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おかしな転生  作者: 古流 望
第7章 海賊のお宝
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060話 試食と晩餐会への招待


 「こりゃ、なかなかいい塩梅の菓子じゃねえですかい?」

 「うむ。砂糖を入れたものより、こっちの入れないものの方が私は好みだ。これなら、食事のパン代わりにも出来るだろうし、酒の場にも出せるかもしれん」

 「俺は砂糖入りの方が良いです。年齢によって嗜好の違いがあるんですかね?」


 ザースデン領主館の執務室では、目下、試食会が行われている。

 カセロールやシイツ、ニコロやグラサージュといった、どちらかと言えば内政の業務を担当する人間が集まっており、手に手に丸いお菓子、オリークックを持って試食中だ。

 ペイスを除けばアラサーどころかアラフォーと言える面々の中で、一人だけ十代のニコロの言葉に、過敏に反応するのは独身の従士長である。


 「おいニコロ。それは俺や大将が年食ってると言いたいのか?」

 「あれ? シイツさんは若いつもりだったんですか?」

 「おうおう、喧嘩なら買うぞ、コラッ」

 「やめろ二人とも。決闘騒ぎは子供らだけで十分だ」


 ペイスが、自分の小遣いを奮発してまでお菓子を作るのは、多分に趣味の要素が含まれている。

 だが、したたかさも兼ね備えている少年が、ただ菓子を作るだけで済ませるはずもない。

 作られたオリークックは、お菓子というよりかは、酒のあてと言った方が良いものも多かった。塩味を強めにつけてあるので、クラッカー的なおつまみには丁度良い。


 決闘騒ぎで子供の喧嘩を大ごとにしてしまったのがバレた為、それをうやむやに誤魔化すためにあえて大人向きの味にしてあるのだ。

 話題逸らしともいう。


 「それで、父様。この菓子の評価は上々ですか?」


 将来的に豚が飼えるようになれば、豚脂の使い道は重要になってくる。

 その為に、揚げ菓子というものを用意してみたのだが、評価としてはどうか。


 味の評価については、ペイスの目論見通りなかなかに好評のようではあった。

 だが、父親が領主として下した決断は厳しい物だった。


 「失格だ」

 「何故です。ラードを使って、美味しいお菓子が出来るなら、冬にはぴったりじゃないですか」

 「理由は三点。一つは、塩を使う事。冬支度には、保存食作りで大量の塩が要る。そこにきて、嗜好品にまで塩を使えば、問題は大きくなる」

 「ぐっ、さすが父様」


 カセロールは、これでも二十年以上難治の土地に四苦八苦してきた苦労人だ。

 それだけに、いかに可愛い息子の頑張りであっても、結果は結果として厳しく査定する人間である。


 「次に、豚脂の使い方。結局は油を汚した後に、捨てることになる。揚げる前であるなら蝋燭作りや照明用に用途もあろうが、油を汚してしまえば意味がない。混じり物の多い油は、何に使うにしても安定せず、危険物になるからな。油を大量に溜めて熱する調理法にも、冬の乾燥した時期には火事になる危険性が付いて回る」

 「むぅ」

 「最後に、味」

 「味は皆褒めてくれたじゃないですか」


 ペイスの作る料理は、美味しい。

 これは、モルテールン家のみならず、多くの人間が知ることだ。

 オリークックも例に洩れず、味については相当に良い線にあるというのが、職人の自己評価でもあるし、食べたものの評価でもある。

 何処に問題があるというのか、とペイスは気色ばむ。


 「美味しさという点に不満があるわけでは無い。が、それ故の欠点も多い。さっきも出た塩にしろ、砂糖にしろ、ミルクにしろ、冬の間は(つね)以上の贅沢品だ。うちはまだしも、村の家ではこんな風に味を付けて作れんだろう。そして、この揚げ菓子から塩も砂糖も乳も抜きにしたとしたなら、お前は美味いと思えるのか? ただの小麦粉の素揚げではないか」

