058話 パンプキンパイと恋のライバル
「第一回、モルテールン決闘大会~」
ある晴れた朝。
ペイストリーの、どこか気の抜けそうな声がした。
「参加者は、集まってくださ~い。もう少ししたらルールの確認をします」
本村の広場には大勢の人が集まっていて、手に木札を持っているものも居れば、歓談に興じているものも居た。
その中から、若くて血気盛んな連中がペイスの下にくる。うち何人かは、モルテールン家の従士だ。
「いやあ、今日は絶好の決闘日和ですね」
「そんな日和があってたまるもんですか。何で若様が絡むと、物事は大袈裟になるんです!!」
「僕としては、穏やかな日常が一番いいと思っているのですが」
「平穏とか安穏って言葉、若様から一番遠い言葉ですよね」
積み上げられた銅貨を、数え間違いの無いように数えているのはニコロ。まだ十代という若さでありながら、既に苦労人の風格が出てきているともっぱらの評判である。
数え終わったところで、彼やペイスが大会のルールを説明しだす。
大会のルールとしては、トーナメント方式。優勝者には賞金と、副賞としてペイスの作ったパンプキンパイが贈られる。
色々な思惑が絡み、大袈裟になってしまったわけだが、今回のイベントの主役はアルことアーラッチ、マルクことマルカルロの二人。
この二人は、早々の第一回戦で当たることになっている。
「ルールは以上。それでは皆、出来るだけ怪我をしないように。皆の実力を、僕に見せてください」
「「おお!!」」
早速始まった戦い。
勿論、最初はマルクとアルの二人の試合だ。
「今日は泣いても許さねえからな」
「俺がいつ泣いた。お前こそ、怪我しても知らないぞ」
広場の中央。最初の試合だというのに、両人とも気合は十分だ。
動いたのは二人同時だった。
大会のルールという事で、お互い素手による戦い。近づかねば話にならないとばかりに接近戦になる。
賭けのレートでは、七対三でアルが有利。体格の差も大きく違うし、年齢だって二つも違う。誰が見たところで、アルが有利なのは明らかだったのだ。
ただ、マルクが日頃から剣の修行を始め身体を鍛えていることは広く知られている事だったから、もしかしたらという期待感もあってマルクを応援している人間も居た。
アルは、左手を軽く握りこんで胸の前に置き、防御の姿勢を取る。そのまま空いた右手で掌底を突き付ける。
マルクは、突き出された手を上手く流し、そのまま掴みにかかった。捻りあげて寝技に持ち込む腹だろうと、見ていた者には分かった。
立ち技では身長の差や体重の差が極めて大きな不利となるが、寝技で関節を取り合う争いとなれば、体格差の有利不利が少なくなる。至極常識的で、まともな戦い。
当然、アルもその狙いに気付いた。咄嗟に防御を崩し、左手で強引に突き放す。
両者とも、ぐらりと体勢を崩したために、間合いが一旦離れた。
「やるな」
「お前こそ」
多少の徒手格闘の心得があるとはいえ、十代も前半の二人。
最初こそ、習った型通りの動きが出来ていたようだが、息が上がってくると次第に動きが荒くなっていく。
初めの時こそキレのあったアルの動きも、徐々に鈍っていく。
それと同じぐらい。いや、それ以上にマルクの動きもぞんざいになっていく。
「でえい、ぜえはあ」
「はぁはぁ、しぶといやつだな」
気が付けば、泥臭い掴み合いの喧嘩試合になっていた。華麗さなどは欠片も無い。
「くっ、この野郎」
「せいりゃ!!」
番狂わせが起きた。
粘りに粘っていたマルクが、息があがって足元が怪しくなったアルに、渾身の力で捨て身のタックルをかけて、ぶつかったのだ。その拍子にどちらも足がもつれる。長い泥試合で、既に力が入らなくなっていたからだ。
倒れ込むとき、背が高く、重心もより高い位置にあったアルの方のダメージが大きかった。その隙をついて、マルクが腕の関節をとり、圧倒的有利な位置取りを決める。
ぎりり、と捻ろうとした所で、あまりの痛さにアルがギブアップを宣言した。
「そこまで、勝者、マルカルロ」
「っしゃぁ、勝ったぞこんちくしょう」
勝ちの判定を下された瞬間、マルクは地面に倒れ込んで仰向けになった。
もはや、腕を動かすことすら億劫なほどに疲れている。
「マルクお疲れ様です」
「ホント疲れた。動けねえ」
仰向けのまま。まさに疲労困憊といった感じのマルクではあったが、気分は清々しさを感じていた。何だかよく分からなかったモヤモヤも、ちょっとはスッキリした気がする。
と、青い空を見ながら思った。
「負けたよ。なんか悔しいけど」
