと言っては失礼ですが、とっておきの魚をそれなりに用意しております」

 「魚は土産でもらいますから、どうせならば貝やエビの類を前金代わりで頂きたい」

 「……問題ありません。高級で美味しいものを見繕ってご用意しましょう」


 こういう援軍要請の場合、褒賞は別途というケースが多い。

 片方が片方の指揮下に入るのであれば、褒賞や罰則は指揮権を持つ側に決める権利がある。

 だが、それを許さず、交渉できっちり決めろ、とペイスはいったことになる。

 無論、頼み込む側の子爵としても否は無く、それに同意する。


 「さて、そして疑問点」

 「何でしょう」

 「何故、僕なのでしょうか?」


 一瞬、ペイスの雰囲気が変わった様に感じたのは、ジョゼだ。

 彼女からすれば、執務はまだしも、単独で外部折衝をする弟の姿を間近で見るのは初めてになる。

 そもそも自分が外部に出向くことが稀なので当然だが、出かける場合も父親が居た。


 自分の弟が、何故次期領主として当然視されているのか。その一端を垣間見た気になる。

 裏があるだろう、と暗に問い詰めるような姿勢。我が弟ながら油断ならないな、と心の中で呟く。


 当然、真横のジョゼに気付けたものが、真正面の人間に分からないはずもない。

 子爵はビクリと身体を振るわせ、それでも気丈に言葉を繋ぐ。


 「それはどういった意味ですか」

 「御家の御事情は理解しました。海賊討伐が必須で、戦力的にも援軍が必要な事情が御有りなのは察します。しかし、そうであるならば僕でなくてもいいはずです。友好関係を築いておられる他家でも、或いはうちに頼むにしても、父でも構わないはずです。何故、名指しで呼んでまで、私に依頼なさるのです」


 海賊討伐に、報酬次第で援軍に駆けつける。

 これ自体は、他家はいざ知らず、モルテールン家では問題にならない。報酬の多寡が交渉の議題になるとしても、受けるのが前提のお家事情。

 この情報が漏れている可能性は、それなりにあり得る。

 だから、モルテールン家に頼みたい、という理屈まではまだ分かる。


 しかし、父親でなく息子の方を呼びつける理由は何なのか。そこに、何か意図が隠されていないだろうか。

 初めは、ペイスの実績を知っているため、きょとんとしていたジョゼにしても、考えるほどに不自然に思えてきた。

 せめて、シイツをよこせというなら、まだ筋が通るだろう。海の上で遠見が出来るなら、まさに百人力。だが、そうではない。

 何故ペイスなのか。


 「もしや、先ほどの猛々しい騒動が関係しておられる?」

 「……」


 ウランタは、後ろを振り返る。さすがに、ここまで突っこんでこられるとは思っていなかったために、予想外の対応を迫られたからだ。

 しばらく補佐役とやり取りの後、子爵がペイスに向き直る。


 「卿の御慧眼、感服しました。ここからお話することは、当家の機密。他言無用に願えますか?」

 「お話を伺ってから判断いたしますが、不用意に吹聴することはないとだけ、お約束いたします」


 しばらくじっと見つめ合う少年同士。

 根負けしたのは、子爵の方だった。


 「どちらにせよ、御家に……いえ、卿に助けて貰わねば困るのはこちらです。お話ししましょう」

 「拝聴いたします」

 「実は、先代である父が亡くなった時、当家の跡取り候補には私以外にもう一人居りました。母親が非公認の側室であった為に貴族号こそ無いものの、私よりも年は上でしたし成人もしておりました。当家を誰が継ぐのかとなった時、父は遺言を残しており私が継ぐことになったのですが、その際に兄の方が相応しいと騒いだ者達が居りました」