 「……」


 正論であった。故にペイスは口を噤んだ。

 冬支度として、豚脂の有効活用を今から模索するのであれば、オリークックのようなぜいたく品は失格と言われても仕方がない。


 「これ以上、シンプルなお菓子は難しいです」

 「だから、何故お前はお菓子にこだわる。油の使い方など、他に幾らでもあるだろう」

 「僕はお菓子を作りたいんですよ。うぅ……」


 冬の間は、作物が育たない。

 新鮮な食材というものが、極めて限られる時期に作れるお菓子など、そうそうあるものでも無いのだ。

 近所にコンビニやスーパーがあるわけでも無い世界。材料一つとっても調達に手間のかかるもの。

 ペイスがうずうずと禁断症状のように我慢するのも、毎年の事である。


 カセロールは軽く瞑目し、眉間を揉んだ。

 息子が成人しても親は親。美点も多ければ悪癖も多い息子に、子育てのむずかしさを痛感したためである。


 「とりあえず、この菓子のこと。そして、まだ飼ってもない豚の事などは脇に置く。取り急ぎ、片付けなければならない問題も出てきた」

 「折角頑張って作ったのですが」

 「頭を切り替えろペイス。お前は将来、このモルテールン家を背負って立つ人間だ。趣味にばかり気を取られるな」

 「……わかりました。で、問題とは何でしょう?」


 他領では農閑期の社交シーズンであるが、モルテールン領は冬の間も領主の仕事が多い。

 毎年この時期には、来年の政策や施策について新しい試みが幾つも議論されるからだ。

 今回の問題というのもそれかと、ペイスが尋ねる。

 が、カセロールは首を横に振った。


 「いや。ボンビーノ子爵からの招待状が届いたのだ。懇親の為に立食形式の夕食会を開きたいとのことで、ペイスを名指しで御指名だ」

 「ボンビーノ子爵? 名前だけでも金欠を疑ってしまいますが、あまり記憶にないです。聞いた気もするのですが、どういった家でしたか?」

 「後継が、たしかお前ぐらいの年の男の子しかおらず、縁戚の人間が後見として政務を行っている家だ。南部の中でも比較的東部よりに領地がある」

 「その家が、なんでまた僕に?」

 「知らん。招待状には、お前の噂を聞いて、跡取り息子の参考になるであろう話が聞きたいとか、もっともらしいことが書いてあった。が、何処まで本音か見当がつかない。かといって、ここの招待は無視出来ん理由がある」

 「何故……と、思い出しました。確か、港町が御領地の家。一時期海賊に荒らされていたというところでしたっけ」


 ペイスの記憶に残り辛かったのも無理はない。

 ボンビーノ子爵家は、かつては港町以外にも四つの村を持つなかなかの富豪であったが、政変やら内輪もめやら海賊襲撃やら他領の経済制裁やらの諸事情から、没落を重ねて、今では港町をなんとか維持するだけに留まる、名ばかり子爵なのだ。各地の社交界でも、脇役中の脇役。

 そして、無視できない理由とは、この最後までしがみついている港町にある。


 聖王国の海岸線は東部の一部を除けば南部に集中しており、それでいて自然に接岸できる良港の数は限られる。

 ボンビーノ子爵領の港街ナイリエ。かつては天然の良港として知られた、人口六百人ほどの漁師町であり、鯵の水揚げでは国内でもまずまずの漁獲量がある。

 争乱で一度港が物理的に封鎖された影響で、今でこそ漁船の出入りしか聞かないが、かつては近隣諸領の商船も出入りしていた。

 ここは将来、モルテールン家が特産品の量産体制に入ったならば、重要な流通拠点になる可能性を持っているのだ。


 「そうだ。御家の騒動と、それに乗じた海賊に荒らされて、街はかなり酷い有様だった。以前、レーテシュ伯家の海賊討伐に参戦したときの話だがな」

 「今もあまり良い話を聞かないことからすると、大して変わっていないのでしょう。僕もようやく思い出したぐらいです。で、そのビンボー子爵からの招待ですか」

 「ボンビーノ子爵だ。先々のことを考えて布石をうつならば、ここで港を持つ家と繋がりを得ておくのは悪くない。将来もレーテシュ伯が甘い顔をしてくれると限るわけでもないからな」

 「確かに」


 レーテシュ伯爵家とモルテールン家は、近隣領ということもあり、比較的友好的な付き合いをしている。だが、これから先々、常にそうであり続けるという保証はない。

 もしも流通を完全に握られた状態で不仲になれば、影響は甚大。そうならないように修好の努力は必要であるが、リスクの低減を考えるならば別に流通路を検討しておくのも良い手である。