体格がいい分、疲労もまだマシだったアルが、マルクの傍にやってきた。
未だに悔しそうな風ではあるが、そこまで深刻そうな顔では無かった。年下に負けたことが悔しいという気持ちは、時間が経てば忘れるぐらいのものだろう。
彼は、ちらりとペイスの方を見やった。
そして、視線の意味に気付かないペイスでも無い。
「さて、アルは僕の部下になりたいとのことでしたか」
「ええ」
「今でも、そう思っていますか?」
「いや。今はまだ良いです。もっと体を鍛えて、勉強して。今日のリベンジが済んでから、また改めて頼むことにします」
「……そうですか」
まだ十三歳。成人すらしていないのだ。
自分の未熟を恥じ、自省する心があるなら見込みはある、と銀髪の少年はアルを見上げて頷いた。
「それで、結局決闘の原因は、何だったんですか?」
「さあ、マルクがやけに突っかかってきたから……かな? 何で突っかかってきたかは分からないけど。俺もつい喧嘩腰になっちゃって。マルク、すまん」
「いいよ、俺も悪かった。ごめん」
そもそもの、下らない諍いの原因。
とりあえずはこれを解決しておかねば、また同じ諍いが起きる可能性もある。次期領主としては、ひとまずのけじめがついた今だからこそ、ある程度お互いにこじれている部分をほぐしてやる必要性を感じた。
「アル、マルクが突っかかっていったのは、多分アルがルミと仲良くしていたからですよ。マルクの嫉妬ですね」
「ち、違えよ。んなんじゃねえ!!」
「ここではっきりさせておきましょう。アルは、ルミの事が好きなんですか?」
マルクがぎゃあぎゃあと騒ぐものの、疲れて起き上がれない中では何も出来ない。
「いや、別に。ルミのことは嫌いじゃないけど、俺は好きな人が別に居るし」
「ほう、誰です?」
「ジョゼフィーネ様です。可愛いし、口調は多少きつくても優しいし。俺、ここに来たばっかりの時、声かけて貰って以来のファンですから」
「姉様ですか……あの姉様にもファンが出来るなんて」
領主家の娘という家柄。多少お転婆な性格と、現在矯正中の粗っぽい口調。母親譲りの恵まれた容姿。家族思いの優しい性格。
そして、彼女もまたペイスやルミと同じく、マルクの幼馴染である。
「え? そうなのか?」
このアルの言葉に、きょとんとしたのがマルクだ。
てっきり、アルの好きな女の子とは、ルミの事だと思っていたのだから、とんだ空回りである。
「ジョゼ姉様に惚れる男が居るなんて……蓼食う虫も好き好きですか」
「む、俺のジョゼフィーネ様を悪く言わないで下さいよ」
「誰が誰のものですって? よろしい、姉様に気持ちを伝えたいというなら、この僕を倒してからにして貰いましょうか」
「何でそうなるんですか!!」
子供たちがやいのやいのと言い合ううちにも、大会は滞りなく進展する。
結局、マルクはへとへとになっていたこともあり、二回戦でルミの兄のラミトに、あっさりと負けてしまった。開始わずか三秒での抑え込みだ。これには、流石に周りからブーイングが飛んだりもした。
それでも、父親を応援するアルの姿であったり、ラミトが女の子の声援に気を取られて負けてしまったりと言う見所もあり、中々の盛況のうちに、決勝戦を迎える。
「それでは最終戦、トバイアム対バラモンド。初め!!」
最終戦は、異色の戦いになった。
何せ、残ったうちの片方が、グラサージュの父。ルミの祖父である。既に引退して大分たつはずだが、並み居る若者たちをばったばったとなぎ倒しての決勝進出である。
年も年のはずではあるが、若い者にはまだまだ負けんと意気込み、優勝すると鼻息も荒かった。
対するもう片方の決勝進出者はトバイアム。アルの父親だ。
割とお調子者な性格をしている彼ではあるが、実力を見込まれてスカウトされただけに、強かった。
経験不足な連中を強引にねじ伏せて、決勝進出を決めている。
その二人が相対する。
「こい若造!!」
「爺さん、引導渡してやるぜ!!」
むん、とがっぷり四つに組みあった両者。力ではトバイアムの方に分があるようだが、それを上手く捌いている技の上手さはバラモンド老に軍配が上がる。
力と技のぶつかり合い。なかなかに見ごたえがある。
ペイスなどは、観戦料を取ればよかったと悔やんだほどだ。
少なくとも、新しく雇われた従士の面々が、実力面で不足の無いことをアピールすることが出来ただけ良しとするか、と少年は納得することにした。
しばらく熱戦が続いていた中。
終わりは突然訪れた。急に老人が動きを止めたのだ。ケツだけを張りだしたような、へっぴり腰の姿勢で固まる。
「む!!」