 「なるほど、よくある話ですね」


 非公式な側室とは、早い話が愛人である。

 所謂(いわゆる)妾腹というものであり、血筋を重要視する貴族社会においては、蔑まれる出自の一つだ。

 だからと言って、後継者が居ない場合に、跡を継いだ例がないわけでは無い。

 次期後継が幼すぎる場合に、緊急避難的な一時的措置として継ぐ、という選択肢もあったのだろう。


 「結局、色々とあって兄を放逐する羽目になってしまったのですが、一応はそれで騒ぎも治まりました。しかし、ここにきて、また同じように騒ぎ始める動きが見られるのです」

 「ほう、それはまた何故」

 「私は、他家の蠢動を疑ってはいますが、証拠はありません。そして、騒ぐ者達の言い分が……」

 「『今の当主が頼りない』でしょうか?」

 「何故それを!!」

 「僕もこの通りの年齢ですから、同じような事を言われたことがあるのです」

 「……そうですね。私も見ての通り若輩で、家中にもそれで不安視するものが多いのです。そこで、海賊討伐を機に功を見せ、その不安を払拭したい、と考えているのですが……ここに問題があります。私はこの度の海賊討伐が初陣になるのです」


 子爵は、軍事行動を舐めてはいない。むしろ逆で、必要と分かっていても恐ろしいと感じている。ともすれば逃げ出しそうになる気持ちを抑えているのは、偏に重責を担う責任感故だ。

 震えながらも、ふう、と一つ息を吐き、改めてペイスに向き合う少年。


 「初陣である以上、万難を排して臨みたい。しかし、下手に実力と経験の有りすぎる者に頼めば、今度は私が舐められてしまいます。それでは意味がない」

 「年が年ですからねえ」

 「ええ。だからこそ、卿なのです。実戦経験をお持ちで、魔法使い。それでいて、私と年が近い。如何でしょう、お願い出来ないでしょうか。先に述べたとおり、対価は誠意をもってご用意すると改めてお約束します」

 「う~ん……」


 ペイスは、子爵家の意図を洞察した。

 この話、単純なものでは無い。


 子爵家当主が幼いという現実。そして、軍功を欲している事情はよく分かった。

 だが恐らく、当主の力量に不安があるのも事実なのだろう。援軍が必須の前提になっている点がここにある。

 ならばこそ、実戦経験のあるペイスを援護として傍に置き、不安を薄めたいという狙いがある事はまず間違いがない。

 しかし、それだけが狙いではない。


 一つは、子爵の年齢による不安を払拭する狙い。

 年齢一桁の人間が一軍を率いる。不安に思うのは当たり前の感情だ。

 だからこそ、同い年で立派にその任をこなした実績のある人間を並べることで『八歳で軍を動かせるわけがない』という意見に、実例をもって反論できるようになる。

 下手にそんなことを言って、大戦の英雄が後ろに居るペイスを、敵に回す愚を犯す人間は居まい。


 もう一つは、子爵の顔を立てる狙い。

 仮に援軍に来たものが、見た目の厳つい如何にも歴戦の軍人といった風情ならば、海賊討伐を為したとしても、その功績は誰が見ても援軍の手柄と見る。横に並べば、明らかにウランタが見劣りしてしまう。

 これでは、不安の払拭と言う点で目的を果たせない。

 それに比べてペイスであれば、見た目では下手をすればウランタよりも幼く見える。相対的に、ウランタの方が頼りがいもありそうに見える。顔を立てるという意味では、横に並ぶに丁度良い。


 更にもう一つ狙いがある。

 失敗したときの保険だ。

 仮にウランタが失敗しても、ペイスが成功すれば『八歳で海賊討伐を為した貴族が居る』という、事実をぼかした話を流すだけで良い。十分に保険として使える。

 『海賊討伐にウランタが参戦していた』という事実を付け加えるだけで、先の意見を利用できるからだ。

 また仮に、両者が失敗したとしても、その責任をペイスになすりつけられる可能性も残る。保険に保険を重ね掛けするような策ではあるが、有効なのは事実だ。


 かなり、考えられた策。ペイスに援軍を頼むというのは、子爵家にとっては最善の手なのだろう。

 これは間違いなく、子爵当人の考えでは無い。後ろに立つ補佐役あたりが考えたのではないだろうか、と銀髪の少年は思考する。


 「良いんじゃないの?」


 考え込んでいたペイスの横から、声がした。

 ジョゼの声だ。

 思わず、小声でひそひそとペイスが意図を尋ねる。


 「姉様、それはどういうことですか」

 「うちのペイスなら、海賊ぐらい大丈夫。成功するのは間違いないとして、あの坊ちゃんが失敗しようがどうしようが、美味しい話じゃない。どう転んでも利益しかないわよ。いっそ、吹っかけて足元を見てみる?」