 「ならば、参加は決定で良いな?」

 「はい、やむを得ないでしょう。舞踏会ならば断わっていたでしょうが、夕食の為の晩餐会となれば、参加しやすい」

 「パートナーはどうする?」

 「リコリスでは駄目なのですか?」


 晩餐会となれば、招待者にパートナーが付き添うのは不自然では無い。というよりも、付き添う方が望ましい。

 特に、既婚者となれば夫婦なり近親の異性なりにパートナーとして付き添ってもらうことは、マナーとして当たり前だ。

 ペイスからすれば、ならばリコリス嬢を連れて行ってはどうかという意見になる。


 「駄目ということも無いな。婚約者というなら別に連れて行っても不自然では無い。だが、気になるとするなら東部の後ろ盾をアピールする形になることだ。それが表裏(おもてうら)のどちらに転ぶかが、現状では見えない。それに、お預かりしている御令嬢を他領に出すのには危険も伴う。相手の情報が不足していれば尚のこと。レーテシュ伯のように見知った相手の所に出向くわけでも無いのだ。今回は政治的な理由も薄いし、下手な冒険を避けるなら、アニエスかジョゼを連れて行く方が良い」

 「リコリスが“体調不良”の為、僕一人でというのはどうです?」

 「それはいかん。預かっている未婚女性を病気にさせたとあれば、いらぬ噂や讒言の元になりかねない。あくまで元気に過ごしている、という体裁になっているのだ。ここ最近、私の位階が上がったことで、足を引っ張りたがって良からぬたくらみを企てている輩も多くいるはずだ。讒言の材料を提供することは避けたい」

 「なら、母様か姉様に御足労頂くのが安全策ですか。いや、姉様の方が良いですね」

 「……なるほど、お前はそっちを選ぶか。血は争えんな」


 未婚男性が晩餐や夕食に招待された場合に、近親者を伴うのは割とありふれた話だ。

 特に、恋人募集中の男性であれば、幼い妹であるとか、母親であるとか、一目で恋人でないと分かる女性を連れていく。

 何故なら、同じく恋人募集中の女性から、既に恋人が居る、と誤解される可能性が減るからだ。


 逆にいえば、年の近い姉に同伴を頼むということは、“既に恋人が居る”と分かりやすくアピールしていることになる。

 母ではなく姉に頼むというペイスの意図が何処にあるか。誰に対する配慮が隠れているのか。

 分からないボンクラは、執務室の中には居ない。


 「勿論、姉様の都合や意思を考慮した上での話だと思っています。嫌がるようなら、無理にとは言いません」

 「よし、本人を呼ぶとしよう。グラスとニコロで呼んできてくれるか」

 「わかりました」


 女性の部屋のある区画に行くには、領主の許可が居る。

 また、許可を出すにしても出来る限りの配慮の上で立ち入るようになっているのが、モルテールン領のルール。

 二人組というのは、相互監視の意味合いを含んだ、配慮の一つだ。無論、ペイスやカセロールといった“家族”にはまた違ったルールもある。

 ちなみに他の家であれば、女性の従士や侍女、或いは下女のような女性に、出入りの言付けを指示するのが普通だ。


 モルテールン家はつい最近まで赤字続きだったこともあり、侍女といった女性の従業員や、下女のような下層階級の女性が規模に比して極めて少ない。

 今も絶賛募集中ではあるのだが、生活に困窮して下女になるような女性が、そもそも出ないようにしてきたのがカセロール達の施策。治政が上等なら、下層民である下女になりたがる女性など、居なくなるのが道理。

 また、侍女のように専門知識や教養を要求される立場は、いきなり増やそうにも増やせず、教育には時間が掛かる。

 