「爺さん、急にどうした」
「昔に痛めた腰が……むう、無念」
年寄りの冷や水という言葉もある。
結局、最終戦は片方のリタイアという形で幕を閉じた。
なんとも、締まらない終わり方である。
◇◇◇◇◇
大会の熱狂も過ぎ、皆が日常へと戻っている頃。
悩める思春期の少年が独り、座って夕日を眺めていた。
「マルク、こんな所でどうしたんですか」
「何でもねえよ」
そんな独りでたそがれていた少年に声を掛けたのもまた少年。
ペイスの手には、優勝賞品で振舞ったパンプキンパイの残り。だいぶ冷めてしまっているものの、この時間ならば、小腹の空いた育ち盛りにはご馳走だ。
何も言わず、差し出されたパイをマルクはかじる。
「何か、悩み事ですか?」
「まあな」
ペイスにとって幼馴染であるマルク。
彼は、思い悩むことがあると、独りで考え込んでしまう癖があった。長男坊ということで、ルミのように身近に相談できる年長の兄弟がいなかった、という理由もあったからだ。
「俺さ、なんだか自信無くしてさ。今日だって、結構自信あったんだよ。でも、結局みっともない試合でさ」
「自信?」
「顔も、お前やアルみたいに良くないし、背も高いわけじゃない。頭も悪いし。腕っぷしも、今日はだいぶ笑われたし。ホント良いとこ無いよなって思ってよ」
「マルク……」
少年の悩みは、思春期らしい悩みだ。
小さい頃には無根拠に信じ込んでいた、将来の晴れやかな姿。しかし、ここ最近周りに比較の対象となる同年代が増えたことで、改めて自分の欠点やコンプレックスというものを感じるようになってしまった。
「もっと、格好良い男に産まれてりゃ、ルミの事でも悩むことも無かったのかな、とか思うとさ。アルにも悪いことしたよなって。そう思うと、自分が情けなくなって」
「それで、こんな所で落ち込んでいたわけですか」
「まあな」
嫉妬の感情とは、思春期の少年に御せるような感情では無い。
大の大人でももてあまし、果ては刃傷沙汰にまで及ぶこともあるのだ。そう思えば、自分で自分を冷静に見られるだけ、偉いというべきなのだろう。
「……マルク、かぼちゃって見た目が悪いと思いませんか?」
「あん? 確かにゴツイ感じはするよな。けど、いきなり何だよ」
やはり、ここは自分が声を掛けるべきだろう。
ペイスはそう感じた。
色々な経験を積んできた身として、親友の気持ちぐらいは晴らしてやるべきなのだ。そう思った。
「かぼちゃは、見た目が悪い。でも、食べてみるととても美味しい。それは、今パイを食べたことでも分かるでしょう」
「まあな。旨かった」
「これ、収穫してすぐに食べるより、じっくり時間をかけて置いておいた方が美味しいんですよ。追熟と言います」
「それがどうしたんだよ」
かぼちゃは、収穫後に保存しておくことで、デンプンが糖に変わる。これを追熟と呼び、時間が経つほど美味しくなる、とも言われている。
かぼちゃが保存性に優れ、冬の間に食べられることの多い野菜だというのは、ここにも大きな理由があるのだ。
「人間だって、同じことです。見てくれが多少悪くても、中身が素晴らしい人間というのは多い。外側ばかり気にするようなことは、折角の美味しい中身を見過ごしてしまう。それに、マルクはまだまだこれからの人間。追熟し、美味しくなるのはこれからじゃないですか」
「俺はかぼちゃかよ」
「良いじゃないですか。かぼちゃで。僕がいずれ、立派なパイにしてあげましょう」
「食う気じゃねえか!!」
「ははは」
ペイスの冗談には、笑って応えられる程度には気分も持ち直す。
これからも、頑張るしかないか、と気持ちも落ち着いた。
「ああ、そうそう。さっきルミにも、このパイを振舞おうとしましてね」
「ルミに?」
「ええ。で、その時ちょっと聞いてみたんですよ。好きな人はいるのかってね」
「で、何て答えたんだ?」
さすがにルミの事となると食いつきが良い、とペイスは苦笑する。
「『今はそんなもんより、パイが食いてえ』だそうです」
「あいつらしいな」
二人は、大いに笑った。
親友の場合は、まだまだ色気よりも食い気が勝るらしい。
「とりあえず、マルク」
「ん?」
ペイスの問いかけに、マルクが視線だけで応える。
その目に、ニヤリと笑ったペイスの姿が映った。
「今のマルクの当面の恋敵は、パンプキンパイみたいですね」
彼らが見上げた空の色は、パンプキンパイのようだった。
これにて6章結
ここまでのお付き合いに感謝です。
7章は、正月休み明けになるとは思います。
次章
「クックのお宝」(←まだ仮称です)
お楽しみに