 「懐事情は寒そうですよ?」

 「それもあって、うちに頼んでいるんでしょう。準男爵家なら、報酬も控えめで良いし、その割にうちは強いから。ペイスを死なさない為にも、勝手に精鋭を送ると考えているんじゃない? 安い値段で出来るだけ戦力を揃えたいなら、うちはもってこいでしょう」

 「なるほど、その狙いは気付きませんでした」

 「ね、受ければ?」

 「そうですね」


 ジョゼは、ペイスの実力を過大評価も過小評価もしていない。だが、心の底から信頼している。

 冷静に考えれば、子爵が自家の内で討伐しようと思える程度の海賊なら、ペイスであれば何とかしてみせると信用も出来た。

 ならばと、彼女にとっては、成功した後の皮算用さえ当たり前の行為だった。


 姉の信頼が重すぎる、と考えながらもペイスは子爵に答えた。


 「良いでしょう。報酬次第ですが、受けます」

 「そうですか。いや、良かった」


 少年同士が握手を交わし、報酬の細かい話は大雑把な部分だけは相場通りとして、細かい部分を後日詰めるということになった。


 「それでは、御帰りの際は土産をお持ちください。脂の乗った美味しいものを、見繕っておきましたので」

 「これはありがたい。早速持ち帰って料理することにしましょう」



◇◇◇◇◇



 次の日のモルテールン領では、戦争が勃発していた。


 「ふざけんなデココ!! それは俺が先に目を付けてた奴だろうが!!」

 「早い者勝ちですシイツさん。年寄りが脂っこいものを食べるのは体に毒です。ここは俺に任せて、そっちのスープでも啜っていてください。ってああ!!」

 「早い者勝ちなのだろ。うむ、美味い。若様、どんどん揚げてください」


 ペイスが、土産として持ち帰った魚介の類。

 白身の魚は、豚脂(ラード)を使って一部をフライにする。ブイヤベース的な、魚介のうまみがたっぷりと入ったスープも用意され、香草(ハーブ)の類を使った蒸し料理まで作ることが出来た。


 土産の量もそれなりに多かったため、モルテールン家の家族だけでは消費しきれず。足の速い魚介であった為、腐るよりかは、折角ならばと家人にも振舞われることになった。

 だがしかし、ペイスは侮っていた。自分の料理の評価を。

 貧しいモルテールン領において、ペイスの料理はまさに至高のご馳走なのだということを。


 「おい、スープがもう無いぞ。誰か食いすぎた奴が居るんじゃねえか」

 「うめえ、うめえ」

 「さすがペイス。俺、海の魚なんて初めて食った。あちち」

 「この悪餓鬼共、何時から潜り込んでいやがった。しかもそれは俺のスープじゃねえか!!」

 「知らねえな。俺たちの分だとばかり思ってた。ああ、旨え」


 ペイス製の料理が、従士に振舞われるとなった時。

 モルテールン家の家人達の中では大騒動だった。


 森番をしていた筈の人間や、家畜番をしていた筈の人間まで集まり、従士どころかその家族までが御相伴にあずかろうと集まってしまった。モルテールン領では珍しい海の幸が食べられるとくれば、当たり前だろう。

 こうなってくると、とてもお土産の余りで足りるはずも無かった。

 数の足りない料理を巡って、やいのやいのと取り合いになる。


 その騒動を見て、領主であるカセロールは、頭を抱えた。


 「ペイス、今回の仕事は絶対成功させろ。今回食いそびれた連中が、目の色変えて志願している。これで失敗して魚が食えないとなると、どうなるか分からん」

 「何でこうなったのでしょう……」

 「私に聞くな!!」


 ペイストリー=ミル=モルテールン。

 御年八歳の彼を、人はこう呼ぶ。


 歩く大騒動、と。


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[一言] ペイス一応普通の料理も出来たんだな
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