 故に、貴族家としては極めて例外的に、男性の家人が女性部屋区画に立ち入れることにしてあるのだ。

 新興の家ならではと言える。


 しばらくは、ペイスやカセロールがシイツなどと共に、別の政策について議論を進めていたのだが、その議論はドアのノックの音によって中断となる。


 「お父様、ジョゼフィーネです。お呼びと伺いましたので参りました。お部屋に入ってもよろしいでしょうか」

 「勿論だ。入りなさい」


 部屋に入ってくる姉の姿に、ペイスなどは感動を覚える。

 いつの間にか、立派な淑女になったのだと。

 が、それは一瞬で終わった。


 「とう」

 「コラ、足でドアを閉める奴があるか!!」

 「両手が塞がっているのよ。それに、礼儀作法の時間はもう終わったもん」

 「一度荷物を置いて、普通に手で閉めなさい。横には他の者も居るのだし、一声かけるだけでも良い。まったく……嫁の貰い手が無くなるぞ」


 ペイスの姉の手には、重そうな分厚い本がある。両手で持ち運ばねばならないほどの大きな本だ。

 厚みのある革表紙に、神王国の歴史と書いてあった。教養の一環として大事な勉強だ。

 カセロールが貴族に叙された時、勉強用に奮発して買った本で、特別な格安価格であったにもかかわらず金貨二十枚以上したという貴重品。


 「ついでなので父様、お借りしていた本を返します。こんな高級品、部屋に置いておくのも怖いから」

 「ちゃんと読んだのか?」

 「半分ぐらい読んだわ」

 「全部読みなさい……勉強嫌いは誰に似たのだか」

 「大将でしょうぜ。お嬢と同じことを、昔大将も言ってやした」


 カセロールの愚痴のような言葉を、従士長が拾った。

 今でこそまともな領主として威厳もあるが、昔はやんちゃ盛りで血気盛んな若者だったのがカセロールだ。勉強よりは武術に時間を割く方が好き。特に歴史の類は面白くないからと苦手にしていた。

 その頃を、シイツは知っている。

 形勢不利と見て取ったのだろう。歴史嫌いだったカセロールは、それはともかく、と話題を逸らしにかかった。


 「ジョゼ、お前を今日呼んだのは他でも無い。ボンビーノ子爵から立食形式の夕食会。晩餐会だな。の、招待状が来たのだ。ペイスを名指しでな」

 「それにあたしがついて行くってことね? リコちゃんじゃなく。どうせ、ペイスがリコちゃんに遠慮して、母様じゃ嫌だって言ったんじゃない?」

 「察しが良いな」


 ジョゼは、ペイスの姉らしく聡明な女の子。

 前置きに近いような言葉だけで、事情をおおかた理解した。細々とした説明も大した量が必要だったわけではなく、あっさりと了承となる。


 「姉様、お手数をお掛けしますが、お願いできますか?」

 「良いわよ。ペイスのためだし、姉としてひと肌脱いであげるわ」

 「ありがとうございます」


 ジョゼの顔には、裁縫や礼儀作法の練習と勉強から逃げられるという、喜びが描いてあった。だが、それにあえて触れないのが出来た弟の気配りである。


 細かい打ち合わせが終わった後。

 ふうと一息ついたペイスに対し、姉がとてもいい笑顔で抱き付いた。


 「ペイス~」

 「何でしょう、姉様」

 「この後、時間あるわよね。貴方にはちょ~っとばかり、やることがあるのよ。ふっふっふ」

 「嫌な予感が……」


 抱き付くどころか、しっかりと両脇を抑えにかかったジョゼ。がっちりと固めた所で、弟を羽交い絞めにしたままドアに向かう。


 「ニコロ、あけて頂戴。あ、閉める時もよろしくね」

 「はい。しかし、若様を連れていってどうされるんです?」

 「勿論、衣装を見繕うのよ。このあたしの横に立つんですから、しっかりとあたしがコーディネートしてあげないと!!」

 「姉様、一人で着替えられます。放してぇ!!」

 「駄目よ。母様と一緒に着飾らせてあげるから。喜びなさい。おほほほほ」


 次期領主を拉致していく少女を見送り、残された執務室の面々は溜息を隠さない。


 「まあ、ドアの締め方を覚えただけ良しとするか」


 まだまだ、父親の苦悩は続くのだった。


次話、ジョゼ姉の社交?

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表紙絵
― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりのジョゼの登場嬉しい、もっと出して [一言] 菓子を自由に作りたければもっと領地を発展させれば良いだけなんだがどうにもペイスは菓子作りばかりが先に来るなぁ。時期領主としてこれは不味…
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